国際連携・留学

【第5回IW実施報告】シンポジウム「ASEAN共同体」

[コーディネーター]
長谷川 聰哲 中央大学経済学部教授

[パネリスト]
石川 幸一  亜細亜大学アジア研究所教授
清水 一史  九州大学大学院経済学研究院教授
助川 成也  ジェトロ(日本貿易振興機構) 企画部事業推進主幹
上之山 陽子 パナソニック株式会社 渉外本部 国際渉外グループ 参事

シンポジウム「ASEAN経済共同体」の意義

長谷川聰哲(中央大学)

2013年に、日本ASEAN友好協力40周年を迎えました。これを記念して、安倍首相が招聘する日本ASEAN特別首脳会議が12月に東京での開催が企画されました。中央大学が開催する第5回のインターナショナル・ウイークとして、1国だけをテーマにするのではなく、ASEANという地域を対象にしたのは、こうした日本を囲むアジア諸国との強まる国際関係を意識したことによるものです。このインターナショナル・ウイークの企画の一つに、12月9日に「ASEAN(東南アジア諸国連合)経済共同体」と題するシンポジウムを行いました。ここでは、そのシンポジウムで報告、討議された内容を紹介するために、以下に報告概要を掲載しています。

グローバルな経済活動をさらに発展させ、世界の多くの新興国が豊かな経済を享受できる枠組みを目指すグローバルな市場の枠組みの整備しようとして、WTO(世界貿易機関)は、2001年に多角的通商交渉ドーハ・ラウンドを立ち上げ、多国間の包括的貿易ルール作り、通関手続きの簡素化などを進めてきました。先週末12月7日に、1)貿易円滑化、2)農業の一部、3)開発の3分野に絞った「パリ合意」を12年目にして、取り付けるに至りました。この間、世界の経済活動はより強いコネクティビリティーを求めて、国境を超えて商品・サービス価値を生み出す企業努力(フラグメンテーション)が、とくに東アジア地域を中心として進んできました。

地域主義的な制度の構築としては、EU(欧州連合)、TPP(環太平洋経済連携)などのメガ規模でのFTA(自由貿易協定)、EPA(経済連携協定)の構築が進んでいます。2国間、地域間のFTA(自由貿易協定)による経済活動の地域レベルでの自由化への選択肢が強く働いてきました。AEC (ASEAN経済共同体)の制度構築は、このような国際的な脈絡の中で、どのような経緯、内容、可能性を持っているのかについて、討論をすることにしました。

[プロフィール]
長谷川 聰哲 中央大学経済学部教授
慶応義塾大学大学院博士課程修了、拓殖大学助教授、中央大学経済学部助教授を経て、現職。この間に財務省(大蔵省)関税等不服審査会委員を務める。専門は、国際経済政策、関税政策、産業連関型マクロ経済予測分析。著書に、『APEC地域主義と世界経済』(共編)中央大学出版部、『APECの市場統合』(編著)中央大学出版部、Analysis of Macroeconomic Policy in Input-Output Economics, (editor), Chuo University, 2011.

ASEAN経済共同体と行動計画の実施状況

石川幸一(亜細亜大学)

ASEAN経済共同体(AEC)の目標と行動計画は、2007年に発表されたAECブループリントで提示されている。ブループリントでは、4つの戦略目標として、①単一の市場と生産基地、②競争力のある経済地域、③公平な経済発展、④グローバル経済との統合、を掲げており、戦略目標ごとに行動計画を提示している。実施スケジュールは、2008年から2015年を対象とし、2年ごとの4つのフェーズに時期区分されている。

4つの戦略目標の内容は、①市場統合、②共通政策、③格差是正、④域外とのFTA、と言い換えることが出来る。市場統合は、「物品、サービス、投資、人、資本の自由な移動」を目標にしているがEUのような共同市場ではなく、様々な制限が残り経済連携協定(EPA)に類似した統合の水準である。たとえば、物品の移動は原産地規則を満たさねばならず、サービス貿易、投資も制限があり、人の移動は熟練労働者が対象である。AECは輸送やエネルギー分野の統合と協力およびインフラ建設、格差是正なども対象としており、分野はEPAに比べ広範かつ壮大である。

