社会・地域貢献
受賞論文【佳作】養殖業の自然に与える影響
日本大学高等学校 2年 石井 徳晋
私は最近、二種類のスモークサーモンを食べる機会に恵まれた。一つはスーパーで購入したチリ産の養殖物、もう一つはカナダの友人からの土産物の天然物である。普段チリ産養殖物しか私は食べないため、ここで二種類の異なる鮭の違いに気づいたことがあった。それは色と脂の出方である。この点について疑問を持った私は、調べてみたところ、養殖業が環境に与える様々な問題があることに気づかされた。本論文では、養殖業と自然環境の関係性を述べてゆく。
はじめに養殖業そのものについて、次に養殖業が自然環境にもたらす悪影響について、そしてそのリスクに対する解決策について言及し、これらを通し養殖業の未来について私なりの意見を纏めてゆきたいと思う。
①まず養殖業について(必要性・メリット)
そもそも養殖業がなぜ必要なのか考えてみる。日本では少子高齢化が進んでいるが、広い視野で見てみると、世界の人口は爆発的に増加している。国連人口基金(1)によると、イギリスの産業革命以降、世界の人口が右肩上がりで増え、1950年に25億人であった世界の人口は、2011年には70億人を突破した。世界の人口がかつて見たことのないほどの数値に上がり、一番心配される問題は食糧危機だ。人口が爆発する一方、農作物を産出する耕地面積は、砂漠化や海面上昇、平均気温の上昇などの環境問題により、急速に減少している。国連農業食料機関(FAO)(2)によると2014年の調査で世界の人口が70億人に対して飢餓人口は8億900万人で、9人に1人の割合になっている。今でさえ、水や食糧不足の声が世界中から上がっている中で私たちは近い将来、世界の人口爆発による食糧不足にどう向き合うべきなのだろうか。
我々人類が人口爆発による食糧危機に直面する今、その問題に対する解決案の一つが養殖業だ。平成25年度水産庁の水産白書(3)による世界の漁業(天然)、養殖業の生産量推移によると、1980年代から現在に至るまで天然物である漁業の漁獲量は伸び悩み、それと同時に養殖業が急激に前進した。今では世界の魚市場の49.4%にまで養殖物が占め、50年前の5.5%から大きく成長した。また近年、天然物は乱獲や海水温の上昇で減少の一途をたどっている。そのような状態で天然物だけでは増え続ける世界中の人々の胃袋を満たすことは極めて難しい。他方、養殖業は管理が行き届き、自然からの影響が少ないため、安定的かつ計画的に生産できるため、自然に依存する貴重な水産資源を減少させる事なく、これから加速する食糧不足を解決するには、うってつけの解決策だろう。
②次に養殖業の影・自然に対する悪影響
前章でも述べたように、未曾有の危機に直面する人類にとって養殖業は非常に魅力的な手段だと思われるが、自然環境の面で多くの懸念が生じている。
まず餌料の問題である。他の種類の魚は別として、サケやマグロを代表とする肉食性の魚は、養殖のために、イワシなどの大量の天然小魚を必要とする。水産庁白書(4)によると、仮に1tの養殖魚を生産すると考えると、サケの場合が5.4t、マグロに至っては10tもの天然魚の餌料を必要とする。これでは天然水産資源の保護を名目に行われた養殖業が、自然の生態系を破壊しかねない本末転倒な結果となってしまう。ペルーの一部地域ではサケ養殖の餌料のために、アンチョビが乱獲され50年間で水鳥がおよそ95%減ったことも報告された。
また、管理の行き届かぬ養殖業において問題となるのが、用地確保と排水管理だ。
用地確保に関しては、東南アジアに向けると陸と海の境というマングローブの生息地が、ほかの経済セクターに利用されやすい便利な場所であるため、養殖地として転用されやすかった。例えば、インドネシアなどでは急速にエビやウナギなどの養殖に伴ってマングローブが生い茂る豊かな自然を切り倒して養殖地としており、森林減少による間接的な地球温暖化の促進と、既存の生態系の破壊にもつながっている。
また食べ残された餌料や死骸、排水、排泄物の管理は、養殖業に従事するに当たり必要な事であるが、後進国などの技術的に未発達な地域では、この排水が適正に管理されず、河川や海へと直接垂れ流されているのが現実である。これにより、水質汚染や赤潮などによる既存の生態系への悪化(7)が招かれる。
そして海外では、狭いイケスの中で大量に魚を育てるため、病気の蔓延が起こると全滅してしまうので過剰な抗生物質の投与(7)も行われている。過剰投与された抗生物質は、海水を通して天然魚も口にし、逆にこの抗生物質に耐久する薬剤耐性菌も発生しやすくなる。
③リスクに対する解決策
養殖は、私たちが知らないところで、多くの環境問題をもたらしていた。それは、餌料による生態系の破壊、用地確保による森林伐採で地球温暖化促進及び既存の生物の住み処の減少、後進国における不適切な排水管理、過剰な抗生物質の投与など多岐にわたる。これらの問題を棚上げすれば、地球は私たちが健康的に暮らせる惑星ではなくなる。
