社会・地域貢献

私たちの考える熱中症リスクとその対策

お茶の水女子大学附属高等学校 経済発展と環境チーム (2年 上田 萌加)

私たちの高校では、wbgtが31℃以上のときは部活動禁止というルールがある。wbgtとは、*1環境省熱中症予防サイトによると「人体の熱収支に与える影響の大きい湿度、日射・輻射など周辺の熱環境、気温の3つから算出したもの」だ。今年は異常な暑さが問題になっており、熱中症のニュースも絶えない。少し前には、小学生が熱中症で亡くなるという悲しいニュースもあった。私たちの高校でもルールに従い7月中に何回か部活動禁止になった。熱中症といえばwbgtというイメージが強く、このような状況下でwbgtは侮れない。しかし。“本当にwbgtは優れた指数といえるのだろうか?”私たちの探究はこんな素朴な疑問からスタートした。
 熱中症についての知識を得て視野を広げるために、5月に東京都環境科学研究所にフィールドワークに伺った。そこでは、ビル地帯より木造住宅密集地帯でヒートアイランドが多く発生していることなどを聞き、条件によって熱中症のリスクが異なるのではないかなどと興味を持った。この訪問により、熱中症はタイムリーな話題であるからこそ、自分たちなりにデータを分析して熱中症について考えたいと思いが強くなった。
 wbgtが優れた指数かに対する答えの導き方の1つとして、私たちは毎日の熱中症搬送者数の相関をとったところ、相関係数は0.711であり良い相関を示した。一方で、この相関を年代区分でみてみると、高齢者は0.686の相関係数であり、少年は0.583だった。このように、年代によってwbgtと搬送者数の相関は異なるため、年代や出身国などの違いごとに熱中症の危険が高い状況は異なるのではないかと仮説を立てた。私たちは探究の方向を、「ニーズに合わせて熱中症の危険度を知らせること」にした。
 今回私たちが利用したデータは、*2国土交通省気象庁の過去の気象データ・ダウンロード、*3wbgtの値、*4総務省消防庁過去の全国における熱中症傷病者救急搬送に関わる報道発表一覧である。データのそろっている2015・2016・2017年の3年間5月1日~9月30日のデータをもとにしている。また、私たちの通う学校のある東京都のデータに絞って、調査を進めた。
 まず、私たちが注目したのは、熱中症患者数の約5割を占める高齢者である。高齢者の特徴として、体温調節機能の低下・暑さを感じにくいなどがあり、私たちの年代と同じような基準で熱中症の危険度を測れないのではないだろうか。どのような日に高齢者搬送割合が高くなっているのかについて、0%と100%の日を除いた搬送割合平均の47.9%より割合が高い日に絞って調査すると、高齢者搬送割合との相関係数は以下のようになった。WBGT:0.690、平均気温:0.748、最高気温:0.736、前日差:0.138、日較差:0.165、湿度:-0.100、日照時間:0.317、風速:0.173。wbgt、平均気温、最高気温との相関が高く、気温の要素と関わりが強いと予測できる。
 では気温やwbgtが高いときのみ注意が必要かといえば、そうではない。例えば、wbgtが22.8℃、最高気温25.6℃という比較的気温の低い日でも熱中症患者搬送者数は6人おりそのうち高齢者は5人である。高齢者に関して、最高気温が20℃台でも十分に熱中症の危険性があるということだ。さらに調べると、高齢者搬送割合が高い日は気温系の値の平均値が小さい傾向にあることも分かった。高齢者搬送割合が高い日はwbgt平均値:25.6、平均気温平均値:23.9、最高気温平均値:28.3、一方低い日はそれぞれ、26.7、24.6、29.1となっている。たとえ、wbgtが低く一般的に熱中症の危険度が低いときも、高齢者にとっての熱中症のリスクが潜んでいるといえるだろう。
 そこで私たちは、高齢者が気を付けなければならない条件を割り出すことにした。高齢者割合が高い日は(搬送者が高齢者1人・搬送割合100%という日は除外している)、3年間合計で、5月が23回、6月が1回、7月が3回、8月が1回であった。このことから暑くなり始めの時期は、高齢者にとって要注意であると言える。さらに、これらの28日間に着目すると、3年間の5~9月の前日差平均は1.47℃であるのに対し、28日間の前日差平均は1.57℃である。また、3年間の5~9月の日較差平均は7.66℃に対し、28日間の日較差平均は8.72℃である。高齢者搬送割合が高い日は、前日差・日較差ともに高くなっている。したがって、気温差も重要な観点だと考えた。
 ここまでの調査の結果から、高齢者に対しての効果的な呼びかけについて考えた。私たちの案は、4月に、一人暮らしの高齢者や高齢者のみの世帯に加えて、介護者の人や、高齢者を支える地域の団体に向けて、インターネットやテレビのデータ放送などの手段を用いて呼び掛ける、というものだ。今の日本はGWくらいからだんだん暑さの話がでてくるが、高齢者にとっては4月から呼びかけないと十分な暑さ対策ではない。例えば、2018年なら4月中旬が該当する。GWが始まる4月下旬は、中旬との平均気温差は3.1℃、下旬の平均日較差は9.1℃と、熱中症への対策を始めるのに最適な時期だ。さらに、呼びかける内容としては、調査結果から日較差8.5℃以上が高齢者に注意を呼び掛ける目安があることが分かったので、「最低気温が17℃で最高気温が26℃など日較差の大きい日は意外と熱中症の危険性が高い」や「外の気温が28℃程度であっても、スーパーなどの室温が20℃であるなど、気温差が大きいときも注意が必要」などと具体的な声掛けが重要だと考えた。*5熱中症予防声かけプロジェクトによると「高齢者は体内の水分量が若者と比べると少なく脱水状態に陥りやすいこと・体温調節機能が低下し体に熱がたまりやすいことなどが原因で熱中症になりやすい」とのことだ。気温差が8.5℃以下になるのを目安に、意識的に、室内を涼しくする・のどの渇きに関わらず水分や塩分をこまめに摂取する・服装を調節するなどの工夫をすることを推奨するなど、不安にさせない適切な呼びかけを行いたい。
ここまで高齢者に目を向けてきたが、グローバルな視点で熱中症という問題を考えたとき、日本に来る外国人観光客にも応用できるのではないだろうか。外国人観光客は年々増えており、2020年には東京オリンピック・パラリンピックがあるため、外国人への熱中症対策の重要度がさらに増すだろう。*6ダイキン『第20回現代人の空気感調査』より、「東京の夏を経験した外国人に東京の夏をどう感じるかと質問すると、88%の人が自国よりも暑いと回答した」そうだ。高齢者が熱中症になりやすい原因は老化により素早く暑さに順応できないことにあったが、日本の暑さに慣れていない外国人観光客にも同じことが言えるのではないだろうか。*7世界の天候データツール(ClimatView月統計値)によると、2018年7月の東京の月平均最高気温は32.7℃である。この値を基にすると平均最高気温が日本より8.5℃以上低い地域は北緯50度以北・南緯30度以南となり、この地域からの訪日外国人は特に注意が必要であり、また日較差8.5℃・前日差1.5℃の日も注意が必要である。訪日外国人にはwbgtだけでなく、この二つの条件も加えて熱中症注意を呼び掛けることが効果的だろう。訪日外国人に聞いてみたところ航空サイト、FacebookなどのSNS、ガイドブックを参照する人が多く、また、観光案内所などに実際に行くと外国語のパンフレットがたくさん用意されていた。私たちはこれらの手段を用いて、日本の特徴的な暑さについて説明するとともに、熱中症のリスクと具体的な対策を提示しようと考えている。
さらに、熱中症は地球環境に大きく左右されるため、新しい環境指標となりうるのではないだろうか。熱中症を切り口に気温などの既存の指標を見ても、地球温暖化の要因の一つと考えられる影響があり、単なる平均気温の上昇という規模ではなく、人間活動にも及ぼすような顕著な影響をもたらしているとの見方もある。*8国連開発計画(UNDP)では、持続可能な開発目標(SDGs) 17の目標、「11:住み続けられるまちづくりを」や「13:気候変動に具体的な対策を」などを紹介しているが、個人では考えにくく関心を持ちにくい。しかし、熱中症はより生活に密着しているからこそ人々にインパクトを与えることができ、「自分事」としてとらえてもらうことを可能にするのではないだろうか。SDGsと熱中症対策を掛け合わせることで、遠い存在として認識しがちな国際課題の臨場感を高め、個人レベルでの関心を向上させることが見込まれる。このように、熱中症対策という切り口は主体的に地球環境を考えようとする姿勢を後押しする、有効な手段なのかもしれない。
 私たちの今後の活動の目標は、年齢や生活環境などに合わせた情報を発信して適切な注意喚起を行うことでニーズに合わせた熱中症対策に貢献していくことである。また、熱中症対策をきっかけに地球環境問題についてより多くの人に正しく理解してもらいたいと思う。今回の論文作成を通して、熱中症について迅速に具体的で持続可能な対策を考えることへの使命感を感じた。私たちの探究はまだまだ続く。