■表 AEC、EU、EPAの対象範囲の比較

  EU AEU EPA
関税撤廃
共通対外関税 × ×
非関税障壁撤廃
サービス貿易自由化
規格・標準の統一、相互承認
人の移動
貿易円滑化
投資自由化
政府調達 ×
知的所有権保護
競争政策
域内協力
共通通貨 × ×
主権移譲(市場統合における) × ×

(注)○は実現している(あるいは目指している)、△は対象としているが実現は不十分、×は対象としていないことを示している。ただし、厳密なものではない。
出所)執筆者が作成

EUは市場統合について主権をEU委員会に委譲しており、EU法は国内法の上位に位置づけられ、市場統合に関するEUの決定は実施が担保される。しかし、ASEANは内政不干渉を原則としており、ASEANでの決定を加盟国に強制できない。そのため、ブループリントを加盟国に確実に実施させる目的で導入されたのがスコアカードである。2010年にフェーズ1(2008~09年)、2012年にフェーズ2(2010~11年)およびフェーズ1およびフェーズ2(ブループリントは2008年から2015年の8年間が対象なので前半の4年となる)のスコアカードが公表されている。スコアカードは、①自己申告制で第3者評価ではない、②国別分野別な詳細な内容ではない、③現場で措置が実施されているのか判らない、などの問題がある。

フェーズ1と2の4年間のブループリントの措置実施の全体評価は67.5%である(第2-3表)。グローバルな経済への統合は85.7%と高かったが、他の3つの戦略目標は60%台だった。単一の市場と生産基地および公平な経済発展では第2フェーズで評価が低くなっている。なお、2013年4月の第22回首脳会議では、259措置が実施され77.54%というスコアカード評価が報告されているが、詳細は発表されていない。2012年10月時点のスコアカードは74.5%だった。2013年8月の経済大臣会議では2013年7月時点の評価が79.4%と報告されている。

2012年4月の首脳会議では、ASEAN経済共同体の実現に向けて努力を倍増させるとしており、詳細は判らないものの2013年7月には79.4%に上昇している。しかし、実施が難しい分野や事項が残っていくため、ブループリントの100%実施は困難である。2015年時点ではASEAN経済共同体はほぼ実現したとするが、2020年を目標年として残された措置を実施していくことになろう。

物品の貿易では、関税撤廃の実現は確実である(ただし、一部品目は2018年)が、非関税障壁の撤廃は困難であり、2015年時点でも残存することになる。原産地規則は使いやすいものに変更されてきており、自己証明制度の導入も進んでいる。一方、政府調達の開放はブループリントの目標にもあげられておらず開放はされない。ナショナル・シングル・ウィンドウはカンボジア、ラオス、ミャンマーは遅れているが、残りの7カ国で実施されている。ASEANシングル・ウィンドウは選ばれた港湾で実施されることになろう。

サービス貿易は、第1モード(サービスの越境)、第2モード(消費者の越境)は全分野で自由化されるが、第3モード(業務拠点の越境)は外資出資比率制限(70%)が残ることになり、70%まで外資出資比率が引き上げられない分野が残る可能性もある。第4モード(供給者の越境)は作業が進んでいない模様で実現しても極めて限定された一部職種に限定されるだろう。専門サービスの資格の相互承認は8職種で進められているが、任意参加方式であり、ASEAN全体での実施は遅れると思われる。国内体制の整備などから参加国での実施も遅れるだろう。投資の自由化では、投資規制を最小限にし、投資前と後の内国民待遇、投資家の移動の自由化などを目標としている。

ASEAN高速道路ネットワーク、シンガポール昆明鉄道などの輸送プロジェクト、ASEAN電力網、ASEANガスパイプラインなどのインフラプロジェクトは、目標年次を2020年に繰り延べている。資金調達や技術面での課題とともに国内体制整備も必要であり、2015年の完成は無理とすでに判断されている。

