大学院

【究める vol.97】大学院の授業をのぞいてみよう!① 現代文教材研究(文学研究科・国文学専攻)

2022年06月23日

「究める」では、大学院に携わる人々や行事についてご紹介します。第97回となる今回は「大学院の授業をのぞいてみよう!」と題して、日頃なかなか見ることのできない、大学院の授業の様子をお届けします。今回は、文学研究科・国文学専攻の「現代文教材研究」(山下 真史(やました まさふみ)教授)の授業を取材しました。大学院の授業の雰囲気や進め方、学部の授業との違いについても触れているほか、履修者の声も掲載しています。

授業概要

現代文教材研究(火曜3限)について

授業で扱うテキスト

この授業では、中学・高校の教科書に掲載されている著名な作品とその解説を使い、教材がどう教えられているかを知り、その問題点について考えていきます。具体的には、田中実著『小説の力』に収録されている8作品(「羅生門」「舞姫」「こころ」「走れメロス」「山月記」「夏の葬列」「山椒魚」)とその解説、および、「城の崎にて」「なめとこ山の熊」を扱います。

高等学校の著名な小説教材と、それを対象とした論文を読んで、教育現場で教えられていることと、その問題点を知り、併せて、小説の妥当な読みを探ることを目的としています。また、教材としての可能性について考えることも目的となっています。

授業は演習形式で行われ、回ごとに異なる作品を取り上げます。

発表者は、自らが扱う対象について綿密な読解と広範な調査を行った上で、聴き手に分かりやすい資料を作成し、提示します。

聴き手は、発表者とは異なる観点から意見を提出することを目指して予習・調査を行うことが求められており、毎回活発な議論が繰り広げられています。

本日(6月14日)の授業について

今回(6月14日)の授業では、山川方夫による「夏の葬列」を取り上げました。本作品や授業の様子について、文学研究科・国文学専攻の博士後期課程に在籍し、山下 真史教授のもとで研究をしている、李 宰豪(イ ジェホ)さんに、授業報告としてまとめていただきました。


【授業報告】


山川方夫の「夏の葬列」は、中学校二年の国語教科書に長年採用され続け、定番教材の一つになっています。そのあらすじをまとめると、次のようになります。

一人の青年が十数年ぶりに、一時疎開していた町を仕事関係で訪れる。十数年前、彼は艦載機による銃撃に遭遇し慌ててしまい、「ヒロ子さん」という少女を突き飛ばし、重傷を負わせたことがある。重傷を負った後の彼女については分からないままであった。十数年ぶりに訪れた町で、過去と重なるように彼は葬列を目にする。「ヒロ子さん」によく似ている「柩の上の写真」を見て、彼は自分の過ちが殺人にまでは至らなかったと考え、少し有頂天になる。しかし、その写真が昔のものであり、「ヒロ子さん」の母の葬列であること、「ヒロ子さん」の母は一人娘を戦争で亡くしたことで発狂し、自殺したことを知る。皮肉な運命の前で彼は、もはや逃げ場所はないという覚悟に至る。

ショートショートにしては大分重く、気軽に読める作品ではありません。私たちが知っている、ショートショートとは異質的な印象を与えます。主人公の心理描写がもう少し細かくなっていれば良かったという意見もありましたが、分量面で考えると理解できるところでした。この作品は、戦争の記憶が薄れつつあった一九六〇年代において、大衆にはどんでん返しを通して筋の面白さを与える一方、社会的問題にも触れているところに、文学としての魅力が見られるものとなっています。

履修者の声

履修者のなかから、今回はそれぞれ博士前期課程に在籍する四井 万緒(よつい まお)さんと石川 紗衣(いしかわ さえ)さんにお話を伺いました。

この授業を通じてどのような学びや発見が得られますか

【四井さん】
中学生、高校生の頃に授業で教わった作品について、国語教育と文学研究の二つの観点から検討することができます。教わる立場から教える立場になった時、その作品が教育の場でどのような役割を担ってきたのかということが見えてきます。新たな学習指導要領が導入されましたが、やはり文学作品を学ぶということに価値はあるのだと身をもって感じています。

【石川さん】
この授業では、「走れメロス」や「舞姫」など、中学校・高校の教科書の定番教材となっている作品を扱っています。中学校や高校で実際に受けた授業を振り返ったり、教科書の教師用指導書を参考にしたりしながら、主に田中実『小説の力』(大修館書店 1996年)にあげられている論文と比較して、これらの作品を読んでいます。学校では、文学教材を通して、道徳的な観念が示されがちです。しかし、これらの作品は、学校で教えられることとは全く異なった読み方ができることもあります。この授業では、教科書の定番教材の新たな読みの可能性を考えることができます。それをふまえて、改めて教材として扱う意味を考えることで、従来の授業づくりを見直すきっかけとなっています。

上記とご自身の研究や将来とのつながりを教えてください

【四井さん】
私は現在非常勤講師として働いており、この授業で学んだことが直接的に役立っています。教職志望の方にはもちろん有用な授業ですが、そうでない方にとっても国語教育という観点に立って作品を考えるよい機会であると思いました。様々な視点を持ち物事を検討するということは、研究においてもそれ以外の場面においても重要であると考えています。

【石川さん】
将来の進路の一つとして、教員を考えています。実際に自分が授業をすることになったときには、この授業を通して学んだことを生かして、新しい授業づくりができたら面白いと思っています。また、従来の読みを鵜吞みにしない姿勢を持っていることで、生徒の幅広い読みを受け止める土台になると思います。
自分自身は中古文学を研究対象としているため、内容的にはあまり関係はありません。しかし、凝り固まった見方をせず、新たな読みの可能性を考えるということは、どのような研究においても重要な力であると考えています。そのような力を身に付けられるように、ほかの受講生の意見も積極的に吸収することを意識して授業に参加しています。

学部と比べ、大学院での授業の特徴はどのようなところにあると思いますか

【四井さん】
皆それぞれ自分の研究がある中で、授業では時に専門とは少し外れたものを扱うことになります。専門を異にする受講生が各々の視点から意見を出し合い討論することで新たな発見を得られることは、大学院の授業ならではだと思います。

【石川さん】
大学院の授業の特徴は、少人数で演習形式の授業が行われることだと思います。基本的にすべての授業において、発表をしたり質問をしたりするなどして、毎回その場にいる全員に発言の機会があります。大学院の授業において、講義を聴くという感覚はあまりありません。学部時代の授業と比較すると、かなり主体性が求められるようになったと感じています。大学院の授業は、高度な知識を得るためだけのものでは決してなく、何をどのように考えたらよいかを学ぶ場所であり、また、自分の意見を述べるための訓練の場であるようにも思います。緊張感はありますが、そのぶん毎回の授業における学びがとても濃いです。

山下教授からのコメント

今回の「夏の葬列」について、発表者は山川夏夫の他の作品を調べ、田中実の論に反駁し、ストーリーの意外性に重点を置いた読み物であると主張しました。他の参加者は、そういう読み物性と、人を死なせた責任という重い問題が釣り合っていない小説だと指摘しました。私は、人を死なせていなかったのなら、突き飛ばしたことの責任はないのかと指摘しました。——教材となっている小説は、ふつう名作とされていますが、毎回、その前提を疑うことから議論をしています。

※本記事は、2022年6月時点の内容です。