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税関統計データから絶滅危惧種・アメリカウナギの国際取引量増加を推定〜養殖用稚魚の東アジアへの輸入が急増、種の保存に危機感〜

2023年12月05日

 中央大学の白石広美研究員らによる研究により、養殖を目的とした東アジアへのアメリカウナギ(Anguilla rostrata)の稚魚の輸入が急増しており、絶滅危惧種である同種の資源をさらに減少させる可能性があることが示されました。日本はウナギ消費量の3分の2を輸入に頼っており、その中にはアメリカウナギも多く含まれると考えられます。ウナギの一大消費国である日本には、アメリカウナギを含むウナギ属の持続的な利用の実現に向け、さらなる主導的な役割が求められます。

<本研究のポイント>
■ヨーロッパウナギのワシントン条約掲載、ニホンウナギの採捕量の低迷により、養殖のための稚魚(シラスウナギ)の需要は、ウナギ属の他の種に移行しつつある。
■東南アジアが一時期、ウナギの供給源として注目されたが、近年はアメリカウナギの需要増加が著しい。アメリカ大陸から東アジアへの稚魚と推測される輸入量は、2004年の2トンから2022年に157トンに急増し、過去最大となった。なお、アメリカウナギは、ニホンウナギと同様、IUCNレッドリストに絶滅危惧種として掲載されている。
■アメリカウナギの生息国では、需要増加に伴い、IUU(違法・無報告・無規制)漁業や違法取引、社会問題が起こっている。
■ウナギ属魚類19種の中で、アメリカウナギは現在、世界で最も大量に利用されていると考えられ、ワシントン条約に掲載されたヨーロッパウナギの二の舞となりつつある。
■東アジアの国・地域では、アメリカウナギを含む異種ウナギについて、養殖に用いる量を2014年漁期の水準にとどめる合意がある。ただし、今回の輸入量の値が正しければ、その水準を大きく上回る量である。
■この研究成果は、アメリカウナギの養殖用稚魚の国際取引の現状に関する論文として、査読を経て、2023年11月29日に国際学術誌「Marine Policy」に掲載された。

1. 研究の背景

 世界にはニホンウナギを含め、19種・亜種のウナギ属魚類が存在します。ウナギ属は海流の変化、気候変動、回遊での障害物、生息地の減少や劣化、病気、過剰な利用や取引など、さまざまな脅威にさらされています。ウナギ属のうち特に北半球の温帯種の資源状態が悪化しており、ヨーロッパウナギはIUCNレッドリストで近接絶滅種(CR)として、ニホンウナギとアメリカウナギは絶滅危惧種(EN)として掲載されています。
 ウナギの完全養殖は商業化には至っておらず、消費されるウナギのほとんどは、天然の稚魚(シラスウナギ)を採捕し、養殖(蓄養)したものです。そのため、稚魚は必要不可欠なものとして、多くの国で採捕の対象となっています。ウナギ養殖は主に東アジアで行われており、香港が貿易の中継地点となっています。
 2007年にヨーロッパウナギがワシントン条約附属書IIに掲載され(2009年施行開始)、2010年代前半にニホンウナギの不漁が続いたこともあり、他のウナギ種の稚魚の採捕・取引が増加しました。特に、アメリカ大陸から東アジアへの輸入は増加しつつあり、近年はハイチやドミニカ共和国などのカリブ海の国々が重要な輸出国となりつつあると見られています。

2. 研究の内容

 今回の研究では、東アジアの国・地域(日本、中国、韓国、台湾、香港)の税関統計を入手し、ウナギの稚魚がどの国からどのくらい輸入されているかを調べました。各輸入国・地域の税関統計には、ウナギの種ごとの分類がないため、IUCNレッドリストに記載された種の生息国からの輸出がその特定の種だと仮定して、分析を行いました(例:カナダからのウナギ属の輸入は、アメリカウナギだと仮定)。なお、東アジアの国・地域には養殖用のウナギの稚魚のための税関コードがありますが、各国・地域で定義が異なり、シラスウナギ以外の大きめの稚魚もデータに含まれている可能性があります。

 分析の結果、アメリカ大陸からのウナギの稚魚(アメリカウナギと推定)の東アジアへの輸入量は、2004年の2トンから2022年には157トンに急増しました(図1)。2009年にヨーロッパウナギのワシントン条約掲載が開始されてから2021年までの平均のアメリカウナギの輸入量は29.1 ± 14.3トンであったことから、2022年の輸入量はその5倍以上に当たります。2022年には、アメリカ大陸からの輸入は、東アジアへのウナギの稚魚の輸入量の89%を占めました。特に、2022年は香港への輸入がほとんどを占めました(96%)。2022年の香港への輸入は、輸入元国別には、香港への輸入は、ハイチ100.6トン、カナダ43.4トン、アメリカ12.7トン、ドミニカ共和国0.2トンとなっています(図2)。ハイチから輸出されたウナギの稚魚のほぼ全てがカナダ・アメリカ経由で輸入されています。

