社会・地域貢献

教養番組「知の回廊」37「巻貝の生殖異変と環境問題」「巻貝の生殖とホルモン ~生殖異変の環境問題~」

中央大学 商学部 武田 直邦

これから、巻貝類の生殖について見ていきます。巻貝というと海に住む貝だけと思われがちですが、淡水にも陸上 にも見られるものです:淡水には“たにし”の仲間がおり、陸上には“かたつむり”とナメクジがいます。ナメクジは、巻貝の殻が退化した仲間とされているも のです:事実、コウラナメクジでは、その名残として、背中に石灰質の甲羅が入っています。巻貝類は、分類学上、軟体動物門(貝類)、腹足綱(巻貝類)に属 するもので、殻の口を塞ぐ蓋をもつ仲間(前鰓類)と、かたつむりのように陸上に住むために鰓が無くなって外套腔に血管の走った肺をもつと仲間(有肺類)と に分かれます。ここでは、陸と淡水にすむ巻貝に注目して見ていきます。実はこの巻貝のホルモンが、環境汚染の問題に大きく関わって来ているのです。

始めに、“かたつむり”を見ていきましょう:ところで、“かたつむり”とはなんでしょうか? 最近は少なくなりましたが、皆さんの庭などで容易にみられる大型の貝の仲間のことです。特に、梅雨時などは、アジサイの花のそばを這っている“かたつむ り”の光景などはロマンを誘うものです。その名は、古く十世紀の倭名類聚抄に“加汰豆不利”という名前ででています:つまりは、潟(陸の意)の つむり (巻貝)ということです。“かたつむり”は、また、“マイマイ”とも呼ばれています:これは、巻いてあることに由来するものです。古人は、“かたつむり” の、眼のある触角を含めた“首”を左右に振る行動を、舞を舞うことになぞらえたりもしたようです:たまたま、テレビ大型ドラマの“北条時宗”で、若年の時 宗に代わって、執権代行を務めるようになった外戚の北条政村(役:伊東四朗)が、その喜びのあまり、唄って舞うシーンがありました:歌詞に曰く、♯ 舞え 舞え、かたつむり、舞うならば、 ・・・# でした。また、童謡のかたつむりでは、♯ でんでんむしむし かたつむり、おまえの頭はどこにある、角出せ、 槍だせ、頭出せ とあります。角は目玉のついている触角、また、頭は分かりますが、“槍だせ”とは何でしょう。わかりますか? 実は、“かたつむり”はナ ント、槍を隠し持っているのです。これは、恋の矢と呼ばれるもので石灰質でできているものです。“かたつむり”は恋をして、恋の矢で相手の心を射るので す。ギリシャ神話に通うところがあり、なんとロマンチックなことでしょう。

さて、“かたつむり”をよく見かけるのは、何といっても梅雨時や雨上がり等で、乾燥した時期や冬には見かけません:そ れは一体、どうしてなのでしょうか? “かたつむり”やナメクジ類の皮膚は、他の小動物類とは異なり、比較的水分の出入りがおこり易い性質をもっているの です:その例として、“ナメクジを見たら塩をかけろ”等と言われますが、この場合、ナメクジは溶けるのではなく、漬物と同じ理屈で、体内の水分が取られる ことによるのです。湿った所に住んでいるとはいえ、その環境は雨も降れば乾燥もし、変化します。その為、体液の濃度は環境の水分に応じて、濃くなったり薄 まったりするのです。かたつむり類の行動は、体液が濃くなると鈍り、呼吸用の穴を除いて入口に白い膜を張って、休眠状態に入ります。一方、降雨で薄くなる と、活発に活動するようになります。これは何処でコントロールしているのでしょうか? “かたつむり”にも脳があるのです。脳の中には、血液の濃度に反応 する神経細胞があり、“かたつむり” の意思には関係なく、薄い時にはその細胞が活発になり、運動神経に動くように働きかけるのです。こんな話があります:昔、大英博物館で、展示の額を掛けて いた時に、誤って“かたつむり”の殻を貫通して釘を打ってしまったそうです。つぎの架け替えをした5年後に、初めてそれに気がつきましたが、“かたつむ り”はそれまでの期間休眠で乾燥に耐えていて、水を与えたところ動きだしたということです。それ程、乾燥耐性があるのです。乾燥とか加水での反応を述べま したが、それでは普通、彼らはどのように行動しているのでしょうか? “かたつむり”は、湿度が60%位の状態では、夜行性の体内時計をもっています。 真っ暗にしても、常に明るくしておいても、決まって夕方から明け方まで行動し、日中は殻に入ってじっとしているのが常です。この状態で、雨が降れば動き出 し、乾燥が続けば、入り口に膜を張って耐えるのです。つまり、“かたつむり”には、夜行性の日周期活動に加えて、加水に伴う行動と、約60%以下の乾燥に 伴う休眠があることです。

