「究める」では、大学院に携わる人々や行事についてご紹介しています。「大学院の授業をのぞいてみよう!」の9回目では、総合政策研究科の「開発におけるスポーツ」(小林 勉(こばやし つとむ)教授)の授業の様子をお届けします。
授業概要
開発におけるスポーツについて
本授業は、国際開発の舞台で新たに台頭してきた「開発と平和に向けたスポーツ(Sport for Development and Peace)」プロジェクトの興隆してきた経緯とその具体的な活動内容について把握しながら、開発におけるスポーツの活用可能性に対して政策提案をできるようになることを目標としています。
先進国と途上国の格差是正へ向けた協力活動は先進国側の免れえない責任として顕在化し、そうした格差を是正しようと「経済開発」の方向に加えて、人間的・社会的側面を重視しようとする「社会開発」などが積極的に展開されてきています。社会開発という考え方は、住民参加、貧困対策、女性支援、栄養、保健衛生、教育などのいわゆる社会部門に加え、人権、民主化、環境、人口・家族計画、ODAとNGOの連携、雇用と小規模企業開発など多岐にわたりますが、生産の担い手たる人間の生命的・社会的再生産のための環境を整えることが、21世紀の国際社会に求められてきています。
本授業では、そうした社会開発とスポーツとの接点を探りながら、開発の文脈におけるスポーツの活用可能性について思索を深めていきます。
本日(11月15日)の授業について
今回の講義では、国際開発の場において立ち現れる「みる側」と「みられる側」の関係性から「エコ・ツーリズム」の背後にある先進国中心主義や観光産業の推進に伴う「文化の商品化」という現象について扱いました。オセアニアにあるヴァヌアツという国を事例に、まず観光客がみるヴァヌアツの文化と現地人の本来の生活の間には乖離があることを整理しました。そして、「みられる側」には「文化を演出する」という事象が発生しており、その背景には「グローバル化」という、最貧国として外貨を獲得するために文化を「売り物(商品)」に仕立て上げないといけない状況が浮きぼりとなりました。本事例にあるグローバル化がもたらす「真正な」文化と「観光」としての文化という議論は、観光産業が必ずしも平和産業とは限らないという認識転換の必要性を示唆しています。しかし、何よりも大切なのは、研究者として上記のような事象をこの目で見るために現地に長く滞在し、生活を共にして信頼を得て「ラポール」を形成することであると言えます。本授業からは、「みる側」と「みられる側」の真の関係性は、現場に行き、人と出会うことでしか見られないということを学ぶことができました。
(博士前期課程 大川 航生さん)
履修者の声
本日の授業はいかがでしたか
本日の授業では、「みる側」と「みられる側」という視点を通じて、観光における文化の商品化やグローバリゼーションが地域社会に与える影響について勉強しました。ヴァヌアツの事例を通じて、文化がどのように観光客向けに「演出」されるのか、その背景にある社会経済的要因について学びました。特に、観光のために演出された文化が「真正性」として受け入れられてしまう現象の複雑さを改めて感じました。授業内でのディスカッションを通じて、多様な意見を聞けたことで、新たな視点を得ることができ、とても印象に残っています。
(博士前期課程 楊 其超さん)
本日の授業は、開発における眼差し見る側と満たられる側というメインテーマのもと、発展途上国のリアルな現場を双方向授業を通じ、自分がどう思うか、正解のない問題提起にどう向き合うかを深く考える授業でした。自分たちがよく見ているメディアに映る像とリアルな現場には差異があり、なぜその差異は起きてしまっているのか、実際にメディアに映る像も一例ではあるが、なぜこのような映し出しになってしまっているのかの裏側の部分を知る授業だったと思います。
(博士前期課程 畑中 龍河さん)
この授業(開発におけるスポーツ)を通じてどのような学びや発見が得られますか
この授業を通じて、観光が地域経済を支える一方で、文化の本質を変容させる可能性について深く理解しました。また、観光客が期待する「伝統文化」と地域住民が日常生活で実践する文化のギャップについても考えさせられました。同時に、現代社会の多くの問題を解決するには、多角的な視点と複数の学問分野の連携が必要であることを改めて実感しました。このことは、総合政策学科の必要性と重要性をより強く認識させてくれました。