 ヨーロッパウナギについては、ワシントン条約掲載(2009年施行開始)、EUからの輸出入禁止(2010年以降)も違法取引が続いており、EUROPOL(欧州刑事警察機構)は2017-2018年漁期には最大100トンが密輸されたと推定しています。さらに、ニホンウナギの東アジア全体の池入れ量は2011-2012年漁期以降、100トンを下回っています。これらの数字と比較しても、157トンという輸入量は驚異的であり、アメリカウナギが現在世界で最も消費されているウナギ種と考えられます。

 アメリカウナギの稚魚の需要は、生息国においてIUU(違法・無報告・無規制)漁業や違法取引、社会的混乱・紛争を引き起こしています。例えば、カナダでは稚魚の押収や違反者の逮捕に加え、先住民と漁業者の間で漁獲割り当てをめぐって裁判も行われています。ドミニカ共和国やハイチでは闇取引が横行しており、輸出上限を超えた輸出も行われていると報じられています。

 アメリカウナギは絶滅危惧種に指定されており、資源状態のこれ以上の悪化を避けるためには早急な対策が必要です。特に、カリブ海の生息国においては、漁業や取引の実態について不明な点が多く、データも不十分な状況です。最近の状況を鑑みると、全てのアメリカウナギの生息国において、現在の漁業、取引に関する規制が十分かどうか調べる必要があります。アメリカウナギの現在の状況は、ヨーロッパウナギがワシントン条約に掲載される前の1990年〜2000年代前半の状態と似通っており、このままではヨーロッパウナギの二の舞になる可能性があります。

 一方、アメリカウナギの稚魚の需要を作り出している東アジアの養殖国・地域では、2014年以降、ウナギの国際的資源保護・管理に係る非公式協議で「共同声明」が発出されています。アメリカウナギを含む異種ウナギ(ニホンウナギ以外のウナギ)については、池入量を2014年漁期の水準よりも増やさないようにするための可能な措置をとるとの内容になっています。なお、2013-2014年漁期の異種ウナギの各国・地域の池入れ量は、日本3.5トン、中国32トン、韓国2.9トン、台湾1.5tトン、合計39.9トンでした。今回の輸入量の値が正しければ、この数字を大きく上回る量です。157トンには、シラスウナギ以外の大きめの稚魚や、輸送中に死亡したウナギの量が含まれている可能性があるため、単純には比較できませんが、実際の輸入量を理解するためには、各国の池入量報告の正確性の担保が必要です。また、アメリカウナギの実際の採捕規模や取引を理解し、IUU漁業へ対処するためには、生息国、経由国、輸入国の間の協力が不可欠です。採捕と輸出の急増は、他のウナギの種に関してもいつでも起こりうることから、種の保存のために、ウナギ属は属全体として、モニタリングや管理を進めていく必要があります。
 

 

3. 研究の成果、今後の展開

 今回の研究から、アメリカウナギの養殖用の稚魚の利用が東アジアで急速に進みつつあることが明らかにされました。しかしながら、消費国においては、アメリカウナギを食べているという認識すらされていません。日本においても、税関統計で種別のコードが存在しないこと、加工された製品(蒲焼など)については、加工地が輸入相手国となることなどから、現在、どのくらいの量のアメリカウナギが消費されているかは不明です。ウナギの一大消費国である日本には、アメリカウナギを含むウナギ属の持続的な利用の実現に向け、さらなる主導的な役割が求められます。

4. 謝辞

 これらの研究は、旭硝子財団2023年度「ブループラネット地球環境特別研究助成」、科学研究費補助金 基盤研究(A)(研究代表者:海部 健三、JP22H00371「高効果・低リスクかつ現在の国内制度で実現可能なウナギ放流手法の開発」)等によって進められました。

5. 論文情報

■タイトル:Early warning of an upsurge in international trade in the American Eel.(和訳:アメリカウナギの国際取引増加に関する早期警告)
■著者:白石広美(中央大学 法学部 研究員)・海部健三 (中央大学 法学部 教授)
■掲載誌:Marine Policy(マリーン・ポリシー)
■掲載日: 2023年11月29日 
■リンク: https://doi.org/10.1016/j.marpol.2023.105938

<研究内容に関するお問い合わせ>
■中央大学法学部・研究員 白石広美(しらいし ひろみ)
    TEL: 042-674-3243   
  E-mail: hshiraishi734[アット]g.chuo-u.ac.jp

<取材に関するお問い合わせ>
■中央大学広報室広報課
  E-mail: kk-grp[アット]g.chuo-u.ac.jp

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