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丘から谷への水の流れが気候を変える? ――斜面水動態・植生分布・水とエネルギー循環の新たなつながりを発見――

2025年09月25日

本プレスリリースは、東京大学生産技術研究所、学校法人中央大学との共同発表です。

発表のポイント

◆陸面の物理過程を再現する「陸面モデル」において、斜面の水動態と植生分布を結びつけた新たなスキームを開発し、谷沿いに形成される森林といった現実世界の特徴的な景観を、モデル内でも詳細に再現できるようになった。
◆アフリカ全域のシミュレーションにおいて、斜面の水動態と植生分布を考慮することで、蒸発散・流出・土壌水分をより正確に再現し、観測データとの整合性が向上した。
◆斜面の水動態と植生分布を精緻にモデル化することで、アフリカ全体での蒸発散・流出量の増加と土壌水分の減少という顕著な傾向を発見した。

概要

 東京大学 生産技術研究所の李 庶平 特任研究員、山崎 大 准教授、芳村 圭 教授と中央大学の新田 友子 准教授による研究グループは、陸面モデル(注1)において、斜面の水動態(注2)と植生分布をこれまでより精緻に表現する手法を開発しました。新しいモデルを用いてアフリカ大陸で陸面の水・熱循環シミュレーションを行ったところ、広い範囲で既存モデルと比べて蒸発散・流出量の増加と土壌水分の減少が見られ、斜面の水動態が水とエネルギーの循環に大きな影響を与えることを明らかにしました。
 地球では、雨や雪、日射、蒸発散といったプロセスによる大気と陸面の間での水とエネルギーの交換により、各地域の気候や環境が作られています。この水とエネルギーの移動は、鉛直方向だけでなく斜面に沿った水平方向でも起こります。例えば、斜面の水は谷へ流れ、谷は丘よりも湿りやすくなります。その結果、乾いた地域では、谷沿いに河岸林(注3)ができ、湿った地域では、湛水により斜面下部で植生が疎になるなど、斜面内の場所によって植生の分布が変わります。植生は、蒸発散や光合成を通して大気と陸面の水とエネルギー交換に影響するため、斜面での水の動きと植生分布を気候モデルでも考慮することが求められています。
 本研究では、斜面における水動態と植物分布をより、詳細に陸面モデルで表現し、アフリカ大陸を対象とした数値シミュレーションによって、斜面の水動態が水とエネルギーの循環にどのような影響を及ぼすかを調べました。その結果、植生分布を正確に表現するほど、流出や蒸発量の変化が大きくなり、特に赤道付近の河岸林や湛水型湿地のある地域で顕著に現れることが分かりました。また、広い地域で蒸発や流出量が増え、土壌水分が減る傾向も確認され、水とエネルギー循環の予測精度も向上しました。
 この研究を継続することにより、今後、気候変動が生態系や人間社会に与える影響や、陸地から気候へのフィードバックをより正確に評価することを目指します。

発表者コメント:李 庶平 特任研究員の「もしかする未来」

この研究は、1年前に発表した「斜面水動態に影響された不思議な植生景観を世界各地で発見」をさらに発展させたものです。世界各地の様々な気候帯で見られる「斜面型植生景観」に着目し、その植生分布が水とエネルギーの循環にどのような影響を与えるか、また、それらをモデルでどう再現できるかを検討しました。その結果、斜面の水動態と植生分布を精緻にモデル化することで、アフリカで全体的に蒸発散・流出量の増加と土壌水分の減少傾向が顕著に発見しました。この新しいモデルは、気候予測や自然災害リスク評価の精度向上に貢献し、気候変動が生態系や人間社会に及ぼす影響を理解するうえで大きな一歩になることが期待されます。

