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Hotta Liesenberg Saito LLP社 新井ケイト氏 × 河合 久 中央大学学長

2022年09月16日

中央大学では、今、世界基準での大学の発展を目指し、グローバル・コンピテンシーの養成とグローバル・プロフェッショナルの育成を全学的に加速させています。文化や人々の生活は多様であるグローバル社会におけるビジネス観や働き方とは? アメリカで仕事をしながら結婚や育児することなど…。本学を卒業後にアメリカ・シアトルに留学し、現在はロサンゼルスに在住し、世界5か国14の拠点をもつHotta Liesenberg Saito LLP社で活躍する新井ケイト氏と中央大学 河合久学長が語り合いました。
【取材日】2022年8月|所属・肩書は取材時のもの

プロフィール

Hotta Liesenberg Saito LLP社 新井 ケイト(あらい・けいと)

1982年千葉県生まれ。千葉市立稲毛高校出身、2005年中央大学商学部会計学科卒業。
卒業後渡米しワシントン州立エバーグリーン大学に留学。2008年Hotta Liesenberg Saito LLP社へ入社。2012年には、同社ロサンゼルス事務所の移転価格チームの立ち上げメンバーの一人となる。現在は、シニアマネージャーとして主に日本企業の米国子会社を中心に移転価格サービスを提供している。
中央大学学長   河合  久(かわい・ひさし)

1958年東京都生まれ。1981年中央大学商学部会計学科卒業。1983年中央大学大学院商学研究科博士前期課程修了。2000年同商学部教授。2011年同商学部長。2019年同国際経営学部長。2021年より現職。日本管理会計学会理事、日本原価計算研究学会常務理事、私立大学連盟常務理事等を歴任。専門は会計情報システム論。
 

やりたいことを追求し、自分の強みを生かし、社会/会社に評価される人材となる

▲Hotta Liesenberg Saito LLP社は1990年にロサンゼルス設立。監査・税務・TSG・移転価格の4つの部門を軸にグローバルに展開しています

※以下、敬称略
河 合:新井さんは中央大学商学部を卒業されて、本学が誇る「グローバル人材」として活躍されています。新井さんが勤務されているHotta Liesenberg Saito LLP社とは、どのような会社ですか。

新 井:Hotta Liesenberg Saito LLP社(以下HLS)は、「監査」「税務」「TSG(トータルサービスグループ)」「移転価格」の4つの分野において、世界各地のグループ法人および提携事務所と連携・協働しながら、グローバルに展開する会計事務所です。1990年にロサンゼルス(以下LA)で設立され、その後、日本、メキシコ、インド、ドイツの計5か国14拠点でサービスを提供しています。
 私は現在、 移転価格サービス部門に所属し、移転価格文書(ローカルファイル)の作成、移転価格ポリシーの作成、APA(事前確認)取得のサポートなど、移転価格コンプライアンスやコンサルティングサービスを行っています。日系企業の多くはアメリカ企業のように低い税率を追求せずに、正しいことをしようとするあまり、必要のない資金の外部流失をしている部分が大きいと感じます。移転価格というと大企業の租税回避と思われがちですが、そういった企業のほとんどはすでに対策が行き届いているため、税務調査では中小企業を狙って移転価格課税をしてくることがよく見られます。移転価格税制は大企業の脱税スキームなどではなく、コンプライアンスであると同時に節税にもなり得るということをクライアントに正しくご理解いただくことが大事だと感じます。

河 合:tax(税)は国によって違うので、御社のような会計事務所へのニーズは高いでしょうね。企業のグローバル化が進み、移転価格税制が注目されていますね。会計事務所の機能のうち、「記帳」はテクニカルですが、「移転価格」はコンサルの要素が出てきます。日本では税理士の法人化が認められたことで、1つの法人に税理士と公認会計士が所属し、それぞれの役割を区分したうえで、税務上のコンサル機能に加えて、独立性と中立性が求められる通常の監査法人と同じようなカテゴリーの仕事を進めながら、ファーム(firm)の価値を高める動きがあります。

新 井:HLS東京事務所も税理士法人と会計士法人が分かれています。アメリカの日系子会社には最近はあまり税務調査が入りませんが、日本はだいたい3年に一度、定期的に税務調査が入ります。クライアントの親会社に調査が入ることで弊社の需要が高まります。日本では調査対応がアメリカより多いですね。日本は社内に専門家を有する企業が多く税務や会計業務において社内完結することが多いのですが、アメリカではアウトソース(外部委託)が基本です。年に1回開催される業界会議が今年ラスベガスで実施され参加した際に、トップリーダーが話していたことの一つとして、「今後は高度なソフトウェアが入ってくるので、現在インターン生や新入社員が行っているような事務的な仕事や細かい仕事の多くが無くなりAI化され、彼らの仕事はAIが吐き出したデータの分析から始まる」と言われたことが印象的でした。

▲オフィスのデスクで

河 合:確かに、会計士などの専門職が簿記を基本とする記帳業務のようなルーティン業務に関わっていくことは、今後ますます少なくなっていきますよね。そのような状況の中で新井さんが「移転価格」を扱う専門職に就いたきっかけは何ですか?
 
