社会・地域貢献

ラッコの生息地における赤潮の影響評価

近畿大学附属新宮高等学校 3年 中地 智里

Ⅰ. 絶滅危惧種“ラッコ”
 貝を両手に挟んでおいしそうに食べるラッコ、毛繕い中に顔を七変化させるラッコ、居眠りをしながら水面にぷかぷかと浮かんでいるラッコ-。「ラッコってさぁ・・・。」そう聞いた時ほとんどの人が思い浮かべるのは、その愛らしい姿であろう。しかし驚くなかれ、ラッコは絶滅危惧種なのである。
 ラッコはロシア・アラスカ・カリフォルニアの太平洋沿岸部に生息し(図1)、ウニや貝、イカなどを捕食する最小の海棲哺乳類である。上質な毛皮目的の大量乱獲や、石油タンカーの座礁による汚染事故などにより一時は絶滅寸前にまで追い込まれたが、躐虎膃肭獣猟獲取締法保護条約で乱獲が禁じられるなどの保護対策により、生息数は増加傾向にある。しかし、最も生息数が少ないカリフォルニアラッコに再び危機が迫っている。

Ⅱ. カリフォルニアラッコに迫る危機
 近年カリフォルニア周辺では赤潮が度々発生し、生息環境に大きな影響を及ぼしている。赤潮の発生により海洋性毒素“ドウモイ酸”の濃度が上昇し、ラッコをはじめ多くの海獣や海鳥が斃死しているという。ドウモイ酸とは赤潮を発生する珪藻類が持つ毒素であり、脳に永久的なダメージを与え、方向感覚や移動能力に異常をきたす。
 ドウモイ酸がラッコに、直接的に影響を及ぼすわけではない。鍵となるのが“食物連鎖”である。ドウモイ酸を生成した珪藻類を摂取した貝などにそのドウモイ酸が蓄積され、更にその貝を捕食したラッコにも同様に蓄積されるのである。  また、異常な動きをするラッコに反応したサメやシャチなどの大型哺乳類がラッコを食い荒らし生息数が減少する、という事例もあり、ドウモイ酸の影響は単なる一方向の食物連鎖間では終わらないようである。
 さらに、赤潮の影響はドウモイ酸だけではない。京都大学などの共同研究グループによると、赤潮はウニの成長を妨げるという。これは和歌山県田辺湾での調査であるが、20~25℃と海水温の高いカリフォルニアでも同様の事態が起きる可能性はある。仮にウニの成長が妨げられれば、ラッコは十分な餌が得られずに減少してしまうだろう。

Ⅲ. ラッコは“キーストーン種”
 ラッコの減少は、沿岸生態系全体のバランスの崩壊を意味する。ラッコはキーストーン種であるからだ。ジャイアントケルプ→ウニ→ラッコの関係をはじめ、シャチやサメ、小魚など、多くの生物をつなぐ生態系の要であり、そのバランスを保つためにラッコの存在は欠かせない。ラッコの保全が海洋生物の多様化を実現させるのである。

Ⅳ. 赤潮発生実験
 では、赤潮の発生を抑えてラッコを守るにはどうすれば良いのだろうか。赤潮は海水温が高く、富栄養化の状態である時に発生しやすい。ここで私はひとつの疑問を抱いた。海水温の差は、赤潮発生の可能性にどれほどの違いを生み出すのか。そこで、図2のような装置を用いて、ロシア・アラスカ・カリフォルニアの海水温、5℃・15℃・25℃に設定した海水8Lを30日間観察し、一定量中の動物プランクトン量を記録した(実験①)。すると、図3に示したように、海水温が高いほど増加速度は大きいという結果が得られた。しかし、この実験は単に海水温が違うだけであり、赤潮発生メカニズムのひとつである“富栄養化”の条件を満たしておらず、可能性の高低を決定づけるには不十分であると考えた。
 そこで次に、液体肥料1mlを加えることで富栄養化のもととなるリン・チッソの量を増加させた(実験②)。同様に30日間観察すると、25℃の海水では最も増加速度が大きく、さらに実験①での速度よりも大きいことが分かった(図4)。それに加え、目視ではあるが、植物プランクトンの明らかな増殖も確認できた。しかし、実験①とは異なったのが15℃と5℃の増加速度の大小である。海水温が高いほど速度は大きいと予想していたが、実際は5℃の海水の方が速度が大きかった。速度が低下する温度があるのか、他に要因があるのか、今回の実験だけでは判断できないため、次への課題にしたい。ひとつ確実に言えるのは、25℃もの高温においては、赤潮発生の可能性は非常に高まる、ということだ。

