今こそ世界に飛び出そう!
国籍も人種も生活様式も価値観も異なる人間と交わり、異文化の中で自身がマイノリティーとして苦労した経験は国内で得ることはできない
橘 秀治さん | JICA 青年海外協力隊事務局長
経済学部 国際経済学科 1994年卒業
国際協力を生涯の仕事にしたい
最近訪問したウガンダの農村。海外協力隊OGが井戸の管理システムSUNDAの導入で水問題の解決に取組んでいる。
現職に就いたきっかけは青年海外協力隊に参加して、国際協力を生涯の仕事にしたいという思いを持ったからです。
私が協力隊員として活動していたインドネシアも当時は未だ貧しく、特に私が活動していた村落部では電気や水道といったインフラも整備されておらず、貧しい家庭の子供は小学校ぐらいまでしか就学させてもらえないなど、色々な社会課題が山積していました。当時は「参加型開発」という考え方が普及し始めた頃でもあり、部外者(よそもの)である我々に何ができるのだろうか、持続可能な開発をどう実現したらよいのかと周りの協力隊員の仲間たちと議論していました。
そのようなこともあり、自分が活動した村落部の人々にとって本当に役立つような国際協力を実践していきたいという思いが強くなり国際協力事業団(現在の国際協力機構)の職員となりました。
JICAの職員としては本当に様々な事業を経験させてもらっており、いつも充実した仕事をやらせてもらっております。会社に行きたくないと思ったことは一度もないですね(笑)
その中でも特に印象に残っている仕事を4つお話しさせてもらいます。
印象に残る4つの仕事
1つ目は東部インドネシア開発のプログラムを立ち上げ、実施したことです。
JICAに入社してから4年目にインドネシア事務所員としてインドネシアに赴任しました。特に貧しかった東部インドネシアの開発を推進しようということで、東部インドネシアの中核都市である南スラウェシ州のマカッサルという町にフィールド・オフィス(インドネシア事務所の出張所のようなところ)を立ち上げることとなりました。まだ30代前半だったのですが、そのフィールド・オフィスの実質的な現地代表者として赴任させてもらい、東部インドネシア開発のプログラムを形成し、具体的なプロジェクトをいくつか立ち上げさせてもらいました。
また、オフィスのマネージャーとして現地のスタッフを雇用し、チームビルディングを行いながら事業を進めて行ったことは自分自身の成長に大きく繋がったと思います。
特に嬉しかったのは、その南スラウェシ州政府の開発局のトップの方が、私が離任する際に「お前に未だいて欲しい。どうしても離任するなら後任はお前と同じようなやつを派遣してくれ」と言ってくれたことです。懸命に仕事してきたことが報われた思いと、その方とはお互いを信頼し合える関係ができていたのだと実感することができました。
2つ目はアフリカの基礎教育を担当する課長として、アフリカの様々な国を訪問させてもらったことです。
この仕事についた理由の一つに、生まれた環境に左右されるのではなく、チャンス(機会)は平等にしたいという思いがありました。その意味で子供たちに教育機会を提供することは大切で、そこで自分が頑張れば道が開ける、夢を持てる、という社会にしていけるように学校にみんなが通えるようにするプロジェクト、学校そのものを建設するプロジェクト、日本が得意とする理数科教育のプロジェクトなど色々なことに取組みました。
3つ目は、総合企画課長という立場で、JICA全体の経営戦略を作ったり、5年間の中期計画を作らせてもらったりしたことです。
その過程で未来の国際協力のあり方や日本・JICAの役割について同僚たちと真剣に議論し、JICA開発大学院連携という新しい事業を立ち上げたり、組織の中の若手も事業を提案できたりする枠組みを作ったりして行きました。そうした経験をさせて頂き、やはり日本の中で国際協力に対する理解者を増やしていくこと、特に若い人達には海外に出て様々な経験をしてもらうことが、これからの日本にとってとても大切なのではないかという思いを持つようにもなりました。
4つ目は現在の青年海外協力隊事務局長としての仕事です。
