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酸素を輸送できるタンパク質クラスターの合成に成功=人工酸素運搬体(赤血球代替物)としての臨床応用に期待=

2013年05月13日

<概 要>

 輸血液の代替物となる人工酸素運搬体(赤血球代替物)の実現は、次世代医療における最重要課であり、これまで様々な製剤が開発されてきましたが、副作用(血圧上昇)や有効性に問題があったため、未だ実用化には至っていません。今回、ヘモグロビンに血清タンパク質であるアルブミンを結合させた構造明確な(ヘモグロビン-アルブミン)クラスターを開発し、その立体構造の詳細を明らかにするとともに、得られた製剤が生理条件下(pH 7.4, 37℃)で酸素を安定に輸送できることを実証しました。製造が簡便で、副作用がなく、臨床応用可能な人工酸素運搬体として注目を集めています。本研究成果は、米国化学会誌BiomacromoleculesにJust Accepted Manuscriptとしてオンライン公開(2013年4月29日付)されました。
 

【研 究 者】

小松晃之 中央大学理工学部 教授(応用化学科)

 

【発表雑誌】

米国化学会誌 Biomacromolecules 2013, 14, 1816

題目:Covalent Core–Shell Architecture of Hemoglobin and Human Serum Albumin as an Artificial O2 Carrier (DOI: 10.1021/bm400204y)

 

【研究内容】

<背 景>

 輸血液の代替物となる人工酸素運搬体の実現は、次世代医療における最重要課題の一つとして位置づけられています。特に我国では(i)大規模災害時における輸血液の大量需要、(ii)超少子高齢化による献血者人口の減少に伴う慢性的な輸血液不足への懸念から、血液型に関係なくいつでもどこでも使用できる人工酸素運搬体の常備が、危機管理の重要施策にもなっています。これまで、欧米を中心に赤血球の中にある酸素輸送タンパク質“ヘモグロビン”を化学修飾したいわゆる修飾ヘモグロビン製剤が精力的に開発されてきました。特にヘモグロビンを架橋したヘモグロビン重合体は、輸血液の代替物として1990年代から研究が始まり、今世紀に入ると、米国Northfield社のPolyHeme、Biopure社のHemopureが臨床試験Phase III(第三相試験)まで進みました。しかし、不均一な構造、副作用(血圧上昇)などの問題が解決できず、2013年4月現在、認可された製剤はありません。ヘモグロビン分子が血管内皮細胞から漏出し、血管内皮由来弛緩因子である一酸化窒素を捕捉するため、血管収縮が起こり、血圧が亢進してしまうと考えられています。

<研究成果>

 そのような背景の下、中央大学理工学部 教授 小松晃之のグループは、構造が明確で、副作用がなく、生体内で十分量の酸素を輸送できる新しい人工酸素運搬体を設計・開発しました。具体的には、ヘモグロビンの分子表面に3個の血清タンパク質“アルブミン”を結合させた(ヘモグロビン-アルブミン)クラスター(図1)を合成し、それがきわめて安定な酸素錯体を形成できることを見出しました。アルブミン(正確にはヒト血清アルブミン)は、ヒトの血清(血液中の血球以外の部分)に溶解しているタンパク質の中で最も量の多い成分で、ヒト成人男子の血清100 mL中には4~5 gものアルブミンが含まれています。酸素運搬の役割を担うヘモグロビンをアルブミンで包む(クラスター状分子にする)ことによって、アルブミンの性質を持ちながら、赤血球のように酸素を運ぶことのできる新しいタンパク質複合体を世界に先駆け合成したのです。

 このようなクラスター状分子をつくる上で最も難しい点は、いかに1つのヘモグロビンを複数のアルブミンで包み込むかにあります。小松のグループは、アルブミンの中に1つだけ存在する34番目のアミノ酸“システイン”に着目し、それとヘモグロビンの表面を選択的に結合させる方法により、目的のクラスター構造を効率高く調製することに成功しました(図2)。また、ベルリン自由大学と共同で、特殊電子顕微鏡観察を実施し、その三次元構造の詳細も解明しました(図3)。以下に、(ヘモグロビン-アルブミン)クラスターの特徴と機能をまとめます。

