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放流ウナギは天然ウナギに勝てるのか?〜養殖場の飼育を通じて、ウナギの種内競争の能力は低下する〜

2022年07月05日

中央大学研究開発機構の脇谷量子郎機構助教(現在は東京大学大気海洋研究所)、青森県産業技術センター内水面研究所、鹿児島県水産技術開発センター、神戸大学、水産研究・教育機構、福井県農林水産部水産課、中央大学法学部の海部健三教授からなる研究グループは、効果的なウナギの放流手法を検討するため、天然ウナギと放流される養殖ウナギについて研究を行い、二つの論文として発表しました。研究の結果、日本で一般的に放流されている養殖ウナギは飼育の過程を通じて種内競争の能力が低下しており、そのことが放流後の生き残りや成長に悪影響を与えている可能性が示されました。今回得られた知見の他にも、養殖ウナギの放流は、病原体の拡散などを通じて天然ウナギにも悪影響を与える可能性があるため、養殖ウナギの放流については注意深いアプローチが必要です。

<本研究のポイント>
■⽇本各地でウナギの放流が⾏われているが、効果検証は進んでいない。
■天然ウナギと養殖ウナギ(放流ウナギ)の関係について、⾏動観察、混合飼育、標識放流の三
 つの⼿法を通じて研究を⾏い、その結果を⼆つの論⽂として公表した。
 実験1 ⾏動観察︓ほぼ同じサイズの天然ウナギと養殖ウナギを1個体ずつ⼩型⽔槽に⼊
    れ、噛みつき⾏動とパイプ(隠れ場所)の占有率を基準に⾏動を解析したところ、養殖
    ウナギに対し、天然ウナギが優位な地位を占めていた。
 実験2 混合飼育︓ほぼ同じサイズの天然ウナギと養殖ウナギを約2年間、同じコンクリート
    ⽔槽で混合飼育したところ、天然ウナギと混合飼育した養殖ウナギは、養殖ウナギのみで
    飼育した場合と⽐較して、⽣残率と成⻑速度のどちらもが低かった。
 実験3 標識放流︓国内の4つの河川で標識放流調査を⾏ったところ、天然ウナギの⽣息
    密度の⾼い河川では、放流ウナギの成⻑が遅いことが⽰された。また、放流したウナギの
    個体数は、2年間で94.9%減少した。
■以上の結果より、本研究は天然ウナギが種内競争を通じて養殖ウナギの適応度を低下させる可
 能性をはじめて⽰した。
■これらの論⽂は、ニホンウナギの放流効果の検証に関する研究として、査読を経て学術誌に掲載
 された最初の学術論⽂である。

研究の背景

ニホンウナギを増やすことを目的として、日本各地でウナギの放流が行われています。たとえば日本では、2018年の河川や湖沼におけるウナギの漁獲量が69トンであるところ、同年のウナギ放流量は201万個体(およそ30トン 1)に上ります。ニホンウナギの減少が社会的な問題とされる中、ウナギの放流は国内最大規模の資源保全策と言えるでしょう。
 日本におけるウナギの放流では通常、養殖場で育てられたウナギを川や湖に放します。ウナギを川に放せばウナギが増えそうなものですが、どの程度のウナギが生き残るのか、ニホンウナギについて放流の効果を検証した学術論文は存在しませんでした2 。そこで中央大学を中心とした研究チームは、放流されたニホンウナギがその後どのくらい生き残り、成長するのか、多角的なアプローチを用いて調査しました。
 ウナギの放流については、天然ウナギが既に生息している水域に養殖されたウナギ(放流ウナギ)を放流することで、ウナギの種内競争が激化する可能性が考えられます。しかしながら、養殖ウナギが放流される場合の、天然ウナギとの競合については、ほとんど知見がありませんでした。そこで研究チームは、【実験1 行動観察】小型水槽での行動観察、【実験2 混合飼育】屋外コンクリート水槽での飼育実験、【実験3 標識放流】河川での標識再捕獲調査により、放流される養殖ウナギに天然ウナギが与える影響について検証を行いました。 

             
                                                               

  11個体の重さを平均15グラムと仮定しています。
 2 行政の調査報告書、査読を経ていない文献は存在します。古い報告には、戦前に刊行されたものもあります。
 

研究の内容

【三つのアプローチの関係】
この一連の研究では、行動観察・混合飼育・標識放流の三つのアプローチを用いてニホンウナギの放流について調べています。小型水槽を用いた行動観察は室内実験のため、条件のコントロールやデータ取得が容易ですが、実際にウナギが放流される河川とは環境が全く異なっています。反対に、河川にウナギを放流して追跡する標識放流は野外実験であり、条件コントロールやデータ取得が難しい反面、実際に行われているウナギ放流に近い状況を再現できます。屋外コンクリート水槽を用いた混合飼育は屋外実験であり、上記二つの中間的な特徴を持ちます。三つのアプローチを組み合わせることで、より詳しく、より正確な知見を得ることが可能になりました。