格差是正は、ASEAN統合イニシアチブ(IAI)が小規模であり効果は極めて限られていることから、ASEAN6とCLMVの経済格差は2015年時点でも大きい。ただし、CLMVはインフラ整備、外資導入により、ASEAN6より高い経済成長を続けており、経済格差は緩やかなペースであるが縮小の方向にあると言ってよいだろう。域外とのFTAは、順調に進んでおり、RCEP、EUとのFTAおよびTPPへの対応が課題となっている。

時間をかけながら「遅遅として進む」のがASEANの流儀である。AFTAの例をみても1993年の開始当初は極めて評価は低かったが、現在では自由化率が高く利用しやすいFTAとなっており、日本企業が最も良く利用するFTAでもある。一部の分野は目標年次を2020年に延ばしており、2015年後も自由化、円滑化、制度整備、インフラ建設などの措置が継続されるであろう。

[プロフィール]
石川 幸一  亜細亜大学アジア研究所教授
東京外国語大学卒業、日本貿易振興機構(ジェトロ)、国際貿易投資研究所を経て、現職。専門は、東南アジア経済、ASEANの統合。大学院およびアジアで留学・インターンシップを行う「アジア夢カレッジ」を担当。著書に、『FTAガイドブック』(共編著)ジェトロ、『ASEAN経済共同体』(共編著)ジェトロ、『TPPと日本の決断』(共編著)文眞堂、など多数。

世界経済とASEAN経済共同体(AEC)

清水一史(九州大学)

東南アジア諸国連合(ASEAN)は、構造変化を続ける世界経済の下で域内経済協力・経済統合を推進してきている。従来東アジアで唯一の地域協力機構であり、1967年の設立以来、政治協力や経済協力など各種の協力を推進してきた。加盟国も設立当初のインドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイの5カ国から、1984年にブルネイ、1995年にはベトナム、1997年にラオス、ミャンマー、1999年にカンボジアが加盟し10カ国へと拡大した。

1976年からは域内経済協力を進め、1992年からはASEAN自由貿易地域(AFTA)を目指し、2010年1月1日には原加盟6カ国により関税がほぼ撤廃された。そして現在の目標は、2015年のASEAN経済共同体(AEC)の実現である。AECは、2003年の「第2ASEAN協和宣言」で打ち出された、①財(物品)②サービス③資本(投資)④熟練労働力の自由な移動に特徴付けられる、ASEAN単一市場・生産基地を構築する構想である。現在までASEANでは、AECの実現に向けて着実に行動が取られている。

ASEAN諸国は急速に発展中であり、中間層の拡大とともに巨大な市場になっていくことが期待される。ASEANが10カ国によってAECを確立すると、中国やインドにも対抗する規模の経済圏になる可能性がある。更に、ASEANを核として東アジア大の地域経済協力が構築されつつある。東アジアにおける自由貿易協定(FTA)もASEANを軸に構築されてきている。

そして世界金融危機後の構造変化が、AECの実現と経済統合に大きな加速圧力を掛けている。世界金融危機後のアメリカの状況の変化は、アメリカの対アジア輸出の促進とともに環太平洋経済連携協定(TPP)への参加を促し、TPPと東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の構築への動きは、AECの実現とASEANの経済統合に対して大きな影響を与えている。

ASEANは、時間を掛けながら着実にAECの実現に向かってきた。AFTAの実現も、1990年代初期には想像も出来なかったが、現在ではAFTAをほぼ確立し、資本(投資)の自由移動、熟練労働力の自由移動という、共同市場(CM)の一部の要素を取り入れたAECの確立へ向かっている。AECは、東アジアで初のFTAを越えた取り組み(FTAプラス)である。また輸送やエネルギーの協力、経済格差の是正にも取り組んでいる。AECは地域としての直接投資(FDI)の呼び込みを重要な要因とし、国境を越えた生産ネットワークを支援し、常に世界経済の中での発展を目指す経済統合を目標としている。

