大学院

【究める vol.79】修了生の声(法学研究科 博士後期課程)

2022年04月01日

修了生の声(法学研究科 博士後期課程)

博論執筆を支えてくれた猫

 

青木 洋英(あおき ひろよし)さん

2021年度に法学研究科 博士後期課程 公法専攻を修了し
博士(法学)を取得しました。

<博士論文タイトル>
「動物保護の憲法論――アメリカにおける動物法学の発展と憲法学の変容」

 

 

博士論文の内容について教えてください

憲法学では、国家というものを基本的人権保障のための手段として見ることが多いです。そのように考えてみると、国家の活動は、基本的人権に役立つ範囲で正当化され、基本的人権を侵害する限りで違憲と判断されることになります。つまり、世の中にある法律・国家活動のすべては、何らかの基本的人権を保障するのに役立つはずだという建前があるということです。こうした建前は、国家権力の濫用を防いで基本的人権を現実のものとしていくうえで非常に重要です。

一方、多くの人が見聞きしたことがあるように、近年日本では動物虐待禁止罪の厳罰化や、ペットショップやブリーダーに対する法規制の厳格化が進んでいます。こうした法律は、動物一匹一匹の生命の在り方を保護すると同時に、動物保護という目的のもとで、動物を飼育・管理する人間の側の自由を制限しているように見えます。それでは、「動物」のために「人」権を規制するかに見えるこうした動物保護法制は、「世の中の法律・国家活動のすべてが何らかの基本的「人」権の保障の役に立つべきだ」という建前との関係で、どのように理解されるべきでしょうか。国家による動物の保護は、誰のどういった基本的人権(あるいは動物の権利?)の保障に役立つのでしょうか。
博士論文では、こうした問題について考える際の視点を得るために、アメリカにおける動物法学と憲法学のあいだの交錯領域を扱った文献研究を行いました。法による動物の保護の範囲の拡大は、日本だけの現象ではなく、EU諸国、北米南米諸国、アジア諸国でも生じているグローバルな法現象です。博士論文ではこのうち、伝統的に日本の憲法学とも関係の深いアメリカにおける議論を参照することで、日本国憲法のもとでの法による動物保護を、どう位置付ければよいか探るための手掛かりを得ようとしました。

博士論文の結論としては、国家による動物の保護は、①人間のための動物保護と、②動物自身のための動物保護とに分けて理解することができると考えました。つまり、国家による動物の保護は、第一に、①特定の動物に対して愛着をもつ人間の利益の保護、あるいは、動物愛護の気風を維持してよりよい人間社会を作っていくという公共の利益等に役立つと言うことができます。また第二に、②動物倫理学等における議論が明らかにするように――基本的「人」権の保障のなかに、一定の動物を含めて理解することで――、動物一匹一匹がそれぞれ有する固有の価値を守ることに役立つと言うことができます。私見では、この2つの考え方は、相対立するものでなく、別個の価値として両立可能であり、両立させることによってこそ、今後の動物保護法制を適切に発展させていくことができると考えています。

憲法上、動物保護法制をどのように理解していくべきかを検討していくことで、動物保護法制が国家による権力の濫用、人権侵害の手段とならないようにしながら――実際にナチスドイツにおいては、動物保護法制を用いてユダヤ人に対する人権侵害が行われました――適切に動物保護法制を発展させていくことができます。したがって本研究を通じて、日本の動物保護法制をグローバルに進展するアニマルウェルフェアの基準に沿ったものとしたり、劣悪な飼育環境にある動物の保護に行政がなかなか介入できないという日本の現状を打破していったりするための基礎を築くことに貢献できると考えています。また、物言えぬ動物の保護について考えることで、既存の憲法学の枠組みにおいては汲み取りにくいマイノリティの権利保障の仕組みを考えるうえでも、本研究の成果を応用できるのではないかと考えています。

大学院時代の研究について

動物保護と憲法という研究テーマは、修士課程在学時のゼミ発表において数回扱ったことがありましたが、最終的に提出した修士論文が直接的に扱っていた研究テーマではありませんでした。私は他大学の修士課程を修了し、数年間を挟んだ後に、改めて中央大学大学院法学研究科公法専攻博士後期課程に進学したのですが、博士後期課程に進学した当時は、より抽象度の高い研究テーマに取り組もうと考えていました。動物保護法制と憲法学というテーマは、指導教授の橋本基弘先生とのあいだではじめて研究テーマについての相談を行った際に、まずは具体的なテーマを扱ってみてはどうかとアドバイスをいただき、それを受けて私の側から提案した複数の具体的テーマのうちの一つでした。

取り組んでみると、動物保護の問題は法学全体をとらえなおすことにもなる非常に深いテーマであり、また動物保護法制・動物保護活動が活発化する現代社会において、時宜に即したテーマでもありました。先行研究の少ない領域でもありましたが、中央大学大学院法学研究科では、伝統的な法学の研究方法である比較法研究や判例研究を重視した的確な指導を受けることができました。中央大学大学院の先生方からいただいたご指導のおかげで、提出した博士論文も、伝統的な方法論に大筋は沿った形で――議論不足の点が数多くあるものの――、テーマに比して地に足の着いた落ち着いた研究としてまとめることができたのではないかと思っています。

中央大学大学院への進学を決めた理由を教えてください

進学を決めた直接の理由は、他大学修士課程在学時から現在まで、最もお世話になっている先輩から、中央大学大学院法学研究科への進学を勧められたことです。

修士課程修了当初は、実家の近くの大学の大学院の博士課程への進学を考えていましたが、当時は研究に必要な語学力が足りず、同大学院で研究生として学ばせていただきながら、次年度になんとか博士課程に進学できればと計画していました。しかしながら、研究生として入学してすぐ後、家庭の事情から実家近くの大学院に通うことが難しくなってしまい、その後、数年間は研究から離れ、家族の介護の手伝いや学術出版社でのアルバイト等をしていました。

