広報・広聴活動
「水の同位体」を用いて地球の水循環を精密に可視化 ――国際モデル比較プロジェクト WisoMIP による世界初の標準化解析――
2026年02月12日
本プレスリリースは、東京大学、千葉大学、中央大学、気象庁気象研究所との共同発表です。
発表のポイント
◆気候変動研究の課題の一つとして地球規模での水循環の解明があり、「水の同位体」を指標に大気中の水循環を探る気候モデルが、世界中で複数開発されてきた。
◆各モデルの開発者と連携した大型国際プロジェクトを進め、世界で初めて、同一条件で8つの気候モデルの比較に成功した。その結果、個々のモデルよりも複数のモデルの平均が観測と最もよく一致することが判明した。
◆本成果は、地球の水循環過程の理解を深化させ、気候変動予測・古気候復元・衛星観測の高度化のための基盤データとしての活用が期待される。
8つの水同位体気候モデルによる降水中の酸素同位体比(δ18O;左)とそのばらつき(右)
概要
東京大学生産技術研究所の芳村 圭 教授、奉協力研究員、コクワン特任助教、千葉大学環境リモートセンシング研究センターの岡崎淳史准教授、中央大学の李一帆助教、気象庁気象研究所の田上雅浩主任研究員らが参画する国際研究チームは、地球上の水循環を追跡可能な「水の同位体」(注1)を組み込んだ気候モデル(注2)を用いて、10年以上前に行われたモデル間比較研究よりも規模が格段に拡大した国際モデル比較プロジェクト WisoMIP を実施しました。水の同位体とは、地球上の全ての水に僅かに含まれる「見えない水の色」のようなものであり、過去の気候変動の原因解明や将来予測の高精度化のための最重要の手がかりのひとつです。本研究では、8つの水同位体気候モデルを同一の再解析データ(ERA5)による風の場で駆動し、地球大気に存在する水同位体比の3次元空間分布の、1979年から2023年までの日々の変遷の様子を再現しました。その結果、単一モデルでは再現が難しかった全球的な水同位体分布が、マルチモデル平均によって高精度に観測と一致することが明らかになりました(図1)。本成果は、地球水循環過程の理解を深化させるとともに、気候変動予測・古気候復元・衛星観測の高度化に資する基盤データとしての活用が期待されます。
図1: 8つの水同位体気候モデル(星以外の記号)による気温・降水量・降水同位体比(δ18O・D-excess)の再現性評価。黒い星はモデル平均値を示し、他の色の星は別の同位体情報を持たない再解析データのことを示す。下の方にある赤いObservationという点に近いほど再現精度が高い。
発表者コメント:芳村 圭教授の「もしかする未来」
この研究は、自然がもたらす水循環の足跡とも言える水同位体を、地球水循環過程や気候変動の理解や予測に、もっと利用したいという思いから始まりました。世界中で同時多発的に開発されてきた「水同位体気候モデル」を、初めて統一条件で比較できたことに大きな意義があります。この分野の研究を20年以上続けてきた芳村研には、今回使われたモデル8つのうち4つと、それらを扱える強力無比の人材が育っていました。さらに、世界中の共同研究ネットワークの惜しみない協力により、今回の大規模な相互比較と包括的な検証が可能になりました。今後はこのデータ基盤を用いて、同位体という形で自然が残した「水の足跡」から水循環と気候変動のメカニズムをより詳細に解明していきたいと考えています。
発表内容
研究の背景
将来気候を高い精度で予測することは、人類が今後どのように生きていくかを見通すために極めて重要です。そのため、世界中で「気候モデル」が開発され、予測精度の向上のために世界中の研究者が日々取り組んでいます。水は、人間にとって重要なだけでなく、気候形成にも深く関わっているため、水循環の詳細を理解することは極めて重要です。問題は、地球上で水はありふれた物質であり、どんな水も一見同じであるため、その複雑な循環過程を解きほぐすことが難しい点です。もし水に、場所や時間によって識別できる違いがあれば、循環の様子を知る一助になります。
「水の同位体」とは、いわば自然に備わっている「見えない水の色」とも言えるものです。正確には、水素や酸素の重い同位体である2H(重水素)や18Oを含む水分子のことを指します。大半の水分子は1Hと16Oで構成されていて、1Hに対して2Hの個数は0.016%、16Oに対して18Oの個数は 0.2%ほどしか存在しませんが、どんな水にも必ず含まれています。蒸発や凝結といった水の相変化が生じる際に、気体側よりも液体側に、液体側よりも固体側に重い同位体をもつ水分子がより多く分けられるという特徴(同位体分別)を持つため、相変化を繰り返しながら絶えず移動している地球上の水の循環過程の指標として古くから利用されてきました。
そうした背景のもと、気候モデルに水同位体を加えるという取り組みが20世紀の終わり頃から行われてきました。2004年には、4つの「水同位体気候モデル」を比較する初めての試みSWING(Stable Water Isotope Intercomparison Group)が行われ、2014年にはモデル数を7つに増やした試みSWING2が実施されました(図2)。ただし、当時はモデルごとに用いる境界条件や再解析データが異なるため、結果の違いが大気循環の差によるものなのか、モデル物理の差によるものなのかを切り分けることが困難でした。
図2:水同位体気候モデル相互比較研究枠組みの変遷。
研究内容・結果
本研究では、この課題を克服するため、改良した8つの水同位体気候モデルを用いて、同一の最新再解析データ(ERA5;観測とモデルを融合した、現在最も信頼性の高い全球大気データ)で全球大気の風の三次元構造を拘束し、海面水温・海氷分布も共通化するという世界で初めての標準実験を実施しました。これにより、大気循環の影響を統制した上で、水同位体の生成・輸送・降水過程におけるモデル差を直接比較することが可能になりました。
解析の結果、ひとつひとつのモデルでは地域ごとに偏りが見られるものの、それらを統合したマルチモデル平均を取ることで、降水・水蒸気・雪における同位体分布が地上観測や衛星観測と非常によく一致することが示されました(図1)。また、近年の温暖化やエルニーニョなどの気候変動モードに対する同位体応答も定量化され、水循環変化の物理的理解を深める成果が得られました。
