「やりたいことを見つける」を目標に、グローバルな挑戦の先で見えてきた私らしい生き方
織戸 光さん│ORIDO Hikaru (法学部 4年生)
大学進学や将来の進路を考えるとき、「自分は将来、何がやりたいのか」という問いに最初から明確な答えを持っている人は、決して多くありません。中央大学法学部国際企業関係法学科4年の織戸光さん(FLP地域・公共マネジメントプログラム、工藤裕子ゼミ所属)も、かつては「海外に興味がある」「英語力を向上させたい」「社会悪を是正したい」といった漠然とした将来像を持ちながらも、「やりたいことが分からない」というコンプレックスを抱えていた一人でした。
そんな彼女は、大学生活の中で「やりたいことを見つける」を一つの目標にして、「これは面白そう」「やってみたい」という直感に従って挑戦を重ねる中で、少しずつ自分らしい生き方や自分軸を持つようになったといいます。
今回は、本学で数々のグローバルな挑戦を重ねながら、自分らしい生き方を問い続ける織戸さんにお話を伺いました。
法学と国際社会への関心から中央大学へ
私が法律や国際法、そしてグローバルな環境に関心を持つようになった背景には、幼少期からの家庭環境と高校時代の体験があります。父が代々、牧草専門の商社を営んでいたため、我が家では朝のニュースで為替レート速報をチェックしてから学校に向かうのが日常でした。日本と海外との間でモノや人、お金が行き来する様子を身近に感じながら育ったことが、私の原点です。
一方、高校時代は、自分が将来何をしたいのか分からず、進路に悩んでいました。そんな中で、たまたまヤングケアラーに関する調査研究を通じて出会ったスクールカウンセラーの方が、専門的な知識や経験を活かして弱い立場にある人を支える姿を目のあたりにし、その姿勢に強く惹かれました。また、友人同士の喧嘩を仲裁した際、双方の言い分にそれぞれの正当性を感じ、「どちらも間違っていないように思えるとき、正義とは何だろう」と考えたことも、法学に関心を持つきっかけとなりました。
数ある大学の中でも中央大学を選んだのは、真面目に学ぶ学生が多く、勉強に集中して取り組める環境に魅力を感じたからです。特に法学部には、法曹や公務員をはじめ、専門性を活かして社会や人のために働くことを志す学生が多く、自分もそのような環境の中で学びたいと考えました。こうした理由から、私は中央大学法学部国際企業関係法学科への進学を決めました。
コンプレックスを破る「ワクワク」を基準にした行動の連鎖
大学1年次、外交研究会の夏季合宿にて。多くの仲間との出会いが、その後の学びや挑戦につながった。
フィリピン・セブ島のスラムを訪問し、子どもたちと交流。この経験が開発学や国際協力への関心につながった。
外務省主催「第39回国際問題プレゼンテーション・コンテスト」に出場し、政策提言を行った。 ※写真提供:外務省
高校時代の私は、「将来やりたいことが明確に分からない」ということが大きなコンプレックスでした。そこで、大学入学にあたり、一つの判断基準を自分に課したのです。それは「心がワクワクするかどうか」という直感を大切に、とにかく飛び込んでみることです。
その中で軸となったのは、大学1年生の5月から所属している外交研究会の活動やつながりです。1年次の4月にキャンパスを歩いているときに「外交研究会」の看板が目に留まり、新歓でゼミ活動や留学について生き生きと語る先輩方の姿に魅了されました。「これは受けるしかない!」と、締め切り直前にエントリーシートを提出して無事に合格。多様な活動に参加する先輩方や個性豊かな同期と出会うことができました。研究会で充実した楽しい日々を過ごす中で、新しい環境での居場所を見つけられたように感じ、ここを起点として、大学での学びを深めていこうと決心したのです。
そこからは、先輩方に教えていただいた課外活動や興味を持ったプログラムへ積極的に飛び込んでいきました。1年次の夏には、友人に誘われてフィリピン・セブ島のスラムにおける教育NGOボランティアに参加。川、山、お墓の中など様々なスラムを訪問して子どもたちと交流する中で、特に強烈だったのがゴミ山で暮らす「スカベンジャー」の現状です。近年、フィリピン政府は、環境対策として「生態学的固形廃棄物管理法」の関連政策を推進し、多くのゴミ山を封鎖しています。一方、スカベンジャーはより良い仕事に就くどころか、仕事を求めて別のゴミ山へ移住しなければならないことを聞きました。社会的には良いとされる政策が、貧困の根本的な解決には繋がっていないという厳しい構造を目の当たりにしたのです。現場のリアルな課題に触れ、帰国後にJICAの支援体制などを調べる中で、多面的な視点からアプローチする「開発学」や国際協力への関心が芽生えていきました。