いくつかの緊張と遠心力を抱えながらも、グローバル化を続ける現代世界経済の変化に合わせて着実にAECの実現に向かい、更には世界の成長地域である東アジアにおいて経済統合を牽引しているASEANの例は、現代の経済統合の最重要な例の一つと言えるであろう。

ASEANは、日本にとっても最重要なパートナーのひとつである。また日系企業にとっても最重要な生産拠点と市場である。日本にとってもAECへ向けての展開とASEAN経済統合は、きわめて重要である。日系企業の生産ネットワークの進展のためにも欠かせない。現在、中国との貿易と投資を巡るリスクが大きくなる中で、日本にとってASEANとの関係は更に重要になってきている。今年2013年は、日本ASEAN友好協力40周年の記念の年でもある。より緊密な関係を築いていくべきである。

[プロフィール]
清水 一史  九州大学大学院経済学研究院教授
北海道大学大学院経済学研究科博士課程修了、北海道大学経済学部助手、九州大学経済学部助教授、九州大学大学院経済学研究院助教授を経て現職。専門は、国際経済、世界経済、アジア経済。著書に『ASEAN経済共同体と日本』(共編著)文眞堂、『東南アジア現代政治入門](共編著)ミネルヴァ書房、『ASEAN域内経済協力の政治経済学』ミネルヴァ書房、など多数。

ASEAN経済共同体(AEC)に向けた物品貿易自由化への取り組み

助川成也 (日本貿易振興会)

ASEAN経済共同体(AEC)の主軸であるASEAN自由貿易地域(AFTA)は93年から関税削減を開始した。当初の目標は2008年までに関税削減・撤廃適用対象品目(IL)の関税率を0~5%に削減することであった。97年のアジア通貨危機など、ASEANは外部環境が大きく変化する毎に統合の加速化や新たな目標を打ち出すなど、外国投資に対する求心力維持に努めてきた。先行加盟6カ国はILの「0~5%化」の目標を5年前倒して2003年に達成、2010年にはほぼ全てのIL品目の関税を撤廃した。新規加盟国も2015年の関税撤廃を目指し、順調に関税水準を引き下げている。

これまでAFTAは、研究者の間で「低水準のFTA」、「利用されないFTA」と揶揄されてきた。しかし現在までに、AFTAは関税削減・撤廃に対する例外品目が極めて少ない高水準のFTAになっている。その結果、AFTAは今やアジア域内で最も進んだFTAとなっている。

ASEAN先行加盟6カ国は2013年時点で全体の99.2%で関税を撤廃している。関税は0%超5%以下と低いものの関税が残存している品目は果物やたばこ等一次産品で関税が残存する。一方、その他には、一般的除外品目として特恵関税適用対象から除外されている武器・弾薬等が指定されていることに加え、ASEANのイスラム国家では宗教上アルコールが忌避されていることから、アルコール類が指定されている。このように一部農産品等で関税が残存しているものの、製造品についてはほぼ全て関税が撤廃されており、ASEAN域内で製造品が低コストで流通しやすい状況が築かれている。

後発加盟国は2015年にILの関税撤廃を目指す。また、後発加盟国も徐々に関税撤廃品目を拡大していくことが求められている。IL全体の80%の品目について関税撤廃が求められているのは、ベトナムで2010年、ミャンマー・ラオスで2012年である。一方、最も遅い1999年にASEANに加盟したカンボジアは、2010年までにILの0~5%化、ILの60%の品目の関税撤廃が約束されていた。その結果、後発加盟国では総品目数の68.6%で関税撤廃、28.9%で関税が0%超5%以下に下がっている。こうみると後発加盟国でも既に総品目数の97.5%で関税が5%以下に削減されている。そのため、先行加盟国のみならず後発加盟国でも、特恵マージンの面からみれば、企業にとってAFTAが使える条件が整いつつある。

ASEAN域内の関税削減・撤廃の進展、またASEANと対話国、例えば中国、韓国、日本、豪州・ニュージーランド、そしてインドとのFTA締結・関税削減により、FTAを利用する企業が増えている。それはジェトロの「在アジア・オセアニア日系企業活動実態調査」でも明らかになっている。

