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「コト消費」の価値を判断する脳機能の可視化に成功!-DIY経験が商品価値を高める「IKEA効果」の認知メカニズムを科学的に解明-

2023年04月27日

研究成果のポイント
●体験などを消費する「コト消費」における価値判断の定量化を、fNIRS脳機能イメージングで実現
●「コト消費」の価値を反映する脳活動パターンを発見
●商品の「コト消費」がもたらす価値を脳機能レベルのエビデンスで評価することが可能に

概要

 中央大学(檀)らの共同研究グループは、光を用いた非侵襲の脳機能イメージング法であるfNIRS(functional near-infrared spectroscopy: 機能的近赤外分光分析法)#1を利用して、「コト消費」(体験消費)における価値判断時の脳機能を可視化し、効果を定量化することに成功しました。
 近年、モノを対象とした購入ではなく、体験等を対象とした「コト消費」と呼ばれる消費形態が注目を集めています。「コト消費」は認知バイアス#2と密接な関係があり、今回の研究ではその中でも「IKEA効果」に焦点を当てました。IKEA効果とは、ばらばらの製品を消費者自身の手で組み立てることによって支払い最大価格(WTP) #3が高く評価される認知バイアスのことで、「コト消費」と深く関連していることが分かっています。
 今回我々は、IKEA効果が生じることを確認した上で、IKEA効果の認知メカニズムを脳機能の観点から検討しました。具体的には、商品を組み立てる体験(DIY経験)をした「DIY条件」のWTPは、商品を組み立てない「Non-DIY条件」よりも高いという仮説を立てました。そして、学生30名にDIY経験有・無の条件を作り、それぞれの製品写真を見せてWTPの評価を行ってもらいました。同時に、評価中の脳機能を、WTPの評価や愛着、記憶の呼び出しに関連する前頭前野を中心に計測しました。その結果、DIY条件の方がNon-DIY条件に比べて左背外側前頭前野/前頭極の活動が優位に大きいことが分かりました。この脳領域は、強い印象を伴う出来事を呼び起こす際に活動することから、IKEA効果のメカニズムに関連する脳領域として妥当なものです。これにより、今回観察されたIKEA効果の脳内表象ではDIY経験によって製品に対する強い印象が生じ、WTP計測時に製品写真を見ることでDIYの短期的な記憶が想起されたことを反映したと推測しました。
 今回、DIYのような体験をもとにした「コト消費」の価値判断を脳機能計測によって定量化したことは、fNIRSを活用した「コト消費」のニューロマーケティングの発展に寄与すると期待されます。

〈研究概要図〉

1.「IKEA効果」とは、バラバラの製品を消費者自身の手で組み立てること(DIY)によって支払い最大価格(WTP)を高く評価する認知バイアスのことを指します。

2.IKEA効果のメカニズムを探るために、製品の作成(組み立てと点検)と触覚提示を行い、最後に製品のWTP計測をfNIRS計測と同時に行いました。

3.fNIRSを用いてDIY条件とNon-DIY条件における脳活動の差を示しました。これはIKEA効果を反映する脳活動です。脳機能の活動があった部位に活動の強弱を色分けしています(赤いほど活動が高い)。脳の図上に表記されている数字の「49」は左背外側前頭前野/前頭極に位置します。

詳細説明

〈研究の背景〉

 近年では、モノを対象にした購入ではなく体験などに対する購入を指す「コト消費」が注目を集めています。「コト消費」は、さまざまな角度で研究がなされており、「モノ消費」として製品を購入するよりも幸福度が高まることが多くの研究で明らかになっています。「コト消費」は消費者を取り込むためのマーケティング戦略の1つとして、あるいは新たなマーケット市場の1つとして大きなトレンドとなりつつあります。また、「コト消費」の中でも消費者に関係する認知バイアスが大きく注目を集めています。その中の1つに、実際にモノの作成を体験することでモノに対する製品の価値を高く評価するIKEA効果が生じる事が分かっています。IKEA効果とは、バラバラの製品を消費者自身の手で組み立てることによって支払い最大価格(WTP)を高く評価する認知バイアスのことを指します。IKEA効果発生時には製品に対して「愛着」が生じた結果WTPが上昇していると考えられていますが、IKEA効果が発生する際に脳活動にどのような変化が起こっているのか、その認知メカニズムは謎のままでした。そこで、本研究では、IKEA効果が発生することを確認の上で、IKEA効果によって生じる認知メカニズムを脳機能の観点から検討することを目的としました。
 具体的には、先行研究に基づきDIY条件のWTPはNon-DIY条件よりも高いという仮説を立て、脳機能については、消費者が製品を組み立てるDIYによって発達すると考えられる愛着や記憶の検索が行われることを反映して、WTPの評価に関連して前頭前野の前頭極、両側背外側前頭前野、両側腹外側前頭前野のいずれかの活動が高まると予想しました。
 今回はIKEA効果が発生する環境を再現するためにより日常的な状況に近づけた環境で研究を行う必要があります。そこで我々は、最新の脳機能イメージング検査であるfNIRS(functional near-infrared spectroscopy、機能的赤外線分光法;; 日立メディコ[現フジフィルム]製ETG-4000)を使用しました。fNIRSとは、人体に無害な近赤外光を用いて、非侵襲脳血流状態の変化から脳の活動状態を計測する光イメージング技術の1つで、より日常に近い状態で計測ができることが特徴です。