新 井:高校生までは英語と数学が得意だったことから公認会計士を目指していました。中央大学商学部に会計に特化したコース(フレックスPlus1コース)があることを知り、「これだ!」と思って入学したのですが、本気で会計を勉強していくうちに、「やりたいことと違うかも」と、何をしたいかわからない時期が続きました。大学卒業時になっても目指す進路が決まらなかったため、やりたいことを追求する猶予期間としてアメリカ人の父の出身地であるワシントン州の大学に留学を決めました。

 エバーグリーン大学はアメリカでも少し変わった大学で、専攻を絞ってそれに向かって勉強するのではなく、複数の分野の授業が合わさったプログラムを通して授業を受けることができる仕組みを採用してます。私は言語学、生物学、ビジネスなど、いわゆる「学部」というものにとらわれずに様々な授業を受講しました。
 2年を経ていざ就職を考えた際、自分の強みであるバイリンガルの特性を生かせる仕事軸で就職活動を開始しました。シアトルは日本人が多いイメージがあるものの、日本語を必要とする求人数が少なかったため、日系企業の多いLAで就職活動を行い、縁があって現在の会計事務所に就職しました。当初は人事・総務として採用されましたが、「中央大学の商学部会計学科卒業」という学歴が評価された部分が大きいと思います。人事・総務を行うにしても会計事務所の業務内容を理解していること、何をやっている会社かを説明できること、この2つがポイントになったと思います。
 その後、「移転価格部門」がLA事務所に新設されることに伴い、「あなた中大の会計(商学部)卒なの? どうして人事・総務をやっているの? 私の下でぜひ働いてほしい」と、現在の上司に引き抜いていただき、今日に至ります。当時は「移転価格」は聞いたこともない分野でしたが、日本語と英語の語学力に加えて、コンサルティングのような業務内容がとてもフィットしました。

河 合:「自分に向いている仕事は何か」、そうやって悩まれている間に、経験を通じて努力されたことが新井さんの今に繋がっていると思います。中央大学商学部の会計教育は、簿記のカリキュラムが充実していることが他大学にはない特徴的な部分で、日本で公認会計士になるためには必要とされるプログラムです。会計に拒絶反応を起こす学生もいますが、会計と法律はビジネスの場で切っても切れない分野ですから、新井さんの周囲の方が中央大学をそのように評価してくださっていることは大変誇らしいと感じます。
 

▲米国、日本、メキシコ、インド、ドイツ5か国14拠点でサービスを提供

河 合:中央大学の海外インターンシップ研修を受け入れてくださり、ありがとうございました。学生研修ではどのようなことをするのですか?
 
新 井:今の学生研修は社会科見学のようなものが多く、またインターン生が必ずしも会計事務所で働くことを望むわけでもないため、会計の話はあまり行わず、女性の立場で、アメリカで結婚して子育てをしながら働くことができる経験をロールモデルの参考にしてもらえるような話をしています。その理由として、学生が1~2週間でインターンシップ生として働くことは難しいと感じます。実際に、留学して何年も英語漬けの生活を送って授業を受けていても、弊社でインターン生として働くには、会計事務所としての専門性が高いことから勤務のハードルが非常に高く難しいと思います。
 
河 合:日本の公認会計士資格を取得して日本の監査法人に就職し、その後、北米への転勤を経験された私の知人は、中央大学の公認会計士試験の現役合格者に対して、「国際社会で働くには必要性があるのだから、卒業までにアメリカに行って英語を勉強する道もある」と、ご自身の経験を踏まえて留学を推奨していました。確かに、公認会計士試験に現役合格する学生は、資格試験に勤勉するあまり英語力を高めるための時間を確保できないケースが多いです。また、実際にアメリカに留学した場合には卒業が遅れるといった不安もあるようですが、いかがですか。
 
