広報・広聴活動

赤ちゃんには錯視が生じない?~生後半年未満の乳児における特徴統合能力~

2023年12月06日

概要

 北海道大学の鶴見周摩助教、日本女子大学の金沢創教授、中央大学の山口真美教授は、生後半年未満の乳児では複数の特徴を誤って統合する「misbinding」という錯視現象が生じず、これらの乳児は大人とは異なり、世界をありのままに見ている可能性を示しました。
 私たち大人は、外界に散在するさまざまな情報を統合することで1つの意識世界を経験します。例えば、リンゴを見た時、「赤い」「丸い」「果物」といったそれぞれの特徴をひとまとめにして、「赤色のリンゴがある」と知覚します。個々の特徴を1つに統合して知覚し、意識するには、個々の情報を低次から高次へとまとめ上げるだけでなく、脳内の高次の視覚領域から低次の視覚領域へと情報を戻してまとめる「フィードバック処理」が関与すると考えられています。
 この処理が特徴の統合過程に重要であることがわかっていますが、その発達はこれまで明らかになっていませんでした。そこで本研究では、「misbinding」という錯視現象に注目し、乳児にこの錯視が生じるか実験用動画を使って、映像に見慣れていく行動を元に調べ、特徴統合に関与するフィードバック処理の発達過程を検討しました。
 「misbinding」とは、2種類の特徴(例えば色と運動方向)が誤って統合される錯視現象で、曖昧な知覚を安定させようとするフィードバック処理の関与によると言われています。実験の結果、生後半年以降の乳児ではmisbindingの錯視が見えて、誤った特徴の統合が生じることがわかりました。一方で、生後半年未満の乳児はmisbindingの錯視が見えませんでした。つまり、半年未満の乳児は特徴を誤って統合せずに曖昧な外界をあいまいなまま知覚することがわかったのです。本研究の知見は、われわれ大人の意識世界の形成過程を知る手がかりの一つとなると考えられます。
 本研究成果は、2023年12月6日(英国時間)付で「英国王立協会紀要(Proceedings of Royal Society B」のオンライン版に掲載されました。

研究者

鶴見 周摩 北海道大学大学院文学研究院 助教、中央大学大学院人文科学研究所 客員研究員
金沢   創 日本女子大学人間社会学部 教授(心理学科)
山口 真美 中央大学文学部 教授(心理学専攻)

発表(雑誌・学会)

雑誌名:Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences
タイトル:Infants’ visual perception without feature-binding
DOI:10.1098/rspb.2023.2134

研究内容

1.背景
 ヒトの視覚システムは階層構造になっており、眼から入力された情報は最初に方位や色、動きといった各特徴として個別に分析されます。その後、各特徴が1つの情報として統合され、主観的な知覚体験を生み出します。この個別に処理された特徴がどのようにして1つの知覚体験として統合されるのかは未だ議論されています。近年重要視されている1つの説として、脳内の高次の視覚領域から低次の視覚領域へ情報が伝達される「フィードバック処理」の働きです。このフィードバック処理が統合過程で機能することで、私たちは統合された世界を知覚できると考えられています。しかし、この発達過程は不明であり、本当にフィードバック処理が重要なのかは明らかになっていません。そこで本研究では、フィードバック処理が発達する前後の乳児期を対象にすることで、特徴統合過程におけるフィードバック処理の役割を検討しました。
 

2.研究内容と成果
 本研究では「misbinding」という錯視現象に焦点を当てて研究を行いました。「misbinding」とは2種類の特徴(例えば色と運動方向)が誤って統合される錯視現象です(図1)。この図では、色と運動の2種類の特徴が誤って統合されてしまう様子を示しており、知覚が曖昧な周辺視野注1)において安定をさせようとフィードバック処理が関与することで生じると言われています。この錯視現象が乳児でも起きるのかを検討しました。実験では馴化法注2)を用いて生後4ヶ月から8ヶ月の乳児に図1の動画を繰り返し提示しました。その後、全部のドットが上あるいは下方向に移動する全体条件と、左右の領域だけ中央と逆方向に移動する分離条件の動画を提示しました。
 実験の結果、生後半年以降の乳児では分離条件の動画を長く注視しました。これは錯覚が生じたため、全体条件の動きを見飽きていたためであると考えられます。一方で、生後半年未満の乳児では逆の結果となり、彼らは全体条件の動画を長く注視しました。これは、錯覚が生じなかったため分離条件の動きに見飽きていたと考えられます。
 以上の結果から、生後半年未満の乳児では錯覚が生じず、ありのままの映像を知覚していることが示されました。この背景には、フィードバック処理が未発達であることが考えられます。一方で、生後半年以降の乳児では大人と同じように錯覚が生じました。フィードバック処理が機能することで複数の特徴を統合する働きが生じ、脳の中で外の情報を作り直していると考えられます。

3.今後の展開
 生後間もない乳児の方が世界をありのまま見ていて、発達に伴って脳の中で情報を作り直すようになるのは一見不自然に思うかもしれません。しかし、フィードバック処理の発達によって、曖昧な情報を安定して知覚できるようになります。さらに、雑多な情報の中から効率良く情報の取捨選択をし、重要なものの処理を優先し、それ以外はある程度無視するためにも必須であることが考えられます。本研究成果は、私たちが外界の情報を脳の中で作り直す過程のメカニズムの解明につながると期待されます。
 

●この研究成果のもととなった研究経費(主管庁、配分機関等)日本学術振興会 科学研究費助成事業
  特別研究員奨励費(特別研究員:鶴見 周摩、19J21422)「高速逐次視覚呈示(RSVP)を用いた視覚的注意の発達過程の検討」
  研究活動スタート支援(研究代表者:鶴見 周摩、23K18965)「主観的知覚のポジティブな注意変調過程」
  基盤研究(B)(研究代表者:山口 真美、19H01774)「乳児の視覚的注意の発達から意識の形成過程を実験的に検討する」
  新学術領域研究(研究代表者:山口 真美、JP17H06343)「顔と身体表現の文化差の形成過程」

用語解説

注1)周辺視野
 眼を動かして対象物を中心で見た時(中心視野)の、それ以外の領域。中心視野より解像度が悪い。

注2)馴化法
 特定の画像や動画に馴化した(飽きた)後に、新しいものを好んでよく見るという乳児の性質を利用して、2つの視覚情報が弁別できているかを調べる方法。馴化したものと新しいものを同時に提示した時、2つの違いが認識できていれば、新しい方への注視時間が長くなるが、違いを認識できていなければ注視時間に差がなくなる。

<研究に関すること>
 鶴見 周摩 (ツルミ シュウマ) 
 北海道大学大学院文学研究院 助教、中央大学大学院人文科学研究所 客員研究員
  TEL: 011-706-4198
  E-mail: stsurumi[アット]let.hokudai.ac.jp

<広報に関すること>
 中央大学 研究支援室 
  TEL: 03-3817-7423 または 1675 FAX 03-3817-1677
  E-mail: kkouhou-grp[アット]g.chuo-u.ac.jp  

 北海道大学 社会共創部 広報課
  TEL: 011-706-2610  FAX 011-706-2092
  E-mail: jp-press[アット]general.hokudai.ac.jp

※[アット]を【@】に変換して送信してください。