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細胞診に即利用できるスタンドアローンAI診断支援システムを世界初開発 ~外来で実施可能な子宮内膜細胞診を通じて「医療AIの民主化」を目指す~
2026年02月17日
※本プレスリリースは、学校法人 中央大学、日本医科大学との共同発表です。
概要
近年罹患率が増加している子宮体がん(≠子宮頸がん)の検出を想定した、外来にて実施可能な子宮内膜細胞診は、標本の採取方法や月経周期によって細胞形態が変化することから、繊細かつ高難度にならざるをえず、AIを活用した診断支援システムはこれまで実用化されていません。
中央大学理工学部 教授 鈴木 寿(すずき ひさし)、同大学院理工学研究科博士前期課程 学生 河村 拓実(こうむら たくみ)、日本医科大学解析人体病理学 准教授 寺崎 美佳(てらさき みか)を中心とする研究グループは、子宮体がん検出を想定した子宮内膜細胞診へ適用可能な範疇において世界初となる、熟練病理医による診断思考の一部を実装した説明可能AI診断支援システムのプロトタイプ(以降、本システムと呼称)を開発しました。
本システムは、細胞集塊の写っている画像が入力されると、(1)細胞集塊の辺縁形状を焦点合わせの良否にかかわらず鮮明化しつつ抽出し、(2)熟練病理医による細胞集塊辺縁形状への診断思考が簡明に数式化された形状特徴量を算出し、(3)形状特徴量に応じて細胞集塊が悪性判定のとき赤、良性判定のとき緑、保留判定のときは黄へと透過着色した画像を出力します。
本システムは、深層学習などの機械学習には必須の高負荷な撮像作業や事前学習を必要とせず、任意メーカーの細胞診用顕微鏡に、オプションのカメラ、通常仕様のPC、ゲーム用の高リフレッシュレートなモニターを追加したスタンドアローンの形態にて運用でき、処理速度は毎秒約30フレームに達します。原理上、サイバー攻撃は成立しません。
検出性能については、過半数の熟練病理医が良性と判定した画像に対し本システムも良性と判定する「特異度」(真陰性率)は約8割に及ぶ一方、過半数の熟練病理医が非良性と判定した画像に対し本システムも非良性と判定する「感度」(真陽性率)は約7割、すなわち「見逃し率」(偽陰性率)は約3割です。これは、病理医が視点移動走査する際に一瞬静止して注視する頻度を勘案すると、標本スライド当りの見逃し率が文字どおり「万に一つ」に抑えられることを意味します(「2.研究内容と成果」にて詳述)。
本研究は、学校法人 日本医科大学と学校法人 中央大学の共同研究契約「人工知能(AI)を用いた婦人科悪性腫瘍の画像解析モデル作成と分子病理学的解析及び臨床データの統合研究」に基づいて実施したものであり、2025年12月に両法人は中核部分を保護するための特許を共同出願しました。
研究内容
1.背景
日本では、約4人に1人ががんで亡くなる一方、病理医は3千名弱にとどまっており、医療の質をいかに維持するかが喫緊の課題となっています。婦人科領域においては、若年から罹患リスクのある子宮頸がんに対しワクチン接種が推奨されていますが、閉経前後から罹患リスクの高まる子宮体がんに対しては有効な予防法が確立されておらず、いずれにしても早期発見が重要です。外来にて子宮内膜細胞診を実施すれば子宮がんは早期発見できるものの、標本の採取方法や月経周期によって細胞形態が変化することから顕微鏡下の診断は繊細かつ高難度とならざるをえず、AIを活用した診断支援システムはこれまで実用化されていません。
参考:
厚生労働省「令和6年(2024)人口動態統計(確定数)の概要」 https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei24/dl/15_gaikyouR06.pdf
日本病理学会 病理専門医一覧 https://pathology.or.jp/senmoni/board-certified.html
2.研究内容と成果
以上を背景に、中央大学理工学部 教授 鈴木 寿(すずき ひさし)、同大学院理工学研究科博士前期課程 学生 河村 拓実(こうむら たくみ)、日本医科大学解析人体病理学 准教授 寺崎 美佳(てらさき みか)を中心とする研究グループは、顕微鏡下の子宮内膜細胞診へ適用可能な、熟練病理医の診断思考を実装した説明可能AI診断支援システムの研究を進めており、このたび最初のプロトタイプを完成しました。
