社会・地域貢献

教養番組「知の回廊」72「アークプラズマの研究と応用」

中央大学 理工学部教授 稲葉 次紀

(はじめに)

プラズマとは何でしょうか? 
あまり聞き慣れない言葉かもしれませんが、宇宙に存在する物質の99%はプラズマ状態であり、身近なところでは、太陽やオーロラ・カミナリなども、巨大なプラズマでできているのです。
こうした自然界に多く存在するプラズマが、いま私たちの生活に、幅広い分野で、重要な意義を持つことが次第に明らかとなり、新しい研究分野として、多方面から注目を浴びるようになりました。
それがアークプラズマの研究と応用で、超高温・高エネルギーであるアークプラズマをあやつり、金属の切断や溶接などの工業分野はもちろん、最近ではフロンガスの分解やアスベストの処理、医療廃棄物の処理や殺菌など、実に多くの利用方法が注目を集め、さまざまな分野から期待されています。
このようなアークプラズマの研究成果と応用例を、少しだけ覗いてみましょう。

1.プラズマとは

プラズマは『物質の第四の状態』と呼ばれることがありますが、正確には、電離によって自由に運動する電子と、正イオンや中性粒子が共存して、電気的に中性になっている状態のことを指します。
気体の原子に大きな熱エネルギーを与えると、原子核のまわりを回っていた電子が原子から離れ,電子と正イオンに分かれます。この現象を電離と呼びます。そして電離によって電子が活発化している状態を、プラズマと呼ぶのです。

プラズマというのは水で言いますと、凍っている氷、溶けた水、それからもう少し温度が上がって水蒸気となります。その水蒸気は100℃で水蒸気になるのですが、温度ももっと上げて、1000度、2000度、5000度と、数千度上がっていった時にプラズマになります。
プラズマの温度はたいだい5000度くらいですが、物質によってはもう少し低い2000~3000度でもプラズマになるものもあります。我々の世界では10000度以上でプラズマと呼んでいます。

このプラズマは圧力によって状態が変わります。普通私たちが居るのは大気圧、1気圧ですね。0.1メガパスカルとも言 いますが、これが標準です。この中ではプラズマの温度は、電子であろうと分子であろうと原子であろうと、それから電子のくっついたイオンであろうと、みな温度は同じです。ところが圧力を下げていきますと、電子だけが温度が高く、電子以外の重い物質はみな常温になります。ですから10000度のプラズマをみても、電子だけが10000度であって、他の重い粒子、原子などは常温の50~100度という温度になります。少なくとも電子の温度が高くないとプラズマとは言えません。
これは気圧に比例して粒子の密度が沢山増えます。物理の式で「PV=nRT->n/V=P/RT」というのがありまして、圧力は粒子の密度と絶対温度に比例します。絶対温度が上がると、もし圧力が一定ならば密度が下がります。そして密度が下がってきますと、お互いの電子がぶつかりあう確率が減るわけです。電子は周りの電界からエネルギーをもらいます。ところが重い粒子はお互いにぶつからないと、電子がもらったエネルギーを取ることができませんので、ほとんどのエネルギーが無くなってしまうのです。このように、圧力が下がると電子だけが高いエネルギーをもらって温度が上がり、他の粒子は温度が下がってしまうのです。

自然界のなかで皆さんが「あれがプラズマか?」と思われるものは、カミナリです。あのカミナリは、雲の上と地面の間で電荷が生じ、その電荷が絶縁をやぶって電気が通る現象のことです。これは時間が非常に短いです。100万分の1秒というすごく短い時間に発生します。その短い時間に電荷が通ります。これは大電流で、だいたい1キロアンペアから100キロアンペアという大きな電流が空気中を流れます。あれは雲の上から地面に落ちると思われている人がいるかもしれませんが、実はむしろ地面から雲のほうへ行くことが多いのです。これは両方ありますが、カミナリが枝分かれしている ところを見ますと、枝が上に分かれているカミナリは地面から雲へと流れているもので、枝が下へ向かって分かれているものは、雲から地面へと流れるカミナリです。雲の電荷がプラスに溜まるかマイナスに溜まるかは、気象条件によって変わります。ですからいつも地面がマイナスで雲がプラスとは決まっていません。その度ごとに電荷の性質が違い、電荷が溜まり、空気中に電圧の差が生じると、それをやぶって流れるのです。

あと自然界に存在するプラズマは、太陽です。太陽の表面は6000度くらいといわれていますが、中は超高温のおよそ1600万度です。太陽表面から立ちのぼるプロミネンスが見えますが、あれもプラズマです。
もう一つあるのが、将来、核融合ができるかもしれませんが、これは太陽の中でもの凄いエネルギーが出ていますが、あのエネルギーを人工的に作ろうというものです。つまり人工の太陽です。この核融合エネルギーで発電しようと各国(日本・欧州連合(EU)・ロシア・米国・韓国・中国・インド)で研究しています。核融合の原理はほぼ解明され、この原理を実用的にするための設備を作ろうとしており、世界で共通の設備をフランスに作ることになって、今もう建設がはじ まっています。10年くらいで作って10年くらいで研究し、その後もっと実用的なものを作ろうという話です。これはITERと呼んで、日本にも実験装置を操作するコンピュータを作られ、動いています。

さらにプラズマがもたらす自然現象として代表的なものが、北極と南極に現れるオーロラです。
オーロラは、それ自体は大きなエネルギーはありませんが、太陽から降り注ぐプラズマの粒子が、地球の大気とぶつかりあうために起こる発光現象で、とくに太陽表面に大きな爆発があったときは、オーロラも明るく光り輝きます。

