農薬との向き合い方を考える

お茶の水女子大学附属高等学校 経済発展と環境チーム(農薬)(櫻井 映里香)

Ⅰ.はじめに
 農薬についてあなたはどのようなイメージを持っているだろうか。元来、農薬は害虫や悪天候から作物を守るために開発された。最近、この当たり前のような事実が忘れられがちである。例えば、農薬を使うことで作物の品質が落ち、人体や環境に悪影響があると考える人がいる。それゆえ、野菜を買う際に農薬を避け、有機野菜や無農薬野菜にこだわる人もいる。しかしながら、農薬は危険であり、無農薬野菜のほうが優れているという考えは本当に正しいのだろうか。私たちはこのような疑問を抱き、人間、環境に対して農薬がどのような影響を及ぼすのかという点を調査し、農薬との向き合い方について考察にあたった。

Ⅱ.調査方法
 8月2日にお茶の水女子大学で食品加工貯蔵学を研究されていて、食品安全委員会で活躍されたこともある村田容常教授にインタビューをさせていただいた。その後、文献調査を行い、考察を行った。

Ⅲ.調べて分かったこと
ⅰ.農薬はどのように規制されているのか
 農薬は、農家がそれぞれの判断で利用しているように思うかもしれないが、そうではない。農薬を安全に使用するための基準として、3つの数値がある。実験を行った上で人体に悪影響が認められなかった量(無毒性量)、毎日摂取しても問題がないとされる量(許容一日摂取量)、農薬が残留しても問題のない最大上限値(最大残留基準値)がある。これらは、様々な実験のデータを通して厚生労働省が設定する。
 実験では、実際に農薬をネズミなどの動物に与えて個体に異常の出ない量を調べる。得られたデータから生体に影響が出ない値を無毒性量として設定する。それを安全係数(多くの場合100)で割って1日に人間が摂取しても安全な量(許容一日摂取量)が導き出される。さらに、その農薬を使用することでどのくらい環境中に残留するのかを調べる。このデータから人体にも、環境中にも影響の少ない値(最大残留基準値)が設定される。
 つまり、私たちが普段摂取している食品に含まれている可能性のある農薬はかなり少量で、毒性が出る値よりもよっぽど小さいのだ。もし私たちが残留農薬を許容一日摂取量の2倍の量を口にしてしまったとしても、それは毒性の出る可能性がある量の1/50以下ということになる。
 基準値を守るために、防除日誌を備えるなどの組織による指導が行われている。防除日誌には、使った農薬の名前、量、濃度などが細かく記録されている。これは、農協グループのホームページなどから見ることができる。防除日誌に農家が使用した農薬を記録して、作物の安全性を一般の人々に発信しているのだ。農協グループや市が呼びかけることで農業者の協力を得て、成果が上がりつつある。現実的には、全ての農家が基準を守っているのか確認することは難しい。しかし、防除日記があることで、農家にとっては農薬の過剰使用を防いだり、作物の安全性を示したりすることに繋がる。消費者にとっては作物の生育過程を確認することができ、安心に繋がるだろう。
 また、食のグローバル化が進み、外国の野菜に対して不安を感じる人もいるであろう。確かに外国の農薬まで全てを把握することは難しい。そこで、基準値が設定されていない農薬のためにポジティブリスト制度というものがある。これは、輸入作物に対する残留農薬の安全基準を定めた制度のことである。この制度によって、一定量以上の農薬などを含む食品には販売を禁止するなどの対応が取られている。一定量とは、「ほとんどの物質でヒトの健康を損なう恐れのない量」である(畝山、2009)。以上より、農薬の人間に対する安全性は確保されていると言えるだろう。

ⅱ.農薬は環境を破壊するのか
 農薬が始めから安全に使用されていたのかといえば、そうとは言えない。過去に日本で使用されていたが現在では禁止されている農薬の一つに、DDTがある。DDTといえば、戦前にシラミへの対策として使われていたことで有名だ。DDTは殺虫力が強く、非常に安く即効性があることから農薬としても使用されていた。しかし1971年には使用が禁止されている。なぜなら、DDTは分解されにくく、散布されると環境中に蓄積してしまうからだ。実際に、根からDDTが吸収されることで農作物が汚染されてしまったという被害があった。そのため、現在では多くの国で使用が禁止されている(三森、2015)(福田、2000)。
 この失敗を踏まえて、現在の農薬は環境にも配慮されたものが選ばれている。前述したように、農薬の基準値を設定するにあたって環境中への影響も調べられている。実際、使用される農薬は「農作物への残留が少ない」ことや、「分解性が良く土壌や水への残留性が低い」ことなどが条件になっている(三森、2015)。
 では、農薬は散布された後、環境中でどのように存在しているのだろうか。意外なことに、作物に散布しても作物自体に付着する農薬は少なく、それのほとんどが土壌に落ち、残りの農薬は空気中に広がったり河川に流入したりする。土壌に落ちた農薬は主に微生物によって分解される。また、空気中に拡散したものは光によって分解され、水中では空気中に蒸発したり、魚に取り込まれたりして減少していく(福田、2000)。実際、環境庁は農薬の成分を含め、750種類以上の化学物質について環境中での濃度を調査しているが、農薬が検出されるのはごく稀である。さらに、農薬散布直後にその周辺を調査しても、検出される農薬の量は最大残留基準値を大幅に下回っているのが普通である(福田、2000)。日本産業衛生学会が発表した農薬の許容濃度、農林水産航空協会による実測値を下に示した(表-1)。ここで示す許容濃度とは、1日8時間、人間がその空間で平均的な労働をしても問題の出ないとされる濃度のことを指す。このことから、農薬の環境に対する安全性も確保されているといえる。