今、日本では環境に配慮した養殖技術が徐々に大成してきている。その例をいくつか挙げる。一つ目は岡山理科大学が開発した「好適環境水」(5)だ。これは海水でも淡水でもない、第3の水と称され、これまでは淡水魚、海水魚それぞれで必要不可欠だった淡水、海水はこの好適環境水があれば淡水魚も海水魚も一緒に生活できる空間へと変貌する。作り方は、非常に簡単でナトリウムやカリウムなどを水にとかすだけで、つくることができる。この好適環境水を使えば、今までは海でしか育てられなかった養殖魚も水があれば、山村でも砂漠地帯でもどこでも育てることが可能だ。この好適環境水の生みの親でもある岡山理科大学 山本俊政准教授によると、先生は海水に頼らない養殖を目指されていて、きたる食糧危機に関しても、この好適環境水が救いの手となることを期待されている。これを使えば、東南アジアではマングローブを切らずに内陸の空いている土地にエビを養殖することも可能で、自然破壊を食い止め、地球温暖化のさらなる進行に歯止めをかけることができる。今日、日本では耕作放棄地や東京の一極が問題になっているが、好適環境水による地方での養殖が成功されれば、地方の活性化や雇用創出にもつながる。外部との接触もないので浄化装置も設置すれば、近隣の川や海への排水への問題もなくなる。薬の投与も最小限で済み、安全で天然魚への影響もない。
このほかにも日本では、日々多くの研究がされ、マグロやサケなどの肉食魚の餌料問題も大豆やトウモロコシなどの野菜やプランクトンから作られる研究も進んでいる。これら以外でも日本の養殖場では、イケスの定期的な掃除やすぐに大きくさせて出荷するのではなくて、適正な量の餌料を与え、食べ残しを減らしたり、養殖しているイケスの下に海ぶどうや海藻を育てて自主的な水質改善(6)にも取り組んでいる。日本が、後進国や技術的な面で遅れをとっている国に鉄道やインフラ整備だけではなく、「食」という身近な観点から日本の誇るべきノウハウを活かせないだろうか。私は、節に願ってやまない
④私なりの意見
本論文を通して私は多くのことを学んだ。それは私達が普段、何気なく買っているものにこれほどまで地球規模の環境が絡んでいたことを思い知らされたからだ。現代人は常に安さを求めがちだが、後世に美しい地球を残すためにも養殖物か天然物か、外国産か国内産かだけではなくて、もっと生産される現場を知るべきだと感じた。これは生産者側の開示も必要だ。
養殖業は、必ず将来世界を救う鍵になる。だからこそ今すぐにでも消費者も生産者も養殖業について見つめ直し、新たな一歩へと踏み出すときが訪れているのだ。
参考文献
1)国連人口基金東京事務所ホームページ 世界人口の推移グラフ
http://www.unfpa.or.jp/publications/index.php?eid=00033
2)2014/9/16CNN記事世界の飢餓人口8億500万人、9人に1人の割合
国連農業食料機関報告書より引用
http://www.cnn.co.jp/world/35053867.html
3)平成25年度 水産白書第一部第Ⅰ章第一節P23図Ⅰ-1-17 世界の養殖業生産量の推移
http://www.jfa.maff.go.jp/e/annual_report/2013/pdf/25suisan1-1-1.pdf
平成21年度 水産白書第一部第2章第2節 (1) 世界の中の我が国の水産業
http://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/h21_h/trend/1/t1_2_2_1.html
4)平成25年度 水産白書第一部第Ⅰ章第二節 (4) 養殖用餌料(じりょう)の改良
http://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/h25_h/trend/1/t1_1_2_4.html
NIKKEI STYLE ホームページ「魚の養殖」が増えるほど、天然魚が減る矛盾 消費者だけが知らない農業工業化の暗部(2)2015/3/3記事
http://style.nikkei.com/article/DGXMZO82827310V00C15A2000000?channel=DF130120166126&n_cid=LMNST011
5)岡山理科大学 SCIENCE DREAM GARDEN ホームページ
http://www.ous.ac.jp/ScienceDreamGarden/fish_plant/
産学官関連ジャーナルホームページ 2013年9月号掲載
研究の現場から岡山理科大学 准教授 山本俊政 海水に依存しない養殖システムの確立
https://sangakukan.jp/journal/journal_contents/2013/09/articles/1309-06/1309-06_article.html
6)熊本県海水養殖漁業協同組合 ホームページ
http://www.marukuma.or.jp/study/environment.html
京都府ホームページ 資源と環境に優しい漁業
http://www.pref.kyoto.jp/suiji/12400014.html
7)ハフィントンポスト ホームページ
日本のスーパーで売られているチリ産の鮭を地元の人が食べない理由
http://www.huffingtonpost.jp/konomi-kikuchi/salmon-from-chile_b_10162068.html
7は本論文において海外での抗生物質の使用、水質悪化などを裏付けた記事