社会・地域貢献

教養番組「知の回廊」17「電波の活用と携帯電話」

中央大学 理工学部 白井 宏

街中にあふれ、使われている携帯電話、テレビ・ラジオ。今や電波はIT技術に欠かせない存在です。今回の番組のテーマは、皆さんの生活に溶け込んでいる「電波」です。
今回は皆さんが知っているようで知らない電波について、皆さんが使っている携帯電話を例にとりながら、考えてみましょう....。

電波一般の説明

電波とは何でしょうか?目には見えないのでわかりにくいのですが、皆さんの知っているものと比較して考えてみましょう。石を水面に投げると、水面がゆらゆ らゆれながら、次第に外側に広がっていきます。これは水面がゆれてできた波です。音も空中の気体分子や水中の液体分子が振動して伝わる波です。ところで磁 石の近くに方位磁針を近づけると、指針が動きますが、これは磁石が目に見えない磁界を空間中に作り、その磁界の影響で磁針が動きます。磁界は磁石に近いほ ど強くなり、磁針もよく振れます。同様にプラスやマイナスに帯電した電荷は、その回りに目には見えない電界を作ります。電波はこうした電界と磁界の振動と して、真空中や物質中を時間的に変化しながら伝わる波です。電界と磁界はまったく異なるもののように見えますが、電気を流した導線の近くで磁界が発生して 方位磁針が動くように、電界が時間的に振動すると、磁界が作られ、その逆に磁界が変化しても電界が作られます。電波は電界・磁界の両方がお互いに交わりな がら時間的にそして空間的に変化しながら伝搬していく波です。

電磁波の一種であること。光との関連。

周波数 主な使用用途
300,000ヘルツまで 標識、船舶航行
300,000ヘルツから
3,000,000ヘルツまで
中波(AM)放送
3,000,000ヘルツから
30,000,000ヘルツまで
国際短波放送
30,000,000ヘルツから
300,000,000ヘルツまで
FM放送、テレビ(VHF)放送
300,000,000ヘルツから
3,000,000,000ヘルツまで
テレビ(UHF)放送、携帯電話
3,000,000,000ヘルツから 衛星放送、レーダ、電波天文

電波は、一般に「電磁波」と呼ばれる波の一種です。この電磁波には、電波のほか、光やガンマ線と呼ばれる放射線も入ります。一秒間の繰り返し振動回数を 「周波数」といい、有名なヘルツという科学者の名前を単位に使います。この周波数を使って波の区別ができます。家庭用のコンセントの電源は関東地方で50 ヘルツ、すなわち一秒間に50回振動していることをいいます。電磁波と呼ばれる光を含む波動の中で比較的低い周波数(300万メガヘルツ=3兆ヘルツ以 下)のものを普通「電波」と呼びます。電波は、この周波数によって伝搬の仕方や性質が違うので、それらをいかした種々の使い方がされています。例えば携帯 電話の周波数は約900メガヘルツ、すなわち9億ヘルツです。とてつもない振動ですね。この振動の中に皆さんの音声、文字、画像などの情報をいろいろな形 で埋め込んでいるのです。)

波動一般(音波、地震波)との関連。

電波の伝搬のようすは、残念ながら目に見えないので、わかりにくいのですが、同じ波を使って類推することができます。先ほど述べたように、水面に広がる波 を考えるとわかりやすいでしょう。しかし伝搬する速度は光と同じで、ざっと音速の百万倍、真空中では、一秒間に30万キロメートル進みます。一秒間に地球 の周りを7回り半します。私たちの感覚では、ほんの一瞬ですが、宇宙の距離を測るのには、「光年」すなわち光が一年間かけて進む距離を単位としても使いま すからとてつもない距離であることがわかりますね。また音波や地震波は粒子や物質の振動で伝わるのですが、電波は真空中でも伝わるので、宇宙通信に使える わけです。
実はこの電波が発見されてから、通信に使われるようになるのには、約100年前の歴史があります。次に電波の歴史についてざっと見てみましょう。

19世紀前半 電波発見の前

話は約200年前にさかのぼり19世紀前半の頃です。この頃は電磁気学の理論や法則の発見の時代です。皆さん が小学校で勉強したような基本的な電気・磁気の性質が発見されました。例えば、電線に電流を流すと、その電線の回りに磁界ができることや、抵抗に電圧をか けて電流を流すと、流れる電流は電圧に比例するというオームの法則が見つかります。また時間的に変化する磁界から電気が取り出せるという、今の発電機の原 理もファラディによって発見されます。

