
海外ボランティアやゼミ活動をきっかけに宗教や人種が共存する多様な社会、イスラームが私の研究のテーマになりました。
インドネシアで世界中から集まった同世代と共に過ごし、伝統舞踊や音楽を学んで披露した経験や、アメリカへの留学で体感してきたことを活かしていきたい!
国内でも海外でも活躍できるように、自分に何ができるのかを見つめながら、残り少ない大学生活を過ごしています。
人々の暮らし、文化や宗教、政治の関わりに関心を持ち始める
ちょうどその頃はイスラーム過激派組織ISの動きが激化していて、テロが多発しており、その問題をニュースで見聞きしていました。私にはイスラーム教徒(ムスリム)の友人がいましたが、彼女は温厚で親しみやすく、決して過激な思想を持っていません。同じ宗教を信仰しているのに、なぜこんなにも考え方に違いがあるのだろう、と疑問に思いました。また多数派のヒンドゥー教徒とイスラーム教徒(ムスリム)が共存するバリ島に滞在し、そこに住む人々の宗教と密接に関わる生活や文化を見て、宗教とは何か、と考えました。そして自分はイスラームについて無知であることに気が付きました。ミッション系の中高一貫校に通っていたので聖書の授業や礼拝があって宗教は身近にありました。また、教えや経典の表現、信者の信じる形態は宗教によってさまざまでも、その根本はあまり変わらないものだと思ってきました。ISに関するニュースやバリ島の共存社会で過ごしたことは、世界中で起きている文化、政治、宗教、同宗教内の対立等、多くのことを考えるきっかけになりました。
大学で東南アジア研究と出会い、インドネシア芸術文化研修の日本代表に

世界44カ国の代表72人は自国の民族衣装を着て集合しました
加藤先生のゼミでは、春と夏に東南アジアで合宿を行っています。2年次~4年次にかけてインドネシア、カンボジアやベトナムへ行きました。
私たちゼミ生は、フィールドワーカーとして現地に赴きます。政府関係者の方や現地大学の教授、学生にインタビューをすることはもちろん、道端やショッピングモールで現地の方に声をかけて、何気ない会話から情報を得たりもします。また、ジャカルタの広場で、ゼミ生全員で歌を歌ったりもしました。これは観察の一環で、突然歌いだす日本人学生に対するインドネシア人の反応を見るためでしたが、一生忘れられない経験になりました。ゼミではインドネシアを中心に研究していますが、他の東南アジアの国々、そして日本と比較し、それぞれの関係性や相違点を考えていくことで理解を深めていきます。

バニュワンギのビーチにて
美しく優雅で繊細な伝統舞踊。練習するほどに惹かれてゆく

バニュワンギの伝統婚礼衣装(右が守矢さん)
伝統的な舞踊と音楽は、様々なイベントで披露されますが、最も有名なダンス「ガンドゥルン」は、ゲストを歓迎するために行われます。私たちは現地の文化や産業に関する20以上のフェスティバルに参加しました。フェスティバルを通じてバニュワンギについてより深く学ぶこともできましたし、伝統文化を継承してゆく地域の人々にも魅了されていきました。

Indonesia Channelでのパフォーマンス

バニュワンギの政府機関前にて
国も文化も宗教も異なる仲間との共同生活

共同生活をした仲間と共に
11 人の仲間との共同生活では、会話は英語がメインでした。英語を実践的に使うのは初めてで、最初の頃は伝えたいことをすぐに伝えられないもどかしさもありました。インドネシア語は、私と同様に勉強中の人や第二母国語がマレー語(インドネシア語とほぼ同じ)の人がいたので、英語に次いで話す機会がありました。
各国から来た仲間たちの中には、母国語を含めて2か国語以上の言語を普通に話せる人が多くいることに気が付き、それは私の語学学習のモチベーションにもつながっていきました。
インドネシアは、イスラーム教徒(ムスリム)が多数を占めています(バリ島では8割がヒンドゥー教徒のために様子が少し異なります)。

とても素敵な仲間と楽しい時間を過ごしました
私も体験しましたが、練習の間に食事も水分もとれず、早起きをして夜明け前に食事をしなくてはならないのは大変でした。しかし、物心がついてから慣習的に断食をしているムスリムのメンバーにとってはそれが当たり前のことで、辛い様子にはみえませんでした。イスラームを研究している私にとって、この経験は大変貴重なものになりました。
共同生活には最初は不安もありました。メンバー一人ひとりの国が違えば、ライフスタイル、価値観、文化、宗教も異なるものを持っています。ときには、日本人の感覚や常識ではどうしても理解しがたい価値感の違いでぶつかることもありました。しかし、私たちは多様性を共有し、お互いを尊重しながら過ごしたことにより、本当の兄弟のような、かけがえのない仲間になることができました。