ⅲ.農薬は必要なのか
 ここまで農薬の安全性について述べてきた。しかし、過剰な使用は環境や人体に悪影響を及ぼす。少しでも悪影響の出る可能性があるのなら、農薬を使わなければ良いという考え方もあるだろう。しかし、本当に農薬は使う必要がないのだろうか。農薬を使わない方がリスクは低いのだろうか。そこで、農薬の必要性について二点述べる。一点目は、農薬を使用することで、有機栽培よりも収穫量が大きくなることだ。有機栽培をした場合に、農薬を使用した場合と比べてどれくらい収穫できるかを表-2に示した。表からわかる限り、有機栽培を行うと本来の6、7割ほどしか収穫することができない。つまり、農薬を使ったほうが、効率よく栽培することができるということだ。
 二点目は、農薬には食中毒を防ぐ効果があることだ。その例としてさつまいもをあげる。農薬などの化学物質を一切使わずにサツマイモを栽培するとしよう。さつまいもにカビが付着すると、さつまいもはカビから身を守るために自ら天然の毒、いわば自然農薬を出す。しかしその自然農薬には家畜が死んでしまうほど強い毒性がある。農薬を使わないことで、かえって食中毒のリスクが高まってしまうのだ。すなわち、農薬の使用によって私たちの食の安全を守るケースもある。

Ⅳ.考察
 今回の調査を通して、残留農薬の基準値は人体にも環境にも影響がないと考えられている量で厚生労働省によって設定されていることがわかった。そして、農薬は農業に欠かせない状況であることがわかる。これらの事実を踏まえて、農薬に対して過度な偏見が生まれないように、農薬とどのように向きあっていくべきか提案したい。
 一つ目は、食品の店頭での表示方法を改めるべきだ。多くの消費者は、有機野菜、無農薬野菜などの区別もあまり把握していないのではないだろうか。現在は有機野菜の認証マークのみがあり、店頭によってはポップなどで強調されている。そのため、表示の仕方に惑わされて「有機野菜の方が安全だ」などと思いかねない状況である。もちろん、有機野菜を購入することは全く悪いことでない。私たちが言いたいのは、店頭の食品は農薬を含め検査された、安全なものだということだ。店頭に農薬の検査過程をポップやポスターなどで分かりやすく紹介するのも良いだろう。
 二つ目は、農薬に関する情報をより入手しやすくするべきだ。今回の調査によって防除日誌のような情報があることを初めて知った。多くの人は、食の安全性を確かめる方法をあまり知らないのではないだろうか。近年、トレーサビリティの普及によって誰もが気軽に商品の情報を手に入れることができるようになった。そこで、防除日記のような農薬に関する情報も、トレーサビリティを活用して発信すると良いのではないだろうか。防除日記の知名度が上がれば、情報を提供してくださる農家も増えることだろう。
 この二点に共通していることは、消費者が自ら情報を手にできる環境を整えるということだ。消費者が正しい知識を持って選択することが、農薬を有効に活用する上で最も大切なことではないだろうか。食品の安全を守るうえで、農薬は欠かせない存在であることを全員が身につけてほしい。

(資料)
表―1


表―2

◆参考文献

  • 村田容常「食べ物の基礎知識」、食品の安全を守る賢人会議『食品を科学する』、大成出版社、2015
  • 三森国敏「農薬は安全なのか」、食品の安全を守る賢人会議『食品を科学する』、大成出版社、2015
  • 畝山智香子『ほんとうの『食の安全』を考える』、化学同人、2009
  • 福田秀夫『農薬に対する誤解と偏見』、化学工業日報社、2000
  • 福田秀夫『続 農薬に対する誤解と偏見』、化学工業日報社、2004
  • JA全農やまなし「防除日記のダウンロード」、http://www.yn.zennoh.or.jp/make/safe/download.html、(閲覧日:2019年9月4日)

インタビュー
 お茶の水女子大学、基幹研究院、教授、村田容常先生(2019年8月2日)