現代は、質量分析計や赤外分光計を用いることで、降水はもちろん水蒸気の同位体比も実際に測定可能です。また、水の同位体比は、南極の氷やサンゴ、年輪を構成する樹木セルロースなど、雨を原料とする様々な物質に転写され、何万年間もの期間の情報が自然に残されています。水同位体という、水の循環や混合によって変化する「水の色」を気候モデルに組み込むことで、地球上の水の流れの詳細がより深く理解できるようになるだけでなく、人類による観測記録以前の気候変動のメカニズムの理解がより進みます。そのような理解の深化は、将来の気候変化の精度向上にも役立ちます。つまり、本研究で構築されたWisoMIPデータセットは、今後の気候モデル改良、古気候復元研究、さらには将来予測の不確実性低減に向けた国際的な基盤としての活用が期待されます。
〇関連情報:
「プレスリリース①宇宙から観測した「重い水蒸気」で天気予報を変える」(2021/9/14)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/3652/
「プレスリリース②令和2年7月熊本豪雨をもたらした水蒸気の起源と履歴を解明~降水の同位体比から紐解く「線状降水帯」の新しい描像~(発表主体:九州大学)」(2023/3/10)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/4147/
「プレスリリース③大気の水循環を追跡する高解像度シミュレーション ―次世代の水同位体・大気大循環モデルの開発―(発表主体:国立環境研究所)」(2023/12/7)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/4382/
「プレスリリース④全球海洋モデルにより福島第一原発から放出される トリチウムの濃度分布を予測――放出計画をもとにした最新シミュレーション結果――」(2025/7/2)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/4809/
発表者・研究者等情報
東京大学生産技術研究所
芳村 圭 教授
奉 夏暎 協力研究員(兼:NASA GISS PDフェロー)
コクワン アレクサンドル (CAUQUOIN Alexandre) 特任助教
千葉大学環境リモートセンシング研究センター
岡崎 淳史 准教授
中央大学
李 一帆 助教
気象庁気象研究所
田上 雅浩 主任研究官
ベルゲン大学ビヤークネス気候研究センター
スティーンラーセン ハンスクリスチャン 教授
論文情報
雑誌名: Journal of Geophysical Research: Atmospheres
題名:Water Isotope Model Intercomparison Project (WisoMIP): Present-day Climate
著者名:Hayoung Bong*, Allegra N. LeGrande, Sylvia Dee, Jiang Zhu, Alexandre Cauquoin, Richard P. Fiorella, Qinghua Ding, Niels Dutrievoz, Masahiro Tanoue, Michelle Frazer, Mampi Sarkar, Cécile Agosta, Kei Yoshimura, Martin Werner, Atsushi Okazaki,
Camille Risi, Hans Christian Steen-Larsen, Mathieu Casado, Sonja Wahl, Jesse Nusbaumer, John Worden, Stephen Good, Adriana Bailey, Matthias Schneider, Stefan Noël,
Soumyajit Mandal, Kevin Bowman, Yifan Li, Gavin A. Schmidt
DOI:10.1029/2025JD044985
研究助成
本研究は、JSPS補助金21H05002および22H04938、文部科学省SENTANプログラム(補助金JPMXD0722680395)、ERCA S-20(補助金JPMEERF21S12020)、北極域研究加速プロジェクト(ArCS III、JPMXD1720251001)、JST補助金JPMJSC22E4およびJPMJMI24I1の支援を受けました。
用語解説
(注1)水の同位体
水素や酸素の重い同位体である2H(重水素)や18Oを含む水分子のこと。蒸発や凝結といった水の相変化が生じる際に、気体側よりも液体側に、液体側よりも固体側に重い同位体をもつ水分子がより多く分けられるという特徴(同位体分別)により、相変化を伴う地球上の水の循環過程の指標となる。
(注2)気候モデル
地球全体の大気・海洋・陸面・雪氷圏の状態とそれらの相互作用を、力学・熱力学・放射などの物理法則に基づいて数値的に表現したコンピュータプログラム。観測データで検証しながら、過去の気候変動の理解や、温室効果ガスや土地利用変化を仮定した将来予測に用いられている。物理過程や表現方法の違いにより、世界では数十種類の気候モデルが開発されている。
問合せ先
<研究内容について>
東京大学生産技術研究所
教授 芳村 圭(よしむら けい)
Tel:04-7136-6965 E-mail:kei[アット]iis.u-tokyo.ac.jp
<機関窓口>
東京大学生産技術研究所 広報室
Tel:03-5452-6738 E-mail:pro[アット]iis.u-tokyo.ac.jp
千葉大学 広報室
Tel:043-290-2018 E-mail:koho-press[アット]chiba-u.jp
中央大学 研究支援室
Tel:03-3817-7423または1675 Fax: 03-3817-1677 E-mail: kkouhou-grp[アット]g.chuo-u.ac.jp
気象研究所企画室
Tel:029-853-8535 E-mail: ngmn11ts[アット]mri-jma.go.jp
※[アット]を「@」に変換して送信してください。