広報・広聴活動
赤ちゃんは視野の上にある顔をチラ見する~生後半年の乳児の顔を見出す能力~
2022年04月25日
概要
北海道大学・中央大学の鶴見周摩研究員,中央大学の山口真美教授,日本女子大学の金沢創教授,北海道大学の河原純一郎教授は,生後半年以上の乳児では,視野の下にある顔よりも上にある顔に最初に目を向けやすく,しかも上にある顔をよく覚えることを明らかにしました。
私たち大人は,視野の下よりも上にある顔を瞬時にみつけ,その顔が誰でどんな表情かを判断できることが知られています。これは「顔の上視野優位性」と呼ばれる現象ですが,これが生まれつきか,あるいは学習によるものかについては決着がついていません。たとえば,視野の上にある顔を検出するのは生まれながらに存在する脳内処理によるものであるとか,あるいは,顔は身体の上に位置するという関係性を日常生活から学習しているためといった仮説がたてられています。
そこで本研究では,生後5-8ヶ月の乳児を対象に顔の上視野優位性を調べ,生まれてからの視覚経験が顔の上視野優位性の発現に重要かを検討しました。実験では上下あるいは左右に2人の女性の顔を提示して,乳児がどちらの顔を最初にみるのかを調べました。
実験の結果,生後7-8ヶ月児では顔の上視野優位性が生じましたが,生後5-6ヶ月児では生じないことがわかりました。しかも生後7-8ヶ月児は,上に位置する顔をよく覚えていることがわかり,顔の上視野優位性が記憶にも影響することが明らかになりました。月齢による違いは,生後の視覚経験が顔の上視野優位性に関与している可能性を示すものです。本研究の知見は,生後の視覚経験によってヒトの知覚・認知能力が変容する過程の解明につながることが期待されます。
本研究成果は,『Developmental Science』誌に掲載されました(日本時間3月27日オンライン公開)。
【研究者】
鶴見 周摩 北海道大学大学院文学研究院 博士研究員・中央大学研究開発機構 機構助教
金沢 創 日本女子大学人間社会学部心理学科 教授
山口 真美 中央大学文学部心理学専攻 教授
河原 純一郎 北海道大学大学院文学研究院心理学講座 教授
【発表雑誌】 (アメリカ東部時間2022年3月27日にオンライン掲載)
Developmental Science
<論文タイトル> Development of upper visual field bias for faces in infants
<著者> Shuma Tsurumi, So Kanazawa, Masami K. Yamaguchi, & Jun-ichiro Kawahara
【研究内容】
1.背景
私たちの視覚処理は視野の場所によって得意不得意があると言われています。例えば,動いているものを見るのは視野の下側の方が良く,ものを探すときには上側が良いと報告されています。日常生活で頻繁に目にする「顔」は,視野の下より上の方が発見されやすく,視線の方向や性別の判断も早くなります。これを「顔の上視野優位性」と呼び,上に提示される顔に対してバイアスがあることを示しています。なぜこのような現象が起こるのか,氏か育ちかについてはいくつか説がありますが,そのうちの一つが経験的に獲得した説です。
日常で遭遇する顔は,身体の中では上に位置しています。写真に撮られた顔も,上にあることが多いです。これらの経験により「顔=上にあるもの」という関係性を学習することが,顔の上視野優位性につながることが考えられます。こうした経験が浅い乳児は,顔の優位性効果があるのでしょうか。本研究では,顔の優位性効果が氏か育ちかを検討しました。もし経験が重要ならば,経験の積み重ねにより顔の上視野優位性を獲得する時期があるはずです。逆に経験が必要でないならば,生まれながらに顔の上視野優性は存在し,発達的変化はみられないと予測されます。本研究では,生後1歳未満の乳児を対象に検討を行いました。
2.研究内容と成果
実験では,生後5か月から8か月の乳児に,上下あるいは左右に並べられた2人の女性の顔を提示し,どちらの顔を最初に見るのか調べました。上に出る顔に対してバイアスがあれば,上側の顔を最初に見る割合が高くなると予測されます。さらに,上視野優位性効果が経験による学習から獲得されるのであれば,発達的変化があると考えられます。
