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吉田研作上智大学言語教育研究センター長×若林茂則中央大学副学長

2014年10月29日

グローバル人材育成の強化が叫ばれる中、英語教育にも改革の波が押し寄せています。今回は、アカデミック英語能力判定試験「TEAP」の開発者である吉田研作上智大学言語教育研究センター長と、本学におけるグローバル人材育成推進事業の実施責任者である若林茂則副学長が、これからの英語教育の在り方について論じました。

【取材日】2014年10月|所属・肩書は取材時のもの

プロフィール

吉田研作上智大学言語教育研究センター長

上智大学外国語学部英語学科教授、言語教育研究センター長。上智大学外国語学部英語学科卒業、上智大学修士課程外国語学研究科言語学専攻修了。ミシガン大学博士課程言語学修了。専門は、応用言語学。一般社団法人グローバル教育情報センター代表理事も務め、「TEAP」の開発に携わる

若林茂則中央大学副学長

1962年生まれ。三重県立高校教師を経て渡英。ケンブリッジ大学でPh.D. 専門は日本人による英語習得の研究。Second Language Research 編集委員等を務める

英語力を測るための新テスト「TEAP」とは?

※以下、敬称略

若林:上智大学が作られたTEAPは話題になっていますね。TEAPは高校卒業段階で4技能(人と対峙してやり取りをする能力を含めて5技能)を測るテストということですが、どのようなテストですか。

吉田:学習指導要領が変わり、その中で言われているようなコミュニケーション英語をどうやって身につけるかという内容を突き詰めていくと、TEAPのようなテストで5つ(インタラクション含む)の技能を測れるのではないかということになるんですよね。TEAPは学習指導要領をベースに作っていますから、日本の英語教育から逸脱したものではありません。高1からきちんと学習指導要領通りに英語を学んでいけばそれなりの力がつくという発想で開発しています。

若林:大学においてもTEAPを使っていく予定ですか。

吉田:上智大学では、国際教養学部を除く全学部でプレスメントテストにTEAPを採用しています。また、将来英語教員を目指す学生(外国語学部英語学科及び文学部英文学科を除く)に対して、英語の最低基準をTEAPで測っています。基準に到達しない場合は、教育実習の時までにある程度の実力がつくように2~4年までの間で英語を強化するプログラムを考えています。来年の4月から本学では英語教育が大きく変わり、アカデミック英語関係の科目が中心になります。TEAPはまさにそれを測るためのテストですので、大学入学後2~3年たった段階でTEAPで実力を見極めようと考えています。これによって学生の伸びだけでなく、プログラムの検証も可能になります。結局、検証ができないと、プログラムの善し悪しがわかりませんから、そうした用途としても使っていこうと考えています。

若林:ということは、TEAPはアカデミック英語の実力を測るテストということになりますね。いわゆるTOEFLなど海外の大学に留学するための基礎的な力を測るテストと路線としては似ているのでしょうか。

吉田:そうですね。TEAPは基本的に同じ考え方をベースにしています。ただ、上智大学ではTOEICやTOEFLのための授業は自由科目で卒業単位になりません。本学が提供する内容に関してきちんと議論し、論文を書くといった科目が卒業単位になります。これを明確にする形で進めています。

若林:TOEFLのアカデミック英語の中で、高校・中学程度の理科が多く扱われており、例えば「断層」というような、普段は使わないが、科目の中には出てくる用語を知らないと点数が取れないということがあります。結局、基礎学力的な部分を含めて英語を学ばないと、教養ある話はできないのではないでしょうか。

吉田:TEAPの場合は基礎学力を前提知識として提示するのではなく、そのような用語についてはたとえば「断層とは…」という形で、問題文の中で説明します。つまりそれほど専門用語を知らなくても、専門用語の理解ができる範囲で出題しています。そうしないと、日本のように外国語として英語を学んでいるような環境では難しいと思います。