また、ASEANの貿易取引額ベースでFTA・EPAの利用率でも、例えばタイを取り上げると、タイのASEAN各国向け輸出について、AFTA利用率が高いのはインドネシア向け、フィリピン向け、ベトナム向け輸出である。タイのインドネシア向け輸出にけるAFTA利用率は、2006年に50%を上回り、2008年には6割を超えた。また、ベトナム向けおよびフィリピン向けについても2009年にその利用率は各々57.2%、56.3%に達している。しかし、2010年をピークに利用率は下がっているものの、2013年に入り反転した。

AFTAの利用上位品目は自動車関連製品、家庭用エアコン、メカニカルショベル等が含まれる。ただし、これらはタイの中でも日系企業が大きなシェアを握っており、AFTAというASEANの枠組みでのFTAにも関わらず、日系企業がその恩恵を一身に受けている。

AFTAの進展に加え、タイの賃金水準の大幅な上昇、更には2012年6月に開始されたタイとカンボジアとの特定車両の相互乗り入れは、企業に対しタイ・カンボジア両国間での生産分業の可能性拡大を提供した。日系企業の中でも、一部労働集約的な工程を周辺国に移す動きがある。タイを引き続き主力の生産拠点としながらも、タイから原材料・部品を周辺国に供給し、周辺国で加工・組立等労働集約的な工程を実施した上で完成品を主力生産拠点に戻すなど、タイをハブとした「ハブ&スポーク」的な動きが出ている。

これまでAFTAによって特定国に投資が集中し、国毎で勝ち組、負け組が明確化、固定化すると言われてきたが、タイの投資環境の変化や特定拠点集中リスクの顕在化、更には越境輸送の円滑化によって、タイから投資が周辺国に溢れ出そうとしている。その中でAFTAの役割はますます強まることになる。

[プロフィール]
助川 成也  ジェトロ(日本貿易振興機構)企画部事業推進主幹
中央大学経済学部国際経済学科卒業、1992年4月に日本貿易振興会(現日本貿易振興機構)に入会。経済情報部国際経済課、大阪本部国際経済交流センター、経済情報部産業情報課、バンコクセンター、海外調査部アジア大洋州課、バンコクセンター主任調査研究員・次長を経て、現在の担当。現在、東アジア共同体評議会有識者議員をも務める。著書に、『ASEAN経済共同体』(共編著)ジェトロ、『タイの2011年大洪水-その記録と教訓』アジア経済研究所、『アジア太平洋の新通商秩序』(共著)勁草書房、など多数。

「ASEAN経済共同体に期待すること」

上之山陽子 (パナソニック株式会社)

パナソニック株式会社は、電子部品から民生用家電、車載用電子機器から住宅関連機器に至るまでの生産、販売、サービスを行う総合エレクトロニクスメーカーです。当社の2013年3月期の売上高は約7兆3000億円。その約3割がテレビ、冷蔵庫、洗濯機などの消費者向け家電製品の販売、残りの約7割がオフィス機器、車載用製品、電子部品など企業向けの販売です。地域別の売上高は、日本向けがおよそ半分、欧米向けが4分の1、アジア・中国向けが4分の1です。当社はグローバルに45カ国・地域に300社以上を展開しており、生産拠点の多くはアジア・中国に集中しています。