それでは、そのような環境の下で、“かたつむり”はどのようにして繁殖しているのか見てみましょう。普通、動物はオス とメスに別れ、交尾をして産卵(出産)していますが、“かたつむり”はナント、雌雄同体なのです:オスのもつ精子とメスのもつ卵を、1個体がもっているの です。両方の配偶子をもっていても、殆どは他の個体と交尾して精子の交換をしているのです。しかし、中には自分のもっている卵と精子で、いわゆる自家受精 と呼ばれるもので増える場合もあり、なかには十数代、自家受精で繁殖したケース等もみられます。“かたつむり”の生殖腺では、オスとメスの生殖細胞が同時 に成熟しますが、ナメクジ類では、始めに精子の方が成熟し、しばらく間をおいて卵が成熟する様になっていて差がみられます。

広く軟体動物を見ると、性に関しては大変鷹揚で、様々な形となって現れています:例えば、ツタノハガイは、生まれて一 年目はオスですが、2年目にはメスへの転換期となり、3年目過ぎにはメスになるものであり、また、アワブネガイは、10個位ずつ重なって集団で生活してい ますが、一番下のものが大きなメスで、上になるにつれて様々な形でオスに転換する個体が見られ、一番上は完全なオスが鎮座して、一つのコロニーを形成して いるのです。

今度は、梅雨時によく見られる交尾行動を、観察してみましょう。始めに、頭をよく見てみましょう。まず、眼がついてい る大きな触角(視触角)の間に、皮膚が盛り上がったような奇妙な組織があることに気が付くと思います。これは、あたま・こぶと書いて頭瘤と呼ばれる組織で す。種類によって形が異なり、拳型から襞型、蛇行した河川のようなタイプまで、種によってまちまちです。ヨーロッパ産の種類では、“きのこ”のようなもの から、イソギンチャクのようなものまで様々なものがあります。また、アフリカマイマイのように、頭瘤のない種もいます。果たしてこの組織は何の為にあるの でしょうか? 繁殖期に2頭の“かたつむり”が出会うと、まず、触角でお互いに頭部を探り合います。次いで、頭と頭をつき合わせて、しばらく向かい合いま す。その時が、頭瘤の出番なのです。すると、“かたつむり”はお互いに頭瘤を大きく膨らませます。そして、触角を振り回して、興奮するのです:つまり、頭 瘤からは性的興奮を促す物質が出されるのです。このように、個体同士のコミュニケイションをうまく計るよう出される物質を、“フェロモン”と呼んでいま す。この場合は性に関することなので、性フェロモンと呼びます:最近は、ヒトにも当てはめて、“あの娘はフェロモンがプンプンする”などと言ったりしてい ますね。人間の場合の性フェロモンについては、はっきりしたことはまだ分かっていません:只、然るべき効果のある香水が話題になったりもしている様です。 フェロモンは、その他、集合フェロモン、道しるべフェロモン等色々知られています。さて、その興奮の際、ここぞとばかり体内に隠していた恋の矢を出し、互 いに相手を突付き、興奮を高め交尾に至らしめるのです。交尾後の現場には、役目を果たした恋の矢が落ちているのが見られます:この矢は、また再生されるの です。 “かたつむり”を解剖した時この矢が見当たらなければ、それは、交尾後の再生がまだ起こってないものです。交尾後数日経ってから、産卵がみられま す。卵は、腹足で土や砂を掘った所に産みつけられます:ピンポン玉のような真珠の粒です!一方、ナメクジの交尾は、体内にある交尾器を反転させて出し、巴 型になって状態で見られるのが普通です。変わったものとしては、木の枝から絡み合って垂れ下がる曲芸さながらのものが、外国産の種で見られます。卵は背中 にコウラのない在来種ではブドウの房状に、また、コウラナメクジ(本来は外来種)では、ピンポン玉状に生み出されます。

