大学院

SPRINGスカラシップ研究学生による中間報告会を開催しました

中央大学は、2024年度より「次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)*」に採択されました。これを受け、本学では「イノベーションの展開に貢献する人材養成の博士後期課程プログラム(D-CPRA: Chuo Promotion for Research Activities in Doctoral Courses)」を立ち上げ、現在、本プログラムの採択者(以下、SPRINGスカラシップ研究学生)に対して、海外留学・海外派遣研究、キャリアパス開発等の様々なコンテンツを提供しています。

*SPRINGは、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が大学院博士後期課程学生を支援する事業で、既存の枠組みにとらわれない自由で挑戦的・融合的な研究を支援し、生活費相当額(年間240万円)および研究費(年間25万円)を支給することで、学生が研究に専念できる環境を複数年度に渡り安定的・継続的に整備し、多様なキャリアパスで活躍できる博士人材を育成するものです。

この度、11月1日に多摩キャンパスにて、SPRINGスカラシップ研究学生による中間報告会が開催されました。当日は、SPRINGスカラシップ研究学生として選抜されてから現在までの研究進捗・成果の発表と質疑応答が行われ、自身を研究を他者に伝えるとともに、他分野/多分野の最先端の研究に触れる貴重な機会となりました。

また、この秋には海外研修支援制度に5名の学生を採用しました。本制度は、自らが研修プログラムを立案し、海外研修や海外留学を希望するSPRINGスカラシップ研究学生に対して、渡航費等を支援する制度です。海外で自身の専攻分野の研究を深め、現地研究者と交流するだけではなく、これを機会に既存の研究領域を超えて、挑戦的・融合的な研究に取り組む姿勢や新たなトランスファラブルスキルが得られることを期待しています。

SPRINGスカラシップ研究学生の研究題目

※後段の『学生の声』で研究活動の紹介があります。専攻名は、そちらをご参照ください。 

氏名 研究科 研究題目
朴 シウン 法学研究科 知識集約型公的機関としての文化施設におけるデジタル化の役割:日伊韓の支援政策の国際比較
遠藤 久宜 法学研究科 超高齢社会における「他者決定システム」の構築
郭 訳臨 経済学研究科 既婚女性の労働参加が家計貯蓄行動に与える影響:日本と中国の比較研究
王 子寧 商学研究科 昆虫食の開発・導入・プロモーションにおけるマーケティング諸問題
髙橋 優太 理工学研究科 高次元射影多様体上のUlrich束の数値的特徴づけに関する研究
榎本 容太 理工学研究科 地滑り津波のメカニズムの解明と沿岸部のハザード評価
徳田 達彦 理工学研究科 非地震性津波のリスク評価と適応策の提案
藤本 寛生 理工学研究科 気候変動下における土砂災害リスクの定量化に向けた衛星雨量データの開発と応用
藤澤 隼矢 理工学研究科 動物用人工血漿となるポリオキサゾリン結合アルブミンの開発
大島 悠 理工学研究科 大きな共変量シフトに対応可能なドメイン不変表現学習法の開発と実データへの応用
小島 太陽 理工学研究科 共感の計測によるハラスメントの未然防止技術
倉野 靖之 文学研究科 近現代パレスチナにおける政治活動と治安維持政策
橋口 龍也 文学研究科 19世紀ロンドンとテムズ川の改良——河川の維持・管理とその社会的・文化的影響
中尾 友香 文学研究科 地域の公民館における女性たちの学習活動に関する研究

 

SPRINGスカラシップ研究学生の声

D-CPRA採択からのご自身の研究活動について、お答えいただきました。

朴 シウンさん(法学研究科 政治学専攻)

本研究は、知識集約型公的機関としての文化施設におけるデジタル化の役割を、日・伊・韓の支援政策を通じて国際比較することを目的としています。知識集約型公的機関(Knowledge-Intensive Public Organisations, KIPOs)は、知識を基盤とした公共サービスを提供する機関であり、デジタル化はこれらの施設が知識や公共サービスへのアクセスを向上させるための手段として注目されています。本研究では、文化施設におけるデジタル化が、知識創造およびその活用にどのように寄与するかを研究しています。
D-CPRAの採択後、まず韓国が2005年度から実施している博物館のデジタル化促進に関する国家政策の傾向を分析し、次に日本・韓国・イタリアの近年の国家戦略や博物館政策を取り巻くガバナンスの相違について、政策文献調査を通じて明らかにしました。そして、これらの研究成果をもとに、ハンガリーとスウェーデンで開催された国際学会(CEEeGovDays、EIASM Public Sector)にて口頭発表を行い、各国の研究者から貴重なフィードバックを得ました。今後もD-CPRAの継続的な支援のもと、研究を一層発展させていく予定です。

