中央大学について
白門の由来
白門(はくもん)は、中央大学を象徴する呼び名として長く愛されてきました。白門の由来とその現在について紹介します。
中央大学に白門という言葉が初めて登場するのは1928年のことです。この時に定められた学生歌の一節に「聴け白門の暁を、聴堂に鐘鳴り出ずる」とあり、そこから慣用的に使われていったと言われています。作詞した大久保次夫氏によると、本学の白い徽章と他大学で使われていた「門」を組み合わせた表現が白門だとされています。つまり、白門とは「白い徽章を同じくする中央大学の同門」を指す言葉、本学の精神的な結びつきを象徴する呼び名なのです。
その後、白門は次第に本学で浸透していきます。1929年の『中央大学新聞』第3号には「白門の使命をして万国的にいやが上に重からしむべく努められよ」、同時期に応援団が作った応援の小旗には「潔白を示す白でCHUOと染めた」とあり、また、同窓会が白門会と名付けられるのもこの時期です。
戦後になり、白門は公式に使われるようになっていきます。1949年の通信教育部の機関誌は『白門』と名付けられ、1950年に作られた校歌「草のみどり」にも「草のみどりに風薫る 丘に目映き白門を」と登場し、1957年からは大学祭を「白門祭」と改称しました。この頃から、一般にも本学の呼び名として白門が定着していきます。
1958年には駿河台校舎の正門に白い門が設置され、これまで存在しなかった実際の門としての白門ができました。

しかし、本学は1978年に多摩キャンパスに移転することになり、設置された白門は新しいキャンパスには引き継がれませんでした。
多摩キャンパス移転後の1985年、桜広場に創立100周年記念のオブジェが建設されます。駿河台校舎の歴史を伝える建材を使用したもので、南門、大学門標(近藤雪竹書写)、2号館玄関部分、講堂玄関ホール床模様、図書館玄関階段親柱、南門廻り鋪石が移築されました。これが、現在の撮影スポットとして人気を集める「創立100周年記念ステージ」です。

本学は2025年に創立140周年を迎え、創立100周年を記念して建設されたステージも、多摩キャンパスとともに40年の時を刻むことになりました。その間には、たくさんの学生や学員が桜の花見や白門祭などのイベントで、記念ステージとともに過ごしています。
白門とは、本学の精神的な結びつきを象徴する呼称です。40年の時を多摩キャンパスとともに過ごしてきた象徴的な建造物である創立100周年記念ステージを、カッコつきの「多摩キャンパスの白門」と位置付けていくことも良いのではないでしょうか。