次に、“かたつむり”を解剖し、生殖器官系のなりたちを見てみましょう:これは、種を同定する際にも役に立つもので す。生殖器管系は消化器管系と並んで大きいので、体を開けるとすぐ分かります。外部に開口している部分から丁寧に開けていくと、2本に分かれている種と、 分かれる手前に大きな塊のある種があります。後の物はマイマイ科に属する種に見られるもので、これを矢嚢と呼びます:これは、前に述べた恋の矢をいれてお く袋のことで、交尾時には体から出てすぐ突けるように、先端部が生殖口の方を向いています。恋の矢の断面は、丸型、山形、剣菱型等々種により異なります。 矢嚢の先端近くには、粘液腺が見られます。また管をたどっていくと、途中で継ぎ目になっている部分がありますが、これのある方が雄性部に当たります:分か れた部分からそこまでが、部陰茎鞘と呼ばれ、本体の陰茎はその後に続く部分です。交尾の時、陰茎は反転して出て行きます。陰茎の終わり近くは、牽引筋で外 套膜に固定されています。陰茎から先細りにでている部分は鞭状器と言い、精子を精莢と呼ばれる嚢入れて保存しておく所です:その為、生殖腺(両性腺)から 出た精子は、両性輸管の出口からここに入ることになります。もう一方の管をたどると、受精嚢と呼ばれる構造物までの間が膣、それに続くのは両性輸管で、蛇 腹状の輸卵管と輸精管が一本化したものです。その先に、半透明でゼラチン質の蛋白腺と、らせん状の両性管の奥に両性腺があります。なお、生殖細胞ができる 精巣や卵巣を生殖腺(器官)と呼び、その機能を助ける輸卵(精)管や前立腺および蛋白腺などの分泌線を付属腺(器官)と呼びます。また、雌雄同体の種で は、一つの器官に両方の性が関係する為、生殖腺を両性腺、各輸管を両性輸管と呼びます。

“かたつむり”の生殖器官系の発達には、生理活性物質であるホルモンが関係します。因みに、成体から生殖腺だけを取り 出してみると(去勢)、ホルモンの作用がよく分かります。すなわち、去勢により、付属器官の発達が見られなくなることです。また、この状態の個体に、生殖 腺を移植すると、輸管が再び発達してきます。このことから、付属腺の発達は、生殖腺から出されるホルモンによることが分かります。さて、動物のホルモンに は、蛋白質やステロイドなど様々な化学的性質のものがありますが、巻貝類の生殖にはステロイドに属するホルモンが関係していることが分かり、それらを一括 して性ステロイドと呼んでいます。これは、ヒトを含めた脊椎動物の生殖腺に見られるホルモンと、同じ種類のホルモンなのです:すなわち、雄性ホルモンとし てはテストステロン、雌性ホルモンとしては、エストラダイオールが主要なホルモンになっているのです。このように、下等な巻貝であっても、ホルモン的には ヒトと類似していることが分かります。

前に述べた頭瘤は、生殖腺から分泌されるテストステロンにより発達が促されます。また、“かたつむり”類では、生殖腺 自体も再生するのです:因みに、両性管を切断してみると、切られた先端部が塊状になり、やがてその中に雌雄の生殖細胞をもった生殖腺が完成します。本来は 雌雄同体なのですが、未だ分化しない塊状の頃の処理により、テストステロンでは精子だけの生殖腺になり、エストラダイオールでは、卵だけの生殖腺となるこ とが、実験的に証明されました:ホルモンによるいたずらです。

これらの性ステロイドホルモンについては、昨今話題の“環境問題”と関係してきます。それは、内分泌攪乱化学物質のこ とです:すなわち、環境汚染物質の中に、ホルモンの代謝異常をもたらす化学物質があると、その影響で本来と異なるホルモン作用が生じたり、また、そのホル モンと構造の似た化学物質があると、生物体は騙されて、それと反応してホルモン作用をおこしてしまうのです。これらのことから、様々な生殖異変が導かれて いるのです。恐ろしいことです。俗称 “環境ホルモン”等と呼ばれていますが、正確性を欠いて不適切であるにも拘わらず、語呂と単純な表現からメデイアの後押しもあって定着しつつあることに は、ホルモン研究に携わってきた研究者の多くは苦々しく思っている処です:事実、学会や厚生省もこのことを考慮して、この言葉の後に括弧つきで正式名を入 れている程です。

