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光格子中の強く相互作用するボース粒子系での量子もつれの生成、伝搬の機構を解明~実験的な実証も視野に~

2023年11月02日

概要

 中央大学の土屋俊二准教授と山鹿汐音大学院生らを中心とする研究グループは、「光格子」と呼ばれるレーザー光による周期的なトラップに閉じ込められた強く相互作用するボース粒子注1)からなる系(強相関ボース多体系)における量子エンタングルメントの振る舞いを理論的に解明しました。
 量子エンタングルメントは、量子もつれとも呼ばれ、複数の粒子の間の特殊な相関を意味します。近年、固体中の電子など、強く相互作用する多数の粒子からなる系(強相関系)を量子エンタングルメントの側面から理解しようとする試みが盛んになりつつありますが、理論的にも実験的にも解析が難しく未解明な点が多く残されています。光格子に閉じ込められた強相関ボース多体系は、量子エンタングルメントを実験で測定することのできる数少ない強相関系の一つとして注目されています。
 本研究では、光格子に閉じ込められた強相関ボース多体系における、量子エンタングルメントの生成や伝搬のメカニズムを理論的に研究しました。この系ではボース粒子が他より1個多い状態(ダブロン)とボース粒子が1個抜けて穴ができた状態(ホロン)が、それぞれ一つの粒子として振る舞います(図1)。
 本研究では量子エンタングルメントを定量的に調べるため、ダブロンとホロンに対する波動関数注2)を用いてダブロンとホロンの相関関数を計算し、そこからエンタングルメント・エントロピー注3)の公式を導きました。この公式を用いると、これまで計算できなかった小さい系や短時間スケールの場合でもエンタングルメント・エントロピーが求められ、系の大きさや時間スケールに制限がある実験での検証に大きな利点をもたらします。
 さらに、導出されたエンタングルメント・エントロピーの公式から、この系における量子エンタングルメントが、量子もつれの状態にあるダブロンとホロンのペアが生成されることで生まれ、そのペアが伝播することにより系全体に広がることを明らかにしました。
 強相関ボース多体系で、量子エンタングルメントのダイナミクスを理論的に明らかにしたのは、本研究が世界で初めてとなり、高温超伝導体など他の強相関系における量子エンタングルメントの振る舞いの理解に大きく貢献する成果です。本研究により強相関系の量子エンタングルメントの理解が進めば、強相関系の量子エンタングルメントを利用した、従来よりも遥かに高速な計算を可能にする量子コンピューターの開発につながると期待できます。
 また、ブラックホールが量子効果により熱を放射する「ホーキング輻射(ほうしゃ)」と呼ばれる現象は、ブラックホール付近で生成された粒子対の量子エンタングルメントが関わっていると考えられることから、本研究の成果はホーキング輻射の原理の解明にもつながると期待されます。
 本研究成果は、2023年11月1日(米国東部時間)付で米国物理学会誌『Physical Review Research』のオンライン版で公開されました。

 

研究者

土屋 俊二 中央大学理工学部 准教授 (物理学科)
山鹿 汐音 中央大学理工学研究科 博士後期課程2年(物理学専攻)

論文情報

雑誌名:  Physical Review Research
タイトル: Evolution of entanglement entropy in strongly correlated bosons in an optical lattice
著者:     Shion Yamashika1, Daichi Kagamihara2, Ryosuke Yoshii3, and Shunji Tsuchiya1
所属:    1Department of Physics, Chuo University
       2Department of Physics, Kindai University
                  3Center of Liberal Arts and Sciences, Sanyo-Onoda City University
DOI: 10.1103/PhysRevResearch.5.043102

研究内容

1.背景
 現代物理学の基礎の一角をなす量子力学は、我々の日常的な感覚からは理解し難い奇妙な性質を持ちます。複数の量子力学的な粒子の間に生じる特殊な相関、量子エンタングルメントはその際たる例の一つで、現代の量子力学の研究の大きなテーマになっています。実際、2022年のノーベル物理学賞は量子エンタングルメントの研究者に与えられました。また最近話題の量子コンピューターは、量子エンタングルメントを利用することで従来のコンピューターよりも遥かに高速に計算することができると考えられています。他方、固体中の電子などの強く相互作用する多数の粒子からなる系は、粒子間に強い相互作用が働くことから強相関系と呼ばれ、新奇な性質を示すことが知られています。特に強相関系は高温超伝導が発現することから注目を浴びてきましたが、高温超伝導の起源を含めまだ強相関系の理解は進んでいません。近年は強相関系の性質を量子エンタングルメントの側面から理解しようとする試みが盛んになりつつあります。しかし、強相関系の量子エンタングルメントは理論的にも実験的にも解析が困難であり、未解明な点が多く残されています。

 