実験の結果,生後7-8ヶ月児では,上の顔を最初に見る割合が高く,下にある顔よりも上にある顔に対してバイアスがあることがわかりました(図1左,白色)。一方,生後5-6ヶ月児では,どちらの顔に対しても見る割合に差はありませんでした(図1左,黒色)。左右に並べられた顔では,いずれの月齢でも見る割合に差はみられませんでした。これらの結果は,顔の上視野優位性の発達変化を示し,経験によって学習する可能性を示すものです。
7ヶ月以降の乳児でみられた上の顔へのバイアスが顔だけに生じるものかを確認するため,顔と似たような輪郭と内部構造を持つ家の画像を用いて,生後7-8ヶ月児を対象に実験を行いました。上視野優位性効果が顔特有であれば,顔以外の物体である家では上下で見る割合に差はないはずです。実験の結果,家の場合は,上下で並べても,左右で並べても,見る割合に差はみられませんでした(図1右)。これらの結果は,上視野優位性効果は顔に特有の現象であることを示しています。
さらに,上にある顔に最初に目を向けるだけでなく,記憶できるかも調べました。実験では,上と下に2人の女性の顔を15秒間6回繰り返し提示しました。その後,この2人の女性の顔を左右に10秒間提示し(図2左),選好を調べました。乳児はよくみたものよりも新しい方を選好して見ると言われているので,上に出る顔を優先的に覚えているとしたら,下の顔が相対的によくみていない新しい顔となるため,下の顔をテストのときに選好して見ると予測されます。
実験の結果,予測通り,生後7-8ヶ月児は下に出た顔を選好することが示されました(図2右)。このことは,上に出る顔を記憶していることにつながります。なお,学習時では上と下の顔に対する見る時間には差はみられませんでした。これらの結果から,顔の上視野優位性は上に出る顔を見ようとするバイアスだけでなく,優先的に記憶しようとすることにも関与していると考えられます。
図1. 実験結果
(左) 7-8ヶ月児は上に出る顔をより最初に見る割合が高く,顔の上視野優位性が生後7ヶ月頃には獲得されていることがわかった。
(右) 家の画像では上下/左右ともに見る割合に差がみられなかった。生後7-8ヶ月頃の上視野優位性効果は顔特有であることがわかった。
図2. 実験手続きと結果
7-8ヶ月児は下に出た顔をより長くみることが示され,上の顔を優先的に記憶することがわかった。
図3. 実験結果のまとめ
生後7ヶ月以上の乳児では,大人と同様,顔の上視野優位性が生じるが,6ヶ月以下の乳児ではこの現象が生じず,顔の上視野優位性効果は生後の視覚経験によって獲得されることが明らかになった。
以上の結果は,顔の上視野優位性が視覚経験によって獲得されることを示しています。生後7ヶ月頃は寝返りやリーチングも始まり,身体に基づいた上下の座標軸ができあがるころと考えられるかもしれません。歩行やハイハイが始まる直前頃に,視覚にもとづいた身体座標軸が発現するとも考えられます。こうした空間座標の獲得に合わせて,「顔=上にあるもの」という関係性を学習しているのかもしれません。
3.研究の意義
本研究より,生後半年頃に顔を見出す能力が空間座標に基づいて発達することがわかりました。身体を自由に動かせるようになる前に,視覚能力が発達することを示すものです。こうした乳児期における視覚世界の変化が,私たちの知覚・認知能力の獲得につながる可能性が考えられます。また,顔は私たちにとって重要な情報源です。この貴重なサインを見落とさないためにも,顔を素早く見つけ出すことは必要不可欠であり,顔の上視野優位性はその手助けになっていると考えられます。本研究の成果は,私たちが瞬時に顔を見つけ出すことができるようになるための発達メカニズムの解明につながることが期待されます。
●本研究は,日本学術振興会 特別研究員奨励費(19J21422),新学術領域研究(JP17H06343),日本学術振興会 基盤研究B(19H01774)の助成を受けて行われました。
【お問い合わせ先】
<研究に関するお問合せ>
鶴見 周摩(ツルミ シュウマ)
北海道大学大学院文学研究院 博士研究員・中央大学研究開発機構 機構助教
TEL / FAX: 011-706-4198
E-mail: stsurumi@let.hokudai.ac.jp
河原 純一郎(カワハラ ジュンイチロウ)
北海道大学大学院文学研究院 教授
TEL: 011-706-4154
E-mail: jkawa@let.hokudai.ac.jp
<広報に関するお問合せ>
学校法人中央大学 広報室
Email:kk-grp@g.chuo-u.ac.jp
国立大学法人北海道大学 社会共創部広報課広報・渉外担当
Email:jp-press@general.hokudai.ac.jp