本システムは、細胞集塊の写っている画像が入力されると、(1)細胞集塊の辺縁形状を焦点合わせの良否にかかわらず鮮明化しつつ(厚みを伴う不整な細胞集塊も)抽出し、(2)熟練病理医による細胞集塊辺縁形状への診断思考が簡明に数式化された形状特徴量を算出し、(3)形状特徴量に応じて細胞集塊が悪性判定のとき赤、良性判定のとき緑、保留判定のときは黄へと透過着色した画像を出力します。
本システムは、深層学習などの機械学習には必須の高負荷な撮像作業や事前学習を必要とせず、任意メーカーの細胞診用顕微鏡に、オプションのカメラ、通常仕様のPC、病理医の視点移動走査を遅延なく表示できるゲーム用の高リフレッシュレートなモニターを追加したスタンドアローンの形態にて運用でき、処理速度は毎秒約30フレームに達します。
以下の写真は、日本医科大学においてマウスを対象とし迅速細胞診を模擬した様子の記録動画から抜き出した画像です(動画等データは報道用に提供可)。なお、人体から採取した細胞対象の記録動画もありますので、取材時にご覧ください(人体由来の動画等データは提供不可)。

写真: 開発した説明可能AI診断支援システムのプロトタイプにより、マウスを対象とし迅速細胞診を模擬した様子(左)と出力画像の例(右)。細胞集塊が悪性判定のとき赤、良性判定のとき緑、保留判定のときは黄へと透過着色している。
子宮内膜細胞診は、病理医が標本スライドを弱拡大にて視点移動しつつ走査し、必要に応じて強拡大に切り替えて観察しながら良性・悪性・保留を判定する繊細かつ高難度な診断法です。例えば同一の画像を熟練病理医4名が個別に観察すると判定が一致しない場合もあり、このこと自体が診断の高度な専門性を象徴しています。
本システムは、いくつかの細胞集塊が映っている画像を「良性のみ」「悪性を含む」「保留を含む」「判定不能(細胞集塊を検出不能など)」へと4分類します。試行では、4名の熟練病理医の過半数が良性と判定した31画像に対し、本システムは25画像を正しく「良性のみ」と判定し(真陰性)、6画像を「良性以外」と誤判定した(偽陽性)ので、「特異度」(真陰性率)は25/31=0.8064…すなわち約80.6%です。これは、高度な専門性を有する熟練病理医の過半数が一致して良性と判定する画像の約8割を、本システムも良性の画像として判定できることを意味します。また、熟練病理医の過半数の判定が悪性、保留、または一致しなかった非良性の69画像に対し、本システムは47画像を正しく「良性以外」と判定し(真陽性)、22画像を誤って「良性のみ」と判定した(偽陰性)ので、「感度」(真陽性率)は47/69=0.6811…すなわち約68.1%です。これは、高度な専門性を有する熟練病理医の過半数が一致して非良性と判定する画像の約7割を、本システムも非良性の画像として判定できることを意味します。
本システムによる画像当りの非良性の「見逃し率」(偽陰性率)は、22/69=0.31884…である一方、病理医がひとつの標本スライドを視点移動しつつ走査した例(人体から採取した細胞対象の記録動画参照)では、97秒間に12画像を注視しています。標本スライドにおけるn画像注視時の非良性見逃し率は0.3188…のn乗につき、2画像注視時の非良性見逃し率は十分の一程度(約0.1016)、4画像注視時の非良性見逃し率は百分の一程度(約0.01032)、6画像注視時の非良性見逃し率は千分の一程度(約0.001049)、8画像注視時の非良性見逃し率は万分の一程度(約0.0001066)、10画像注視時の非良性見逃し率は十万分の一程度(約0.00001084)、12画像注視時の非良性見逃し率は百万分の一程度(約0.000001102)であることがわかります。
3.今後の展開
このたび公表する説明可能AI診断支援システムのプロトタイプは、顕微鏡による子宮体がん検出を想定した繊細かつ高難度な子宮内膜細胞診へ適用可能な範疇において、世界初です。一般にAIと呼ばれる既存の機械学習は、いわゆるブラックボックス問題に起因するところの、外乱耐性への臨床上払拭しきれない不安、バイアス・倫理面の制御の困難さ、装置導入・維持に伴う経費の増大、使用者の意図しない能力低下の助長など多くの課題を抱えていますが、本システムはこれらを抜本的に解消します。サイバー攻撃も、原理上成立しません。