遠藤 久宜さん(法学研究科 民事法専攻)

日本は、令和5年10月時点での統計によれば、65歳以上人口の割合が約29.1%にまで達しており、「超高齢社会」に位置づけられます。このような社会的状況の中で、高齢者も不便なく生活していける社会づくりが、喫緊の課題となっています。この課題を解決する1つの方法として、「他者決定システム」の構築を位置づけることができます。すなわち、「他者」が、判断能力の減退した本人のために、法律に関係する行為(典型的には、契約)をして、本人が法的利益を受けることができるようにする仕組みを充実させることが必要となります。
しかし、現在の日本の法制度は、判断能力が十分な人々を念頭に置いて制度設計され、またそのように解釈されてきたため、「他者」が権利を濫用し、判断能力が減退した人々の保護が充たされないケースが、多々見られます。
そこで、本研究では、個々人の能力に関係なく安心して法的生活を行えるような社会づくりを目指して、法律の解釈や制度設計を行います。D-CPRA採択後は、成年者のための医療同意の代諾に関する法律について、ドイツ法からヒントを得つつ考察しました。

郭 訳臨さん(経済学研究科 経済学専攻)

私は日中の架け橋として国際社会に貢献できる研究者になることが夢です。そして、唐成教授との出会いにより、日本と中国の家計金融行動の変化、特に家計貯蓄動向に強い関心を持ちました。
D-CPRAの研究内容は、日本と中国の既婚女性の労働参加は家計貯蓄率にどのような影響を及ぼしているかについて、日中家計貯蓄行動を体系的に比較分析することです。中間報告会まで、データクリーニング、記述統計、仮説検証、頑健性検定、及び異質性検定を行いました。D-CPRAの支援をいただいたおかげで、研究に専念することができました。また、多くの先生方が心を込めて企画いただいたD-CPRAプログラムを通じて、他分野の学生たちと交流を深める機会が増え、経済学以外の視点からのヒントを得ることもできました。心より深く感謝しております。これから、国際社会に自分の価値を還元できるように、皆さまと切磋琢磨しながら一層自己研鑽に励んで参ります。

王 子寧さん(商学研究科 商学専攻)

D-CPRA採択以来、私の研究活動は「昆虫食の開発・導入・プロモーションにおけるマーケティング諸問題」をテーマに進めてきました。つまり、どんな昆虫食を開発すべきか、昆虫食を導入したら既存の製品やブランドイメージにどう影響するか、昆虫食受容をいかに高めるかという3つの課題を中心に研究しています。
研究成果に関して、採択以来、4本の論文を作成しました。第1の論文では、小売環境における昆虫食の「汚染効果」を明らかにし、第2の論文では、日本の消費者が国内産の昆虫食を中国産よりも好意的に評価する「原産国効果」を検討しました。また、第3の論文では、価格が消費者の品質評価と購買選択に与える影響を調査し、第4の論文では、昆虫成分が快楽的食品の受容を大きく阻害することを示しました。今後は、これらの成果を基に、さらなる価格設定や消費者受容の向上に向けた追加研究を進める予定です。

髙橋 優太さん(理工学研究科 数学専攻)

私は主に代数幾何学という分野を研究しています。代数幾何学とは、いくつかの多項式が零となる点の集まりで定義される“代数多様体”と呼ばれる対象を研究します。高校生までの数学で学ぶ直線や放物線、また円や楕円なども多項式の零点の集まりとして考えられるので“代数多様体”の例として挙げられます。私はその中でも代数多様体の不変量の構成や、数値的特徴づけの際に必要不可欠なベクトル束と呼ばれる対象について研究しています。題目にあるように、本研究では、一番基本的な代数多様体である射影空間P^n上のUlrich束の存在性について調べています。特に一般的に高次元に部類される4次元射影空間P^4上に限り調べています。D-CPRA採択から現在までは上記Ulrich束の存在性の議論を有用な先行研究が多くあるinstanton束と呼ばれるベクトル束の議論に帰着させるために2つのベクトル束の関係の記述について、一部結果を得ました。

榎本 容太さん(理工学研究科 都市人間環境学専攻)