      
 

【実験1 行動観察】
ウナギ1匹のみが入れる太さのパイプ(隠れ場所)を入れた小型水槽に天然ウナギと養殖ウナギ1個体ずつ(全長差5%未満)を入れ、14ペア28個体の行動(噛みつき行動、パイプ占有)を録画し、ビデオ画像から行動の分析を行ったところ、以下の結果が得られました。これらの結果から、天然ウナギは養殖ウナギに比べより攻撃的で、高い競争力を有することが示されました。ただし、攻撃性の強弱には個体差があり、天然ウナギは必ず養殖ウナギに優占する、ということではありません。また、論文内には記載されていませんが、養殖ウナギ同士、天然ウナギ同士でも同じような攻撃行動が観察されています。

■天然ウナギの1時間あたりの噛みつき回数(5.7回±3.1回/時間)は、養殖ウナギの回数(0.44回±0.45回/時間)を有意に上回り、9割近くを占めました。
■パイプ占有について、観察した839回のうち666回(79.4%)で天然個体が占有していました。

      

 


      

【実験2 混合飼育】
2014 年10 ⽉〜2016 年10 ⽉の2 年間、屋外にある3
つのコンクリート池のうち、2 つの池は試験区としてそれぞれ天
然ウナギ5 個体、養殖ウナギ5 個体を⼊れ、もう1 つの池は
コントロールとして養殖ウナギのみ10 個体を⼊れて、同条件
で⽣き餌(エビ)を与えながら飼育したところ、以下の結果が
得られました。これらの結果より、天然ウナギの存在により、
養殖ウナギの⽣残率や成⻑が低下したと考えられます。

     

   図5:飼育⽤のコンクリート⽔槽(⿅児島県)

■飼育開始から2年後、天然ウナギと混合飼育した養殖ウナギの⽣残率(40%)は、養殖ウナギのみ
 で飼育した場合の⽣残率(90%)よりも有意に低い値を⽰しました。
■成⻑について、1 ⽇あたりの体重増加量(g/⽇)は養殖ウナギのみで飼育した場合よりも、混合飼
 育した養殖ウナギで有意に低い値を⽰しました。
■養殖ウナギのみで飼育したウナギの合計体重(バイオマス)は混合飼育した天然ウナギと同様に増
 ⼤しましたが、混合飼育した養殖ウナギでは増加しませんでした。

 

【実験3 標識放流】
⾃然環境下における、放流ウナギの成⻑・⽣残と天然ウナギ密度との関係を調査するため、天然ウナギの⽣息
密度が異なる4 つの河川(⿅児島県⾙底川、静岡県波多打川、福井県三本⽊川、⻘森県⻑沢川)に養
殖ウナギを同密度で放流し、3 ヶ⽉後、1 年後、2 年後に放流ウナギの⽣息密度、成⻑、動きの観察を実施
し、天然ウナギとの違いを分析したところ、以下の結果が得られました。これらの結果から、天然ウナギが⽣息す
る河川に放流された養殖ウナギは、種内競争の結果、成⻑速度が低下すると推測されます。

 

■2 年後の放流ウナギの個体数密度は河川間で有意に異なりませんでしたが、放流時から94.9%減少し
 ました。
■天然ウナギが少ない河川(福井県三本⽊川、⻘森県⻑沢川)の放流ウナギは、天然ウナギの多い河川
(⿅児島県⾙底川、静岡県波多打川)よりも有意に速く成⻑しました。

 

 

3. 研究の成果、今後の展開

⼀連の研究から、飼育を通じて養殖ウナギの種内競争の能⼒が低下し、天然ウナギに対して劣位となることが
明らかにされました。このことから、天然ウナギが⽣息する⽔域に養殖されたウナギを放流することによって、放流
効果が低下する可能性が⽰されました。放流ウナギと天然ウナギは遺伝的に同⼀の集団であるため、養殖ウナ
ギの種内競争の能⼒の低下は養殖場における飼育そのものがその要因と考えられます。
 養殖ウナギと天然ウナギの種内競争の能⼒の違いとともに、今回の放流⽅法では、2年間で約95%の個体
数減少が観察されました。同様の結果は静岡県が⾏なった調査3でも確認されており、本研究で⽤いた⼿法で
の放流によってニホンウナギ資源を⼤幅に増⼤させることは、困難であると考えられます。今後は、放流の効果を
改善するための研究として、例えば以下の項⽬が考えられます。これらの研究を通じて、現在⾏われているウナ
ギの放流について、改めて検討を⾏う必要があります。