●ヘモグロビンをアルブミンで包んだ構造なので、酸素錯体の安定度はヘモグロビン重合体に比べ2倍以上高い。

●アルブミンで覆われたヘモグロビンの表面電荷はマイナスに帯電しているため、生体内へ投与しても、血管内膜との静電反発により細胞外へ漏出することはなく、副作用(血圧上昇)は見られないと考えられる。

●酸素親和性は赤血球に比べ高く、末梢組織への酸素輸送に有利。

●粒径は約10ナノメートルと赤血球(8マイクロメートル)の1/800以下。血管が梗塞した部位にも入り込んで酸素を運ぶことができると考えられるので、酸素治療薬としての応用にも期待がかかる。

●原料はヘモグロビンとアルブミンであるため、コストの高い原料は一切不要。製造工程は2ステップときわめて少なく、先行製剤に比べ、簡便に調製できる。特殊な機械や装置は一切必要としない。

●アルブミン部分は、酵母を用いて産生する遺伝子組換えアルブミン(人工アルブミン)も使用できる。

●アルブミンは様々な分子を結合する能力を持っているため、アルブミンユニットに機能分子を自由度高く包接することが可能。例えば、フラビン(電子伝達物質)を包接させると、酸素結合能を失わない(酸化劣化しない)人工酸素運搬体を合成することもできる(発表論文の中に具体的な例を記載)。

 つまり(ヘモグロビン-アルブミン)クラスターは、既存製剤の未解決課題を一気に解決した新しい人工酸素運搬体と言えます。

<用途・利用分野>

 長期保存可能な人工赤血球がバッグや粉末として棚置きで常備され、緊急時にその必要量を患者に供給できる体制の確立は、近未来の医療現場に望まれる理想的な姿であり、それが人類の健康・福祉の向上に多大な貢献をもたらすことは間違いありません。

 用途・利用分野は広く、赤血球代替物(出血ショックの蘇生液、術中出血時の補充液、救急車内での酸素供給液)としてはもちろん、心不全・脳梗塞・呼吸不全などによる虚血部位への酸素供給液、移植用臓器の灌流液や保存液、人工心肺など体外循環回路の補填液、癌治療用増感剤、再生組織への酸素供給液などとして大きな期待が寄せられています。

 (ヘモグロビン-アルブミン)クラスターの完成が、人工赤血球の開発に新たな突破口を開き、先進医療のみならず、社会全体に与える波及効果と意義はきわめて大きいと言えます。

 災害時の大量需要に即応でき、室温長期保存が可能で、血液型に関係なく、ウイルス感染の心配もなく、いつでも誰にでも使える人工酸素運搬体の市場範囲は、先進国・新興国を含む全世界規模に及びます。

 

【主な研究助成】

文部科学省 科学研究費補助金(新学術領域「配位プログラミング」)

科学技術振興機構 研究成果展開事業 A-STEP フィージビリティスタディ 探索タイプ

東京応化科学技術振興財団 研究助成

中央大学理工学研究所 共同研究費

 

【問い合わせ先】

<研究に関する内容>

小松 晃之(コマツ テルユキ)

中央大学理工学部 教授(応用化学科)

TEL: 03-3817-1910

E-mail: komatsu☆kc.chuo-u.ac.jp(☆を@に変えてください)

 

<広報に関する内容>

加藤 裕幹(カトウ ユウキ)

中央大学 研究支援室

TEL: 03-3817-1603、FAX: 03-3817-1677

E-mail: k-shien☆tamajs.chuo-u.ac.jp(☆を@に変えてください)

 

【用語解説】

添付資料参照