広報・広聴活動

柔らかなシートに光・電磁波撮像センサを“印刷” ~高耐久型非破壊検査用カメラシートを高効率に机上製造可能に~

2023年09月25日

要点
○ 美術・衣服分野の古典的な加工手法である”版画”から着想を得て、光・電磁波センサを印刷製造
○ 柔らかなセンサシートへの大面積印刷に特化した製造手法と材料インクで、耐久性向上を実現
○ 多様な液体材料の印刷を組み合わせることができ、多機能素子の極めて簡便な集積実装へ期待

概要

 中央大学 理工学部 電気電子情報通信工学科の李恒助教、河野行雄教授、松﨑勇斗大学院生(理工学研究科 電気電子情報通信工学専攻、博士前期課程1年)らを中心とする研究グループは、独自に開発した多機能な「光・電磁波撮像センサシート」の生産に印刷技術を活用することで、極めて高効率な製造工程の創出に成功しました(図1・左)。多機能な非破壊検査に向けた要素技術として本研究グループが開発を進めるセンサは、元来、多様な素材・構造から成る立体物(例:車載部品、医療器具、インフラ設備、動植物)を壊すことなく、内部の素材の組み合わせや形状・層構造を可視化する“材質同定(用語1)・構造復元(用語2)”といった非破壊検査(用語3)技術に特化したものです。従来の素子作製工程では、センサやドーピング液、電極配線などの各原材料を、シートの必要な部分にだけ移し取って繋ぎ合わせる剥離転写法(用語4)を用いていましたが、各材料間での断線が頻発し、動作不良を起こすという、材料の機械的な強度不足が課題となっていました。
 そこで本研究では、液体インク状態の各材料を印刷技術により、高い密着度で刷り込ませる作製工程を考案することで、素子の断線・動作不良を抑制し、作製効率と耐久性の飛躍的な改善を達成しました。この成果は、「光・電磁波撮像センサシート」の社会実装に求められる大規模集積や用途に応じた生産等を可能にするもので、今後の幅広い応用展開が期待されます。
 本研究成果は、2023年9月23日(日本時間)付で独国科学誌「Advanced Materials Interfaces」でオンライン公開されました。

 

【研究者】 李 恒      中央大学理工学部 助教 (電気電子情報通信工学科)
      河野 行雄    中央大学理工学部 教授 (電気電子情報通信工学科)

【論文情報】

雑誌名 Advanced Materials Interfaces
タイトル All-Screen-Coatable Photo-Thermoelectric Imagers for Physical and Thermal Durability Enhancement
著者 Kou Li1,↑,*, Yuto Matsuzaki1,↑, Sota Takahara1, Daiki Sakai1, Yuto Aoshima1, Norika Takahashi1, Minami Yamamoto1, Yukio Kawano1,2,*
↑共同筆頭著者
*責任著者
所属 1中央大学 理工学部 電気電子情報通信工学科
2国立情報学研究所
DOI 10.1002/admi.202300528

 

【研究内容】

1.背景
 ヒトとモノが垣根無く繋がるIoT社会(用語5)の幕開けとともに、非破壊検査技術の需要が増し、数ある検査手法の中でも、大面積・非接触に検査情報を取得可能な光・電磁波撮像技術への注目度は高まっています。周波数帯域毎に分割して考えると、特に可視光と電波の間に位置するミリ波・テラヘルツ波・赤外線(用語6)といった光・電磁波は、工業製品やインフラの大部分を成す非金属材料の識別が可能で、非破壊検査技術における中心的役割を期待されています。李助教らの研究グループでは以前より、同帯域での非破壊検査デバイス・システムの創出に向けた取り組みを進めています。中でも、日本発の先端材料であるカーボンナノチューブ(CNT:用語7)薄膜を素子材料に用いることで、食品用ラップフィルムのように、薄く柔らかく伸び縮みする超広帯域かつ高感度なミリ波–赤外帯撮像センサシートを世界に先駆けて開発してきました(図2、参考論文1–3)。

 本研究グループの取り組みは、本素子の光学的優位性と機械的柔らかさから、光・電磁波センサ開発分野の中で独創的な位置付けであるとともに、多様な材質や構造から成る対象物の非破壊な材質同定・構造復元を実証し、検査素子としての適性を精力的に示すものです(参考論文4–5)。一方、従来の素子作製工程では、センサ部分のCNT膜と信号読み出しを担う電極配線との間で断線が頻発しており(図3)、動作不良の要因としてカメラ実装等の将来的な大規模集積化への技術的な障壁となっていました。

2.研究内容と成果
 本研究では、まず初めにCNT膜・電極間で生じる断線の原因究明に取り組みました。結果として、「材料インク(CNT分散液)を吸水基板へ吸引濾過成膜(用語8)➡テープを用いて吸水基板上から素子用途に合わせた任意基板上への剥離転写」という従来のCNT膜加工方法(参考論文6)が要因であることを解明しました。そこで李助教らは、剥離転写が不要なCNT成膜方法として、“版画やTシャツプリントの様に部分的な穴へインクを刷り込む”塗工方法をヒントに、スクリーン印刷法を新規に導入します(図4)。まず、中央部にレーザ加工によって塗工窓が設けられた25 µm厚の高分子マスクを用意します。このマスクは素子用途に合わせた各種基板上に設置され、回転式の移動バーがマスクの塗工窓越しに、基板上へCNT分散液を刷り込みます。