青年海外協力隊事業は来年で60周年を迎える歴史のある事業で、これまでに5万6千人以上の方が参加されています。JICA海外協力隊(あるいは青年海外協力隊)と聞くと「アフリカに井戸を掘りに行くのですね」というイメージを持たれる方が未だに多いかもしれませんが、実は180以上の職種があり、スポーツの指導をはじめ、教育、保健、環境教育や経営・マーケティングなど様々な分野での派遣があります。現在、約1500名の協力隊員が世界74か国で活躍しており、その6割弱が女性です。
派遣される分野は多様化していますが、事業創設以来、変わらずに大切にしていることがあります。それは“協力隊員は途上国現地の人々と共に暮らし、一緒になって汗を流して課題解決に取り組む”ということです。“よそ者”しかも“外国人”という立場からの気づきを活かしていく必要はありますが、“先進国である日本から教えに来ました”という上から目線では活動は上手く進みません。パートナーとして一緒になって解決策を見出していくというスタンスが重要となります。ただ、国籍も人種も生活様式も価値観も異なる人間と広く関り、共感を得ていくことはそんなに簡単ではありません。色々な壁にぶつかり、多くの苦労や失敗をしながら活動することになり、そこに様々な気づきや成長の機会があります。その結果、帰国した隊員の多くは「教えに行ったつもりが教えられることの方が多かった」、「助けるつもりが現地の人に助けられた」という感謝の言葉を口にします。
このような経験をしてきた若者がこれからの日本にとって必要であり、日本の未来を支えていく人材を育てているのだと思っています。是非、中央大学の学生の皆さんにもいつかJICA海外協力隊へ参加してもらいたいと思っています。
仕事のやりがいと今後の目標
仕事のやりがいはとても感じています。
今、世界は複合的な危機に直面しており、私たちは歴史の転換期を迎えています。世界の地政学的競争の激化などにより、冷戦後の国際社会の安定と繁栄を支えてきた法の支配に基づく国際秩序が挑戦にさらされています。また、世界では感染症の拡大、食糧・エネルギー価格の高騰などが起こっています。さらに、気候変動は過去と比べて、より具体的な問題として私たちは直面するなどの危機が複合的に発生しているということです。
このような複合的な危機は、全人類への脅威であるだけでなく、開発途上国の脆弱な人々により深刻な影響を与えています。その結果、2030年を期限とする持続可能な開発目標(SDGs)の達成が危ぶまれています。
複雑に絡み合った課題を一国だけで解決することはできないので世界全体が協調して取り組む必要があります。これを推進していくのが日本の役割だと思っています。JICAは「信頼で世界をつなぐ」というミッションを掲げていますが、開発途上国のみならず日本国内の様々なパートナーと協力して、社会課題の解決策を共創していくことで信頼される国になっていけるのだと思います。それは我が国の発展、未来の子供たちにとっても重要な仕事だと感じています。
今後の目標は、JICA海外協力隊事業の魅力や意義をもっと多くの人達に伝えていき、沢山の人に参加してもらえるようにしていきたいです。今、帰国した海外協力隊員は日本国内でも活躍しています。日本社会も地域活性化や多文化共生社会づくりなど様々な課題があり、海外協力隊の経験を活かせる機会があるためです。
世界初の3Dプリント義足で社会課題の解決に取組む海外協力隊OBの徳島さん
作家の湊かなえさんもJICA海外協力隊のOG
社会起業家についてボーダレスジャパンの田口社長とのトークセッション
グローバルに働くために必要だと感じるスキルとは
協力隊員としてインドネシアの農村で活動する筆者(中央)
やはりコミュニケーション能力だと思います。これは単に語学力ということではなく、国籍も人種も生活様式も価値観も異なる人間と理解し合う能力を意味します。自分の考えや思いを伝え、それに共感してもらい、信頼してもらえる存在になっていくことがとても大切です。
また、特に開発協力分野での活躍を目指している方には自分なりの「思い(情熱)」を見つけることも大切だと思います。開発の分野では予想もしないことが起こったり、うまく行かないことも沢山あります。その時に諦めずに、何とか知恵を出したり、周りの人達と協力し合うためには自分の「思い(情熱)」が必要です。貧困問題を解決したい、難民を支援したい、スポーツを普及したい、いろんな思いがあってよいと思います。