若林:中央大学のように法律やビジネス分野を得意とする大学でのグローバルな取り組みにおいては、グローバルジェネラリスト、グローバルリーダーに加え、グローバルスペシャリストの育成が重要になります。グローバルスペシャリストにおいては、教養も大切ですが、ビジネスシーンで実際にプレゼンやネゴシエーションができる英語を身につけてもらいたいと思っています。そのための英語プログラムを組みたいと考えています。その上で、上智大学のように国際教養タイプの大学との間で、グローバル人材育成が繋がっていくとよいと思います。私は高校の英語教員をして、そのあとイギリスの大学院へ行き、言語習得を専門とする研究者になりました。言語習得や言語学の分野においてはネイティブの学者と遜色なく議論できますが、専門外の話題、例えば、政治や芸術などの話題になると、理解にとても時間がかかります。私は、数年にわたるイギリス留学を含め、もう40年英語に触れてきたわけですが、それでも英語の母語話者には程遠いという気持ちがあります。うまいやり方で勉強したらネイティブスピーカーと同様に「不自由だと思わずに使える」ようになるというのは明らかに幻想です。しかし、コミュニケーションに困っているわけではありません。得意ではない分野については教えてもらったり、自分で調べたりする。日本語でコミュニケーションするときも同じですよね。「英語のうまい日本人」は「自分の専門分野では、その専門家ではない母語話者よりも英語が使える」ことであり、「普段の生活でも困らない程度に英語が使える」ことです。これに気づく必要があり、大学の英語教育の中に反映されていくべきです。

帰国子女であるがゆえの苦労

若林:吉田先生は、これまでどのように英語と対峙されてきたのですか?

吉田:私は帰国子女なんです。小学校1年の途中からアメリカとカナダへ行き、戻ってきたのが1961年です。当時は帰国子女という言葉すらありませんでした。ニューヨークでも日本人の数が500人くらいしかいなかった時代です。その中で身につけたものを日本に持って帰ってきたわけですが、当時はそのまま同じ学年に入る子どもは誰もいませんでした。私はたまたま帰ってきた時期が中学入学と重なっていたので、中学に入ったのですが、結局日本語ができず、勉強についていけなくて、中学2年で落第してしまいました。このままいったら高校に入れないと先生から言われて大変でした。そんな状況でした。ですから、私の知り合いの中で、当時海外から戻ってきた人の半数は、また海外に戻ってしまいました。

若林:うちの息子も3歳の時に私と一緒にイギリスに行って、帰ってきたのが小学校3年生でした。小学校に入った1日目、連絡ノートに「うきんを1枚」と書いてあったのです。「うきん」は「ぞうきん」のことでした。息子は「ぞうきん」という言葉を知らなかったのかもしれません。それに「ぞ」という字が難しくて、たぶん、先生が黒板に書いたのを見ても、うまく書き写せなかったんでしょうね。これをみて、息子には大変な苦労をさせるなと思いました。私達は、子どものうちは勝手に言語習得をすると思いがちですが、そうではありません。誰でも、言語習得には相当のエネルギーが必要ですし、実際に使わなければならない環境が重要です。言語学者の立場として、これからグローバル社会に出ていく若者たちに、言葉の面で苦労することがたくさんあるということをきちんと伝えていかなければと思っています。

吉田:私は大学でバイリンガル教育(英語のみの授業)をしていますが、現在受け持っているクラスでも、半数近くが帰国子女です。彼らに「なぜこのクラスに来たのか」と聞くと、みんな「自分のアイデンティティを知りたいから」といいます。バイリンガル教育とは何なのか、バイリンガルになるとはどういうことか。みんな自分なりに苦労し、自分の発見をしようとしています。私自身、帰国子女でいろいろと悩んだ経験があるので、学生の気持ちがよくわかります。多分、それで授業に出てくれているんだと思います。

グループテスト評価法の確立も必要

若林:英語教育においては、自分自身で何がやりたいのか、どのような経験があるのかということと、言語習得が密接に関連していると思います。私たち日本人が英語を学ぶ場合には、先ほども申し上げたように、どういう場面でどのような形で英語によるコミュニケーションをとるのかということが大切になってきます。「実学教育」に基づくグローバル人材育成のために、本学では今、C-Compassをベースに、グローバルに活躍できる人材の育成を想定して、30歳くらいまでの尺度で新たなコンピテンシー(自己評価システム)グローバルC-Compassを開発しています。