南アフリカ(中央)、ギリシャ(右)からの仲間と

韓国(中央)、中国(右)から参加した仲間と

インドネシアのパプア地方から参加した仲間
さまざまな人種が集まる国、アメリカへ

大学の図書館前に飾られたクリスマスのオブジェをバックに
両親も学生時代に留学を経験していて、留学の良さを聞いていたこともあり、大学生のうちに留学することは中央大学入学前から決めていました。期待しながらオクラホマでの暮らしが始まりました。
大学では社会学部に属し、文化人類学、宗教学、アメリカの戦争と文化、プレゼンテーションの科目を学びました。ライティングやリーディングの課題がとても多く、勉強がなかなか追い付かなくて課題に追われる毎日に落ち込んでしまったり、もっと英語を勉強しておけばよかったと後悔したりもしました。しかし、とても親身な先生や友人が多く、おかげで勉強へのモチベーションを高めることができました。
授業では、特にアメリカの戦争と文化と、宗教の科目に興味を持ちました。日本、インドネシア、アメリカで過ごした経験、宗教や人々の価値観の違いと多様性を学んだことがとても役に立ったように思います。歴史、宗教、文化、人種や差別の根源といったテーマは、これからも学びたい続けたいとあらためて思いました。
初めてのひとり暮らしでホームシックに。陽気な仲間たちに癒される

親しくなった友人の卒業式にて
「勉強に集中しなくては」と思いながらも、やはり友だちは必要な存在。積極的に留学生向けのウェルカムパーティやダンスサークルに参加するようになり、少しずつ友だちが増え、いつしかホームシックは気にならなくなっていきました。私の参加したダンスサークルには、アフリカアメリカンやメキシコ系の学生が集っていました。ダンスがとても上手で陽気な彼女たちからとても刺激を受けました。
しかし、大学の食堂やサークルを見てみると、同じ人種、同じスキンカラーの人、同じ地域出身の人同士が集まる傾向にあることに気が付きました。私はそれが決して悪いことだとは思いませんが、「人種のサラダボール」を目の当たりにしました。
アメリカでの生活は1セメスターと短く、限られた期間だったので、勉強も遊びも、文化体験もできるだけやりきると、心に決めていました。約5か月の間には、サンクスギビングデーやハロウィン、クリスマス、大学の卒業式やホームカミングデー等の行事にも参加することができました。アメリカ人の信仰心、遊び心のある暮らしに触れて、インドネシアとは異なるたくさんのことを学べました。そこに暮らしてみないとわからないことがたくさんあるものです。

美しく整備されたオクラホマ州立大学の構内

大学のアメリカンフットボールの試合を留学生の友人と観戦しました

大学のバスケットボールの試合

大学のダンスサークルの仲間たち

大学のアメリカンフットボールの試合
世界の多様な人々・価値観・社会に出会い、海外に出るおもしろさを知る

インドネシアのバニュワンギで共に過ごした仲間は一生の宝物です
インドネシア、アメリカでの経験を通じて、海外に出ること、暮らすことへの抵抗感が減ったように思います。長期滞在をしたから気が付くことのできるその国の社会問題や、現地の人と長く深く関わることではじめて分かる文化の違いや考え方の違い、数え切れないほどの小さな発見があります。
そして海外に出て実感したことは、自分の常識が世界の常識では通用しないということです。日本では考えられないようなことが、当たり前のように起ります。海外で生活していくためには、多様性を寛容に受け入れること、関わる人だけでなくその国や文化等にも尊敬の気持ちをもって接することが非常に重要だと思いました。
また、二つの国で暮らしてみて、これまで私の持っていた人種や宗教への価値観などが変わってきましたし、もっと日本のことを知らなくてはいけないと思いました。海外での経験を活かし、9月の卒業に向けて引き続き勉強すると共に、将来の進路も決めていきたいと思います。
<守矢さんの海外活動経歴>
・2016年2月(14日間)=CECボランティア:インド(コルカタ)、ネパール
・2016年8月(10日間)=専門演習Ⅰ(加藤ゼミ)合宿:インドネシア(ジャカルタ、パレンバン)
・2017年2月(10日間)=専門演習Ⅱ(加藤ゼミ)合宿:カンボジア(プノンペン)
・2018年2月(10日間)=事例研究Ⅰ(加藤ゼミ)合宿:ベトナム(ホーチミン、ハノイ、ホイアン)
・2018年3~7月(4か月)=インドネシア文化芸術奨学金プログラム:インドネシア(バニュワンギ)
・2018年8月~12月(5か月)認定留学 =アメリカ(オクラホマ州)
利用した奨学金や支援制度
・インドネシア文化芸術奨学金プログラム(インドネシア)
・2017年度総合政策学部 プロジェクト奨学金(学長賞・ 学部長賞給付奨学金 優秀賞(学部長賞))