広報・広聴活動

物質にひそむブラックホールの姿を捉える方法を発見

2019年07月30日

大阪大学
日本大学
中央大学

【研究成果のポイント】

◆近年、物理学の超弦理論の分野では「ある種の2次元物質上には3次元空間のブラックホールの情報がひそんでいるのではないか」と考えられるようになってきた。
◆本研究では、ホログラフィー原理を用い、物質上のブラックホールの姿を、ホログラムから生まれる立体映像のように、卓上での小規模物性実験で観測する方法を世界で初めて発見
◆ブラックホールと等価な性質をそなえた物質の探索方法を提唱
◆量子重力理論解明への実験的アプローチを与える成果

概要

[図1]今回提案した方法を用いて、物質側の物理量からアインシュタインリングの像を構成した例。温度(ブラックホール半径rhに対応)によって、リングの半径は変化する。また観測する角度θobsによっても像が変形していく様子も見てとれる。

 橋本幸士(大阪大学大学院理学研究科教授)は、木下俊一郎(中央大学理工学部助教)、村田佳樹(日本大学文理学部准教授)との共同研究により、物質に等価なブラックホール※1の姿を直接観測する方法を世界で初めて明らかにしました。
 超弦理論※2の分野で近年急速に発展しているホログラフィー原理※3により、「ある種の物質はブラックホールと等価な物理的性質を持つのではないか?」と考えられるようになってきました。例えば、高温超伝導体など、電子が強く結合する物質は、ブラックホールと等価な性質を持つ可能性があります。しかし、その等価性を直接検証する方法は分かっていませんでした。本研究では、天文学で用いられている、重力レンズ効果※4によりつくられるアインシュタインリング※5の観測手法を応用することで、物質とブラックホールの等価性を実験的に直接確認する方法を世界で初めて提唱しました。さらに、もしある物質にブラックホールと等価な描像が存在するのであれば、物質上でアインシュタインリングがどのように観測されるのかを理論計算により示して実際に画像化することに成功しました(図1)。
 本研究で提案した手法を用いて、ブラックホールに対応する物質を見つけることができれば、卓上での小規模物性実験でブラックホールの様々な性質を解明することが可能になり、特に、量子重力理論※6の解明に向けた大きなステップになることが期待されます。
 本研究成果は、2019年7月19日に米国科学誌「Physical Review Letters」のオンライン版にて公開されました。
 

研究の背景

 超弦理論の大きな成果の一つにホログラフィー原理の発見があります。これは物質を構成する、強く相互作用する量子力学的な多数の粒子(量子多体系)についての理論が、ブラックホールなどを説明する仮想的な高次元における重力理論と等価になっているという仮説です。つまり実際のホログラムのように、例えば2次元面状の物質上に3次元空間のブラックホールの情報があることになります。このホログラフィー原理は、これまで量子色力学や物性系などの現実的な系へも応用されてきました。それらの研究成果を見ると、たしかにブラックホールの物理は、量子多体系の物理と定性的に矛盾しない結果を与えるようです。しかし、未だホログラフィー原理の決定的証拠は掴めていません。どのような条件で、物質はブラックホール描像を持つのでしょうか?これは超弦理論の有効性を示す上でも最も重要な問いの一つです。
 

研究の内容

[図2]重力レンズ効果の概念図

 本研究では、天文学における「ブラックホールの直接観測」を応用し、物質上でのブラックホール描像の存在を実験的に確かめる方法を提案しました。我々の宇宙空間において、星がブラックホールの背後にある場合を考えてみると、星からまっすぐ観測者の方向に向かって飛ぶ光は、ブラックホールに吸い込まれてしまい観測者には見えません。しかし、一般相対性理論※7によると光さえも重力で曲げられるので、観測者はブラックホールを回り込んできた光を見ることになります(図2)。このような重力レンズとよばれる効果の結果として、ブラックホールの縁にリング状に広がった光源の像が観測されるのです。このリングはアインシュタインリングと呼ばれています。「ホログラフィー原理が成り立って物質系がブラックホール描像をもつならば、このアインシュタインリングも量子多体系の物理量から構成できるはず」というのが本研究の核となったアイデアです。本研究では、このアイデアを元に量子多体系の観測量をアインシュタインリングに変換する公式を発見して実際に画像化することに世界で初めて成功しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

 ブラックホールは謎が多い天体です。ブラックホールは古典的にはものを吸い込むだけですが、量子的な効果を考えると熱放射して蒸発することが知られています。ブラックホールが蒸発しきったら何が残るのでしょうか?ブラックホールが吸い込んだ物の情報はどこに消えてしまうのでしょうか?これらの問いに答えられれば、量子重力の理解は大きく進展するはずです。本研究では、実験的にブラックホールに対応する物質を探索する方法を提案しました。もし、そのような物質が発見されれば、物性実験でブラックホールの様々な性質を直接調べる道が開けることになります。特に、重力の量子論の解明に向けた大きなステップになることが期待されます。
 

特記事項

 本研究成果は、2019年7月19日(金)に米国科学誌「Physical Review Letters」(オンライン)に掲載されました。
 タイトル:“Einstein Rings in Holography”
 著者名:Koji Hashimoto, Shunichiro Kinoshita and Keiju Murata

 本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 新学術領域研究「次世代物質探索のための離散幾何学」(17H06462・17H06460、領域代表:小谷元子)の支援を受けて実施しました。
 

用語説明

※1 ブラックホール
強すぎる重力のため、光さえも脱出できなくなった時空領域のこと。非常に重い天体の重力崩壊などによって形成され、宇宙には大小さまざまなものが存在していると考えられる。

※2 超弦理論
「素粒子は1次元的な広がりを持つひもである」という考えに基づき構成された理論。自然界の4つの力を統一する究極理論の候補。

※3 ホログラフィー原理
強く相互作用する多数の粒子についての理論が、ある極限操作をとることにより、仮想的な高次元空間の重力理論と同じになってしまうこと。特に有限温度の理論はブラックホールに対応すると考えられている。超弦理論を考えると自然に現れる対応関係。

※4 重力レンズ効果
重力場により光が曲げられることで生じる、物質中での光の屈折と類似した効果のこと。宇宙では大質量天体のまわりでさまざまなものが観測されている。

※5 アインシュタインリング
光源が強い重力源の背後にあると、重力レンズ効果により重力源を回り込んできた光を観測することになる。その結果観測されるリング状に分布した像のこと。

※6 量子重力理論
古典的な重力理論と量子力学を組み合わせた理論。その完成は現代物理の未解決問題である。

※7 一般相対性理論
重力場を時間・空間の曲がりとして記述する、古典的な重力の基礎理論。ブラックホールをはじめ重力にまつわる、さまざまな古典的現象を説明・予言できる。

本件に関する問い合わせ先
<研究に関すること>
 中央大学理工学部 助教 木下俊一郎(きのした しゅんいちろう)
  E-mail: kinoshita◎phys.chuo-u.ac.jp (◎を@に変換して送信してください)

<広報・報道に関すること>
 中央大学広報室
  TEL:042-674-2050 FAX:042-674-2959
  E-mail: kk@tamajs.chuo-u.ac.jp