吉田:上智大学では来年度からアカデミック英語を1年生で4単位必修にします。1年次に論理的思考やディスカッション、論文を書くといった最低限の力を身につけた上で、2年次から選択科目にして、全学共通の一般教養でも各学科8単位までは外国語で満たすことができるようにしたのです。専門科目の入門的な要素を持つ科目や、一般的な大人としての知識が必要とされる科目をたくさん用意することによって、今まで1・2年次に8単位必修だったものを4単位に減らしたかわりに、全学共通単位として、プラス8単位自由にとれるようにしました。また、文科省によるグローバル人材育成推進事業の補助金もいただいていますので、新たにグローバル教育センターを開設し、春期・夏期の英語集中プログラムを開始しています。語学系だけでなく、国際関係や地域研究の科目を設け、来年、再来年に向けて全学部にオープンにし、普段の授業で受けられないような国際性を強調した科目群を選べる体制を整えています。

若林:やはりどうしても全学的なスタイルになってきますよね。上智大学の先生方は皆さん、新しい分野に積極的に発信していくという方が多いですね。今回のTEAPもそうですが、日本の社会から期待されているところも大きいと思います。

吉田:TEAPに関しては、文科省はかなり積極的に応援してくれています。4年前にこの話が出た時に、当時の学事センター事務長と一緒に文科省に行って、「上智大学がゆくゆくは入試を語学能力検定テストという形でやりたいと思っている」と報告しました。これに対して文科省は「やるのはよいと思うが、上智大学だけにとどめないでほしい」と言われました。それでもっと汎用性のあるものを作ろうと開発を進めたのです。

若林:今のテストの限界は一人ずつを個別に測っていくという点にあります。公平に測ることが重視されていますね。そのことはとても大事なことですが、実際の言語の使用場面にはあっていませんね。ディスカッションをする力は、ディスカッションを何回かさせて得点をつけたらどうでしょうか。あるいはプレゼンをするときも、なるべく現実に近い内容を入れて、実際に評価していくようなシステムができればと思います。

吉田:TEAPのスピーキングテストを開発する際にも、実際にディスカッションをさせるという案があったのですが、日本でテスト開発をする場合、グループ実施するということ自体が受け入れられないんじゃないかという意見が多く、最終的に一人ずつを測る従来からの方法になりました。できればやりたかったのですが、時期尚早ではないかと思っています。

若林:大学卒業時の力とか、就職して2~3年後にはこれぐらいできるようになってほしいといった能力を測るためには必要だと思います。

吉田:オーストラリアでは、例えば看護師になるといった場合、スピーキングテストはまさに交渉場面、患者さんとのやり取りの中できちんと問題解決ができるかどうかを測るものになっています。それを考えると日本でもスピーキングテストのあり方を考えていかないといけないと思います。

学生に気づきを与える教育を

若林:中央大学がこれまでに行ってきた「實地應用ノ素ヲ養フ」教育は、現在も今後も、非常に価値が高いと考えています。このような教育を行っていく上では、専門を深められるようなグローバル化でなくてはなりません。本を読んで考え方を磨き、深い思考力を身につける教育をきちんと行いつつ、もう一方では、海外への留学などの機会を提供する。その両方を通して、学生自身の進化に繋げていければと思います。学生にも教員にも、深い思考力と広い視野の両方を培うことが必要なのだと伝えたいですね。このような教育は、単に社会の要求に応えるだけではなく、学生たち自身の幸せに繋がります。学生時代に、十分な専門性と広い教養と実行力・行動力を身につけられる、より質の高いシステムを提供していくのが、私たちの使命だと思います。

吉田:上智大学では外国語教育においてプルリリンガル(複言語)の発想で取り組んでいます。自分の考えや感じ方を奥深いところまですべて外国語で表現できるようにするためには相当の力がいります。そのためには、大学教育の中の一部分でどうしても日本語できちんと学んでいく科目を設けておかなければなりません。外国語で何でもかんでもやるということとは違うんだという発想も大事だと思っています。本学の国際教養学部や外国語学部英語学科のように帰国子女が多く在籍する学科であれば可能かもしれませんが、一般的にはそこまではできません。ここをきちんとわけて取り組んでいかないと混乱してしまいます。ですから、本学ではプルリリンガルを一つの標語にしているのです。今後、新たに総合グローバル学部が開設されますが、3言語式になっています。一つは母語、自分が研究したい地域の言語、そしてグローバル言語である英語です。深さはやはり母語が一番で、日本語以外のそれぞれの言語で何ができればよいかによって、到達レベルは変わってきますので、できるだけいろいろなレベルに合った科目を用意する必要があると思います。