現場を知ったことで「構造や政策」への興味も広がり、法学部主催のカンボジア法整備支援スタディツアーや模擬欧州連合(模擬EU)にも挑戦しました。さらに、外務省主催の「第39回国際問題プレゼンテーション・コンテスト」には同期とチームで応募し、日・ASEAN政策提言を一から練り上げて外務大臣賞を受賞することができました。
最初から完璧なゴールが見えていたわけではありません。しかし、現場での体験と政策という構造的な視点の往復を重ねる中で、自分が何に心を動かされ、どのような社会課題に取り組みたいのかという「自分軸」の方向性が少しずつ見えてきました
進路の葛藤を打ち破った「Keep Doors Open」と英語学習の原点
大学3年次に差し掛かる頃、私は将来の進路について非常に迷っていました。法科大学院(ロースクール)へ進学して法律家を目指すべきか、それとも、かねてより挑戦したかった長期の交換留学に踏み切るべきか、頭を抱えていたのです。その時に心に響いたのが、英語の授業でお世話になったHesse Stephen教授(法学部)の「Keep Doors Open」という言葉です。
「今、進路(扉)を一つに絞って自分の可能性を閉ざす必要はない。まずは可能性を広げる選択肢を取りなさい。勉強にはいつでも戻ってこられるのだから」
私は、この言葉に背中を押されるように「自分の可能性を広げるために、今やりたい交換留学に挑戦しよう」と決意したのです。
また、大学2年次夏に「やる気応援奨学金」を活用して挑戦したアイルランド・ダブリンでの1ヶ月間の語学留学経験も「さらなる英語力の向上」という一つの目標の後押しをしました。高校1年時、スイスからの留学生に英語で話しかけられず通訳を頼った悔しい経験があります。その後、ダブリンの語学学校で流暢に話す同世代の外国人と過ごす中で、英語は勉強する対象ではなく、人とつながるためのコミュニケーションツールだと気づきました。大切なのは、間違いを恐れず伝えようとする姿勢です。それ以来、留学基準スコア獲得のための勉強も「もっと多くの人と自分の言葉で話すための準備」へと捉え直し、継続して学び続けることができました。
結局、長期留学することに決め、留学先として、体系的に国際協力・国際開発学を学べる環境が整い、世界中から多様な学生が集まる英国・サセックス大学を選択し、「開発学の学び」と「異なる価値観を持つ人々との共同生活」の双方を通じて、自らの当たり前を問い直す挑戦が始まりました。
完璧な英語よりも、自分の言葉で伝える力
サセックス大学の寮で私の誕生日に餃子パーティーを開催。仲間たちと一緒に餃子作りを楽しんだ。
開発学の分野で世界最高峰の評価を受けるイギリスのサセックス大学に留学を決め、渡英した私は、渡英初日、空港から大学に向かう送迎バス乗り場で、仲良くなった学生と楽しく話し込んでいました。しかし途中で、その学生が別大学の生徒だと判明し、大焦りでサセックス大学のスタッフを探し回り、危うく取り残されそうになりました。「誰も助けてくれない海外では、自分から声をかけ、タフかつ柔軟に動くことが大切だ」と実感した瞬間でした。
さらに、大学での授業が始まれば、アカデミックな試練が待っていました。イギリスの大学は講義(Lecture)と少人数形式の演習(Workshop)がセットで、1科目あたり毎授業20ページを超える論文課題が出されます。留学当初はネイティブ学生の発言スピードや想定外の議論展開についていけず、「自分が質問したきっかけなのに、もう何が話されているか分からない」という状態になり、深く落ち込むこともありました。
この課題を乗り越えるため、私は目標を段階的に設定しながら取り組みました。まずは授業後に録画を見返して復習し、次に課題から必ず疑問点を用意して、セミナーで最低1回は発言する。そして議論で見失いそうになったら、「つまり、こういう理解で合っていますか?」と自分の言葉で聞き返し、議論の足並みを揃えるコミュニケーション術を体得していきました。このように、自分なりの理解を示して輪に入っていくよう意識したことで、周りも私の理解を確認しながら話してくれるようになり、ディスカッションの質が一変しました。