 また、李助教らはCNT分散液の粘度がスクリーン印刷精度を制御することも実証しました(図5)。低粘度な印刷条件では塗工自体が不可、もしくは局所的な欠損や膜厚の不均一箇所が散見されました。一方、現時点の最高粘度条件である0.5 wt%インクのスクリーン印刷では、100 %に迫る極めて高効率(高歩留まり)なCNT成膜の製造に成功しました。このことから、インク粘度により膜質・膜厚が制御可能であり、塗工窓の設計段階で、選択的に形成されるCNT膜のサイズを制御できることが分かりました。

 さらに、李助教らは「先行研究の課題である剥離転写」が不要なCNT成膜工程を確立するだけでなく、本研究のスクリーン印刷法が従来の電極界面での断線傾向に対して、耐久性の飛躍的な向上に繋がることも明らかにしました(図6)。本素子は元来、CNT膜本来の柔らかさを活かすため、電極配線に伸縮性の導電性ペーストを用いてきました。これにより、CNT膜だけでなく素子全体の柔軟性や伸縮性が得られます。このペーストは、加工前の液体状態に対して熱を加えて硬化させる(焼成)ことで電極配線として用いていますが、焼成時の体積収縮により隣接するCNT膜へ引っ張り負荷がかかります。ここで李助教らは、従来の転写型のCNT膜は剥離時に機械的な強度が損なわれ、上記負荷に耐えられず断線していることを特定し、スクリーン印刷されたCNT膜は基板へ高強度に密着することで電極焼成時の体積収縮に耐久性を示すことを実証しました。CNT膜・電極界面での安定性の指針となる焼成前後の抵抗倍率では、従来型工程では90 %以上のサンプルで10倍を超え、断線傾向が確認されていましたが、スクリーン印刷工程では全サンプルで断線が防止されていました。また、抵抗倍率は1倍前後に収まっており、これは「焼成前後での影響が抑制された」ことを意味しています。

 くわえて、李助教らはこれら高耐久・高歩留まりな素子作製工程の集大成として、スクリーン印刷によるCNT膜撮像素子の多素子集積と非破壊検査デバイスへの応用に成功しました(図7)。ここでは20画素が一軸方向にアレイ集積されたデバイスを作製し、全画素が100 %の歩留まりで動作しているとともに、不透明なガラスの中に隠されたナイフを明瞭に可視化するなど、素子本来の非破壊検査性能が最大限に発揮されていることを確認しました。

3.今後の展開
 本研究成果は今後、CNT膜型の画素を二次元平面に高密度・大規模集積したカメラシートのスクリーン印刷への展開を目指しています。現在は単一画素または一軸画素アレイでの素子評価が中心となっていますが、スクリーン印刷を基盤とする高耐久な工程により、極めて高い歩留まりで多画素の集積が可能となります。現在の静止画撮像による非破壊検査実証を超える、ビデオカメラ型のリアルタイムな検査動画撮影への発展が期待されます。また、本研究ではCNT分散液や導電性ペーストに加えて、高感度な光・電磁波検出に必須のドーピング液や、電極の立体交差配線に不可欠な絶縁ペーストのスクリーン印刷も実証しており、カメラ化に際する複雑な集積構造にも適応可能です。さらに、印刷時のマスクは粘着や静電気によりプラスチック、ガラス、シリコンウエハ等、様々な基板表面に設置可能です。これらに伴いCNT膜撮像素子の集積は、「プラスチック上:薄く柔らかい」「ガラス上:高透明」「シリコンウエハ上:半導体加工プロセスと組み合わせ可能」といった様々な選択肢の元、実装可能となります。
 本研究のより一層の加速に向けては、加工サイズの更なる小型化という次なる挑戦が挙げられます。印刷時のマスク内に設けられた塗工窓のサイズがその後の各材料成膜段階でのサイズに反映され、現時点では最小で100 µm線幅(髪の毛の太さと同程度)となっています。検査素子としての高精度な動作(例:高解像イメージング)には数十µmサイズでの加工・集積が必要と考えられ、マスクの塗工窓作製に用いるレーザ加工機の高性能化により、これら課題の解決に取り組みます。
 本研究で確立したスクリーン印刷法は、場所を問わず室温大気中で操作可能であることから、将来的にはCNT膜の材料特性が最大限に活かされる非破壊検査カメラシートを、作業者の経験や技量を問わず、誰でも机上で簡単に作製できる工程へと展開していきます。