Ⅴ. ラッコを“守る”
 今後地球温暖化によって海水温が上昇すれば、赤潮発生頻度が増し、更に甚大な影響が及びかねない。それを防ぐために私達一人一人ができることはないのだろうか。もちろん、地球温暖化の進行を防ぐことができれば最善である。その対策として節電やリサイクルなどが実践されてはいるものの、それを上回る速さで温暖化が進行しているように思う。それらの対策を続けつつ、新たに私たちができることを考えた。名付けて“富栄養化撲滅作戦”である。地球温暖化の面から攻めるのではなく、富栄養化の状態をつくらない取り組みをすることで、赤潮発生は抑えられるのではないか。そこでひとつ提案がある。
提案:積極的に有機食品・オーガニック製品を利用する
 有機食品とは、農林水産省が定めた有機JAS規格では、化学合成肥料及び農薬や遺伝子組み換え技術が使用されていない農畜産物である。また、オーガニック製品とは、化学合成物質を含まず、天然由来の原料を使用した製品であり、世界各国に基準が設けられている。人間の手による富栄養化の原因のほとんどは、排水に含まれるリン・チッソである。洗剤やシャンプー、農業用肥料にはリン・チッソが多く含まれており、排水として海に流出するのだ。人々が積極的に有機食品・オーガニック製品を利用するようになれば、そのような心配は減り、富栄養化は少なくなるだろう。
 オーガニック製品は環境を守るだけでなく、私達人間にとっても利点がある。有害物質を含んでおらず低刺激なため、副作用から肌を守ったり、治癒力を高めたりすることができるという。私はアトピー性皮膚炎のため洗剤やシャンプーには気を遣っているが、そうした行動が直接的ではなくとも環境・生態系保全につながっていると思うと、もっといろいろな方向にアンテナを張って、保全への取り組みに力を入れよう、という気になる。自分にもメリットがあるなら、興味を持つ人も多いだろう。
 しかし現状は厳しい。素材へのこだわりや、生産量の少なさなどから価格が高く、人々はなかなか手を出しにくいようだ。また、有機JAS規格の認定にかかる手間から、申請を諦める農家もいるという。もし人々が有機食品・オーガニック製品を積極的に購入するようになれば、それは生産への応援につながり、やがては生産量が増え、価格は低くなっていくだろう。ただしそのきっかけとして誰かが発信しなければ、人々には伝わらず、環境を改善するだけの大きな力にはなり得ない。
 アメリカでは、保護活動に力が入れられている。ラッコを救うための寄付制度や水族館の入場料・ツアー参加費が、海洋生物の治療費や研究費に充てられているという。日本にいる私達が協力することは難しいが、自らが発信者となってそうした制度の存在を知らせることはできる。
 ラッコを目の前にして、危機が迫っている、なんて思いもしないだろう。だが危機に追いやっているのは私達一人一人の行動なのだ。赤潮の影響はこの先も止まることなく連鎖していくだろう。そうしないために、私達の間では良い影響を連鎖させなければいけない。保護活動にも様々なアプローチがある。環境を改善できるのは、ラッコを守れるのは、私達だけ。自分ができることは何なのか。どうすれば環境を良くできるのか。危機が迫った今、そう考えるべきだ。ラッコは生態系の要なのだから。

図1

図2

図3

図4

【参考資料】

・海と環境の図鑑 ジョン・ファーンドン
 河出書房新社

・海の働きと海洋汚染 原島省 㓛刀正行
 裳華房

・日本の海産プランクトン図鑑 第2版
 岩国市立ミクロ生物館
 共立出版株式会社

・深海と深海生物美しき神秘の世界 
 独立行政法人海洋研究開発機構 ナツメ社

・京都大学 ウニ類に対する人間活動のインパクトを解明 
 http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2018/180425_2.html

・北海道立衛生研究所 記憶喪失性貝毒
 http://www.iph.pref.hokkaido.jp/charivari/2008_12/2008_12.htm

・政策研究大学院大学(GRIPS)
 データベース「世界と日本」
 http://www.grips.ac.jp/jp/

・農林水産省 有機食品の検査認証制度
 http://www.maff.go.jp/j/jas/jas_kikaku/yuuki.html#seido

・GON オーガニック・マーケット調査(OMR)報告書
 https://organicnetwork.jp/literature/research-omr/

・JONA オーガニック、有機に関する論文の紹介
 http://www.jona-japan.org/literature/