社会・地域貢献

教養番組「知の回廊」55「ケータイ社会情報学」韓国のケータイ利用状況と日韓比較

東京経済大学 国際メディア・コミュニケーション研究所 客員研究員 金 仁培 先生

1.韓国におけるケータイ利用状況

私は日本に来て10数年間になりますが、東京と韓国のソウルはかなり似ているなあという印象を受けます。建物や人を一見するだけでは、どちらの都市なのか が分からないくらいで、あえて言うならハングル文字の看板と車線が反対だというくらいです。特に最近は携帯電話を持ち歩いて電話をすることも、また電車内 では、携帯電話でメールやゲームをしているのか、多くの人達がとにかく携帯電話に夢中している光景も日本同様よく見かけられます。ただ、近頃日本は通話に 関する電車内での案内放送の影響もあって、通話が少なくなってきていると思います。 
一方の韓国は、とにかく携帯電話による通話が多く、これは私が2年ぐらい前に実際に経験した話ですが、里帰りで韓国の空港に降りて、空港のト イレに行ったら、トイレの奥から独り言みたいな声が聞こえていました。その時は私しかいなかったし、ちょっと不気味さを感じましたが、奥から聞こえてくる 話しが、どうも携帯電話で通話をしているようでした。通話相手は友達のようで、内容は大事な話というよりは単なる挨拶程度の話でした。このような通話利用 は、韓国の電車内やバスの中でもそう珍しくなく、携帯電話で通話をする人がとにかく多く目立ちます。

このグラフは日韓の携帯電話の通話頻度を比較したものです。この調査は日韓両国の全国調査の結果で、2001年日本、2002年韓国で行ったものです。ま ず、日本で行った調査を元に、韓国でも似たような調査をしたのですが、これは見事に私達の調査チームを悩ませた結果だったわけです。といいますのは、あま りにも韓国の通話頻度が多く、日本との差が大き過ぎたからです。 
とにかく、日韓ではこれほども通話頻度の差が大きいということがわかるグラフで、2005年日韓で行った別の調査でも似たような傾向を見られました。

これは日韓両国の携帯電話の利用率を全体と性別で比較したものです。この調査は2005年の11月?12月に行われたもので、満20歳?69歳が対象で、 東京とソウルでおこなっています。まず、全体の利用率は韓国の方が若干上回っていますね。性別で見ますと日本では男女差がほとんどなく、韓国は男性の利用 が女性より少し多いです。いずれにしても、両国共に非常に高い携帯電話の利用率を示しています。

同じく2005年の調査で、日韓両国の携帯電話の利用率を年齢別で比較したものです。どちらの国も若い人ほど携帯電話の利用が多くなっています。ただし、 20代や30代は日本が、40代以降は韓国の方が携帯電話の利用率が高くなっています。

携帯電話のメール利用は、特に若い人が中心に行われていると言われていますが、このグラフは、日韓共に携帯電話のメールが10代、20代の若い人がもっと も多く使っていることを示しています。ケータイメールの受信には迷惑メールなど要らないメールも多いため省略し、ここではメールの発信数の平均だけを比較 しました。

携帯電話には通話やメール以外にもインターネットの機能もありますが、このグラフは携帯電話で最もアクセスしている人気サイト上位10位までを示したもの です。どちらの国も着メロをダウンするサイトへのアクセスが最も多くなっています。それで、日韓の方を比較してみますと、日本より韓国の方がもっと娯楽的 なサイトへのアクセスが多く、日本は韓国より「天気予報」や「検索サイト」、「ニュース」、「交通機関情報」へのアクセスといった、要するに「手段的な利 用」が多く目立ちます。