2.研究内容と成果
 本研究では、強相関系の量子エンタングルメントの性質を解明するために、光格子に閉じ込められた強相関ボース多体系に注目し、量子エンタングルメントの生成や伝播のメカニズムについて理論的に研究しました。光格子はレーザーで作った原子に対する周期的なトラップですが、光格子に閉じ込められた粒子については、粒子の間の相互作用をレーザーの強度で調節でき、更に量子エンタングルメントの指標の一つであるエンタングルメント・エントロピーを実験で測定することができるという大きな利点があります。
 強相関ボース多体系では、ボース粒子が他より1個多い状態(ダブロン)とボース粒子が1個抜けて穴ができた状態(ホロン)が、それぞれ一つの粒子として振る舞います(図1)。本研究では量子エンタングルメントを定量的に調べるため、ダブロンとホロンに対する波動関数を用いて相関関数と呼ばれる量を計算し、そこからエンタングルメント・エントロピーの公式を導きました。驚くべきことに、この公式を用いると、これまで計算できなかった小さい系や短時間スケールの場合でもエンタングルメント・エントロピーが正確に求まることが、数値的な計算結果との比較によりわかりました。このことは、系の大きさや時間スケールに制限がある実際の実験の結果の検証において大きな利点になります。
 さらに本研究では、導出されたエンタングルメント・エントロピーの公式から、この系における量子エンタングルメントの振る舞いの物理的な描像を明らかにしました。ここでは、系の2つの領域AとBの間の量子エンタングルメントについて考えます(図2)。まず公式から、領域AとBの量子もつれの度合いを表すエンタングルメント・エントロピーは、量子もつれの状態にあるダブロンとホロンのペアのうち、領域AとBの境界をまたぐペアの数に比例することがわかりました。次に、公式を用いて導出されたエンタングルメント・エントロピーの式によると、この系では量子もつれの状態にあるダブロンとホロンのペアが各場所から生成され、時間と共に広がっていきます。その結果、量子もつれ状態にあるペアのうち境界をまたぐものの数が時間に比例して大きくなることから、エンタングルメント・エントロピーも時間に比例して大きくなります。そして、ペアのサイズが領域Aのサイズと同程度になると、エンタングルエントロピーは一定値に収束することがわかりました(図2)。一方で伝搬するペアの他にも、狭い領域で生成と消滅を繰り返すペアが存在し、それが短い時間スケールのエンタングルメント・エントロピーの振動を誘起することが明らかになりました。

3.今後の展開
 前述した通り、光格子に閉じ込められた強相関ボース多体系では、実際にエンタングルメント・エントロピーを測定することが可能なことから、本研究で得られたエンタングルメント・エントロピーの公式やその物理的描像を実験的に検証する環境はすでに整っています。そのため、本研究で得られた結果の実験的検証が待たれます。
 強相関ボース多体系で、量子エンタングルメントのダイナミクスを理論的に明らかにしたのは、本研究が世界で初めてとなり、この成果は強相関系における量子エンタングルメントの理解を大きく前進させるものです。本研究により強相関系の量子エンタングルメントの理解が進めば、従来よりも遥かに高速に計算する能力のある量子コンピューターの開発につながると期待できます。また、ブラックホールが量子効果により熱を放射するホーキング輻射と呼ばれる現象は、ブラックホールの量子エンタングルメントが強く関わっていると考えられることから、本研究の成果はホーキング輻射の原理の解明にもつながると期待されています。
 

●この研究成果のもととなった研究経費(主管庁、配分機関等)
 特別研究員奨励費(日本学術振興会)JP22J22306, 科研費 基盤C(文科省) 19K03691
 科研費 基盤C 19K14616, 科研費 基盤B 20H0838

用語解説

注1)ボース粒子: 整数倍のスピン角運動量を持つ粒子の総称で、複数の粒子が同じ状態を取り得るという性質を持ちます。

注2)波動関数: 量子力学的な粒子の状態を表す関数のこと。一般的には複素数をとることができ、絶対値二乗が粒子の存在する確率を表します。

注3)エンタングルメント・エントロピー: 複数の粒子、または複数の領域の間の量子エンタングルメントの度合いを表す量。通常のエントロピーと類似した数式で表されることからこの名前がついていますが、エントロピーとは異なる物理量です。

【お問い合わせ先】 
<研究に関すること>
 土屋 俊二(ツチヤ シュンジ) 
 中央大学理工学部 准教授(物理学科)
  TEL: 03-3817-1786
  E-mail: tsuchiya◎phys.chuo-u.ac.jp(◎を@に変換して送信してください)

<広報に関すること>
 中央大学 研究支援室 
  TEL 03-3817-7423 または 1675 FAX 03-3817-1677
  E-mail: kkouhou-grp@g.chuo-u.ac.jp