社会・地域貢献

受賞論文【最優秀賞】渥美半島表浜海岸におけるウミガメ事情

愛知県立時習館高等学校 1年 仲川 晴斐

◎はじめに
私が生まれ育った豊橋には隣接する田原市から豊橋市を通り静岡湖西市、浜松市まで57キロ続く表浜海岸と呼ばれる長大な砂浜がある註1。この海岸は絶滅危惧種として現在その生息数を減らしつつあるアカミガメの産卵地だ。私は小学生の頃よりウミガメに興味を持ち、個人的にボランティアとしてウミガメの産卵を応援してきた。そんな経緯をこの地球環境論文を提出する機会を得てまとめてみた。

◎砂浜の減少
渥美半島の表浜海岸に来ていただけるとわかるが、きれいな砂浜が左右どちらを向いても遥か彼方まで続いている。これだけの長大な砂浜があれば、ウミガメも産卵には困るまいと感じる方も多いだろう。しかしこれだけ広がる砂浜でも、かつての砂浜に比べれば道路から波打ち際までの距離がだいぶ狭まったとの声がある註2写真4。田原市赤羽根に住む老人に話を聞くと、昔住んでいた家はすでに砂浜辺りになってしまい、転居したとのことだった。そして浜の浸食は戦後十年ほどしてから急にひどくなってきたそうだ。ここで私はなぜ戦後十年頃から浜の浸食が始まったのかを考えてみた。まず、渥美半島の砂浜を形作っている砂はどこからやってくるのだろうか?地質学的に考えると、海に土砂を運んでくるのは川である。渥美半島の近くに位置する河川は天竜川しかない。その河口には中田島砂丘という鳥取砂丘には遠く及ばないが大きな砂丘が存在する。この天竜川に戦後土砂の供給量を左右する一大事件はないか調べてみた。すると昭和31年この川の上流に電力供給、洪水調節、農業用水確保のための大規模な佐久間ダムが作られたことがわかった註3。そして完成後に赤羽根の老人の旧家も砂浜の浸食が始まり、転居を余儀なくされたのだ。実は渥美半島の表浜を形作っている砂は、遠い静岡天竜川からの供給土砂によるものだったのだ。よって三段論法から結論を導き出すと、 ダムにより河川への土砂供給量が減る
      ↓
渥美半島を含む河口近辺の砂の減少
      ↓
ウミガメの産卵場所の減少
ということになる。老人もダムのせいで住む土地を奪われたと知ったら訴訟問題となるため国はダムによる二次的被害者へその否を認めないだろう。そしてウミガメも同様に産卵環境を破壊された結果としてその生息数を減らし、自然淘汰される運命にあるのだ。

◎産卵場所としての砂浜
ウミガメは砂浜を産卵場所としているが、知らない人は疑問に持つのではないだろうか?それは前述において、渥美半島には左右どちらを向いてもきれいな砂浜が続いていると説明したことだ。それなら砂の供給量が多少減っても砂のあるところへ産めば問題はないと思う方もおいでだろう。ここでウミガメの産卵場所について説明しておく。砂浜広しと言えどもウミガメは産卵に、ある一定の場所を選び、そこにしか産み落とさない。それはどこかと言うと、波打ち際や潮の干満により水没する部分や、砂が風や波の浸食により短期間に移動してしまう場所などは産卵場所として適当ではない。つまり、それ以上に海岸線から遠く比較的砂が安定している砂丘(海岸線より30mほど陸地側)にこそ産卵するのである註4。現在渥美半島はダム建設前に比べて砂の浸食がひどい。砂浜と砂丘の間に消波ブロックを設置している部分が多く、これがあることにより砂の浸食が抑えられている註5。しかしウミガメはこの消波ブロックを乗り越えられないため、産卵のために上陸したにも拘らず、産卵せずに再び海へ戻って行くのである註6写真2。

◎その他の海岸工事
資源の少ない我が国は加工貿易により栄えてきた。それゆえ原材料を海外から輸入し、それを加工し他の製品にして輸出する。特に私の住む愛知県は日本の輸出産業の屋台骨となっている自動車産業の御膝元だ。製造した車を船で海外に輸出するためには大きな港が必要になる。そのため海岸が干潟や砂浜では車を運ぶための大きな船が接岸できないため都合が悪い。戦後高度経済成長に伴って干潟や砂浜は埋め立てられたり浚渫(海底の土砂を水深を深くするため掘削する事)されてコンクリートの港に変わった。それによりますますウミガメの産卵場所が減って来ている。