1864年に、イギリス人の科学者マックスウェルが、それまでの電磁気学の法則を組み合わせて、電界と磁界の変化が空 間を光と同じ速度で伝搬することを初めて数式で表しました。これが電波の理論的な予測になりました。マックスウェルは大変数学に秀でていて、数学を使って いろいろな物理現象を説明しました。電波の予測のほかに、どうして土星に輪ができているのか説明したり、気体の熱力学の法則とかを導いています。

今からおよそ100年より前の人たちは、電波と言う言葉さえ知らなかったわけです。電波の親戚である「光」はまったく 別のものとして扱われ、レンズとかはずいぶん以前から作られ使用されていました。実はカミナリがぴかっと光った時には電波も放射されていたのです。火花や 放電でも電波が発生します。今でも近くで落雷があると、ラジオやテレビの音声にガリガリと雑音が入ったりしますね。自動車のエンジンノイズもふくめ、こう した雑音もまさしく不要な電波となって環境にばら撒かれているのです。いろいろな科学者が、電波をさまざまな形で受信したのですが、まだその実態はわかり ませんでした。電界と磁界が光と同様に空中を伝搬するなんて、いくらマックスウェルがいっても、それを表す難解な式も手伝って、なかなか理解できる人はい ないわけです。
そうこうしているうちに、1879年になってベルリンアカデミーという当時の科学者の集まりが懸賞問題を出します。マックスウェルの電波の予測を裏付ける実験結果を示しなさい。示したら賞金を与えるというのです。

この懸賞問題に対し、みごと懸賞を勝ちとったのが、ドイツのヘルツです。彼はこの業績により、先ほど述べた周波数の単位として名前が残ります。当時、電波を発生し、それを受信するのに、火花を使いました。

まず電池と導線をぐるぐる巻いて作ったコイルをスイッチを通してつなぎ、スイッチを入れたり切ったりする時に出る火花 を利用しました。実は火花が出る時に電波も出ていたわけです。近くで同じように巻いたコイルの端を近づけておくと、火花が出た時に電池のはいっていないほ うのコイルの端でも火花が出ました。こうしてはなして置かれた空間を介して電界と磁界が伝わる、すなわち電波が伝わったことを示しました。その後ヘルツを 含め、多くの人たちによって電波がどのように伝搬するのか?またどのようにすれば、遠くまで電波が届くか?が調べられています。

例えば簡単な検波器を使って携帯電話から電波が出ているのを確かめることができます。電波が出ていると、その近くにある導体には、その電波と同じ振動数の交流電流が流れます。この導体上に流れた電流を感度のとてもよい電流計を使って計るように工夫すれば、いいわけです。

遠くまで電波を飛ばしたり、受けたりするためには効率よく電波を出したり、受けたりする工夫が必要です。それがアンテ ナという部分の役割で今ではいろいろな形があります。携帯電話にも通話するときに伸ばして使うようなアンテナがありますが、こうしたアンテナはしっかり伸 ばして使うことを前提に作られていますから、中途半端な長さで使うと、思ったように電波が届かなくなる可能性があります。
さてヘルツが、火花で電波の飛ぶことを示しても、それがすぐに通信に利用できたわけではありません。

通信への応用 情報の符号化

声が直接届かないぐらい遠くに離れた人に情報を送るにはどうしたらいいでしょうか?たぶん一番古い情報の伝達手段は狼煙(のろし)であるといわれていま す。今でも残る中国の万里の長城には、いたるところに狼煙台があり、異国の襲来時には緊急事態を次々と狼煙により、はるか遠き都まで伝えたということで す。次に使われたのは光でしょうが、狼煙や光ではあらかじめ決めておいた簡単な情報のやり取りしかできませんでした。最初に文字の情報を符号に置き換えて 使おうというアイデアを出したのが、アメリカ合衆国のモールスでした。電磁石を利用した電信機を作り、アルファベットの文字を長点と短点の二つの組合せで 符号化して通信に使いました。この符号は、モールス符号と呼ばれて今でも使われています。日本でもかな文字に和文のモールス符号を割り当てて使っていまし たが、今はほとんど使われていません、
彼は実は肖像画家であり、彼の描いたたくさんの肖像画がいまも残っています。これは彼の描いた自画像です。 昨年日本でも国立西洋美術館で行われた美術展で公開されました。こうして電線を引けばこの符号を用いて情報を送ることができるようになりましたが、もっと 遠くに、さらに多くの情報を一度に送る要求が出てきます。その後、電話の発明もあり電線を引けば、文字や音を送る有線通信が盛んになります。とくに海を隔 てた大陸間で情報を早く送る必要性が出てきます。