(1) 放流後の⽣残と成⻑が期待できるウナギを⼊⼿することを⽬的とした、飼育⼿法の改善を検討す
   る研究
(2) より放流に適した⽔域の環境条件を明らかにすることを⽬的とした、汽⽔域や湖沼など、今回の研
   究で対象とした⼩規模河川の淡⽔域以外の環境において⾏われる標識放流調査
(3) 天然ウナギにとって有害な病原体の拡散など、ウナギ放流がもたらす負の影響に関する研究
(4) ウナギ放流の経済的なコスト・ベネフィット、現在のウナギ放流の制度が形成された歴史的背景な
   ど、社会科学的な視点からの研究

3 鈴⽊邦弘ら(2017)「伊東市⼩河川における養殖ウナギの放流後の動向」⽉刊海洋, 49, 560-567

4. 謝辞

これらの研究は、⿅児島県ウナギ資源増殖対策協議会、⽔産庁鰻供給安定化事業のうち「効果的な放流
⼿法検討事業」(平成28年度〜平成31年(令和元年)度)、科研費(JP19KK0292,
JP17H03735)、CREST(JPMJCR13A2)、中央⼤学の研究予算によって進められました。実験1およ
び2では鈴⽊⽒、⼭本⽒、吉沢⽒、吉永⽒より、実験3 では加藤⽒、北原⽒、望岡⽒、吉⽥⽒、静岡県よ
り、それぞれご協⼒いただきました。ここに感謝します。

5. 論⽂情報

実験1、実験2
■タイトル︓Agonistic behaviour of wild eels and depressed survival and growth of
     farmed eels in mixed rearing experiments.
     (和訳︓天然ウナギの攻撃的⾏動と養殖ウナギの⽣残率と成⻑速度の低下)
■著者︓脇⾕量⼦郎(東京⼤学)・板倉光(東京⼤学)・今吉雄⼆(⿅児島県)・海部健三 (中央⼤学)
■掲載誌︓Journal of Fish Biology(ジャーナル・オブ・フィッシュ・バイオロジー)
■掲載⽇︓ 2022年4⽉27⽇
■リンク︓https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jfb.15047

 

実験3
■タイトル︓Slower growth of farmed eels stocked into rivers with higher wild eel density.
    (和訳︓天然ウナギ密度の⾼い河川に放流された養殖ウナギが⾒せる低い成⻑速度)
■著者︓脇⾕量⼦郎(東京⼤学)・板倉光(東京⼤学)・平江多績・猪狩忠光・真鍋美幸(⿅児島県)・
      松⾕紀明(⻘森県)・宮⽥克⼠(福井県)・坂⽥雅之・源利⽂(神⼾⼤学)・
    ⽮⽥崇(⽔産研究・教育機構)海部健三 (中央⼤学)
■掲載誌︓Journal of Fish Biology(ジャーナル・オブ・フィッシュ・バイオロジー)
■掲載⽇︓ 2022年6⽉28⽇
■リンク︓https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jfb.15131

< 研究内容について >
■東京⼤学⼤気海洋研究所 海洋⽣物資源部⾨
 特任研究員 脇⾕ 量⼦郎(わきや りょうしろう)
 TEL: 04-7136-6278 E-mail: ryoshiro.wakiya◎gmail.com(◎を@に変換して送信してください)

■中央⼤学法学部・IUCN種の保存委員会ウナギ属⿂類専⾨家グループ
 教授 海部 健三(かいふ けんぞう)
 TEL: 042-674-3243 E-mail: kkaifu001t◎g.chuo-u.ac.jp(◎を@に変換して送信してください)

 

< 広報担当 >
■中央⼤学広報室広報課
 E-mail: kk-grp@g.chuo-u.ac.jp
■神⼾⼤学総務部広報課
 TEL: 078-803-5453 E-mail: ppr-kouhoushitsu@office.kobe-u.ac.jp
■東京⼤学⼤気海洋研究所附属共同利⽤・共同研究推進センター 広報戦略室
 E-mail: kouhou@aori.u-tokyo.ac.jp
■⽔産研究・教育機構経営企画部広報課
 TEL: 045-277-0136 E-mail: fra-pr@ml.affrc.go.jp