現在、昆虫や甲殻類の脱皮や変態の現象が、ホルモンによりコントロールされていることはよく知られていますが、それは 実は様々な手法によるホルモン攪乱作用の誘導により明らかにされたのです:すなわち、分泌腺と見られる器官を取り出したり、移植したりすることや、分泌腺 の含む部分を糸で括ったりする等々の手法で生じた異常から、本来の機能が分かったのです。ヒトの場合にはそのような実験ができないので、ホルモン分泌の異 常が攪乱現象となってもたらす病気(内分泌病)から推測してきたのです:それには、成長ホルモン分泌の過剰による巨人症に、分泌低下による小人症、また、 甲状腺ホルモンの過剰分泌によるバセドー氏病に、分泌低下によるクレチン病等がよく知られています。

内分泌攪乱化学物質による被害は、全く関係のない弱い野生生物に、畸形となって現れてくる生殖異変です:おチンチンの 異常に小さいワニ、雄の魚のメス化(多摩川のコイ)。人間はそれらの結果を見て、ヒトにも影響があっては大変と気がついたに過ぎません:事実ヒトでも精子 数の減少、尿道下裂、睾丸停留、子宮内膜症や乳ガンの増加見られているのです。

前述のかたつむりの性ステロイドホルモンについては、私がもう二十年も前にオランダでの国際学会で発表したものです が、当時大きな手ごたえがありました:なぜなら、ヨーロッパの海ではその頃から既に、訳の分からない海産巻貝の生殖異変がおきていたからです:それはすな わち、メスがオス化する“インポセックス”と呼ばれる現象です。インポセックスとは嫌らしい言葉に聞こえるかも知れませんが、Imposed(押つけるの 意味)とSex(性)を一緒にして作られた語で、押付けられた性という意味です:すなわち、本来の性に別の性の生殖器官を、無理やり押しつけられたという ことなのです。連想される例の“インポテンツ”とは、何の関わりもありません。実は、講演した“かたつむり”における生殖の“性ステロイドホルモン説” が、その原因を解く手がかりになったからです:すなわち、オス化を誘導するのはテストステロンであることから、メスの体内のホルモン代謝系が汚染物質の影 響を受け、それを大量につくり出したためということです。その後、その汚染物質は、魚網や船底塗料に使われる有機すずであることが判明したのです。

実は日本近海でも、1980年代から既に巻貝に異常が見られていたのです:例えば、バイ貝は本州以南の沿岸に棲息して いますが、メスにペニスができ産卵不能になるインポセックス現象で、漁獲量が84年頃から激減し、絶滅の危機も指摘されたのです。このように、インポセッ クス現象は、只調べられていないだけで、大分前から海産巻貝で発生していたのです。最近でも、グリーンピース(国際的環境保護団体)の報告によると、エー ゲ海や地中海で有機すずが高濃度に検出され、シシリー島、スペイン南西部やポルトガル沿岸までも、インポセックスの巻貝が見出されている状況とのことで す。 
ところが、船底塗料は海の船だけではなく、河川や湖沼の船にも使用されてたので、そこに棲息する貝類にも影響が見られるはずです。淡水巻貝で もインポセックスが見られる可能性はあるのですが、只、調べられていないだけのことなのです。(また、影響を受けたとしても、交尾器のない二枚貝の様に、 生殖が放卵・放精で行われる種では、攪乱の影響は生殖腺の組織自体を調べてみなければ分からないのです。) 
そこで、淡水産の巻貝でも、すずでインポセックスを誘導しうることを実験してみました。淡水産の巻貝としては、俗称ジャンボタニシといわれる スクミリンゴガイを用いました。なぜなら、本種は田圃のイネの若芽を食べることから、農業貝虫(?)になっている駆除対象の巻貝だからです。また、減少の 一路をたどっている固有種を用いることは、避けなければならないからでもあります。