〈研究の内容〉

 今回の実験では30名の学生を対象に、製品の組み立てを行った後に6つの製品について製品のWTPに関する質問をしました。実験手順は図1に示す通りです。被験者は実験に関する説明を受けた後、3つの製品の組み立て、3つの製品の点検をします。その後、被験者は10分間の休憩をとり、最後に6製品のWTP評価をfNIRS測定と同時に行いました。実験は約1時間かけて行いました。WTP評価課題は、1人の被験者が6つの製品(DIY条件3製品、Non-DIY条件3製品)すべてに対して行いました。WTP評価における製品の順番は、参加者の間でランダムに行いました。WTP評価中に表示された指示はすべて日本語で書かれ、被験者は実験中モニターに表示される指示に従うよう求めました。初めに画面には「これから製品の購入希望金額をお聞きします。」と3秒間表示され、その後、6つの商品の画像がそれぞれ15秒間ランダムに表示されます。その後、「製品をいくらで購入したいと思いますか?」と6秒間表示し、被験者はWTPを入力します。最後に、画面上に注視点を16秒から20秒間ランダムに表示しました。この作業を6回繰り返し、Non-DIYの3商品とDIYの3商品について、各被験者のWTPを評価しました。WTP評価タスクは1回あたり約42秒かかるので、6製品の測定には合計約4.2分かかりました。
 先行研究では課題ごとに脳の反応ピークを参考にして解析を行うadaptive GLMを行っています。また、今回実験で計測したWTPは個人によって反応時間にばらつきが生じることが報告されているため、本研究では最適となる遅延時間を個人ごとに選択することで脳機能を特定するPersonalized adaptive GLMという新しい手法を用いて解析を行いました。

図1 実験フロー

説明:初めに概要を説明し3製品の組み立て、3製品の点検を行った。その後10分間の休憩をはさみ最後にWTP評価課題をfNIRS計測と共に行った。 全体の計測は約一時間程度。

図2 WTP評価課題のfNIRS計測の流れ

説明: WTP評価課題中には上記の順に指示、画像を表示した。

 まず、両条件間のWTPスコアについて、対応のあるt検定を行いました。その結果、条件間で有意な差があることが示されました(図3)。ここから、24名の参加者にIKEA効果が発生していると判断し、脳機能解析に移行しました。

図3 DIY、Non-DIY製品のWTPの比較

説明:両条件のWTPの比較。N = 24, エラーバー 標準誤差、 ** は p < .01を示している。

 実験の結果、図4のようにDIY条件では右腹外側前頭前野/前頭極、左腹外側前頭前野、左背外側前頭前野/前頭極が活動し、Non-DIY条件では右腹外側前頭前野/前頭極の活動が確認できました。同時に、DIY条件の方がNon-DIY条件に比べて左背外側前頭前野/前頭極の活動が有意に大きいことが明らかとなりました。ここから左背外側前頭前野/前頭極がIKEA効果のメカニズムに関連すると推測されます。これらの領域は愛着と記憶に関連する脳領域であることが明らかとなっており、IKEA効果に関する脳領域として妥当なものと考えられます。

図4 fNIRS計測結果

説明:WTP評価時における脳活動部位を赤で示す。fNIRSを用いてDIY条件、Non-DIY条件におけるWTP評価時中に活動した脳活動部位を可視化した。脳機能の活動があった部位に活動の強弱を色分した。脳の図に表記されている数字の「49」は左背外側前頭前野/前頭極、「46」は右腹外側前頭前野/前頭極、「39」は左腹外側前頭前野に位置する。