【参考文献】 *1環境省熱中症予防情報サイト
http://www.wbgt.env.go.jp/wbgt.php
閲覧日2018年8月19日
*2国土交通省気象庁の過去の気象データ・ダウンロード
http://www.data.jma.go.jp/gmd/risk/obsdl/index.php
閲覧日2018年8月28日
*3環境省暑さ指数(WBGT)の実況と予測
http://www.wbgt.env.go.jp/record_data.php?region=03&prefecture=44&point=44132
閲覧日 2018年8月28日
*4総務省消防庁過去の全国における熱中症傷病者救急搬送に関わる報道発表一覧
http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/fieldList9_2_1.html
閲覧日2018年8月18日
*5熱中症予防声かけプロジェクト
http://www.hitosuzumi.jp/elderly
閲覧日2018年8月18日
*6ダイキン『第20回現代人の空気感調査』
https://www.daikin.co.jp/air/knowledge/library/vol20/press_20140718.pdf?ID=air_knowledge_library_vol20
閲覧日 2018年8月18日
*7世界の天候データツール(ClimatView月統計値)
http://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/monitor/climatview/frame.php?&s=1&r=0&y=2018&m=7&e=1&t=0&l=0&k=0&s=1
閲覧日2018年8月18日
*8国連開発計画(UNDP)
http://www.jp.undp.org/content/tokyo/ja/home/sustainable-development-goals.html
閲覧日2018年9月2日