実はこの原理を人工的に応用したものが、蛍光灯なのです。
蛍光灯内の水銀ガスに電子をぶつけると電離し、プラズマとなって紫外線が放射され、管の内側の蛍光塗料を通して、可視光線となって発光するのです。
実は蛍光灯内のプラズマの電子温度は1万度もありますが、プラズマの密度が低いために、ガラスの表面温度はほとんど上がりません。
蛍光灯のほかにも、プラズマを用いた照明器具は、数多く製品化されています。
また、この原理は、プラズマテレビにも応用されています。

このようにプラズマの応用と開発は、いま私たちの生活に欠かせない、身近なものとなりましたが、本来、この宇宙に存在する全物質の99パーセントは、プラズマ状態であるといわれているのです。

宇宙の空間は、温度は超低温ですが、電子と分子、原子がうすくひろがり、粒子の密度が低い状態です。それでもプラズマという電子がそこに存在するという意味では、99%プラズマ状態といえます。
正確にいいますと、太陽やカミナリは「熱プラズマ」といい、宇宙のプラズマは温度はありません。極低温のプラズマです。また固体の中でも、電子が存在しており原子があれば「固体プラズマ」というものもあります。我々がプラズマと呼んでいるものは主に熱プラズマのことです。

2.アークプラズマとは

熱プラズマの特徴としては、主に、超高温・高輝度・高エネルギーであることが挙げられます。
そして、この特徴を有効利用する技術として、現在、アークプラズマの研究が注目を集めています。
その主な適用例としては、金属の切断や、溶接、大規模照明や、さらには医療廃棄物の処理にまで及ぶ、広範囲にわたる研究と応用が進められているのです。
アークとプラズマは、実は言葉の定義がまだありません。
しいていえば、プラズマという言葉は物理屋さんの言葉、アークというのは電力業界の言葉です。カミナリはアークともいうしプラズマともいい。私たちはアークプラズマと言います。宇宙のプラズマはアークとは言いません。アークというのは、非常に高温のものをいいます。

アークプラズマの基本的な原理は、カミナリの放電現象と同じです。
プラスとマイナスの電極をつけると(ショート)短絡電流が流れますが、ここで電極を少し離すと、そのあいだの空間が絶縁破壊を起こし、プラズマを生み出しながら火花が発生します。この火花を連続的に発生させたものが、アークプラズマなのです。

安定したアークプラズマを作り出すために、プラズマトーチという装置があります。
プラズマトーチには二種類あり、対となる電極の間でアークを発生させる、『移行型プラズマトーチ』と、高圧のガスとともにプラズマを吹き付ける『非移行型プラズマジェット』があります。
『移行型プラズマトーチ』は、電気を通す物質を処理することに向いており、『非移行型プラズマジェット』は、電気を通しにくい物質の処理に向いています。
その他には、高周波放電によるプラズマ発生装置があり、非常に早い周波数の交流を用いてアークを作り出し、高温かつ広範囲のプラズマを発生させることができるため、ガスなどの気体を処理することに利用されています。

3.アークプラズマによる廃棄物処理

アークプラズマは、超高温・高輝度・高エネルギーであり、その温度は、なんと1万度にも達します。 
このような特性をもつアークプラズマを用いて、現在、医療廃棄物や、有害物質を処理するための、研究と開発を進めています。 
私はこの研究は20年くらい前から取り組んでいます。もとはカミナリによって送電線にアークが発生し、送電線を溶かしてしまうという悪影響がありますが、これを何か有効利用できないかを考え、まず直流で安定したプラズマを作り、5000度~10000度という超高温で、地球上のあらゆる物質を溶かすことのできる温度で有害な廃棄物を処理できる、アークプラズマの有効利用を考えたのです。 
中央大学理工学研究所の『熱プラズマ研究センター』では、アークプラズマによる、廃棄物処理のための研究が進めており、現在さまざまな実験装置が稼働しています。

今後の研究課題としては、医療廃棄物の処理装置をさらにコンパクトに、また強力なものに発展させていこうと考えています。それから、現在のアークプラズマは直流で発生させていますが、直流は制御しやすいものの、市販の電源は交流なので、これを直流に変換すると僅かなロスが生じるので勿体ないです。ですから交流のままアークを発生させる装置の開発を研究していこうと考えています。
あとはこれまで以上に多様な種類の廃棄物を処理できるよう、そして処理した物質をリサイクル・リユースできるようなシステムに発展させてゆきたいと考えています。

4.さらなるアークプラズマの利用を目指して

私は理工学を目指す人に対しては、とにかくチャレンジ精神を持って望んでいただきたいと思います。何か自分の興味があるものをみつけてチャレンジする。そして自分の好きなことを半分やり。残りの半分は遊びなさい。と良く言っています。その遊びは、自分のやりたいことの周辺を勉強するための遊びです。もちろん健康管理にスポーツをしても良いのですが、やはりメインとなる仕事があり、それがある程度達成した時に、その周辺の勉強をしておくと、次にどういう技術が将来伸びるかがわかってきます。そのような意味で、周辺の技術がだんだんと積み重なってゆき、大きな仕事ができるようになります。100%自分のやりたいことだけをしていると、その仕事が終わったとき、次に何をしたいのかが解らなくなってしまいます。ですから50:50で、自分の時間をうまく使うのが良いと思います。
私共の電気工学を目指す人に対しては、やはり物理と数学、そして英語は良く勉強してきて欲しいと思います。

太陽の表面温度を凌ぐ、アークプラズマの研究と応用は、今回ご紹介した他にも、実に様々な分野での発展が期待されています。
高エネルギーであるアークプラズマは、これからますます、私たちの暮らしと環境に、大いに貢献してゆくことでしょう。

(2009年12月.番組収録のため稲葉教授インタビューの内容を書き下ろし)