また、講義内容も私の思考を大きく深めてくれました。特に「Philanthrocapitalism(フィランソロキャピタリズム)」の授業では、ビル&メリンダ・ゲイツ財団による途上国へのワクチン支援などを題材に、表向きの「良い取り組み」を賞賛するだけでなく、「なぜ特定地域でその病気が蔓延するのか」という根本原因(貧困、安全な水、衛生環境、医療インフラの不足)や構造的問題を一歩引いて批判的に検証する視点を学びました。
また、講義やディスカッション、寮生活を通じて痛感したのは、国際舞台で求められるのは流暢な英語力そのもの以上に、「自分は何を考え、何を伝えたいのか」という自分なりの軸や問いを持つことだということです。
留学前の私は、「国際人材」と聞くと、英語を流暢に話せる人を思い浮かべていました。しかし、実際に世界各国から集まった学生たちと交流する中で、必ずしも英語が完璧な人だけがコミュニケーションの中心にいるわけではないと気づいたのです。強い訛りがあっても、自分の考えを積極的に伝え、相手にも関心を持って問いを投げかける人たちは、多くの人を惹きつけていました。
また、異なる文化や価値観を持つ人々と関わる中では、相手を理解するだけでなく、自分自身について語る力も求められます。寮での何気ない会話の中で「日本ではどうなの?」と尋ねられたとき、社会や歴史、自分の国について、自分の言葉で説明できることの大切さを実感しました。
さらに、その「伝えられる中身」は社会課題や専門知識だけではありません。私にとっては、バスケットボールや歴史小説、御朱印集め、おにぎり作りといった趣味や興味も、自分らしさを伝える大切な要素でした。自分が「好き」と思えることを持ち、それを自分の言葉で語れることが、国籍を超えて人とつながるきっかけになったのです。
留学を通じて私は、国際人材とは単に語学力が高い人ではなく、違いを受け入れる柔軟さと、自分自身の考えや価値観を持ち、それを相手に伝えられる人なのだと考えるようになりました。
多様な生き方と出会った日々——寮生活、バスケ部、16カ国一人旅を通じて
サセックス大学体育会バスケットボール部で活動。対ブライトン大学戦勝利後の様子。
学業以外のコミュニティや生活環境においても、私の価値観を揺さぶる貴重な出会いがたくさんありました。
一つは、現地の体育会バスケットボール部で、約20名のメンバーと、地区ブロック優勝を目指した経験です。入部当初は、新参者として周囲に合わせた行動ばかりしていました。しかし、入部初日のアメリカ人留学生の姿を見て、強烈な印象とともに「これではいけない」と思わされることになりました。彼女は、練習後にコーチへ率直に自分の意見を伝え、コーチからの問いかけにも自信を持って答えていたのです。それから「自分の意見を言うことは、周囲との調和を損なうのではなく、むしろチームメイトからの信頼につながるのではないか」。そう考え、英語が完璧でなくても自発的に発言するよう心がけました。さらに、得意な3ポイントシュートを磨くため、チームメイトを誘って朝練を重ね、最後の試合では、3本の3ポイントシュートを決めることができました。そのときの達成感は忘れられません。試合後、観戦していた学生が私の名前を呼び「いいプレイだった」「一緒に写真を撮ろう」と声をかけてくれ、チーム内外に自分の存在を認めてもらえたような気がしました。国籍や言葉の壁を越えて、仲間と喜びを分かち合えたことは、かけがえのない一生の思い出です。
ポーランド・コシチェジナでのホームステイ。お世話になった方へ、おにぎりと唐揚げを振る舞った。
日本人はつい、協調性を重視しがちですが、異なる文化や言語の環境では、相手に合わせるだけでなく、言語が完璧でなくても自分から考えや意見を伝えることが、相手との信頼関係を築くうえで大切だと学びました。
また、キャンパス寮では多様な背景を持つ11人の女子学生と共同生活を送り、また長期休暇には、欧州16カ国を一人で旅しました。様々な国の中で、特に印象に残っているのは東側諸国を巡ったことです。街並みには、ホロコーストや、社会主義時代、冷戦など生々しい歴史の名残が残っており、教科書上の知識が立体的な感触として胸に刻まれています。また、安宿で出会う旅人たちと交流する中で、「〇〇人だから」という固定観念を捨て、眼前の「個」と向き合う姿勢が自然と身についた気がします。
そして、サセックス大学で出会った親世代の友人ジュリアンとの出会いも忘れられません。彼は昼間働きながら夜間に大学で物理を学び、自らの本を出す夢を追っています。休日には、第二次世界大戦期の戦争遺構を訪ねたり、ブライトンビーチでテイクアウトしたフィッシュアンドチップスを食べたりしました。そんな何気ない時間こそが、留学生活を豊かに彩ってくれました。