新 井:現役時代に資格を取得した場合、日本の会計事務所に就職をして、海外転勤を希望して国際社会で働くことを提案したいですね。国ごとに事情は異なりますが、せっかく就職してもビザの関係で海外に残りたくても残れない現状もあります。HLSは、LA事務所では日本企業の米国現地法人を主なクライアントにしています。一方、東京事務所ではアメリカ企業の日本子会社が主な顧客層です。スタッフは基本的に現地採用していますが、世界的なパンデミック(コロナ)を機に、現在は大半がリモートワークで就業し、世界各地から自分の所属オフィスの仕事を行っています。例えば留学中から卒業後もLA事務所で働いていた日本人スタッフは、ビザの関係で帰国して東京事務所に移籍しましたが、LA事務所の仕事を引き続き行っています。というのも、留学生は卒業後一年間、専攻と関連のある職業につくことができるのですが、その一年が過ぎると雇用主のサポートを通してビザを取得しなければ就労を継続することができなくなります。弊社の場合、H-1Bビザがほとんどなのですが、このビザが抽選のために取得が非常に困難です。留学後は母国へ帰るリモートワークスタイルが今後は増えていくでしょう。また、今後は日本国内だけでなく、海外の学生たちと競っていく必要性があると思います。
今の学生は海外でインターンをする機会を探しているのですか?
 
河 合:個々の学生の動きを全て把握できていないのですが、例えば商学部では、タイの大学と協定したインターンシップ・プログラムを展開しています。本学学生をタイに派遣し、協定大学の経営母体である現地大手企業でインターンシップを行う一方、タイの協定校の学生を中央大学に受け入れてキャンパス内の大学生協や外部の企業・飲食店等でインターンシップを行うという、双方向型のグローバル・インターンシップを実施しています。2週間程度のプログラムですから、長期インターンはなかなか少ないですね。

「今後グローバルで働く学生たちへ」

▲「世界のどこにいても、縁や運命に流されることもある。自分の方向性を持っていればよい」と新井さん

河 合:お育ちが日本で、一念発起されてアメリカに拠点を移し、グローバルに活躍している新井さんから、世界で働く希望を抱く学生たちにアドバイスをいただけますか?

新 井:仕事を考える上では、「自身の性格を理解していること」と「自信」は、非常に重要だと思います。監査部門や税務の業務を選ぶ人は、一定の性格を持っています。私は日本にいた頃は、クラスで発言できないほど自信がなく、また当時はまだ少なかったハーフということで日本社会では縮こまって生きていました。大人になって振り返ると、もっと膨らませて堂々と自分を見せてくればよかったと思います。特に、中央大学の真面目なタイプの学生も当てはまると思いますが、もっと自信を持って世界に社会に飛び出してほしいと思います。また、「広義に知ること」も大事だと思います。今の仕事をしている中で、私は会計が嫌いなわけではなく監査に興味を持てなかったんだと思います。しかし学生時代は、YESかNOしか考えられませんでした。もし当時から会計事務所の業務には移転価格や国際税務等、さまざまな分野があることを知っていれば、視野が広がっていたと思います。


河 合:アメリカで仕事を続けながら結婚や子育てをすることに対して何かアドバイスをいただけますか?

新 井:子育てや結婚については周囲や世間体を気にしてしまいますが、人それぞれ自由で良いと思います。アメリカでも世間体やしがらみもありますし、言わないけどわかっているよねというようなことも当然あります。結局は、世界中のどこにいても、気にせず突き進むことが大事だと思います。HLSに入社した経緯もご縁という部分が大きかったです。結婚や出産、パートナーの勤務地や業務の形態によって自分のキャリアを継続するためのハードル等、縁や運命に流されることはありますが、自分の方向性さえ決まっていればよいと思います。

河 合:子育ては人生の一部ですし、キャリアと別ですよね。アメリカは男性が積極的に子育てに関わっていきますよね。

新 井:それは周囲の環境に依存すると思います。同僚の男性が子育てに参加していれば影響を受けて他の男性従業員も関わり方が変化してくると思います。例えば会社のトップの方が子どもの学校の参観日に参加したり、育児休暇等を取得することで社員のプレッシャーは減少すると思います。

▲左からHLS社 新井ケイト氏、河合久 中央大学学長、HLS社 徳竹 禎氏

河 合:最後に、アメリカのビジネス界の第一線でコンサルに携わっている立場から、いま会計を学んでいる学生たちにアドバイスをお願いできますか?
 
新 井:視野を広げる意味で、年上の方の話をよく聞くことを勧めたいですね。いろいろな方の話を聞くことで自分の引き出しにある Example(例)を増やしていくとよいと思います。人と同じ人生を歩むことはできないけれど、人の良い面を見ていくことが、仕事に生かされます。
 特に、移転価格はさまざまな業界の方と関わりますので、それぞれの業界情報について常にアップデートしておかないといけないことがあります。例えば最近20年以上ぶりに復活された「スーパーファンド化学物品税」というものがあるのですが、私は化学を履修しなかったので知識としては全くわかりませんが、化学物質が編成して生成された新しい物質がAかBかによって税が掛かるか等が仕事に影響する場合があります。視野を広げることは非常に重要だと思います。