(博士前期課程 楊 其超さん)
実際にバヌアツという発展途上国の現場を具体的に見たり、国単位だけでなく、現地に住む人単位の粒度まで細かく見ることによって事象の裏側にある事情を知ることができました。メディアに映る発展途上国などの観光が「見えざる輸出品」となっている理由を考えることでバヌアツの例意外の他の政策を考える時にも応用できるような見る側と見られる側、自分たちがその政策を仕掛ける側の目線がどうであるか、逆に仕掛けられる側にはどう映るのか両者の気持ちを深く考えるということが学べました。
(博士前期課程 畑中 龍河さん)
この授業を通じて得られる学びや発見とご自身の研究や将来とのつながりを教えてください
私の研究テーマは、移民経済が現地の文化的要因にどのように影響を受けるかを探ることです。今回の授業で学んだ観光の視点や「文化の商品化」に関する知識は、研究の進展に非常に役立ちました。特に、研究課題のアプローチ方法に新たな示唆を与えてくれました。移民の元々の文化的背景に焦点を当てるだけでなく、現地の文化や制度が移民の行動にどのような影響を与えるのかについても、より多くの理解が必要であることを認識しました。これにより、新たな研究視点と考え方を得ることができました。
(博士前期課程 楊 其超さん)
私の研究は人々のインサイトに基づくものを起点としており、具体的には運動が苦手な人にスポーツの力が届けられていない現状をどう打開していくべきなのかに基づくものです。研究を進める上でこのインサイトを大切にしていきたいと考えていますが、スポーツの力を享受するものの気持ちを考えず都合のいいようにこのインサイトを不意に変化させてしまうこともあります。そこで授業で学べた両者の気持ちを深く考えることができれば、そのインサイトを享受する人との差異を少なく、精度の高い研究を実現できると考えています。
(博士前期課程 畑中 龍河さん)
学部と比べた際の大学院での授業の特徴を教えてください
大学院の授業では、より専門的なテーマを深く掘り下げ、理論だけでなく実際の事例に基づいた議論が展開される点が特徴的です。また、少人数制の授業であるため、先生やクラスメートと直接意見交換する機会が多く、自分の考えをさらに深める良い機会となっています。自分自身が授業内容に積極的に関与し、研究や将来に直結する成果を得ることが求められる点も大学院の特徴だと感じました。学部では知識のインプットが中心でしたが、大学院ではそれを基に議論し、新しい視点を発見するプロセスが強調されている点が非常に魅力的だと感じています。
(博士前期課程 楊 其超さん)
一つは双方向で自分のペースで飲み込める、じっくり考え込むというタームが組み込まれていることです。学部時代の授業は座学や知識のインプットが多く、理由を考える時間はあっても1人で完結し、煮え切らないような授業を僕は受けていました。しかし、大学院の授業ではその理由を考えることだけでなく、じっくり考えて出てきた回答を教授にぶつけ、お互いに正解はなんだろうねを深められる時間があるのは高い専門性を持った教授から教われる大学院ならではのものであると考えています。
(博士前期課程 畑中 龍河さん)
担当教員からのコメント
現代社会において、スポーツは開発や地域活性化の手段として広く利用されています。しかし、エコ・ツーリズムと同様に、スポーツイベントや施設開発が外部からの価値観や需要に影響を受けると、地域特有のローカリティが犠牲になる危険性があります。特に、地域の伝統的なスポーツ実践のありようが国際的な競技やイベントに適応する形で
変化を迫られる場合、スポーツそのものが地域文化の文脈から切り離される恐れがあります。また、観光客向けのスポーツ体験が商業化されることで、地元住民がそのスポーツにアクセスできなくなる事例も存在します。このような状況は、スポーツが地域社会に与える本来の恩恵を損ね、経済的利益を追求する一部の層に偏る可能性を生じさせま
す。「スポーツと開発」を検討する上において、これらの課題に向き合い、地域の主体性を尊重した持続可能なアプローチを検討することで、スポーツが地域社会に長期的かつポジティブなインパクトをもたらす未来を築くことができる素地を構築する可能性が生まれてくるように思います。
(小林 勉教授)