◎地球温暖化によるウミガメへの影響
最近のウミガメ発生の雌雄の比率には偏りが生じている。その原因として地球温暖化が影響しているという。どういうことかというと、産み終えたばかりの卵には雌雄の差はないが、その卵が砂中において29℃より低い場合雄が生まれ、それ以上だと雌が生まれるのだ註7。このようなしくみは他の爬虫類にも観られる現象である。そして最近の地球温暖化によって地中温度が上がり、メスばかりが産まれてしまいオスの個体数が減っているそうだ註8。

◎誤食によるウミガメの死
毎年渥美半島の浜辺には死んだウミガメが数匹打ち上げられる。その中には無傷のものもいて死因が特定されない場合もあり必要に応じて解剖される。解剖すると胃袋の中からビニールやプラスティックの破片などの人間が気軽に捨てたと思われるゴミが出てくる場合が多い。アカウミガメの食性は雑食性であるが、海上を遊泳中、好物のクラゲと間違えて誤食したのだろう。それが原因で死んでしまうウミガメもいる註9。

◎混獲註10
最近ウミガメは絶滅危惧種として人間に認知・保護され、ウミガメを守ろうという機運が高まりつつあるが、それでもなおウミガメが捕えられ食されることがあるという。これは私の父が体験したことであるが、父は若い頃高知に住んでおり、室戸でカメを食したと話してくれた。そのいきさつとは、父が漁師の友人の家に遊びに行った折、その当時でもめったに手に入らないカメを馳走したくれたそうである。父は歓迎のためカメを用意してくれたものと思い友人の親父に感謝の意を述べた。しかし実はそうではなくたまたま網にかかり死んでいたカメをもらったという事であった。父はカメについての色々な疑問を友人の親父に投げかけてみた。網に絡まり死んでしまったというカメに、絡まるぐらいで死んでしまうほど弱い生き物なのか?と問うと、カメは本来海中にいるが、二時間に一度ほど息継ぎをして生きている註11。だから網に絡まることで息継ぎができずに死んでしまう。つまり溺死してしまうとのことだった。またその網は魚を獲るための網であり決してカメを獲るための網ではないと強調していたという。納得する父にさらに親父は海の神の使いと漁師に崇められるカメを粗末にそのまま浜に埋めることはもったいないから解体して皆でその命を戴くと話してくれた。ただし戴いた後に残る甲羅と骨は浜に埋めてカメ塚を作り丁重に弔うということだった。それを聞いて安心した父はカメを一緒に食べたそうだが、おいしいものではなかったと述懐していた。

◎産み落とした卵の保護
親ガメが産み落とした卵は、そのままにしておくとキツネやタヌキに食べられてしまうものや、台風による高波、車の浜への乗り入れなど写真1によりふ化できなくなってしまうものもあるため、すべてではないが安全な場所へ移動させ保護し、ふ化してから海に帰す取り組みがカメを守る人たちによりなされている写真3。

◎私個人の取り組み
私がウミガメのために出来ることは何か?カメを守るために同じ心を持った人たちが集団で行動すれば、確かに一人でできないようなことが可能になるのだが、それには日時を皆の行動にあわせてある程度の拘束を受けなければならない為、私にとってはとてもやりづらい。カメを守る人間である前に一高校生として将来を考える時、今はとにかく勉強に重きを置いて、カメについての生態やそれを取り巻く環境を左右できるような立場、例えば政治家だったり学者という存在になる必要があると思う。ゆえにまず勉強、そして暇な時間や勉強の合間に出来るようなボランティア行動をしたいと思う。それにはやはり自分勝手だが個人行動となってしまう。そこで私はカメを守る人たちがやってないことを行動に移し手助けとしたい。その一つ目が、ウミガメが産卵する砂丘部分には産卵時カメが穴を掘るが、その邪魔になるのが砂に埋もれた板や大きな石、ビニールなどである。カメがせっかく掘った穴に板や石が埋もれていて場所を変えて掘り直すのはカメにとって容易なことではない。そして疲労困憊して産卵せずに海へと帰ってしまうカメもいると聞く。ボランティアの集団行動では浜辺の表面的な清掃活動はするが砂の中までは清掃はしない。
そこに目をつけ個人としてできることを見つけ実践している。私の清掃パートナーは父だ。父が海岸まで送り迎えしてくれ、さらに一緒になって砂の中のゴミを捜し出してくれる。方法は鉄の棒をカメが卵を産み落としそうな砂丘を中心に砂の中に突き刺して20~30mまでの深さをさぐりながら二人で歩きながら探すのだ。もちろん砂の上のゴミも一緒に拾うが、自分が重きをおいてやっているのは砂の中に埋もれたゴミである。ゴミにはその他漁業用の網、釣糸、あきカンなどがあり、清掃するたびにその量の多さと種類に感心する。また、清掃期間を10~4月までと決めて行っている。5~9月まではカメの産卵発生時期と重なるため、なるべく邪魔にならないためにそうしようと決めたのだ。他人が用意してくれたボランティアに参加することも良いが、個人が自ら進んでカメを守って行こうという意識を持つことを私は大切にしていきたい。