私は海底地滑りのメカニズムの解明と沿岸部のハザード評価というタイトルで、D-CPRAに採択されました。採択後、開発を進めていた数値解析モデルの構築を主に行って参りました。数値解析モデルの構築にあたって、海底地滑りに適用できるモデルの作成には私の専攻する海岸工学の知見に加え、地盤工学の知見も必要不可欠でした。そこで地盤工学の専門家に助言を頂きながら開発に取り組みました。モデルの開発中、海岸工学の考え方と地盤工学の考え方の相違に苦労し、特に流体領域と地盤領域の境界部分の取り扱いが難しく、分野横断的な課題に取り組むことの難しさを実感しました。まだ最適化や改良の途中ではあるものの、モデルの開発には成功し、その成果を2件の国際学会で発表しました。その発表では、好意的な意見を頂くことができ、今後の進展を期待されているように感じました。今後も日々精進したいと思っております。

徳田 達彦さん(理工学研究科 都市人間環境学専攻)

私は現在、トンガで発生した海底火山噴火による津波とその浸水被害について研究しています。2022年1月の噴火は津波を引き起こし、トンガをはじめとする太平洋諸国で大規模な浸水被害をもたらしました。特に沿岸地域では広範囲にわたり家屋やインフラが浸水し、住民の生活に深刻な影響を与えました。この研究の目的は、海底火山噴火が引き起こす津波のメカニズムを解明し、浸水被害の範囲や影響を予測することです。
具体的には、津波の波高や到達時間を予測するために、海面変動データや津波伝播モデルを用いています。また、浸水被害がどのように広がるかを解析し、早期警戒システムや防災対策の改善に貢献できる知見を得ることを目指しています。
この奨学金を通じて、研究に必要なデータや資料にアクセスでき、活動を進めるための重要な支援をいただいています。将来的には、津波や火山災害に対する予測技術や対策に貢献できる成果をあげたいと考えています。

藤本 寛生さん(理工学研究科 都市人間環境学専攻)

D-CPRAに採択されてから、私は4回の学会に参加し、そのうち2回は国際学会に出席しました。これらの学会では、修士課程から取り組んでいる東南アジアにおける衛星降雨データの作成に関する研究を発表し、特に国際学会では、データ校正や他地域への応用に関する具体的なフィードバックを海外の研究者から受けることができました。D-CPRAに採択されたことで、学内外の博士課程の学生や研究者との交流が進み、視野が大いに広がり、これまで以上に多様な視点から研究にアプローチできるようになりました。また、奨学金の支援により、金銭的な不安が軽減され、研究に集中できる環境が整いました。自身の研究予算があることで、これまで参加が難しかった学会や研究会にも積極的に参加できるようになり、新たな知見やネットワークを構築できました。今後もD-CPRAの支援を活かし、国際的な学術交流を深め、研究をさらに発展させていくことを目指しています。

藤澤 隼矢さん(理工学研究科 応用化学専攻)

私は動物用人工血液の開発を進めています。日本は犬猫飼育頭数1591万頭を超えるペット大国であり、動物医療に対する需要も年々高まり続けています。しかし、輸血治療に関しては、原料血液の入手が困難であるため、十分な体制は整っていません。そこで私は大量に入手可能なブタの血液から取り出したアルブミン(タンパク質)に合成高分子(ポリオキサゾリン)を結合するという独自の着想でイヌ・ネコ用の人工血漿を開発しました。D-CPRAに採択されて以降、ラットを用いた動物実験から、本製剤の有効性(出血ショック状態の蘇生液としての薬効)を明らかにしました(実験は共同研究先の埼玉医科大学総合医療センターで実施)。本研究の推進には、理工学の研究者のみならず、薬学・医学・獣医学の専門家と密接に協力する必要があり、私自身、分野横断的な知識の獲得と技術の養成に日々尽力しています。人工血液の一日も早い実現を目指し、今後も研究に邁進する所存です。

大島 悠さん(理工学研究科 ビジネスデータサイエンス専攻)

採択後は研究活動の(1)時間的余裕(2)学術的ネットワーキング(3)気持ちに変化が生まれました。D3の1年を研究活動に専念でき、後述する研究成果に直結しました。またD-CPRA関連のイベントで他分野の学生と交流し自身の研究活動を多角的に見直すことができました。最後に、採択したからにはその期待に応えたいという強い気持ちが生まれました。
採択後の研究成果は、①人工知能学会論文誌への論文採択②ICLR2025への論文投稿です。後者はAI分野で注目されている教師なしドメイン適応(ラベルありデータとラベルなしデータの分布シフトを対処しながらAIモデルを構築する技術)分野において難しいとみなされていた問題の解決を実現しました。
今後の意気込みとしては、何より11月・12月に行われる博士学位の審査に尽力したいです。博士学位の取得後は自身が理想とする研究者になること、さらに日本の研究コミュニティの発展にも貢献したいです。
 

