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紐状構造のもつれによるDNA凝集体の形成に成功  ―新しいソフトマテリアルとして、薬物送達システム等への応用に期待―

2025年07月23日

※本プレスリリースは、東京科学大学、中央大学との共同発表です。

【ポイント】

・液–液相分離による流動性の高い液滴の形成を可能とする異方性DNA凝集体の形成に成功
・異方性DNAナノ構造が連結した紐状構造のもつれにより、DNA凝縮体を構築
・薬物送達システム、人工オルガネラ、分子ロボットへの応用が期待される新しいソフトマテリアルとして期待

【概要】

 東京科学大学 情報理工学院 情報工学系の瀧ノ上正浩教授、生命理工学院 生命理工学系のChai Hong Xuan大学院生(博士後期課程3年)、中央大学理工学部精密機械工学科の鈴木宏明教授、萱沼寛太大学院生(修士課程2年)らの研究グループは、細胞内部で液–液相分離(用語1)による流動性の高い液滴の形成を可能とする異方性DNA凝縮体の開発に成功しました。
 細胞内部では生体分子が液–液相分離により流動性の高い液滴を形成します。今回開発した新たなDNAの凝縮体も、そうした液–液相分離を起こす生体分子の一つです。
 これまで合成生物学の分野では、液–液相分離を起こす生体分子として、DNAの応用が検討されてきました。DNAは、塩基配列によって設計が自在に可能な汎用性の高いモジュールであり、このDNAナノ構造体(モチーフ)を用いたDNA凝縮体の構築と機能化が進められてきました。しかし、モチーフの違いによる構造的影響は十分に解明されておらず、特に紐状の連結構造を示すような異方的モチーフを用いた研究はほとんど行われていませんでした。
 私たちは、直交(用語2)する粘着末端(用語3)を利用して一方向にモチーフを連結することで、異方的DNAナノ構造を構築しました。DNA凝縮体の構築にしばしば使われる柔軟性を持つX字型モチーフ(「Xモチーフ(用語4)」)と、異方性を持つ硬い四面体モチーフの2種をつくり、それらを比較したところ、四面体モチーフでDNA凝縮体の形成が確認されました。これは高剛性の四面体モチーフからなる紐状の構造のもつれによって形成されたと考えられます。
 さらに、本材料の応用可能性を探るため、外部刺激による制御を試みました。光分解性スペーサー(用語5)をリンカーに導入することでUV照射による凝縮体の解体と、細胞透過性DNAナノ構造体の放出を実証し、制御可能な薬物送達キャリアとしての特性を示しました。また、温度刺激にも応答することを確認しました。
 この異方性四面体DNA凝縮体は、新しいソフトマテリアルとして、バイオ医工学や人工細胞システムなど幅広い分野への応用が期待されます。今後さらなる研究開発を進めることで、分子デバイスや治療用デリバリーシステム、機能性人工オルガネラの設計に貢献する可能性があります。
 本研究成果は、2025年6月10日(米国東部時間)に米国化学会(American Chemical Society)刊行の科学雑誌「JACS Au」のオンライン版で公開されました。

図1 (a) 異方的に設計されたXモチーフによるDNA凝縮体の形成。上:設計の模式図。中:共焦点レーザー走査型顕微鏡像および試料を含むPCRチューブ。下:原子間力顕微鏡像。 (b) 異方的に設計された四面体モチーフによるDNA凝縮体の形成。左上:設計の模式図。左中:共焦点レーザー走査型顕微鏡像および試料を含むPCRチューブ。左下:原子間力顕微鏡像。右:機械的に引き伸ばした後のDNA凝縮体の像。 (c) 凝縮体を紐状の構造のもつれとして解釈した模式図。

図2 (a) 紫外線照射によるDNA凝縮体の制御。上:設計の模式図。下:UV照射前後のDNA凝縮体の共焦点レーザー走査型顕微鏡像。 (b) 加熱によるDNA凝縮体の形態変化制御。上:経過時間に対する平均円形度の変化を示すプロット。下:時間経過に伴う凝縮体の形態変化を示す代表的な画像系列。

●背景
 生体分子凝縮体は制御やストレス応答などに関与しています。これらの凝縮体は内部構造が均質で平均的に異方性を欠きます。一方でヘテロクロマチン(用語6)は相分離液滴として存在していますが、その構成要素の異方性が際立っていることが知られています。相分離液滴の表面などの異方的環境の影響は報告されているものの、構成要素の異方性が相分離液滴の形成に与える影響は十分に検討されていませんでした。
 DNAは、遺伝情報の担体としてだけでなく、ワトソン・クリック結合(用語7)による特異的な結合が可能で、配列設計を通じた様々な形状の構造や機能を構築することができます。このプログラマブルな特性を活かして、医療、情報処理、材料科学の分野で応用されてきました。近年では、Yモチーフなどの分岐状ナノ構造を用いたDNA凝縮体の形成も報告されていますが、それらの多くは等方的な内部構造に基づいています。
 本研究では、構造的異方性と柔軟性の異なるDNAナノ構造を使用し、紐状の自己集合体のもつれを実現することで新たな性質を持つDNA凝縮体の構築に挑戦しました。