理想のグローバルパーソン
尊敬すべき先輩や同僚は沢山います。
その中で誰か一人を選ぶとすると緒方貞子さんでしょうか。徹底した「現場主義」で前例に捕らわれずに常に合理的な判断をされようとしていたと思います。緒方さんには色々な名言が残されていますが、私が一番好きな言葉はプロフェッショナルとして高い意識が感じられる「人間は仕事を通じて成長していかなければなりません」という言葉です。
大学時代は何でもよいので思いっきり取り組むことが一番大切
大学生生活はサークル活動をはじめ、水泳、アルバイト、短期の留学など色々なことに思いっきり取り組み、楽しむことができたので120%満足しています。ただし模範的な学生ではなかったと思います(笑)
そして、一生付き合っていける友人を得たことが一番の財産となっていると思います。特に「クローバー」というテニスサークルに入ってテニスばかりしていたのですが、その時の友人は自分自身の大切な宝物です。今でも付き合いがあり、学生時代に戻って色々な話ができることが嬉しいです。当時も、ふとした時に「本当の豊かさってなんだろう」など議論したことを覚えています。
大学時代は貴重な4年間だと思います。勉強であれ、サークル活動であれ、遊びであり、何でもよいので思いっきり取り組むことが一番大切だと思います。そして、「大学時代に私はこれをやりました」と言えるものを持つことが、その後の人生も豊かにしてくれる要素の1つになると思います。
また、グローバルな企業に勤める方はもちろんのこと、これからの日本社会は外国人材の方々との共生社会をつくっていかなければならないので、海外へ留学する、少なくとも海外を旅してみるということは時間のある大学生だからこそ取組んで欲しいと思います。また、学内にいる海外からの留学生とつながりを持って交流してみると色々な学びがあるのではないかと思います。
グローバルな舞台を目指す後輩たちへメッセージ
留学でもボランティアでも世界に飛び出し、自分自身が「外国人」となって生活し、様々な文化や習慣に触れる経験をしてください。国籍も人種も生活様式も価値観も異なる人間と交わり、異文化の中で自身がマイノリティーとして苦労した経験は国内で得ることはできません。このような経験をした人材がグローバルな舞台で活躍することができるし、日本国内においても多文化共生社会をつくる推進役となっていくと思います。
今こそ、世界に飛び出し、失敗も含めて色々な経験をしてくることを期待します。何でも見てやろう、何でもやってみよう。そういう意気を持って、学生の皆さんには生活していただきたい。本当に人間とはどんなものなのか、どういう人がいるのかを肌で感じて考えてもらいたいです。勇気をもって一歩踏み出してみることから始めてみてください!
ベトナムにてコミュニティ開発を担当する半沢里実さん
ガーナにて小学校教育を担当する栗栖 潤さん
著書のご案内
「JICA海外協力隊から社会起業家へ 共感で社会を変えるGLOCAL INNOVATORs」
JICA海外協力隊を経験した後、国内外で社会課題を解決するために起業する方が増えてきています。変化の激しい時代に自ら問いを立て社会課題の解決に取組む7人のリアルな実践ストーリーです。
JICA海外協力隊員では現地で3つのことを経験します。
①失敗する経験 ②異文化でコミュニケーションする経験 ③自ら問いを立てる経験
そのような経験をした若者はグローカルな視点で世界も日本も変える力になっていくということを知って頂きたいです。
定価:1,760円(本体1,600円)| 発刊日:2024年9月15日
9月1日より全国書店販売、10月より電子書籍販売開始予定。
■プロフィール
橘 秀治(たちばな ひではる)さん
JICA 青年海外協力隊事務局長
東京都出身。1994年経済学部卒業。
1994年:金融機関入社
1997年:青年海外協力隊に参加
(インドネシア共和国 南スラウェシ州バル県地域総合開発実施支援プロジェクトに参加)
1999年:国際協力事業団 短期専門家(インドネシア選挙支援)
1999年:国際協力事業団入団
(米国事務所次長、基礎教育第二課長(アフリカ担当)、総合企画課長、総務部審議役、イノベーション・SDGs推進室長など歴任)
2022年:JICA 青年海外協力隊事務局長