彼は、物理、古典、クラシック音楽、歴史など幅広い教養を持ち、年齢に関係なく自分の興味のあることを学び続けています。その姿を見て、「何歳からでも勉強はやり直せるんだ」と感じました。彼がシェイクスピアの言葉を引いて語ってくれた「The world is your oyster(世界はあなたの思いのままだ/人は何にでもなれる)」というフレーズは、私の心に残っています。
留学中にジュリアンと訪れたDitchling Beacon。ブライトン近郊で最も高い丘陵地として知られる。
ジュリアンをはじめ、年齢や国籍の異なる多くの人々と出会う中で、世の中には本当に多様な生き方があることを実感しました。そして、こうした人たちと話す中で、「自分の人生は一度しかない。だから、自分の好きなことや大切なものを大事にして生きたい」と強く考えるようになりました。
一方で、自分のキャリアを自分で選ぶということは、同時に、その選択に責任を持つことでもあるのだと思います。好きな生き方を選ぶためには、ただ「こう生きたい」と思うだけではなく、自分自身に知識やスキルを身につけ、自分で選択肢をつくることが必要なのだと感じました。
私自身も、周囲に流されるのではなく、「自分は何をしたいのか」「なぜそうしたいのか」という自分軸を持ち、そのために必要な力を身につけながら、自分の生き方を自分で選んでいける人になりたいです。そして、ジュリアンのように、年齢や立場を越えて、お互いの興味や考えを語り合い、刺激を与え合えるような素敵な友人関係を、これからの人生でも紡いでいきたいと思っています。
彫刻のように夢を削り出しながら、グローカル人材へ進み続ける
大学生活や留学を通じて、私の胸に深く響いている言葉があります。それは、令和5年度東京大学学部入学式において、グローバルファンド等で活躍される馬淵俊介氏から送られた祝辞の一節です。
「夢は、待っていれば突然降ってくるものではありません。探し続けて、行動してみて、その中で少しずつ『彫刻』のように形作っていくものだと思います。周りに流されず、自分の興味のままに、探し続けてください」
高校時代に「やりたいことが分からない」と焦り、コンプレックスを抱いていた過去の自分に、「焦らなくても大丈夫。行動を重ねる中で、夢は彫刻のように少しずつ削り出されて形になっていくよ」と温かく伝えてあげたい思いでいっぱいです。
これからの私には、2つの大きな夢があります。 1つ目は、国際的な視野を持ちながら、実際に地域に入り込んで人々の声に耳を傾ける「グローカル人材」になること。 2つ目は、「この人だから任せたい」と信頼される専門性や人間性を身につけ、誰かの課題解決に貢献することです。
直近の挑戦として卒業前に、サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指す「カミーノ巡礼」の旅や、サセックス大学の寮で親友となったインド人と再会を計画しています。「知らないものは、自分から見に行って、聞いてみる」という姿勢を、私はこれからも愚直に貫いていくつもりです。。
後輩の皆さんへのメッセージ
これから留学や国際的な学びに挑戦しようとしている皆さんには、少しでも興味があるなら、ぜひ一歩踏み出してみてほしいと思います。私自身、留学前は「英語で授業についていけるのだろうか」「海外で本当に生活できるのだろうか」と不安に感じていました。これまで、大学へ実家から通学し、ひとり暮らしすらしたことが無かったのですから。でも、実際に飛び込んでみると、うまくいかないことも含めて、一つひとつの経験が自分の視野を広げてくれました。
そして、留学は単に外国語を学ぶための機会ではありません。異なる文化や価値観を持つ人と出会う中で、相手を知るだけでなく、「自分は何を大切にしているのか」「これからどう生きたいのか」を考える機会にもなります。しかも、20代になったばかりのすべてが新鮮に感じられる今の時期に経験できたのは、私の今後の人生にとって、大きな大きな財産です。
もちろん、留学に行けば自動的に何かが変わるわけではありません。大切なのは、情報が溢れる現代社会において、先入観や既存の価値観にとらわれず、様々なことを自分の五感で見聞きしてみること。自分の頭で考える習慣を身につけることです。完璧な準備や立派な理由がなくてもいいと思います。ぜひ自分のワクワクする気持ちを大切にして、まだ知らない世界に飛び込んでみてください。