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サイゼリヤのロゴは、なぜ日英2タイプあるのか? ~周辺視野による新たな視線解析法「CovET」で視覚認知を測ることに成功!~

2024年10月18日

研究成果のポイント

●  中心視野ではなく、周辺視野での視覚認知を測る、新たなニューロマーケティング手法「潜在的視線解析法(CovET:コヴェット)」を開発

●  視野の中心で見なくても認識できる視覚認知性の高いブランドロゴの評価を可能に

●  サイゼリヤの日本語ロゴは、英語ロゴよりも周辺視野での視覚認知性が高いことを発見

 中央大学理工学部教授 檀 一平太らの研究チームは、中心視野ではなく周辺視野での視覚認知を測る新手法「潜在的視線解析法(Covert EyeTracking: CovET)」を開発しました。この手法を用いたシステムから、視野の中心で見なくても認識できる視覚認知性の高いブランドロゴの存在や、その特徴の一部を明らかにしました。
 従来の視線解析法は、視線の中心がどこを向いているかを検出する技術です。視線の解析結果から、視線の中心が位置する場所に注意が向いているという解釈がなされることが一般的ですが、本当にそうなのでしょうか?
 視線解析法の典型的な計測では、実験参加者に画像や動画による刺激を提示し、商品などの対象物の固視に関する指標を分析します。この場合、実験参加者側は受動的に対象を見る場合がほとんどです。これに対して本研究チームは、CovET法を用いて、実験参加者が能動的に対象を認知処理する、認知心理学的な実験課題を提示しながら、実験参加者の能動的な視線の振る舞いを解析する新システムを開発しました。
 今回、この新システムをブランドロゴの評価に適用し、行動実験を行いました。24名の実験参加者に、「ブランドロゴ1以外のロゴが表示されたときはキーを押し、ブランドロゴ1が表示されたときは押さない」という課題を与えて視覚認知を測りました。その結果、「ブランドロゴ1の視覚認知性が高ければ、素早く固視し、視覚認知性が低ければ、固視に時間が掛かる」という当初の予想を覆す現象が起きました。視線は明らかにブランドロゴ1に向けられていないのにキーを押さない、視線の周辺(周辺視)だけでブランドロゴ1だと判断していた例が多くみられたのです。研究チームは、中心指視数(iDC)*¹)を測ることで、今回起きた視覚認知の結果が統計的にも有意であると示しました。視線の中心にあるものが注意の対象であることが視線解析法の基本概念ですが、すでに記憶に定着している刺激には周辺視野での処理が容易に行われることを示す、新たな発見と言えます。
 特にサイゼリヤの日本語ロゴではその傾向が顕著で、サイゼリヤの英語ロゴと比べて、有意に周辺視による処理がなされていました。つまり、サイゼリヤの日本語ロゴは、周辺視野で見ただけで、視覚認知ができているのです。サイゼリヤのメインロゴは英語ですが、今回の実験から英語ロゴの視覚認知性は高くないことが分かっています。この状況を視覚認知性の高い日本語ロゴが補うことで、ブランドの認知に貢献していると考えられます。
 今後は、このCovET法を発展させ、周辺視野での視覚認知を指標としたブランディング戦略を支援する新たなニューロマーケティング研究を展開していく予定です。

〈研究概要図〉

 従来の視線解析法は、中心視野による視覚、つまり視線の真ん中がどこを向いているかを解析する手法でした。CovET法は、視線解析と認知課題を組み合わせて、周辺視野による、より潜在的な視覚認知を明らかにする方法です。
 

 薄い水色の円は中心視野。視線がどの地点にある時にロゴを認知するかを調べました。サイゼリヤのロゴで潜在的視覚認知性を評価したところ、日本語ロゴでは視線を動かすことなく(青色の円の位置辺りで)視覚認知する場合が多くありました。一方、英語ロゴは視線を動かさないと視覚認知がしにくいことが分かりました。