本システムは特許法のもと、プログラムの発明を含む「物の発明」に該当する部分と、AIを含む診断装置の作動方法に関わる「方法の発明」に該当する部分から成り立ちます。今後は、メーカーを問わず顕微鏡カメラの画像出力に対しPC上毎秒約30フレームの処理速度にて動作するソフトウェアの形態で、技術を広く提供しつつ本システムの実用性について検証すると共に、熟練病理医の診断思考のモダリティを追加することによって、画像単体当りの特異度と感度を限りなく100%へと近づけていく予定です。
また、マウスを対象とし迅速細胞診を模擬した結果の詳細については、今後、あらためて学会発表する予定です。
【研究者メッセージ】
日々の診断に従事する病理医として、私は「現場で本当に信頼できるAI」の研究に取り組んでいます。開発の出発点は、既存の顕微鏡に安価なカメラとPCを後付けするだけで、がん細胞をリアルタイムに検知できる深層学習(DL)によるモデル構築でした[4] 。しかし、モデルの高精度化を追求する過程で、AIが人間とは全く異なる独自の基準で判断を下している「ブラックボックス問題」の危うさを認識しました[5]。現在は、主流のDLとは一線を画し、熟練病理医が細胞集塊の辺縁形状などを観察する際の「診断思考のプロセス」そのものを実装した「説明可能なルールベースAI」の開発に注力しています。高価なデジタル設備を必要とせず、既存の顕微鏡にカメラ、PC、モニターを追加すれば即動作する本システムを通じて、医療資源が限られた環境でも利用可能な「医療AIの民主化」を目指します。(寺崎 美佳)
【関連論文等】
ポスター発表[1]は、細胞集塊を形状特徴量に応じてフローチャートにより良悪性判定する自動システムを、限定的に公開しています。さらに、ブール多値論理上で意志決定するAIを新規に組み込んだ本システムのプロトタイプを完成したのち、2025年12月に学校法人 中央大学と学校法人 日本医科大学は中核部分を保護するための特許を共同出願しました。
[1] 河村 拓実、寺崎 美佳、今枝 俊輔、木原 康生、寺崎 泰弘、遠田 悦子、高熊 将一朗、功刀 しのぶ、清水 章、鈴木 寿、「説明可能AIによる子宮内膜細胞診のリアルタイム支援: 顕微鏡下でのスタンドアローン診断システム開発」、第114回日本病理学会総会、P3-71、2025年4月19日。
説明可能AIの実体を成すブール多値論理は、ファジー論理などの多値論理とは異なり、多値性の意味論がブール束の代数的構造によって合理化された多段階推論の運用を可能にします。ポスター発表[2]は、有限個の命題記述子(多値をとりえる原子論理式)に対し、論理式と目標真理値から成る知識群が与えられると、原子論理式の論理値を量子計算等によって準最適化し、その後は任意の論理式の真理値を瞬時に計算できることについて述べています。
[2] 鈴木 寿、「人間の矛盾を改善できる人工知能ロボットの推論コア」、イノベーション・ジャパン2017-大学見本市&ビジネスマッチング、I-13、科学技術振興機構 および 新エネルギー・産業技術総合開発機構(会場: 東京ビッグサイト)、2017年8月31日- 9月1日。
掲示ポスター https://researchmap.jp/read0162240/presentations/8179174/attachment_file.pdf
口頭発表[3]は、上記原理に基づき、ロボット工学三原則のような規範にのっとってAIが機能し、学習データの質に影響される機械学習とは異なり、バイアス・倫理・セキュリティー等を能動的に制御しつつトリアージなどにおける意思決定にも応用できることを述べています。
[3] T. Watanabe, T. Nishizaka, K. Suzuki, A. Nishikawa, H. Katai, and H. Suzuki, “Algebraic Reproduction of Triage Decision Making on Simple Heuristics of Boolean Multivalued Logic,” in Proc. 2025 IEEE CIHM, vol. S6, no. A, IEEE, Mar. 17-20, 2025.