【参考文献】

1. K. Li, T. Araki, R. Utaki, Y. Tokumoto, M. Sun, S. Yasui, N. Kurihira, Y. Kasai, D. Suzuki, R. Marteijn, J.M.J. Toonder, T. Sekitani, Y. Kawano, Stretchable broadband photo-sensor sheets for nonsampling, source-free, and label-free chemical monitoring by simple deformable wrapping, Science Advances 8, 19, eabm4349, 2022. DOI: 10.1126/sciadv.abm4349
2. T. Araki, K. Li, D. Suzuki, T. Abe, R. Kawabata, T. Uemura, S. Izumi, S. Tsuruta, N. Terasaki, Y. Kawano, T. Sekitani, Broadband Photodetectors and Imagers in Stretchable Electronics Packaging, Advanced Materials early view, 2304048, 2023. DOI: 10.1002/adma.202304048
3. K. Li, D. Suzuki, Y. Kawano, Series Photothermoelectric Coupling Between Two Composite Materials for a Freely Attachable Broadband Imaging Sheet, Advanced Photonics Research 2, 3, 2000095, 2021. DOI: 10.1002/adpr.202000095
4. K. Li, R. Yuasa, R. Utaki, M. Sun, Y. Tokumoto, D. Suzuki, Y. Kawano, Robot-assisted, source-camera-coupled multi-view broadband imagers for ubiquitous sensing platform, Nature Communications 12, 3009, 2021. DOI: 10.1038/s41467-021-23089-w
5. K. Li, Y. Kinoshita, D. Sakai, Y. Kawano, Recent Progress in Development of Carbon-Nanotube-Based Photo-Thermoelectric Sensors and Their Applications in Ubiquitous Non-Destructive Inspections, Micromachines 14, 1, 61, 2023. DOI: 10.3390/mi14010061
6. D. Suzuki, K. Li, K. Ishibashi, Y. Kawano, A Terahertz Video Camera Patch Sheet with an Adjustable Design based on Self-Aligned, 2D, Suspended Sensor Array Patterning, Advanced Functional Materials 31, 14, 2008931, 2021. DOI: 10.1002/adfm.202008931

 

●謝辞
 本研究は、科学技術振興機構 未来社会創造事業(JPMJMI23G1)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(基盤研究A(JP23H00169)、基盤研究B(JP21H01746、 JP22H01555、 22H01553)、学術変革領域研究A(JP21H05809、 JP22H05470)、研究活動スタート支援(JP 23K19125))、神奈川県立産業技術総合研究所・戦略的研究シーズ育成事業(非破壊画像検査用スマートシートの創出)、村田学術振興財団・研究助成(M23 194)の援助、並びに日本ゼオン株式会社からの試料提供を受けて実施されました。

【用語解説】

注1)材質同定
 複合材料から成る検査物に対して、構成する材料の組み合わせを個々に特定する技術のこと。

注2)構造復元
 中空や多層、曲面等、検査物内外がどの様な形状で構成されているかを特定する技術のこと。

注3)非破壊検査
 “物を壊すことなく”対象物が内部に隠している欠陥や変質、さらに劣化を検知・可視化する検査技術のこと。

注4)剥離転写法
 既に特定の基板上に堆積された薄膜試料に粘着テープ等を押し当てることで、テープ側へ剥がし取る技術。粘着性の剥離転写以外にも、分子間に作用する弱い引力(ファンデルワールス力)を用いた剥離転写技術も多数報告されている。

注5)IoT社会
 Internet of Things(モノのインターネット化)の略字語であり、製造工程における全自動化やウェアラブル端末等、ヒトとモノが密接に繋がる様式をIoT社会と呼ぶ。
    
注6)ミリ波・テラヘルツ波・赤外線
 電波から可視光に至る周波数領域に位置する電磁波のことを指し、ミリ波がより低周波で、赤外線がより高周波となっている。

注7)カーボンナノチューブ
 1991年に飯島澄男博士によって発見されたナノ材料。炭素原子のみで構成される、直径がナノメートルサイズの円筒(チューブ)状構造となっている。

注8)吸引濾過成膜
 セルロースアセテート等から成る吸水性の濾紙基板上に液体試料を滴下して、滴下面と反対側から空気を吸引することで、液体試料中の分散成分や粒子等を抽出する技術。濾紙にはマイクロメートルサイズの孔が設けられており、吸引後には液中成分の薄膜を形成することができる。

【お問い合わせ先】 
<研究に関すること>
 李 恒 (リ コウ) 
 中央大学理工学部 助教(電気電子情報通信工学科)
 TEL: 03-3817-1860
 E-mail: li◎elect.chuo-u.ac.jp(◎を@に変換して送信してください。)

 河野 行雄 (カワノ ユキオ) 
 中央大学理工学部 教授(電気電子情報通信工学科)
 TEL: 03-3817-1860
 E-mail: kawano◎elect.chuo-u.ac.jp(◎を@に変換して送信してください。)


<広報に関すること>
 中央大学 研究支援室 
 TEL 03-3817-7423または 1675 FAX 03-3817-1677
 E-mail: kkouhou-grp@g.chuo-u.ac.jp