 ここから今回の研究で活動した脳領域に対する考察を行っていきます。まず、いずれの条件においても活動が見られた右腹外側前頭前野/前頭極は、製品のWTP評価を行っているため活動していることが考えられます。右腹外側前頭前野はfMRIを用いた複数の研究において、経済的意思決定と関連することが示されています。
 次に、DIY商品に対してのみ活性化した左背外側前頭前野/前頭極と左腹外側前頭前野の役割の可能性について考察していきます。左腹外側前頭前野は過去の記憶の想起と関連していることが分かっています。本実験では、WTP評価時に参加者が商品の写真を見ている時に、DIYの記憶の想起が起こることが考えられます。このことから、左腹外側前頭前野の活動はDIY製品のWTP評価中に起こる記憶想起機能を反映していることが考えるのが妥当です。また、左背外側前頭前野の中前頭回は、記憶を価格などに変換する際に活動することが報告されており、DIY商品評価時に活動が高まるという今回の結果は妥当性が高いと考えられます。
 さらに、DIY条件における前頭極領域と左背外側前頭前野の活動は愛着と関連があることが既に明らかになっていることから、DIYを行うことで製品に対し愛着が生じるという先行研究を踏まえて、この領域の活動がDIYを行うことによって生じる愛着を反映している可能性は高いと考えられます。
 これらの結果から、DIY体験中に商品への愛着が生まれ、WTP測定時にDIY商品の写真を見ることでDIY体験の記憶が想起されたという解釈が、最も妥当と推測できます。一方、ほかのWTPに関する先行研究では記憶に関連する脳領域(後部帯状回-前海馬結合性)と愛着の評価との間に正の相関があることを述べ、製品への愛着が強いと記憶関連領域の結合性の上昇が誘発されることを明らかにしています。残念ながら、これらの領域は近赤外線の届かない場所にあるため、本研究ではその活動を調べることはできませんでした。このように、今回の研究は、愛着と記憶の関連性によってもたらされていると推測されるIKEA効果の神経基盤の根底の一部を明らかにできたと言えます。

〈今後の展開と展望〉

 IKEA効果の重要な認知要素とされる記憶と愛着の2つの因子は、食べる体験など、他の「コト消費」とも関連している可能性があります。fNIRSを取り入れた今回の実験デザインは今後、他のタイプの「コト消費」の神経基盤を検証する際の参考となり得ると考えています。その上で、IKEA効果のメカニズムをさらに解明するためには、fNIRSの多くの長所を生かした体験消費の価値の定量化に関するさらなる研究が必要です。
 そのような研究は、2つの観点から行うことができると我々は考えています。ひとつは、より日常生活に近い条件下で研究を行うこと。もうひとつは、心理生理学的計測等との同時測定による研究です。実際、近年、fNIRSと他の機器を用いた同時測定の研究や、日常生活に近い条件でfNIRS測定を行う研究が増えており、こうした研究を積み重ねることで、fNIRSの強みを生かしたIKEA効果のメカニズムの解明や体験型消費の価値の定量化が可能になると考えられます。

用語の解説

#1機能的近赤外分光法(functional near-infrared spectroscopy :fNIRS)、 光トポグラフィ、機能的、ニルス、光機能イメージング法などとも呼ばれる。近赤外光を利用し、脳神経活動によって引き起こされる局所的な大脳皮質における脳血流の変化を、血中の酸素化ヘモグロビンと脱酸素化ヘモグロビンの濃度変化を計測する方法である。他の脳機能イメージング検査法と比較して、低拘束、非侵襲、安価、装置がコンパクト、といった利点を持つ。

#2認知バイアス:人の思考が合理的な考え方から外れて、思考に歪みが生じること。IKEA効果の場合は、商品としては同じでも、自分が組み立てたという経験によって付加価値が生じ、実際の適正価格から外れた値付けをおこなうという認知バイアスが生じる。

#3支払い最大価格 (Willingness To Pay: WTP):ある商品を購入する際に支払っても良いと思う最大価格のこと。

〈本成果の発表論文〉

タイトル:Visualizing the IKEA effect: Experiential consumption assessed with fNIRS-based neuroimaging
     (IKEA効果のメカニズムの検証)
著者:大石拓樹1、中澤健太1、高橋知樹1、久徳康史、檀一平太1*
 

1中央大学理工学部人間総合理工学科

 *応答著者(檀一平太)
   掲載誌:Frontiers in Neuroergonomics 電子版 (2023年4月)
 https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fnrgo.2023.1129582/full

【問い合わせ先】
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 檀一平太(だん いっぺいた) (中央大学理工学部人間総合理工学科/研究開発機構 教授)

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