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「一滴たらすだけ」でシングルセルアレイ作製を実現~親水化したオープン型流路の活用で特定の位置に細胞を並べて吸引できるシステムを開発~

2023年11月08日

概要

 中央大学理工学部の鈴木宏明教授、大学院理工学研究科学生の村上友樹(当時)と寺谷浩登、津金麻実子共同研究員、株式会社エターナス、株式会社キャラベルの研究グループは、マイクロ流体工学をベースとした、シングルセルトラップ用オープン型マイクロ流路注1)を開発しました。開発した流路は従来のクローズ型マイクロ流路と異なり、トラップ(捕捉)した細胞がチップ上面に露出しているため、汎用的なロボットピッキング装置などを用いて簡便に選択・吸引できます。
 近年、細胞の性質をひとつずつ調べたり、機能の高い細胞を選別したりするシングルセル解析・操作技術注2)が加速度的に発展しています。数ある多様な技術のうち、顕微鏡等で細胞を観察して選別する技術は、オーソドックスでありながら強力かつ汎用性の高い方法です。しかし、簡便に短時間で多数の細胞に対して処理を行うことが困難でした。
 本研究グループは、オープン型マイクロ流路をシングルセルトラップ・アレイ化に適用することで、上記の課題を解決しました。チップの上面に設けた溝の中に、毛管力によって水が流れる現象を利用した微量流体制御手法を採用し、チップ上の特定の位置に細胞を短時間で配列させ、さらに特定の細胞を選んで採取するシステムを構築しました。この技術は、細胞と同程度のサイズのマイクロ溝の中だけを精密に親水化する方法を開発することで実現しました。
 今後、この技術をもとに、機能が高い細胞を選んで取得するスクリーニング技術注3)が汎用的に使えるようになり、SDGsの実現に向けたバイオものづくりに貢献できると期待されます。
 本研究成果は、2023年10月24日(米国東部時間)付で国際学術誌『iScience』でオンライン掲載されました。

研究者

鈴木 宏明 中央大学理工学部 教授(精密機械工学科)

論文情報

出版社名・雑誌名:iScience, Cell Press
タイトル:Single-Cell Trapping and Retrieval in Open Microfluidics
DOI: https://doi.org/10.1016/j.isci.2023.108323

研究内容

1.背景
 近年、細胞の性質をひとつずつ調べたり、機能の高い細胞を選別したりするシングルセル解析・操作技術が加速度的に発展しています。数ある多様な技術のうち、顕微鏡等で細胞を観察して選別する技術は、オーソドックスでありながら強力かつ汎用性の高い方法です。しかし、ディッシュ等の底にランダムに撒かれた細胞を認識して選別吸引するためには、高度な画像認識やピペットの位置決め制御が必要で、時間を要しました。一方、マイクロ流路を使って細胞をトラップしアレイ状に並べる技術が多く開発されており、これを用いれば、細胞の認識や観察が効率化されます。しかし、これらのマイクロ流路は、一般的に閉鎖空間となっているためトラップ後に外部から吸引することが不可能で、かつ、送液ポンプを要するためシステムが大型化してしまうという課題がありました。
 