自説の“ステロイドホルモン説”が正しいと信じて、やられていない淡水種で試した訳ですが、果たしてスクミリンゴガイ のどこに、どのような形で攪乱現象がどう現れるのか、期待と不安の中、只黙々と低濃度 (30ng/L:1ng とは1g の 10 億分の 1 なのです;すずは猛毒ですが、このような低濃度では毒性はありません。只、長期間の被曝で攪乱効果が誘導されるのです。濃度がうすいから安全、とはいえな いのです。) のすず溶液で飼育を何ヶ月も続けたのです。根気のいる仕事なのです。幸にも、3ヶ月から6ヶ月後にかけて、奇妙な形のインポセックスが続々と誘導されたの です。 
それは、鰓と輸卵管の間の幾分厚みのある均質な組織に現れました。まず、この組織の前方先端に、細長い三角錐の棒のような形が現れます。一見 立派なペニスを思わせますが、真ん中に裂け目があるのです。しばらく経つと、この組織の後の方にずん胴の杭のような形が現れます:すると、その先端を破っ て細い紐状のものが出てきます。正常なペニスをみればすぐに分かるのですが、スクミリンゴガイのペニスは、細い紐状構造をしているのです:本体は、くにゃ くにゃして役に立ちません。始めに現れた三角錐状の構造はペニス鞘と呼ばれ、ペニスと組になっているのです。ペニス自身は、根元の袋に蛇のようにトグロを まいて入っています。交尾時に2つがセットになって機能し、堅固な鞘の支えで、その溝を通して交尾するのです。インポセックスでは、この2つがバラバラに 出てきたことになります。その他、インポセックスの程度が進むと、輸卵管が影響されます:輸卵管の一部に輸精管が出てくるのです。極め付きは、卵巣に精細 胞が分化することです。このインポセックス現象は不可逆におこるので、もう元に戻ることは不可能です:産卵できずに、あとは死ぬばかりなのです。

それでは、原因物質の有機すずは、どのように扱われているのでしょうか?有機すずは、日本の船舶業界では、生産は 1997年で生産は打ち切られ、使用は届出制にして規制していますが、完全禁止が望まれます。有機すずは、ヒトには、頭痛、めまい、嘔吐、神経障害等を引 き起こます。国際海事協会(IMO)では、本年中に船体塗料の有機すずを全廃し、代替塗料を使用する規制案を採択しました。海には国境がないので、全世界 の国々が使用を禁止しなければなりませんが、まだ、有機すず使用を認めている国もあるのです。
有機すずによる汚染は、私たちの生活と直接的な関係 のない、別の世界でのことではないのです。ヨーロッパでは、軟質塩化ビニールの安定剤として、有機すずが40年以上も使われてきているのです:ビーチボー ルやエアーマットレス等の海水浴用品にも入っており、また、赤ちゃん用のオムツからも検出されているのです。日本での現状は不明ですが、このように、汚染 源は身近な環境にあることです。

極めて最近になって、ことはそれだけでは済まなくなってきたのです。巻貝のメス化やオス化に影響を与えるのは、有機す ずだけではないことが判明したのです。それは、私たちの身の回りにある生活用品に含まれるビスフェノールAと呼ばれる化学物質です。スクミリンゴガイをこ の化学物質で飼育すると、メスの生殖器官が大きく肥大したり、輸卵管に亀裂が入ったりする異常が見られたのです。

ビスフェノールAは、塩化ビニール製の配水管や、お惣菜や肉を包装するラップ類、ポリカーボネート製の食器及び缶や カップ麺容器の内側の塗装等に含まれているもので、原料そのものであったり、安定剤や酸化防止剤であったりする化学物質なのです。それはまた、歯の治療で 充填剤に使うシーラントなどのエポキシ樹脂にも含まれ、治療後の唾液から検出もされています。ビスフェノールAは、家庭から生活廃水として出され、日本の 36%もの河川で検出もされているのです。水環境の汚染は、深刻な事態を引き起こす可能性があるのです。幾ら低濃度であっても、水俣病での有機水銀やカナ ダのオンタリオ湖で見られたPCB等のように、食物連鎖(微生物による化学物質の摂取 ⇒プランクトン ⇒ 甲殻類 ⇒ 小魚 ⇒ 大魚)の過程で濃縮され、ヒトが食べる魚の段階では、数千万倍もの高濃度になることも明らかにされています。

以上、環境中に出された化学物質で、巻貝に生殖異変がおこることを、その原理を通して実験的に見てきました。周辺環境 に棲息する巻貝等に異常が見られては手遅れですから、そうならないよう、常にウオッチすることは大切なことです。最近は、悪いことばかりではなく、環境に やさしい商品開発が進み、攪乱作用のある化学物質が出ないものに換えられつつあるのも事実です:例えば、何かと問題の多い塩化ビニール製品では、ラップが 塩化ビニリデンからポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィン系のものに代えられつつあることもその一つです。しかし、依然として含有されている商 品もまだ沢山あります。商品には、その安全性が素人にもわかるようなマークがついています。プラスチック関係では、JHPマークやPLマーク、また、衛生 検査済・品検査済マーク、さらには、電子レンジ用容器検査マークなどが付いています。食品購入の際は、これら安全性を示すマークを参考にして、内分泌攪乱 化学物質などが含まれていないものを選ぶ、上手なエコ・コンシューマーになるよう心がけたいものです。