2.韓国モバイルの特徴と日本モバイルの特徴

まず、韓国モバイルの特徴をヒトコトでいいますと、韓国政府や国民が携帯電話の導入をIT戦略の一環としての考える傾向が強く、携帯電話に対する政府の介 入や携帯電話の普及率が日本以上に高いことです。韓国は日本以上に学歴社会で大学の受験の加熱振りが日本のテレビにもよく紹介されますが、数年前に起きた 大学入試での不正事件などはあまりにも社会的なインパクトが大きかったので大々的に報道されましたが、ちょっと例外的なことだったといえます。また料金問 題(例えば、去年16歳の学生が日本円で40万円ぐらいの携帯電話料金の請求で自殺するなどの問題がマスメディアに紹介されましたが)、いずれにしてもよ ほどの事件ではない限り、それほど問題視しない風潮があります。 
その一方、日本は携帯電話に関わる事件は置いておいても、携帯電話を特に若者と関わる悪い文化として、例えば携帯電話が援助交際に利用された り、若者のモラルに関わる問題などに結び付けて、特に関心を寄せているような気がします。その意味から考えますと、同じ携帯電話と言っても日韓両国では携 帯電話に対するイメージが違うような気がします。 
また、韓国では、両親が普通大学生までは携帯電話の料金の全額あるいは一部を負担することもあります。日本では携帯電話の料金を支払うために アルバイトをする女子高生も珍しくありませんが、韓国はまだ経済力がない学生に、その時に集中すること、つまり勉強に集中させるために親が料金を支払って いるのです。それによって韓国の親はより子供に介入しやすい環境を維持しようとしているといえます。 
このような携帯電話に対する認識の差のその一方では、似たような傾向もみられます。たとえば、最近の韓国の若者は自分の都合と相手の都合を考 えて、よほどのことがなければ、できるだけ携帯メールを使うという話を聞いたこともあります。この感覚は日本でも似ていて、特にこの傾向は日本の若者でよ く見られています。つまり、日本の年配者との世代差よりも別の国の若者同士がより近い認識と利用形態があるということです。繰り返しになりますが、それぞ れの国が有する携帯電話に対するイメージによる違いの一方では、かなり近い感覚もあるということです。

3.モバイルをめぐる「言説」の特徴

携帯電話の特性でもありますが、日本の携帯電話の利用が韓国よりも、より「個人化」の傾向が強いように気がします。たとえば、さきほども話しました日韓の 携帯電話のインターネット利用サイトを見ても、日本では「交通機関情報」が16.1%と7位だったのですが、韓国はランク外だったのですね。もちろん、日 本の方が多かった理由には、電車の線が韓国より複雑で、時間が決まっているなどからの利用が考えられますが、私としてはそれ以外にも理由があると思ってい ます。実際に携帯電話を持っている日本人は分からないところにいっても携帯電話で調べて、そこにいる見知らぬ人になかなか声を聞かなくなっているような感 じがします。それには、「人の邪魔にならないように」とか「恥ずかしい」とかの理由などがあるかと思いますが、韓国では同様な場合でもよく見知らぬ人に道 を聞く光景を目にします。ということは、両国共に道を調べるツールはあっても、それを使いこなす利用行動にはそれぞれの国が有する対人文化的な要素や心理 が作用されていると思います。 
もう一つは、これも「個人化」と関連する内容ですが、携帯メールは自分の都合に合わせていつでも送られるものです。それに対して通話は相手の 都合も考慮する必要があるわけです。そのため、日本で携帯メールの利用が多く、通話が少なかったのは、「できるだけ邪魔したくない、されたくない」という 気持ちが働いているような気がします。皆さんが普段友人や知人に電話をかける時も一応「今大丈夫?」という風に相手の都合を気にするわけです。しかし、皆 さんがご家族と電話する時は、いちいち家族の都合を聞いて電話する人は少ないと思います。ということは、親しさの距離があればあるほど、相手の都合を配慮 しなくてもさほど問題ない携帯電話のメールが当然使いやすいメディアだと思います。一方の韓国は、メールは日本と同様に多く使われていながらも、通話まで を気楽に使えるメディアとして認識しているような気がします。 
結局、携帯電話はより人々を「個人化できるヒトになれる手段」として利用されていて、特に日本の方がその傾向が強いと思われます。

4.最後に

これからも日韓共に携帯電話の利用はますます増えるし、より多様化されるはずです。それらの利用によって、日本人はどのような文化を形成するのか、個人的に興味深いところです。