【研究内容】

1.背景

 ニューロマーケティングとは、脳神経科学的な計測法を活用して消費者の心理状態や行動を分析し、マーケティング戦略の立案に役立てる手法です。その代表的な手法に視線解析法があります。これは、眼球の位置や動きに関するデータを測定・分析する研究技術や手法の組み合わせです。一般的に、視線解析法では、眼球運動の2つの特徴、固視*2)とサッケード*3)を分析します。これらは、自発的な注意の変化を表していると考えられています。
 視線観察の初期の形態がマーケティングの実践に導入されたのは20世紀初頭にさかのぼります。ニクソン(Nixon HK, 1924, Arch. Psychol.)はカーテンの後ろに隠された箱から、雑誌に印刷された広告を見る消費者の視線の動きを観察しました。その後、カースレイク(Karslake JS, 1940. J. Appl. Psychol.)は、消費者が新聞の広告を見ている間の眼球運動データを評価するためにアイカメラを導入しました。これらの先駆的な実践の後、1975年、ヤングとシーナ(Young LR & Sheena D, 1975, Behav. Res. Methods Instr.)により、瞳孔の中心からの赤外光の反射の距離と角度を測定し、人物の固視点を決定する赤外角膜反射法を用いた、最も一般的なタイプの視線解析システムが誕生しました。この発明を受け、ルッソ(Russo JE, 1978, Adv. Consum. Res)は消費者の意思決定プロセスに焦点を当て、マーケティング研究と実践における視線解析法の有効性を示しました。今日、視線解析法は、主要なニューロマーケティングツールとして、さまざまな形態の広告、健康や栄養に関する警告、ブランディング、商品の選択行動や棚探し行動など、幅広いトピックに適用されています。
 ニューロマーケティングにおける視線解析法の典型的な計測では、実験参加者に、画像や動画を提示し、商品などの対象物の固視に関する指標を分析します。この場合、実験参加者の側は刺激を受動的に見るという場合がほとんどです。一方、脳機能イメージングを用いたニューロマーケティング研究においては、精緻な認知心理学的実験課題を構築し、その遂行に伴う脳活動を解析するというアプローチが主流でした。視線解析法と認知心理学的実験課題の組み合わせがあまり行われていない一因は、適切なソフトウェアが存在しないためでした。特に一般的な視線解析の計測では、実験刺激提示の時間制御は難しいという問題がありました。
 この問題を解決するために、檀教授らの研究チームは、心理物理学分野でよく用いられる、時間制御に優れたフリーのソフトウェア(PsychToolbox、PsychPy)と視線解析法を正確に同期させる新しいシステムを開発しました。これにより、ミリ秒単位での刺激提示と行動データ取得が可能になりました。今回、ブランドロゴの評価にこのシステムを適用しました。
 

2.研究内容と成果

 実験の前に、32名の学生を対象として、メジャーな外食チェーンにおいて看板に用いられるブランドロゴの認知率調査を行いました。この結果、50%以上の認知率を持っていた外食チェーン17ブランドを選定しました。実験を安定的に行うために、3つのコンビニエンスストアのブランドロゴを足し、20ブランドを用いることにいたしました。
この中で、1つ例外的かつ面白い事例が見つかりました。一般的には企業はブランドロゴを1つ選定します。コーポレートアイデンティティー理論に基づけば、ブランドのビジュアルイメージを統一するために、ブランドロゴはそのブランドを代表する1つを設定するということが適切とされています。ところが、イタリアンファミリーレストランチェーンのサイゼリヤは日本語と英語の2つのブランドロゴを有しており、いずれも極めて高い認知率を持っていました(日本語ロゴ:87.5%、英語ロゴ:90.6%)。このような例はサイゼリヤだけで、選択されたメジャー外食チェーンの中でも、2つのロゴを有する場合がありましたが、マイナーな方のロゴの認知率は50%を下回っていました。
 この事例をふまえて、サイゼリヤの2つのロゴに焦点を当て、視線解析と認知心理学的実験を組み合わせた解析を実施しました。実験にはGo/No-go課題を用いました。これは、「ブランドロゴ1以外(ノンターゲット刺激)が表示されたときはキーを押し、ブランドロゴ1(ターゲット刺激)が表示されたときは押さない」という課題です。この際に以下の仮説を立てました。
    仮説1:ブランドロゴ1の視覚認知性が高ければ、これを素早く固視する。
    仮説2: ブランドロゴ1の視覚認知性が低ければ、固視に時間が掛かる
 つまり、サイゼリヤのロゴについては日英2つのバージョンとも高い認知率があるため、いずれも素早く固視することが予想されました。
 通常のGo/No-go課題では、ターゲット刺激、ノンターゲット刺激共に1画面に1つの刺激が提示されますが、今回の実験では難易度を上げるため、また、視線の動きをより的確に捉えるため、4つの刺激を画面の左右上下に表示しました。Go課題では、いかなるブランドロゴが現れてもキーを押すことが要求されます。これは、キー押しを自動化させるという意味もあります。一方、Go/No-go課題では、4つのブランドロゴの中にターゲット刺激が含まれていない場合はキーを押し、含まれていた場合はキーを押さないことが要求されます(図3)。もし、ターゲット刺激が適切に認識されていればキー押しは起こらず、論理的にはターゲット刺激の認識はなされていると見なせます。