小島 太陽さん(理工学研究科 ビジネスデータサイエンス専攻)

D-CPRAに博士後期課程1年生で採択していただいた私は、まず始めに文献調査によって研究方針を定めることに努めました。私の研究は、ハラスメント予防技術の開発が目標です。今日においてハラスメントに関する定義や規制は多い一方、ハラスメントの予防を実践できる人々が少ないことが課題となっています。私は、ハラスメントをネガティブなコミュニケーションがきっかけで発生すると考えました。そこで、目標達成に向けて、コミュニケーション中における人々の共感を生体信号から評価する方法について先行研究のリサーチを行いました。その結果、共感の高さは、生体信号の同期(相関)の時間変化量に関係することが明らかになりました。しかし課題として、生体信号の同期の種類が多様に存在すること、およびその同期を評価するための計測方法が複数必要であることが明らかになりました。今後の研究では、これらの課題に応える共感の評価方法を提案し、実験を通じて有効性を検証していきます。

倉野 靖之さん(文学研究科 東洋史学専攻)

私はパレスチナの近現代史、特に、イギリスがパレスチナを統治していた委任統治期(1922-1948年)と呼ばれる時代の歴史を専門にしています。もともとの問題関心は、異なる「世界」観や政治的目標を有していたイギリスとアラブ人の双方が、いかに互いを牽制し、時に妥協点を探りながら、対立していたのかを解明することにあります。現在はイギリスだけでなく、フランスや日本の植民地にも視野を広げて研究を進めています。
D-CPRA採択以降、さまざまな面で余裕がうまれ、これまで以上に研究に集中できる環境を得られたと感じています。今後は、中東における研究調査活動を実施することで、イギリス公文書やアラビア語定期刊行物などの委任統治期に作成された紙の資料だけでなく、現代を生きるパレスチナ人への聞き取り調査による口承資料の収集を行います。それにより、パレスチナの歴史を過去と現在の双方の視点から多角的に捉えていきたいと考えています。

橋口 龍也さん(文学研究科 西洋史学専攻)

私の研究領域はイギリス近代史、なかでも19世紀ロンドンの都市史です。ロンドンにはテムズ川という川が流れていますが、19世紀には著しい水質汚染に見舞われていました。私の関心は、この時代にテムズ川の改良と管理がどのように行われたのか、それがロンドンという都市全体にどのような影響を及ぼしたのか、という点にあります。
現在はロンドンに滞在して、19世紀に書かれた議事録や都市計画の図面を文書館で読み進めています。議事録は手書きですが、どうも書記が几帳面な人物だったのか、非常に読みやすい筆記体で書かれていて読解がスムーズに進みました。また、フィールドワークとして、テムズ川沿いに設置されたモニュメントの調査も行っています。文字史料を読むだけではなく、実際に現地を自分の足で歩いて見てみると、多くの新たな発見がありました。引き続きの研究調査を通して、テムズ川を軸にロンドンという大都市の歴史を新たな視点から描きたいと思います。

中尾 友香さん(文学研究科 教育学専攻)

私は、都市化・個人化社会の中で、多様な人々が、どのように同じ場で共に学ぶことができるのか、また、公的教育機関はその場をどのように整備するのが良いのかを研究しています。特に、発した声の重みが男性と同等には扱われて来なかった成人女性の学習の場を研究しています。
D-CPRAに採択されてから、私は大きく分けて3つの研究を進めてきました。
一つ目が、学習講座の分析です。1970年代から2000年代までの都市近郊にある一公民館で行われた学習講座の内容分析を行いました。これにより、自身の生活や子育てというケアの中にある女性たちに対して、これまでの学習環境整備の状況を明らかにすることができました。
二つ目に、公民館を長期的に利用した女性たちが、活動を通じて、個人の能力獲得にとどまらず、他者との関係性の中で学んでいったことを示しました。
三つ目に、公民館での実際の学習講座で行われている学びに注目をして、現在調査してます。これらを今回発表会でご報告しました。

※掲載内容は、2024年11月時点のものです。