発表内容

 地球では、大気と陸面の間で雨や雪、日射、蒸発散といった自然現象を通じて水とエネルギーが交換され、水循環と気候システムの基盤が形づくられています。こうした大気と陸面の相互作用を捉えるために陸面モデルが開発され、蒸発散や流出といった陸面過程をシミュレーションしています。従来の陸面モデルは、主に大気と陸面の間での鉛直方向の水とエネルギー交換に焦点を当ててきました。
 一方で、植生分布などの地表条件は、水とエネルギーの循環に大きな影響を与えます。森林のような樹冠を持つ植生は、草地や裸地に比べて蒸散や降水遮断の能力が高く、その分布が大気と陸面との水とエネルギーの交換や流出量を左右します。しかし、実際の植生分布は、空間的に複雑で不均一であり、その詳細を陸面モデルで表現することは長らく困難でした。近年のコンピューター性能の向上により、モデルの解像度が高まり、より複雑な地表条件を取り入れて水とエネルギー循環を精緻に再現できる可能性が広がっています。
 それでも、多くの陸面モデルは、依然として現実に存在する陸域水循環の詳細プロセスが十分に考慮されていません。本研究では、斜面における水動態と植生分布に着目して、陸面モデルの高度化に取り組みました。水とエネルギーの循環は、鉛直方向だけでなく、斜面での水の流れなど水平方向の移動も伴います。斜面では、水が下方に流れることで谷が丘より湿潤になり、この湿潤度の勾配が植生分布を特徴づけます。乾燥地域では、谷沿いに河岸林が形成され、湿潤地域では、谷部で植生が疎になる湛水型湿地(注4)が見られるなど、環境によって異なる植生分布が生じます。このように、斜面での水の再配分とそれに基づく植生分布は、蒸発散などを通じて大気と陸面の間の水とエネルギーの交換を大きく左右すると考えられます。
 したがって、陸面モデルには、単に地表の不均一性を表現するだけでなく、斜面に沿った水の移動と水分状態の変化、さらに水分状態に規定される植生分布を適切に再現することが求められます。本研究では、陸面モデルの計算格子を標高バンドで分割し、丘側バンドから谷川バンドへの水の移動、さらに標高バンドごとの植生分布の違いを表現できる新たな陸面スキームを開発しました。そして、斜面水動態と植生分布を適切に表現することが、陸域の水とエネルギー循環へどのような影響があるのかを解析しました。
 この目的のために、斜面における水動態と植生分布の表現方法が異なる4つのシミュレーション実験を設定し、陸面モデルを用いたシミュレーションでそれぞれの影響を評価しました(図1)。実験[2]は、従来モデルにおける植生分布の表現に対応する設定、実験[4]は、本研究が提案する斜面における水動態と植生分布を考慮したより現実的な設定となります。

図1:斜面の水動態と植生分布の影響を調べるシミュレーション実験の概念図、[1] 水動態なし・均一植生分布(Homogeneous)、[2] 水動態なし・斜面非依存の不均一植生分布(Tiled)、[3] 水動態あり・斜面非依存の不均一植生分布(Hillslope-Water)、[4] 水動態あり・斜面依存の不均一植生分布(Hillslope-Veg)

 アフリカ大陸を対象にこれらの4つのシミュレーション実験を行い、陸面の蒸発散・流出量・土壌水分の変化を比較・分析しました(図2)。その結果、計算格子内で植生分布を面積割合で表現する既存モデル手法の影響(Δ[2]-[1])よりも、斜面における水動態を考慮する効果(Δ[3]-[2])や斜面内の植生分布を考慮する効果(Δ[4]-[3])のほうが大きく、斜面における水動態と植生分布の表現がシミュレーションで再現される水とエネルギーの大きく影響していることがわかりました。特に赤道アフリカ周辺の河岸林や湛水型湿地の分布域でシミュレーション結果の変化が顕著に現れました。また、アフリカでは、全体的に蒸発散と流出量が増加し、土壌水分が減少する傾向も見られました。