 GoブロックとNo-goブロックのノンターゲット刺激によって、キー押しの反応が自動化されます。この時、たまにしか現れないNo-goブロックのターゲット刺激に適切に注意を向けていないと、キー押しをしないという反応がしにくくなります。
 実験には24名の学生が参加しました。実験を遂行している間は、視線の動きを「Tobii Pro Spectrum」(トビー・テクノロジー株式会社製)を用いて、1200Hzの時間分解能でモニタリングしました。
当初は、通常の視線解析の方法に従って、視線の動きを固視とサッケードに分け、固視点の推移を解析しました。ところが、実際の結果は予想外のものでした。視線はブランドロゴに明らかに向いていないのにも関わらず、キーを押さないという判断がなされていた例が多々見られたのです。これは、有力なブランドロゴは、中心視による固視がなくても判断できるということを意味します。つまり、認知率が高いブランドロゴは、中心視野でなくとも周辺視野で判断可能という仮説が立てられます。そこで、この可能性を検証するために詳細な解析をおこないました。
 Go/No-go課題のNo-go刺激において、正しくキー押しがなされなかった場合の正答率を、固視点がブランドロゴに重なっていた場合(中心視)と固視点がブランドロゴに重なっていない場合(周辺視)に分けました。この差を中心視指数(iDC: index for dominance in processing in central visual field)として表しました。iDCは、中心視野での正答率から周辺視野での正答率を差し引いた値です。
 iDCが高ければ、より中心視野での処理がなされていることが分かります。一方で、iDCが低ければ、より周辺視野での処理がなされていると言えます。
 サイゼリヤの日英ロゴについて比較を行ったところ、興味深い事実が分かりました。サイゼリヤの日本語ロゴはiDCが低く、周辺視野を主とした視覚認知が起こっている一方で、サイゼリヤの英語ロゴについてはiDCが高く、中心視野を主とした視覚認知が起こっていたのです。その差は統計的にも有意なものでした(図4)。
 

 日本語ロゴの方がiDCは有意に低く、英語ロゴに比べて周辺視野での視覚認知処理がしやすくなっていることがわかりました。

 この結果から、効果的なブランドロゴは、固視がなくても判断でき、中心視野でなくとも周辺視野で判断可能という解釈が成り立ちます。現状の視線解析法の常識を覆す発見です。視線の中心にあるものが注意の対象であることが視線解析法の基本概念ですが、すでに記憶に定着していて、視覚認知処理が容易になっている刺激は、周辺視野での処理が容易に行われているのです。
 このように本研究チームは、認知処理の有無を認知心理学的実験で確証し、視線が動いていないことを視線解析法で証明する、ニューロマーケティングの新手法を創出しました。そして、潜在的な認知処理を計測する視線解析法として、“Covert Eye-Tracking(CovET:コヴェット)”法と命名しました。なお、Covetは「切望する」という意味の動詞でもあります。現在、CovET法は、視線解析とGo/No-go課題という認知心理学的実験課題との組み合わせのみで実現していますが、今後、より広範な課題へと拡張を行っていきます。
 

3.今後の展開と展望

 本研究で誕生したニューロマーケティングの新技術、CovET法は、ブランド評価に大きなポテンシャルを有しています。一般的によく知られた有力企業のブランドロゴは、シンプルかつ目立つものが多くなっています。これを実感しながらも、その効果を定量的に計測する有力な方法はありませんでした。従来の視線解析法ではどのようなブランドロゴを提示しても、それなりに見てしまうという結果が得られがちでしたが、CovET法は、周辺視野による視覚認知性という有力なブランド評価手法を提案するものです。
 CovET法の適用範囲は、ブランドロゴの評価だけに限りません。商品パッケージや商品ロゴ、商品のビジュアルシンボルなど、商品に関する視覚イメージにはすべて拡張可能です。また、実験室的な環境のみにとどまらず、実際の商品陳列棚や、街中の風景などにも拡張することが可能です。従来の視線解析法の解析対象外であった周辺視野による潜在的認知を計測するCovET法には、我が国発のニューロマーケティング手法として今後大きな発展が期待されます。
 檀教授らは今後、CovET法を活用した共同研究を展開するとともに、本研究成果を活用した大学発ベンチャーを企画しています。

