目に見えない商品、証券

2020年の東京オリンピックで盛り上がる日本が今後、成長を遂げていくために、金融にできることは何なのか。皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
金融――日常生活と密接に関係していますが、正確に金融を説明できる人は意外と少ないのではないでしょうか。
大学を卒業した1981年、私は明確な目的意識もなく野村証券に入社しました。銀行員をしていた父からは、「これからは直接金融の時代。銀行よりも、証券会社だ」と言われた記憶があります。
証券会社で扱っているものは、目に見えない商品です。たとえば、メーカーで扱う商品は基本的に目に見えており、消費者が購入する時には「これを買いたい」という目的があります。しかし、証券会社の商品を購入する場合は、「より有利に運用したい」という漠然とした思いがあるものの、具体的にどの商品を買いたいかは表面化していないケースがほとんどです。何を基準に購入していただいているかというと、証券会社の担当者の人格です。その人が信頼できて、その人が勧めるものを買っても問題ないかどうか、ということ。信頼されるに足る自分の価値観を買っていただいていると思っています。
マーケット・メカニズムにおける重要点
金融とは何か、リンゴに例えてお話しします。ここに、3つのリンゴがあるとします。1つ目のリンゴは傷がなく綺麗な状態。問題ありませんね。2つ目は、私が1/4をかじっている。これは普通の人なら買いたがりませんが、ディスカウントをすれば3/4をジュースメーカーなどが買うかもしれません。3つ目は1/4をかじられてはいますが、アイドルがかじっている。これなら、ディスカウントではなくプレミアがつくかもしれませんね。こうしたマーケット・メカニズムで何が大切かというと、第1に取り引きにはさまざまな価値観を持った不特定多数の人が参加しているということ(例:業者、一般消費者、アイドルのファンなど)。第2に取り引き対象には正しい情報が開示されているということ(例:リンゴの傷があるか、ないか。誰がかじったか)。第3に売り手も買い手も、自分の判断と責任でこの投資に臨むということ。その取り引きで生じる利益もリスクも、すべて自分が負う。この3つのマーケット・メカニズムが成立することで、公正な関係性が形成されます。
金融はお金が余っている人から、お金が足らない人に融通する行為です。例えば、工場を設立したい人がいるとします。設立のためにはお金を調達しなければなりません。一方、お金がある人は余ったお金を眠らせるだけでなく運用したい。こうして、それぞれの意向でお金を融通し合うのです。
日本が抱える課題と金融の関わり

これまで、金融は経済発展に貢献してきた歴史があります。日本の近代化や戦後の復興、高度経済成長を支えたのも金融でした。2008年のリーマンショック以降、日本は円高や高い法人実効税率、貿易自由化の遅れなどに苦しんできましたが、現在はアベノミクスの影響で解消されつつあります。2020年の東京オリンピックも景気を後押ししています。
しかし、その後はどうでしょうか。経済の成長を持続させるためには、大きく3つの課題が立ちはだかっています。1つは少子高齢化問題。経済成長のエンジンである労働力が足りなくなるので、社会制度の抜本的改革が必要です。2つ目は財政健全化。日本の国家財政は歳入が60兆円、歳出が100兆円。個人金融資産が埋めてくれていますが、この状態を放置すれば毎年40兆円前後の借金が増えていきます。歳入と歳出のバランスを整える必要があります。3つ目はわが国の経済成長モデルが終焉を迎えていること。わが国は資源が乏しいため、これまで原材料を輸入して加工・組み立てをし、それを輸出して外貨を稼ぐ加工組立型の貿易立国でした。しかし、現在の日本は貿易赤字が定着している状態です。石油など燃油資源の輸入増加のほか、根本的な原因としてアジアを代表とする新興国との経済競争に負けたことがあげられます。
こうした課題に対して、金融はどういう役割を果たせるのか。少子高齢化問題については、人口そのものは国家が政策として対策していかなければなりませんが、社会保障に対しては保険という対応があります。少子高齢化が進むと約10年後には、若い世代1.9人で1人の高齢者を支えていかなければいけません。年金制度は確定給付型から確定拠出型に移行していく必要があります。つまり今後は、直接金融や市場の流れを活用して、自分の老後は自分で守る時代に変わっていくでしょう。国家財政の健全化という課題に対し、一番早い解決策は国有財産を売却することです。最近ではPPP(Public-Private Partnership)、PFI(Private Finance Initiative)、インフラ・ファンドといった民間資金を活用する新しい仕組みが定着しつつあります。経済モデルの終焉については、国際収支発展段階説を見ると打開策が分かります。経済発展の過程で貿易黒字国から貿易赤字国へと転落しても、投資立国型経済成長モデルへと移行することによって国力を維持できる。これは投資立国として成功しているイギリス、アメリカの例からも分かります。
社会を生き抜くために重要な3項目
これからビジネスを行ううえで、3つの知識が非常に重要になると思います。1つ目は、圧倒的に英語力。もう1つはITの概念をきちんと理解すること。3つ目は今日、お話しした金融です。ビジネスパーソンとして長い人生を過ごすなかで、絶対に必要になってきます。あとは、会社に入ったら遊ぶ時間がなくなると思うので、今のうちに思い切り遊んでおいてください。野村証券に入社する際には金融の知識があるとよりよいですが、大きな問題ではありません。
プロフィール

永井 浩二
野村ホールディングス株式会社代表執行役・グループCEO、野村證券株式会社取締役兼代表執行役社長
1959年生まれ、東京都出身。81年3月に中央大学法学部を卒業。4月に野村證券(株)に入社。95年、豊橋支店長に就任、事業法人一部次長、部長、部長などを経て2003年には取締役に。その後、常務、代表執行役兼専務、Co-COO兼代表執行役副社長、代表執行役社長を歴任し、12年8月より野村ホールディングス(株)の代表執行役 グループCEO、野村證券(株)取締役兼代表執行役社長を兼務している。