「電波をつかって情報を送る!」こんなことを最初に考えたのが、ロシア人のポポフでした。ヘルツの実験を追証し、1895年5月7日にロシア物理化学協会 の講演壇上で電波で電信符号を送るのに成功します。そのとき送った信号は、ヘルツの名前であったと伝られています。彼はいろいろと工夫を重ねて着実に通信 距離を伸ばしますが、その研究の重要性に当時のロシア政府は見向きもしませんでした。

特許申請、大西洋横断通信

無線を使った通信の重要性に着目したのはイタリアのマルコーニでした。彼はポポフとほとんど同じ時期に、電波 の送受信に実験の日々を送ります。1896年には3kmの通信に成功し、イタリアで無線通信の特許を申請します。当時は有線を用いた電信と電話全盛の時代 であり特許はおりず、失意のうちにイギリスに渡ります。そこで海上無線通信の研究として花を咲かせます。実はその当時イギリスは、植民地であるインドとの 通信に頭を悩ませ、無線通信に注目していたということです。その後マルコーニは特許を獲得し、マルコーニ電信会社を設立し、商業ベースでの通信を考えま す。電信装置の改良も進み、通信距離は次第に伸びていきます、1899年には英仏海峡横断通信を成功、そして1901年にはいよいよ大西洋横断通信を企て ます。

マルコーニは熱意をもって大西洋横断通信を企てます。まず彼はイギリスのコーンウォールに送信局を作ります。ここには 高さ60m、直径60mの円柱状のアンテナを立てます。ところが実験の始まる前の8月1日台風により、その巨大アンテナは倒れてしまいます。でもそんなこ とではマルコーニはへこたれません。さっそく同じ所に高さ45mの竪琴型のアンテナを急遽作ります。そしていざ自分の耳で通信の音を確認するため、大西洋 を渡ります。

カナダのニューファンドランド島についた彼は、12月9日から実験を開始します。受信局のアンテナを建設する時間もな いので、実は凧と気球を用意して、それを使ってアンテナを空高く上げ、前もって決めておいた時刻にイギリスからの送信信号の受信を試みます。最初180m まで上げた凧は強風で飛ばされ、次の気球も壊れ、ついに12月12日に「S」の信号の受信に成功します。

マルコーニはこうして大西洋横断通信に成功させますが、信号の受信が不安定であったため、彼の成功を疑う者も いました。電波は直進することはその当時すでにわかっていたのですが、地球が丸いので、彼が立てたアンテナの高さから考えて、どうしても電波は届かないで あろうをいう科学者もいました。実はこの大西洋通信には、地球のはるか上空にある電離層という特別な層による電波の反射が関係していました。その後の装置 の改良で安定な通信が可能になり、やっぱり無線通信が可能であるということになり、彼には1909年にノーベル物理学賞が授けられます。こうして無線通信 は次第に使われていくのですが、この無線通信を世界中に印象付ける重大事件がおきます。

当時ヨーロッパからアメリカ新大陸へわたるには飛行機はありませんから船でということでした。有名な客船といえば、タ イタニック号です。タイタニック号の一等船室を使って大西洋を横断するには、現在のお金にして5万ドル、日本円にして約650万円かかったということで す。ずいぶん豪華な航海ですね。当時、上流階級の方々の中には、こうした航海の途中で自宅や友人に電報を送るという「はやり」があったということで、タイ タニック号を含め、豪華客船にはマルコーニ電信会社の電信装置がついていました。このタイタニック号の写真にあるように前後部のマストの間に通信用のアン テナが見えます。ご存知のとおり、タイタニック号は、1912年4月15日処女航海の途中、大西洋で氷山とぶつかり沈没します。しかしそのとき発信した救 難信号により多くの人たちが助かります。この事件をもとに緊急救助信号の重要性が高まり、船舶への通信機器の取り付け義務に関する国際的な取り決めが行わ れます。こうしてマルコーニ通信会社は大変繁栄することになるのです。