●研究成果
 本研究では、2種類のDNAモチーフを設計しました。1つは柔軟性のあるXモチーフ(図1a)、もう1つは柔軟性がなく異方性を持つ四面体モチーフです(図1b)。両モチーフともに、直交した粘着末端を持つよう設計され、相補的なリンカー鎖を加えることで、一方向に結合するようになっています。
 同一条件下で両モチーフを比較した結果、Xモチーフでは凝縮体が形成されず(図1a)、四面体モチーフのみが自己集合し紐状の連結構造を形成することが確認されました(図1b)。機械的に引き伸ばすと、この凝縮体は繊維状に変形しました。内部の紐状構造の再編成がその原因と考えられます(図1b)。
 形成メカニズムを理解するために、私たちは観察結果を、高分子のもつれ系の挙動を記述する「レプテーションモデル」の予測と比較しました。その結果、実験データは「レプテーションモデル」と高い整合性を示し、四面体モチーフ由来の紐状構造のもつれによってDNA凝縮体が形成されたことが示唆されました(図1c)。
 また、実用性の検討として、2つの概念実証実験を行いました。1つは、四面体モチーフに光分解性スペーサー(PCスペーサー)を導入し、UV照射により凝縮体が崩壊し、個々のDNAナノ構造体が放出されることを示しました(図2a)。これらの構造体は細胞内への高い透過性を示し、薬物送達システムへの応用可能性が確認されました。
 もう1つは、加温による応答性の検証です。四面体モチーフの安定性が部分的に失われる温度でインキュベートすると、400分間の経過で球状化し、高い流動性を持つ構造に再編成したことが観察されました(図2b)。

●今後の展開
 私たちが開発したDNA凝縮体は、紐状かつ異方的な構造のもつれによって形成されており、安定性と柔軟性を兼ね備えた新しいソフトバイオマテリアルです。これは、動的だが不安定なDNA液滴や、安定だが硬直的なDNAハイドロゲルといった従来のDNA材料とは一線を画する性質を持ちます。
 この凝縮体は、独自の粘弾性特性と構造の可変性により、薬物送達システムの足場材料としてのみならず、多用途かつ制御可能なバイオマテリアルプラットフォームとしての応用も期待されます。さらに、本研究で行った実証実験では、光や熱といった外部刺激に応答するように設計可能であることを明確に示しました。
 さらなる研究と開発を通じて、紐状DNA凝縮体は、医療、材料科学、合成生物学といった幅広い分野への応用に発展し得る可能性があり、応答性かつプログラム可能なソフトマテリアル設計に新たな道を拓くことが期待されます。

●付記
 本研究成果は、MEXT/JSPS科研費JP20H05935, JP24H00070, JP25H01361、Human Frontier Science Program (HFSP; RGP0016/2022-102)、文部科学省奨学金203310の支援のもとで得られた成果である。
 

【用語説明】

  1. 液–液相分離:溶液中の高分子や分子群が互いに相互作用しあうことで、溶液が混和しやすい相と混和しにくい相に分かれ、流動性をもった液滴状の集合体を形成する現象を指します。
  2. 直交:互いに干渉せず独立して機能する配列や相互作用を指します。直交粘着末端は、それぞれ特定の相補配列とだけ相互作用し、他の配列とは結合しないように設計されています。
  3. 粘着末端:二本鎖DNAの末端に生じた一本鎖の突出部分で、相補的な配列と結合しやすい構造です。
  4. Xモチーフ:X字型に分岐した4本のアームを持ち、それぞれに粘着末端を備えた柔軟なDNAナノ構造体です。
  5. 光分解性スペーサー:DNA鎖中に組み込まれ、光(主にUV)照射によって切断される化学的リンカーです。
  6. ヘテロクロマチン:細胞核内でDNAが高密度に折りたたまれたクロマチン領域で、転写が抑制されやすく、遺伝子サイレンシングや染色体の安定性に関与します。
  7. ワトソン・クリック結合:DNA二重らせん構造においてアデニンとチミン(A–T)、グアニンとシトシン(G–C)が水素結合で特異的に対合する結合様式を指します。
     

【論文情報】

掲載誌:JACS Au
論文タイトル:DNA Condensates via Entanglement of String-like Structures Based on Anisotropic Nanotetrahedra
著者:Hong Xuan Chai, Kanta Kayanuma, Hiroaki Suzuki, and Masahiro Takinoue
DOI:10.1021/jacsau.5c00421

【研究者プロフィール】

Chai Hong Xuan(チャイ・ホン・シュアン) Hong Xuan CHAI
東京科学大学 生命理工学院 大学院生
研究分野:DNAナノテクノロジー

萱沼 寛太(カヤヌマ カンタ) Kanta KAYANUMA
中央大学 理工学部精密機械工学科 大学院生
研究分野:マイクロ流体工学

鈴木 宏明(スズキ ヒロアキ) Hiroaki SUZUKI
中央大学 理工学部精密機械工学科 教授
研究分野:マイクロ流体工学

瀧ノ上 正浩(タキノウエ マサヒロ) Masahiro TAKINOUE
東京科学大学 情報理工学院 教授
研究分野:生物物理学、分子コンピューティング、DNAナノテクノロジー

【お問い合わせ先】
(研究に関すること)
東京科学大学 情報理工学院 教授
瀧ノ上 正浩
Email: takinoue[アット]comp.isct.ac.jp
TEL: 045-924-5206 FAX: 045-924-5206

(報道取材申し込み先)
東京科学大学 総務企画部 広報課 
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E-mail: kkouhou-grp[アット]g.chuo-u.ac.jp 


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