 さらに植生が存在する標高バンドにおいて、植物の生育に適した土壌水分がシミュレーションされたかを評価することで、再現された水循環と植生分布との整合性を評価しました(図3)。
 その結果、多くの気候帯で、斜面に沿った水動態と植生分布を考慮したシミュレーション実験[4]は、他の実験設定と比較しても土壌水分が植生成長に最適な範囲に近づくという結果が得られました。土壌水分と植生タイプの整合性が高まったことは、間接的に開発したモデルの妥当性を担保しています。

図3:植生が存在する標高バンドにおける再現された土壌水分の検証。(Ax :熱帯、Bxx:乾燥帯、Cxx :温帯、Dxx :冷帯、縦軸:土壌水分陵、灰色の帯:植生成長に最適な土壌水分の範囲)斜面の水動態と植生分布を考慮した実験[4]は、他実験[1-3]と比較して、土壌水分が植物生育に最適な範囲に近づいている。

 本研究により、斜面における水動態と植生分布を考慮することで陸面での水とエネルギー循環のシミュレーション精度を高め、例えば、将来の気候予測をさらに正確にできる可能性が示されました。これにより、気候変動が私たちの生活や生態系にどのような影響を与えるのかをより正しく評価でき、干ばつや森林火災、洪水といった自然災害の予測にも役立ちます。今後は、さらに多様な地表の特徴を取り入れることで、より信頼できるシミュレーションにつながることが期待されます。

〇関連情報:
【記者発表】斜面水動態に影響された不思議な植生景観を世界各地で発見――高解像度の地形・植生データを用いて植生分布の不均一性の要因を解析――(2024/05/14)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/4529/
 

発表者・研究者等情報 

東京大学
 生産技術研究所
 李 庶平 特任研究員
    山崎 大 准教授
    芳村 圭 教授

中央大学
 理工学部
    新田 友子 准教授
 

論文情報

雑誌名:Water Resources Research
題 名:Resolving Land Cover Heterogeneity Along Hillslope Improves Simulation of Terrestrial Water and Energy Budgets
著者名:Shuping Li*, Dai Yamazaki, Tomohiro Tozawa, Kota Adachi, Tomoko Nitta, Gang Zhao, Xudong Zhou, Kei Yoshimura
DOI: 10.1029/2025WR040706
URL: https://doi.org/10.1029/2025WR040706

研究助成

 筆頭著者は、日立財団倉田奨励金の研究助成を受けました。本研究は、科研費(21H05002及び22H04938)、文部科学省SENTANプログラム(JPMXD0722680395及びJPMXD1420318865)、環境省環境研究総合推進費(S-20)(JPMEERF21S12020)、宇宙航空研究開発機構委託研究(JX-PSPC-533980)、JST未来社会創造事業(JPMJMI21I6)、JSTムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2282-08)、JST e-ASIA共同研究プログラム(JPMJSC22E4) の支援により実施されました。
 

用語解説

(注1)陸面モデル
大気と陸面の間での水とエネルギーの交換を予測するため、陸面での物理過程を再現するツール

(注2)斜面の水動態
斜面における地下水流れや土壌水分移動などの水の動き

(注3)河岸林
乾燥〜半乾燥域の谷筋に植生が生える景観

(注4)湛水型湿地
湿潤地域で低平な谷部で植生が疎になる景観

問合せ先
(研究内容については発表者にお問合せください)

東京大学 生産技術研究所
    特任研究員 李 庶平(り しょへい)
    Tel:04-7136-6965 E-mail:shuping[アット]iis.u-tokyo.ac.jp 

<広報に関すること>
東京大学 生産技術研究所 広報室
Tel:03-5452-6738 E-mail:pro[アット]iis.u-tokyo.ac.jp

中央大学 研究支援室
TEL: 03-3817-7423 または 1675 FAX: 03-3817-1677
E-mail: kkouhou-grp[アット]g.chuo-u.ac.jp

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