※註釈

註1)NPO法人表浜ネットワーク
「アカウミガメを指標とした海浜環境の評価  表浜海岸報告書」 P2
http://www.omotehama.net/pdf/Turtletrack_trace.pdf#search='%E8%A1%A8%E6%B5%9C%E6%B5%B7%E5%B2%B8+%E9%95%B7%E3%81%95'  2016.07.10閲覧

註2)
「とよはしアカウミガメのしらべ ウミガメ記録集 1922年~2002年」
 編集・発行 豊橋市環境部環境政策課 平成15年3月 P3

註3)
「佐久間ダム ウィキペディア」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E4%B9%85%E9%96%93%E3%83%80%E3%83%A0  2016.07.10閲覧

註4)
「カメタロウのブログ  第三章3-1アカウミガメの分布と生態 (4)生態
http://takagoyama.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/2-d14d.htm  2016.7.10閲覧

註5)
「豊橋市アカウミガメ実態調査報告書 とよはしのアカウミガメ」
 編集・発行 豊橋市保健環境部環境対策課 平成10年3月 P8

註6)
「生命がうまれる海辺 ウミガメの浜を守る」
文;清水達也 くもん出版1993.6.15  P7

註7)
「豊橋市アカウミガメ実態調査報告書 とよはしのアカウミガメ」  編集・発行 豊橋市保健環境部環境対策課 平成10年3月 P25

注釈8)
「とよはし アカウミガメのあしあと~豊橋市におけるアカウミガメ保護活動調査活動記録集~」編集・発行 豊橋環境部環境保全課 平成25年3月 P40

註9)
「とよはし アカウミガメのあしあと~豊橋市におけるアカウミガメ保護活動調査活動記録集~」編集・発行 豊橋環境部環境保全課 平成25年3月 (p6)P45

註10)
「ウミガメの自然誌 産卵と回遊の生物学」亀崎直樹・編 東京大学出版 2012年
 P232~234

註11)
「ウミガメの自然誌 産卵と回遊の生物学」亀崎直樹・編 東京大学出版 2012年
 P172.173.

※参考写真

・写真1. 車の乗り入れにより荒される砂浜
「豊橋市アカウミガメ実態調査報告書 とよはしのアカウミガメ」  編集・発行 豊橋市保健環境部環境対策課 平成10年3月. P(7)ある日の砂浜

・写真2. 産卵するためにウミガメが上陸したが消波ブロックにより妨げられ、砂丘を目指して彷徨った跡
「とよはし アカウミガメのあしあと~豊橋市におけるアカウミガメ保護活動調査 動記録集~」編集・発行 豊橋環境部環境保全課 平成25年3月 P43 <写真①アカウミガメの上陸跡1>

・写真3. アカウミガメふ化場(保護柵)
「とよはし アカウミガメのあしあと~豊橋市におけるアカウミガメ保護活動調査活動記録集~」編集・発行 豊橋環境部環境保全課 平成25年3月 P42<写真③  アカウミガメふ化場(保護柵)>

・写真4. 航空写真からみる砂浜の減少(豊橋市細谷町)
「とよはしアカウミガメのしらべ ウミガメ記録集 1922年~2002年」
    編集・発行 豊橋市環境部環境政策課 平成15年3月 P7 写真1-9細谷町~東細谷町[出典:豊橋市航空写真 豊橋市(1961,1998)]

※参考文献

1.「屋久島発 うみがめのなみだ(その生態と環境)」
  大牟田一美・熊澤英俊 著 海洋工学研究所出版 2011年8月

2.「とよはしアカウミガメのしらべ ウミガメ記録集 1922年~2002年」 
   編集・発行 豊橋市環境部環境政策課 平成15年3月

3.「豊橋市アカウミガメ実態調査報告書 とよはしのアカウミガメ」  編集・発行 豊橋市保健環境部環境対策課 平成10年3月.

4.「とよはし アカウミガメのあしあと~豊橋市におけるアカウミガメ保護活動調査活動記録集~」編集・発行 豊橋環境部環境保全課 平成25年3月

5. 「ウミガメの自然誌 産卵と回遊の生物学」亀崎直樹・編 東京大学出版 2012年

6.「生命がうまれる海辺 ウミガメの浜を守る」
文;清水達也 くもん出版1993.6.15