2.研究内容と成果
 本研究グループは、オープン型マイクロ流路をシングルセルトラップ・アレイ形成に適用することで、上記の課題を解決しました。オープン型マイクロ流路とは、チップの上面に設けた溝の中に、自発的な毛管力(Spontaneous capillary flow, SCF)によって水が流れる現象を利用した微量流体制御手法です。従来のオープン型マイクロ流路は0.1~1mm程度のサイズで、10マイクロメートル(0.01mm)の細胞のトラップは実現されていませんでした。本研究グループは、細胞と同程度のサイズの溝の中だけを精密に親水化する方法を開発し、オープン型マイクロ流路における細胞トラップを実現しました。
 具体的には、鋳型転写によってシリコーンゴムの表面上にマイクロ流路としての微細な溝を形成させます(図1)。その溝に、別のシリコーンゴム板を被せてふたをし、流路中に親水化剤を含む水溶液を流します。一定時間の後、水溶液を吸引除去し、ふたをはずして乾燥させます。すると、疎水的であるシリコーンゴムに設けたマイクロ溝の中だけが親水化された状態ができます。このチップでは、流路の端に一滴の液をたらすだけで、自発的に溝の流れが生じます。マイクロ流路の構造を、細胞や粒子が捕捉できる形状にしておくと、液の中に含まれた粒子や細胞が流路中を自発的に流れ、決まった場所に固定されます(図2)。ポンプが不要で、簡易的に細胞の配列ができるだけでなく、表面が開放されているため、ガラス管やピペットで望みの細胞を取得できます。
 本研究グループは、このチップ上に細胞を正確に配列させたのち、ガラス細管を使って特定の細胞や細胞塊を吸引するための卓上型ロボットと組み合わせ、細胞を選択的に取得するシステムを構築しました(図3)。
 本論文では、汎用性を示すために、天井が閉じられた従来のクローズ型流路において確立された2つの細胞トラップ用流路(Tan et al., PNAS 2012およびChung et al., Appl. Phys. Lett., 2011)のデザインをオープン型流路において再現し、問題なく細胞のトラップとアレイ化ができることを示しました。このオープン型流路は、ほかの流路デザインにも容易に移植できると考えています。
 

3.今後の展開
 今後は、このシステムをさらに進化させ、細胞の画像AI認識等と組み合わせた細胞のスクリーニングシステムを構築していきたいと考えています。また、特に、SDGsに向けたバイオものづくり(生物由来の化成品原材料生産など)への応用展開を探っていきます。

●この研究成果のもととなった研究経費(主管庁、配分機関等)
科学研究費補助金(文部科学省)
 主な研究経費:基盤研究(S)(清水浩代表、19H05626)「モデルベース設計を基盤とした指向性進化による高効率細胞プロセス創製の確立と展開」
 部分的な研究経費:基盤研究(B)(鈴木代表、19H02576)「脂質二重膜バイオリアクタ形成デバイスの開発とバイオマーカ検出技術への応用」および、学術変革領域研究(A)(瀧ノ上正浩代表、20H05935)「DNAナノスケールのモダリティ」

加えて、本研究は、競輪の補助を受けて実施しました。 
 

図1 実際に作製したシリコーンゴム製のオープン型マイクロ流路。チップ上の微小な領域に多数の細胞トラップが実現される。

図2 オープン型マイクロ流路における、細胞を模擬したマイクロビーズ(上段)および白血球細胞(下段)のトラップ(赤枠で囲んだ箇所)と配列。

図3 チップ上に細胞をトラップした後、ガラス細管によりロボット吸引するためのシステム。下段の連続画像は、トラップ部に捕捉された細胞を吸引している様子を示している。

用語解説

注1)オープン型マイクロ流路
 通常のマイクロ流路では、流路を設けたチップと別の基板を貼り合わせて閉じた流路(クローズ型流路)を作製し、その中に圧力等を加えて送液を行う方式が一般的です。一方、オープン型マイクロ流路では、流路溝の片面または両面が大気に開放されており、外部から流路にアクセスすることが可能であることから、閉じられていないため圧力送液ができず、濡れ性の制御による流体制御が採用されることが多い。

注2)シングルセル解析・操作
 従来の、細胞を集団として扱うのではなく、細胞をひとつひとつ分離して解析を行ったり、操作を行う技術。マイクロ流体工学は、細胞と同程度のサイズの流れを扱うことができ、シングルセル技術との親和性が高い。個別の細胞の特性を調べることで、生物学や医学の新たな展開が広く期待されています。

注3)スクリーニング技術
 細胞の集団の中から、特定の細胞を選んで選別する技術。たとえば、有用な目的物質を高生産する細胞を取得することで、バイオ創薬やバイオ化成品原料の生産の効率化への貢献が期待されます。

【お問い合わせ先】 
<研究に関すること>
 鈴木 宏明 (スズキ ヒロアキ) 
 中央大学理工学部 教授(精密機械工学科)
  TEL: 03-3817-1827
  E-mail: suzuki◎mech.chuo-u.ac.jp(◎を@に変換して送信してください)

<広報に関すること>
 中央大学 研究支援室 
  TEL 03-3817-7423または1675 FAX 03-3817-1677
  E-mail: kkouhou-grp@g.chuo-u.ac.jp