当社はアジア地域との関係が古く、ASEAN各国には1960年代頃より進出しました。当時より当社は「生産・販売を通じて社会生活の改善と向上を図り、世界文化の進展に寄与する」という経営理念を大切にしており、アジア各国に対してもその国に歓迎される、お役立ちできる事業を展開するという考え方をもって進出しました。当社のアジアにおける事業を歴史的に振り返ってみますと、1960年代に各国の産業政策に沿って輸入代替型複品事業を展開することから始まり、1970年代以降には、急激な円高や欧米との貿易摩擦の激化により、日本に代わる輸出拠点としての事業を拡大しました。1990年代に入りますと、アジアにAFTA(ASEAN自由貿易地域)という地域自由貿易圏ができ、域内の関税が撤廃されていきました。それに併せて、ASEAN域内の複品事業について事業再編を行い、各国それぞれに強みを活かせる事業を残して、域内分業・最適地生産を推進しました。2000年代に入ると、ASEANの市場としての魅力が増大し、当社としても、現地の嗜好に合った商品の設計、開発、マーケティング機能を強化してきました。もともとASEANには、市場としての有望性、良質な労働力、そして何より日本との良好な関係があり、当社も工業化を目指す現地政府からの要請に応じて進出した事例がありました。そして、ASEANはそれに応えるように貿易自由化政策を通じて、投資先としての要件を充足させ、Win-Winの関係を構築することができました。

一方で、当社はASEANで事業を行う際にさまざまな問題にも直面しています。ASEANには経済発展状況が異なる国が多くあります。製造業が国際競争力を高めるためには、さまざまな国境措置における障害を取り除くことが重要ですが、ASEANにはそれができている国もあれば、まだできていない国もあります。ASEAN経済共同体(AEC)をさらに魅力的なものにするためには、ASEANの中でそれらの制度を高位平準化することが必要です。こうした問題点の改善に期待して、当社のASEANの事業場が指摘した問題について、モノ、ヒト、おカネの流れという3つの視点から、いくつか例示いたします。

まず、モノの円滑な移動が阻害されている例です。やはり一番大きな問題は通関です。ASEANには通関がスムーズな国もあれば、通関に非常に時間がかかる国もあります。輸出前検査が必要な国があったり、税関担当者の判断で急に通関にかかる時間が延びたりすることがあります。サプライチェーンの管理をしっかり行うためには、リードタイムを短縮し、いつまでにお客様のところにモノをお届けできる、という予見可能性を高めることが何より重要です。また、FTAの原産地証明制度の問題もあります。ASEANは多くのFTAを締結していますが、現状ではFTAごとに原産地規則や運用規則、証明制度が異なり、FTAを活用するための手続きが生産者にとって負担の大きいものになっています。

次にヒトの往来です。まず、外国人労働者規制強化の問題です。ASEANの生産拠点ではすでに多くの外国人労働者の方が働いています。急な制度変更などで労働者の確保が困難になると、生産自体ができなくなることがあります。また、就労ビザ取得時の問題があります。日本から技術者や経営管理者を派遣したいと思っても、ビザ取得に時間がかかったり、煩雑な手続きを要求されたりすることがあります。特にグループ会社間での異動については、より簡素な手続きを期待いたします。

おカネについては、例えば、現地に対して日本からさまざまなサービスを提供していてもその対価の送金が困難なことがあります。貿易外送金についてはまだまだ煩雑な手続きが必要な国があります。せっかく送金できても、現地と日本側とで税制の調和がとられていないため、両方で利益として課税されてしまうことがあります。投資がしたくても外資規制がある国もまだ多くあります。そのようなおカネの流れについては、今後更に改善が必要だと思われます。

私たちはAECがこのような問題点について、更なる改善を進める起爆剤になることを期待します。そしてRCEPを初めとするAECを核とした広域自由貿易圏の形成が、市場の更なる拡大と、シームレスなヒト、モノ、カネの移動を実現し、この地域の産業の高度化、イノベーションに繋がると確信しています。ASEANの貿易・投資の自由化が今後更に深化し、ASEANがより魅力的な投資先となることを期待いたします。

[プロフィール]
上之山 陽子 パナソニック株式会社渉外本部国際渉外グループ参事
京都大学文学部現代史専攻卒業。松下電器産業(株)(現パナソニック株式会社)に入社。休職し、青年海外協力隊としてネパールに赴任。帰国後、アジア大洋州地域の販売支援、輸出営業を担当。外務省アジア大洋州局南東アジア第二課に出向。復職後、現職にて通商に関する渉外活動および社内のFTA活用推進活動を担当。