予稿 https://doi.org/10.1109/CIHM64979.2025.10969480
書誌情報の和訳: 渡邉 泰良、西坂 大志、鈴木 鯨、西川 敦、片井 均、鈴木 寿、「ブール多値論理の単純なヒューリスティックに基づくトリアージ意思決定の代数的再現」、2025 IEEE健康と医療における計算知能シンポジウム(2025 IEEE CIHM)予稿集、第S6巻、第A号、IEEE、2025年3月17-20日。
論文[4]は、一般的な顕微鏡、CCDカメラ、および物体検出モデルYOLOv5xを組み合わせることにより、子宮内膜細胞診を支援するリアルタイムAI診断支援システムを開発したことについて報告しています。開発したシステムは病理医並みの検出性能を有し、診断時間も約半分に短縮できることを示しました。
[4] M. Terasaki, S. Tanaka, I. Shimokawa, E. Toda, S. Takakuma, Y. Kajimoto, S. Kunugi, A. Shimizu, and Y. Terasaki, “An integrated system from microscopy to AI for real-time object detection in endometrial cytology,” Journal of Pathology Informatics, Elsevier, 2025.
論文 https://doi.org/10.1016/j.jpi.2025.100541
書誌情報の和訳: 寺崎 美佳、田中 俊、下川 一燈、遠田 悦子、高熊 将一朗、梶本 雄介、功刀 しのぶ、清水 章、寺崎 泰弘、「子宮内膜細胞診におけるリアルタイム物体検出のための顕微鏡検査からAIまでの統合システム」、病理情報学ジャーナル、エルゼビア、2025年。
論文[5]は、上記モデルの性能向上を追求する過程において、AIが人間とは異なる独自の基準で判断を下している「ブラックボックス問題」の危うさを認識したことについて述べています。
[5] I. Shimokawa, M. Terasaki, S. Tanaka, E. Toda, S. Takakuma, Y. Kajimoto, S. Kunugi, A. Shimizu, and Y. Terasaki, “Development and clinical application of a deep learning-based AI support model for endometrial cancer cytology,” Journal of Nippon Medical School, 2026, to be published.
書誌情報の和訳: 下川 一燈、寺崎 美佳、田中 俊、遠田 悦子、高熊 将一朗、梶本 雄介、功刀 しのぶ、清水 章、寺崎 泰弘、「子宮内膜がん細胞診のための深層学習に基づくAI支援モデルの開発と臨床応用」、日本医科大学雑誌、2026年出版予定。
・本研究成果に組み込んだブール多値論理上の意思決定AI[3]が補助を受けた研究経費(主管庁、配分機関等)、研究種目、課題番号、課題名など
科学研究費補助金(文部科学省) 基盤研究(A) 22H00589 「ローカル操作内視鏡手術支援ロボットの自律レベル向上の研究」(研究分担者: 中央大学 理工学部 教授 鈴木 寿)
【お問い合わせ先】
<研究に関すること>
鈴木 寿(すずき ひさし)
中央大学 理工学部 教授(情報工学科)
お問い合わせフォーム https://c-research.chuo-u.ac.jp/mailform?uid=100003165
寺崎 美佳(てらさき みか)
日本医科大学 解析人体病理学 准教授
Email 研究室公式Webサイトを参照
研究室公式Webサイト https://pathology-nms.org/ai_for_pathology/
<広報に関すること>
中央大学 研究支援室
TEL 03-3817-7423または1675
FAX 03-3817-1677
Email kkouhou-grp[アット]g.chuo-u.ac.jp
日本医科大学 事務局学事部庶務課
TEL 03-3822-2131
Email nms-shomuka[アット]nms.ac.jp
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