携帯電話の説明

さて、このようにして通信に使われるようになった電波は、ラジオ、テレビのサービスをはじめ、私たちの生活になくてはならないものになってきました。 この表を御覧ください。日本の移動電話の加入者数を示したものです。最初は人が持って移動するには余りにも重く大きかったため、「携帯電話」というより 「移動電話」として、主に自動車に乗せて使う無線電話として使われ始め、日本では1990年代に入って急激にその使用台数が伸びています。1995年に PHSという異なる周波数で、電波の届く範囲は狭いが高速のデータ通信に適したサービスも始まり、20世紀末には、固定電話の加入者数をぬいて、いまや 7400万台を越えようとしています。 この携帯電話は、電子部品の小型化や高性能化、より雑音や干渉に強い通信方式の研究の成果でもありますが、何よりも軽くて長持ちするバッテリーの進歩がま すます軽くて使いやすい形へと進化しています。
ではまず携帯電話で通話するときに、どのようにやり取りしているかお話しましょう。

携帯電話通信のやり取り

携帯電話の電源を入れると、携帯電話は付近にある携帯電話用の基地局からの電波を受信し、自分の携帯番号等の 情報を基地局に教えます。基地局と通信可能であれば、基地局の電波の強さを電話機に表示し、通信できなければ、「圏外」を表示します。したがって、携帯電 話の電源を入れて受信待ちの状態としていても、基地局と時々やり取りをしています。ですから通話していなくても、携帯電話から電波を出しているときもある のです。この電波が近くにいる人達のペースメーカ等の医療機器や電子機器に影響を及ぼすかも知れないというわけです。
携帯電話は通話するとき、携 帯電話から基地局までは電波でやり取りし、基地局からは普通の電話を同様に有線回線で通話します。携帯電話の通話中はたくさんの情報を送ったり、受け取っ たりのやり取りしていますから、当然電波は連続的に送信されていますから、通話中のほうが付近への影響が強くなります。飛行機内や病院で携帯電話の使用を 控えてほしいのはそのような理由からです。

電波は、見通しの良いところでは直進します。携帯電話や基地局からの発射された電波のエネルギーは、通常距離の2乗に 比例して弱くなります。でも携帯電話を使っているときには、移動していたり、建物の陰にいたりして、いつも基地局のアンテナが見えるわけではありません。 そこで絶えず通話中の電波の強さは変化しています。もし移動して、いま通信に使っている基地局から次第に遠くなって、電波が届かなくなると、通話は切れて しまいます。しかしながら通話中に携帯電話が別の基地局を検出して、通信する基地局をうまく切り替えることが出来れば、通話は切れなくてすむわけです。

電波も単に直進するばかりか反射したり、曲がったりします。電波の伝わる様子をコンピュータで計算して予測してみましょう。電波は目に見えませんので、あ えて色をつけてみてみましょう。電波の強さがゼロのときは緑色、振動してプラスに強いときは赤色に、マイナスになったら青色に見えたとしましょう。これは 中央大学の後楽園校舎の全景です。この校舎の中庭にアンテナをおいて電波を発信したとして電波の伝わる様子を上空から見てみましょう。ここでは建物は黒く しています。

この画像から、電波が振動しながら建物の壁に反射したりして伝搬していく様子がわかると思います。

やはりアンテナの近くでは電波の強さが相対的に強いことがわかりますが、近くても弱いところもあります。これ は電波の「干渉」と呼ばれる現象によるものです。また建物の陰の部分にも弱いながら電波が回り込んでいる様子がわかります。これは電波の「回折」現象と呼 ばれるものです。

では電波が届かなくするにはどのようにすればいいのでしょう。完全に電波を遮断するのには、金属で囲まれた箱に入れれ ばそこから電波は出られません。ここは中央大学の後楽園キャンパスにある電波暗室という実験用の部屋です。この部屋は中で電波の実験を行うときに、外部の 目的外の電波が入ってこないようにする役割と内部で行っている電波が外部に漏れないようにするばかりか、壁の部分に特殊な電波吸収材料をつけて電波を反射 しないような工夫がしてあります。
一般の電波は、このような特殊な部屋を作るまでもなく、コンクリートの壁等でかなり弱くなります。また電波は密閉しなくても伝搬しなくなり遮蔽することが出来ます。

電波はその周波数で区別できますが、空間中に振動しているときの1周期の変化の距離を「波長」といい、この波長でも区別できます。もちろん周波数と波長の間には反比例の関係があり、周波数の高い電波は短い波長をもっています。
電 波はこの波長より小さい穴を伝わることは出来ません。例えば高速道路のトンネルの中でラジオが聞こえないのは、聞いている電波の波長がトンネルの径よりも 長いためです。電子レンジの前方の窓には、調理中に中の様子がわかるように小さな穴があいています。電子レンジも電波を使って調理しているのですが、この 穴を通してで中の電波は外部にもれません。

電波応用(通信以外にも使われている電波)