若林:大学は4年間が基本なので、限られた時間の中で、どう学生を導いていくか、学生に気づきを与えるかという仕組みが大事になってきます。短期留学などでの経験も非常に達成感があると思いますが、それ以上に「できなかった」とか、「もっとやらなければ」という気づきを重視し、次の進化に繋げていくような教育を大学でしていく必要があると思います。吉田先生が今、担当していらっしゃる外国語を英語で教える授業もそうですよね。

吉田:もともとの発想は模擬授業をどうやって面白くするかということでした。英語教員を目指している学生が、英語ができる学生を相手に、英語で授業をしても何も面白くありません。他の言語を教えることで、教えるというのは難しいなとか、新しい言葉を学ぶのは難しいなと感じ、それと同時に結構楽しいよねと実感してもらうことが必要だと思っています。そのため授業での指示は英語で行いますが、教える対象となる言語は、皆が知らない言語となっています。これが実に面白い。ちなみに今は、担当者がヒンドゥ語を教えていますが、担当者自身にとっても初めての言語で、それを英語で教えています。

若林:自分が十分ではない、理想の自分と現実の自分とのギャップに気づくことが大切ですね。

吉田:最初に授業を担当した学生は、やはりあまりうまくいきません。「先生、もう1回やらせてください」という学生が必ずでてきます。

若林:本学では自分のライフスパンの中で、社会でどう活躍したいのかを考えられるように、世界を舞台に活躍するOBの方をできるだけ多く紹介する機会も設けています。また、学んだことをその後のキャリアやコミュニケーションに活かしていく形をどう作っていけばよいのかも考えています。

吉田:いろいろな側面から話を聞きながら、一つのことをより広く捉え、キャリアに繋げていくとよいですね。上智大学のキャリアセンターでも、企業で働いている方たちを交えてのセミナーやワークショップなどを積極的に設けていますし、外国語学部英語学科では、「英語と社会」という科目において、毎週卒業生に来てもらい、仕事に英語がどう活かされているか、社会に出るとはどういうことかを学んでいます。

若林:私のゼミ生も今、卒業研究に取り組んでいますが、内容はかなり抽象的で言語モデルや心理言語学実験を使った研究をしていますから、社会に出た時にこの経験がすぐに役立つわけではありません。しかし、他の人が書いた論文を読み、自分の考えを発表し、深く、繰り返し考え、文章にまとめて行く作業を通して、問題を発見し、解決するために努力し、一つ「わかった」と思ったら、「わかったことで見えてきた問題がある」というアカデミックな経験していくこと自体が人としての基礎力、つまり、問題発見力や課題設定・解決力に役立つと思っています。

吉田:私もそう思います。私の場合は、応用言語学の中でも教育と密接に関わる分野を専門にしていますので、出てきた理論にしても何にしても即教育に結びつけて議論することができます。理論言語学的な側面とはまた少し違いますが、それでも実際に今の英語教育にどう活かしたらよいか悩みます。比較的現実に近いように見える分野であっても理論は理論ですから、ものの考え方の基本は何かを教えて、社会に出てから活かせるような指導ができればと思います。

若林:いろいろな経験を経て自分がどういう生き方をしたいのかを考えられるような体験をさせることが必要ですね。

吉田:年齢を重ねるごとに、これまで自分が経験してきたことが、今の自分にどう働いているのかに気づくことができますから。私も振り返ればたくさん苦労がありましたが、その時の経験があったからこそ今があると思えます。

若林:今の学生たちも、自ら積極的に、もっと貪欲にいろいろな経験をして、成長してもらいたいですね。中央大学では、2011年から「インターナショナル・ウィーク」というイベントを開催しています。これまでフランス、イギリス、ドイツ、国連をテーマに、各国の大使による講演などさまざまなイベントを実施しています。今年は日本ASEAN友好協力40周年ですので、ASEANをテーマに開催します(第5回インターナショナル・ウィークの詳細はこちら)。毎回、好評を博していますが、それでも自ら企画して何かやりたいという学生が少ないように思いますので、もっと学生を鼓舞していきたいと思っています。

吉田:自らイニシアティブをとってやりたいと言ってくれる学生がもう少し増えるといいですね。

若林:その仕組みを作っていくのは我々の仕事ですが、学生自身がもっと挑んでくれたらと思っています。学生が知的に前向きに楽しむこと、それが、私たちにとって何よりの喜びですから。