広報・広聴活動

厚いグラスは甘く、薄いグラスは苦く ~触覚がひらく新しいビールの楽しみ方~

2025年12月08日

概要

 中央大学はサッポロビール株式会社とビールグラスが味わいに与える影響を共同研究しています。今回、文学部の有賀敦紀教授と文学研究科大学院生の久保夏海さんは、サッポロビール株式会社製造部アシスタントマネージャーの小泉智洋さんと商品・技術イノベーション部リーダーの勝又郁実さんとの共同研究により、唇に伝わるグラスの“触覚”がビールの味わいに影響を及ぼすことを発見しました。具体的には、成人48名に対する実験から、飲み口の厚いグラスではビールの甘味が強く、薄いグラスでは苦味が強く感じられる傾向を明らかにしました。
 近年、飲み口の薄い「うすはりグラス」が人気を集めていますが、本研究は、グラスの厚みによってビールの味覚体験や飲用シーンの幅が広がる可能性を示すものです。グラス選びによって、ビールの楽しみ方がこれまで以上に豊かになることが期待されます。
 本研究の成果は、2025年11月に国際学術誌「Food Quality and Preference」のオンライン版で公開されました。

【研究者】    有賀 敦紀  中央大学文学部 教授 (人文社会学科)

【発表(雑誌・学会)】 

論文タイトル: Tasting beer based on the tactile thickness of the glass lip
著者: Atsunori Ariga, Natsumi Kubo, Tomohiro Koizumi, & Ikumi Katsumata
発表雑誌: Food Quality and Preference
出版社: Elsevier
掲載日:
オンライン公開 2025年11月17日(https://authors.elsevier.com/a/1m8V-3O579rYFp
Version of Record 2025年11月21日
DOI: https://doi.org/10.1016/j.foodqual.2025.105801

備考: 「Food Quality and Preference」誌は、食の品質と消費者の好みに関する幅広い研究を掲載する食心理学分野の国際的な査読付き学術雑誌です。
 

【研究内容】

1.背景

 これまで、容器(グラスやマグカップなど)の色・形状・材質といった視覚情報や触覚情報が、そこから飲む飲料(ワインやコーヒーなど)の味覚評価に心理的影響を与えることが報告されてきました。しかし、実際に飲料を飲む際、私たちは常にそれらの情報を認識しているとは限りません。例えば、飲んでいる最中には、グラスの形状は視界に入りません。
 そこで同研究室では、飲料を口に運ぶ間、常に接触している「グラスの飲み口の厚み」に着目し、唇の触覚が飲料の味覚評価・味覚予測に与える心理的影響を継続的に調べてきました。先行研究では、飲み口が厚いグラスでは緑茶の甘味が強く、薄いグラスでは苦味が強く感じられることが示されています(Ichimura, Motoki, Matsushita, & Ariga, 2023, Food and Humanity)。
 本研究では、この効果が他の飲料、すなわちビールでも生じることを新たに発見しました。

2.研究内容と成果

 実験では、厚みの異なる2種類のグラス(飲み口の厚いグラス:約3 mm、薄いグラス:約1 mm、図1参照)に、約80%(約100ml)まで同じ種類のビールを注ぎ、参加者に目隠しをした状態で飲み比べてもらいました。参加者は、日常的にビールを消費し、実験の目的を知らない成人 48 名 (うち女性 9 名、年齢範囲: 20~69 歳) で、より甘味を強く感じたビール、より苦味を強く感じたビールをそれぞれ選択してもらいました。

 その結果、多くの参加者が、
   甘味が強いビール=厚いグラスで飲んだビール
   苦味が強いビール=薄いグラスで飲んだビール

 を選ぶ傾向が見られました(図2参照)。参加者は目隠しをしていたため、視覚ではなく、唇に伝わるグラスの触覚が味覚評価に影響したことになります。
 厚みの異なるグラスは重さも異なるため、後続の実験では重さの影響を統制しました。厚みを一定に保ちつつ重さのみを変化させたところ、味覚評価に差は見られませんでした。このことから、上述の効果はグラスの重さではなく、厚みに起因するものであることが明らかになりました。
 一連の研究で示された「グラスの厚みによる味覚誘導効果」は、「厚い―甘い」「薄い―苦い」の概念が心的に連合していること、それが感覚間で共有され、知覚に影響を及ぼすことを示しています。
 

3.今後の展開

 これまで緑茶で確認された効果がビールでも生じたことから、本研究では現象の一定の普遍性が確認されました。したがって、本研究の成果は、人間の感覚統合における心理・神経メカニズムのさらなる解明につながることが期待されます。
 さらに、実社会への波及効果も期待できます。本研究の成果に基づけば、ビールメーカーや飲食店では、グラスの厚みによる味覚誘導を活用することで、飲用シーンや消費者体験を差別化できます。例えば、同じビールであっても、料理との相性に合わせた味わいの調整や、季節・気分に応じた体験の切り替えなど、グラス選びを軸にした新しい価値提供が可能になります。近年注目される「体験価値の向上」の観点からも、グラスの触覚デザインは新たな価値創出の鍵となりえます。
 また、厚いグラスによって甘味が強く感じられるという錯覚効果は、例えば糖質制限をしている消費者に対して、実際の糖分を増やすことなく満足度を高めるなど、ウェルビーイングの向上にも寄与する可能性があります。このように本研究の知見は、ビジネスにおける新たなフィールドを開拓するだけでなく、多様な個人の日常的な食体験の質向上にも貢献しうるものです。


●本研究はサッポロビール株式会社の支援を受けて実施されました。

 

【お問い合わせ先】 

<研究に関すること>
有賀 敦紀 (アリガ アツノリ) 
中央大学文学部 教授(人文社会学科)
TEL:042-674-3846
E-mail: aariga413[アット]g.chuo-u.ac.jp

<広報に関すること>
中央大学 研究支援室
TEL: 03-3817-7423 または 1675 FAX: 03-3817-1677
E-mail: kkouhou-grp[アット]g.chuo-u.ac.jp  


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