家庭環境が落ち着いた後、家族の勧めもあり、改めて大学院の受験を考えましたが、このように研究期間にブランクがあったたため、どこの大学院を受験するべきなのか非常に悩みました。修士課程時代の先輩から中央大学大学院を勧められたのはこのときで、たいへん不安ではあったのですが、現在の指導教授の橋本基弘先生の研究室を訪問してお話を伺い、受験を快く歓迎してくださったため、中央大学大学院への進学を決めました。

ご自身にとって大学院はどのような場でしたか

上記のような経緯がありましたので、入学後は改めて研究の場に身を置けることのありがたさをことさら強く感じていました。大学院に来て授業に参加したり資料を収集したりしている時間は、研究活動に専念できる貴重なものでした。

中央大学大学院には法学研究、法学教育に関する長い歴史があり、図書館の蔵書やデータベース等も充実していたため、資料収集に困難を感じることはほとんどありませんでした。また、ひとりにつき机がひとついただける院生研究室では、大学院生同士での交流を通じて議論を深めることができました。新型コロナウイルス流行後は、こうした対面での交流が難しくなってしまいましたが、代わりに以前よりもSNS等で個別に院生同士でやり取りすることは多くなりました。郵送での書籍の貸し出しのサービスや、自宅からもアクセスできるオンラインデータベースを拡充していただけたこともありがたかったです。

中央大学大学院へ進学してよかったことについて

中央大学大学院法学研究科では、教員・大学院生ともに研究が盛んに行われており、その研究の受け皿として、法学研究に関連するジャーナルが複数あることがたいへんありがたかったです。といっても、法学研究科の大学院生は、基本的には最初の論文を大学院研究年報(法学研究科篇)という査読付きのジャーナルに投稿することになっており、法学研究の進め方を段階的に学んでいくことのできる仕組みが整っています。

個人的には、法学部・法学研究科の教員も投稿する法学新報に論文を掲載していただいた際に、他大学に所属する若手の研究者の方からリアクションをいただき、その後、その方の所属する研究会において研究報告の場をいただけることになったことが嬉しかったです。

そのほか、中央大学大学院法学研究科には、博士課程に所属する大学院生の博士論文の執筆を促すための「法学部任期制助教C」の制度があり、本制度のもと、博士課程5年次において中央大学法学部の教員として雇用してもらいながら博士論文の執筆に専念できたことが、博士論文を仕上げるにあたって経済的にも精神的にも、たいへん大きな支えとなりました。

 

大学院時代の印象に残っている出来事について

同じゼミの仲間として中国からの留学生が来てくれたことで、国際交流が図れたことが印象的でした。中国史や日本史にも造詣の深い方で、私自身、中国のことを知ることができただけでなく、自国のことについても改めて捉えなおす良いきっかけをいただきました。この留学生の方から色々と話を伺うなかで中国の法制度に興味をもち、博士課程在学中には、中国の北京にある清華大学法学院にて、交換留学も経験しました。新型コロナウイルスの流行もあって、現地にいられたのは数か月間程度でしたが、欧米各国からも留学生の集まるグローバルな場で法学を学ぶ機会に恵まれたことは大きな刺激となりました。

また、同じ専攻には、社会人大学院生として修士課程・博士課程と研究を進めている方もおられ、毎日仕事に通いながらも着実に研究に取り組まれていました。研究に専念できる環境に身を置く立場としては、こうした社会人大学院生の方が質・量ともに優れた研究活動を行う姿にたいへん驚かされました。中央大学大学院法学研究科には留学生や社会人院生といった、多様なバックグラウンドをもつ大学院生が在籍しており、授業や研究会の場でともに学ぶことで、自分の視野を大きく広げることができました。

修了後の進路について

博士課程修了後は、沖縄国際大学法学部法律学科の憲法学担当の講師として着任予定です。まだまだ若輩者で至らぬところが多いのですが、学生に認めてもらえる大学教員・研究者になれるよう、今後も謙虚な姿勢で、地道に研究・教育活動を行っていきたいと思っております。

受験生へのメッセージ

博士後期課程への進学は、個人のキャリア形成という観点から考えれば大きな分岐点となりますので、皆さん進学すべきかどうか、かなり迷われるのではと思います。進学をお考えの受験生の方は、まさにいま博士前期課程・法科大学院において修士論文(ないしリサーチペーパー)を執筆中の方か、あるいは既に修士論文等を書き上げた方ではないかと思いますので、進学するかどうかを決めるにあたっては、修士論文・リサーチペーパーの執筆に現在かけている/かつてかけていた日々がさらに長く続いていったとして、自分がどう感じるのだろうかということをじっくり考えてみてはと思います。

また、法学分野の研究では、まだしばらくは外国語能力の比重の大きい状況が続くように思いますので、受験対策という枠を超えて、できれば計画的に語学の学習を進めていかれることをお勧めします。私は外国語が苦手だったので、外国法文献の読解に最初非常に苦労したのですが(今もですが……)、ある程度慣れてくれば、やはりそれなりに日本語の文献からは得られない発見や驚きがあると感じています。最近では、外国での研究報告をオンラインで日本から直接拝聴できる場合もあり、語学ができれば従来より気軽に外国の最新の議論に触れることもできます。と言いつつ、私も語学能力は不十分なので、今後も引き続き勉強を続けたいと思っています。

 

※この記事は、2022年4月時点の内容です。

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