 <解説:実験に主として用いたサイゼリヤのロゴが2つあるとことの意義について>

 一般的にブランドロゴは1種類に絞られているのが普通です。コーポレートアイデンティティー理論によれば、あるブランドに対してはそのブランドをよく体現する1種類の統一的なブランドロゴを設定するのが適切とされています。一方で、サイゼリヤには英語と日本語の2つのロゴが存在しています。公式の発表はありませんが、メニューブックや公式文書の記載から察するに英語のロゴが主であるようです。サブの存在である日本語ロゴは、コーポレートアイデンティティー理論の観点からは不適切と考えられ、一般的には使用が避けられています。しかし、サイゼリヤの場合は、長年に渡り英語と日本語のロゴを使い続けた結果、どちらのロゴも極めて高い認知率を獲得するに至っています。ここで、もしコーポレートアイデンティティー理論に従ってメインの英語ロゴを用いた場合、なにが起こるでしょうか?英語ロゴの認知率は高いため、じっくり見ればほとんどの人がサイゼリヤのロゴであると認識できます。しかし、視界の片隅にロゴが現れた時に、素早くサイゼリヤのロゴと判断できるわけではありません。一方で、日本語のサイゼリヤロゴは、周辺視野による視覚認知に優れています。このため、街中で歩いている時や、車を運転している時などでも、視覚の周辺にロゴが現れれば、直視せずともサイゼリヤのロゴと認識できるのです。一般的なマーケティング理論からすれば、サイゼリヤの日本語ロゴはコーポレートアイデンティティーを損なう存在と解釈されるかもしれませんが、実際には潜在的な視覚認知を促進するという重要な効果を持っています。一般論に動じることなく、長年に渡り使い続けた結果、それぞれ役割の異なる2種類の有力なロゴが実現したという点で、サイゼリヤは貴重なブランドエクイティを獲得していると解釈できるでしょう。

【発表(雑誌・学会)】
タイトル:
Visual Recognizability Evaluation for Brand Logos Using Covert Eye Tracking (CovET) Combined with a Go/No-go Task 
(Go/No-go課題と潜在的視線解析(CovET)法の組み合わせによるブランドロゴの視覚認知性の評価)
著者:Otoha YAMANAKA(山中音波)#1, Rina NIBE(仁瓶里奈)#1, Kenta NAKAZAWA(中澤健太)1, Yuki YAMAMOTO(山本祐希)1, Wakana KAWAI(川井和奏)1, Yasushi KYUTOKU(久徳康史)2, Ippeita DAN(檀一平太)1,2*

中央大学理工学部人間総合理工学科
2中央大学研究開発機構
#共同貢献筆頭著者

  *責任著者(檀一平太)
   掲載誌:International Journal of Affective Engineering 電子版 (2024年10月)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ijae/advpub/0/advpub_IJAE-D-24-00019/_article/-char/en
 

〈本成果に関する特許情報〉
檀一平太, 久徳康史, 桑原ハニョン志門, 仁瓶梨奈, 山本祐希, 山中音波. 視認性評価システム.特願2024-000819, 出願日2024年1月5日

〈謝辞〉
本研究グループは中央大学研究開発機構のサイゼリヤ食認知価値研究ユニットにおいて株式会社サイゼリヤの支援を受けていますが、本研究は別研究として実施されたものです。本研究の立案・実行に対するインスピレーションにつながったことへ感謝を申し上げます。また、プレスリリースにおける社名等の開示についてのご協力にも感謝申し上げます。
 

【お問い合わせ先】 
<研究に関すること>
檀 一平太 (ダン イッペイタ)
中央大学理工学部 教授 (人間総合理工学科)/研究開発機構 教授
TEL: 03-3817-7272
E-mail: dan[アット]brain-lab.jp

<広報に関すること>
中央大学 研究支援室 
TEL: 03-3817-7423または1675 FAX: 03-3817-1677
E-mail: kkouhou-grp[アット]g.chuo-u.ac.jp  

※[アット]を「@」に変換して送信してください。

【用語解説】
注1)中心視指数(iDC: index for dominance in processing in central visual field):
iDCは、中心視野での処理を反映する指標です。iDCが高ければ、より中心視野での処理がなされていることを意味します。一方で、iDCが低ければ、より周辺視野での処理がなされていることを意味します。iDCの算出では、まず、視線の中心領域が対象となるロゴと重なった場合を中心視野での処理と考え、その場合での正答率を計算します。次に、視線の中心領域が対象となるロゴと重ならない場合を周辺視野での処理と考え、その場合での正答率を計算します。中心視野での正答率から周辺視野での正答率を差し引いた値をiDCとします。

注2)固視:
眼球運動の一時停止で、このとき網膜は視野内の特定の点で安定します。固視は150ミリ秒から600ミリ秒持続し、注視時間の90%を占めています。固視は、参加者のターゲットに対する認知処理と注意を反映すると考えられ、固視時間、固視頻度、最初の固視などの指標として表されます。

注3)サッケード:
固視と固視の間に連続的に視線が動くわけではなく、サッケードという急激な視線の動きが起こります。サッケードの間には、10msから100ms持続する、急速で弾道的な眼球のジャンプが起こります。