今、司法制度改革に求められるグローバル時代の法曹養成の視点。これからの時代をリードする法曹に求められる資質とは? また、世界へ目を向けること、世界へ踏み出すことの大切さとは? 元刑事裁判官で現在はLAで弁護士として活躍する黒澤幸恵氏と福原紀彦中央大学学長が語ります。
プロフィール

黒澤 幸恵(くろさわ・ゆきえ)
2000年中央大学法学部法律学科卒業後、判事補に。約5年間刑事裁判官として東京地方裁判所等で勤務した後、外資系法律事務所であるO'Melveny & Myers LLP東京オフィスに入所。その後、ワシントンDCオフィスを経て、現在ロサンゼルスオフィスにて勤務。日本国・カリフォルニア州弁護士。

福原 紀彦(ふくはら・ただひこ)
1954年滋賀県生まれ。1977年中央大学法学部卒業、1984年同大学院法学研究科博士後期課程満期退学。1995年中央大学法学部教授、2007年同大学院法務研究科長、2008年学校法人中央大学理事、2011年より現職。その他、文部科学省大学設置・学校法人審議会委員、大学基準協会理事、私立大学連盟理事等。専攻は民事法学。
“世界が広がる”経験そのものが、自身を突き動かす原動力に

※以下、敬称略
黒澤:3年ほど前に勤務先であるO'Melveny & Myers LLPのワシントンDCオフィスにて3カ月、LAオフィスで3カ月ほど研修しました。その間にロサンゼルス在住の米国人と結婚したため、東京オフィスに戻った後LAオフィスへの異動をお願いし、現在、LAオフィスで勤務しています。ベースはLAですが、東京オフィスの仕事も引き続き担当しており、東京に行くことも多いです。
福原:黒澤さん自身は刑事裁判官のご経歴をお持ちですが、現在のように国際的な場に関わるようになったのはデューク大学への留学がきっかけだったのですか?
黒澤:デューク大学には裁判所から派遣していただきました。そこでは、アメリカの刑事手続きについて学ぶ傍ら、「Japanese for Legal Studies」と呼ばれるクラスを担当していました。
福原:中央大学の法学部を出て司法試験に合格して裁判官になるというと、活躍の場が国内となり、ドメスティックな印象を受けますが、そうした経歴を持つ人が今こうしてグローバル人材として活躍しているというのは、まさに21世紀の中央大学のグローバル戦略のさきがけと言えますね。留学先では、併せてどのような授業を担当なさっていたのですか?
黒澤:日本語が既にある程度できるアメリカ人の学生に、日本の法律制度を説明しつつ法律分野で使われる日本語を学んでもらうという趣旨の授業です。ちょうど裁判員制度が始まる時期だったので、裁判員制度について学んだり、各自興味のあるトピックを選んで日本語でプレゼンテーションを行ったりしました。
福原:現在はO'Melveny & Myers LLPにお勤めとのことですが、同社の東京事務所はいつごろからあるのですか? また、どのような世界展開がなされていますか。
黒澤:かなり昔からあります。外資系法律事務所の開設が可能となってすぐの1987年に開設されました。O'Melveny & Myers LLP自体の歴史はさらに長く、約130年前、1885年にロサンゼルスで開設された事務所です。現在は南カリフォルニアにLAオフィス、センチュリーシティオフィス、ここは場所柄エンターテインメント関係の弁護士が多いですね、そしてニューポートビーチオフィスがあります。北カリフォルニアにはサンフランシスコとシリコンバレー、東海岸にはニューヨークとワシントンDC、ヨーロッパにはロンドンとブリュッセルにオフィスがあります。ブリュッセルは独占禁止法案件が中心です。アジアにも力を入れており、近年、韓国のソウルにオフィスを開きました。中国は北京、上海、香港、そしてシンガポール、ジャカルタにもオフィスがあります。
福原:黒澤さんご自身は、東京とLAオフィスですよね?
黒澤:はい。それに加えてワシントンDCへの出張が多いです。独占禁止法案件では在ワシントンDCの米国司法省(DOJ)や米国証券取引委員会(SEC)等との面会が必要となることが多いためです。
福原:ロースクールを修了して、新司法試験に合格した方々には、新しい時代の弁護士として、黒澤さんのようにグローバルに活躍していただきたいと考えています。韓国や中国では、初めから世界を視野に弁護士を養成しています。中国で司法試験に受かって本学に留学し、三菱電機株式会社に入社した方がいます。日本の企業に中国の弁護士の方がいると、中国との交渉時に助かります。このケースのように、自国の弁護士資格を持っている方々にどんどん海外で活躍してもらうことが、日本でもこれからもっと必要になります。本学でも、黒澤さんのように世界中で活躍している法曹家は多いので、その存在を今の若い学生たちにも知ってもらって、日本と米国の司法試験の双方に挑戦する人が増えることを希望しています。
黒澤:若い方にはどんどん海外で活躍していただきたいです。世界を相手に活躍している日本人の方々はたくさんいらっしゃって、そのような方々とご一緒させていただくごとに、より一層日本を誇りに思い、同時に、日本の素晴らしさをもっともっと伝えたい、世界の人にわかってほしいと強く思います。アメリカでは、日本人はやたら大人数で会議に参加するくせにほとんどの人は何もしゃべらないとか、いつも持ち帰りますと言われて何も決まらないとか、ステレオタイプのイメージが浸透しています。これを変えていくには、若い世代が外に出ていくことが必要だと思います。いろいろな形があるとは思いますが、もし法務という道を選ばれたならば、弁護士資格を踏み台にどんどん新しい世界に羽ばたいていただきたいと思います。司法試験で燃え尽きてしまうなんてもったいないです。その先にもっとエキサイティングな世界が果てしなく広がっていますから!
福原:若いときから海外を視野に入れて、国際標準で考え行動する知性を身につけることが必要なのですね。成熟した日本の社会の中だけで育つと、海外にわざわざ出なくても…と考える学生たちが多くなる傾向が強くなってしまうようです。後輩となる学生に、“グローバル”の魅力や、世界へ一歩踏み出すためのメッセージをいただければと思います。
黒澤:“世界が広がる”という経験そのものが、私を突き動かしているように思います。大学に入って「なるほど面白い人がたくさんいるな」と思い、司法研修所に行って「なるほど他の大学にはこんなに面白い人もいたのか」と思い、裁判官になってまた「なるほど社会人になるとこんなにすごい人と仕事ができるのか」と思い、デューク大学に留学して「なるほどこんな素敵な人が同年代にもたくさんいるんだ」と思い、弁護士になって「世の中には賢くて体力もあって、信じられない量の仕事をこなした上、さらに社会のためにいろいろな活動をしている人がいるんだ」と衝撃を受け、アメリカに来て「自分の夢を追いかけている人は漫画の中だけじゃなく実在するんだ」と目から鱗が落ち、どんどん世界が広がっていきました。私は、地元の公立中学校・公立高校に通い、中央大学へも自宅から通っていましたし、両親も海外などに特に興味のないドメスティックな人でしたから、自分が今こうして海外で仕事をしていることがとても不思議です。ただ、だんだんと世界が広がっていくにつれて、私の周りにはいなかったタイプの方々に出会うようになり、それが面白くてやめられないのかもしれません。特に、バリバリ仕事をこなしつつ、仕事以外のことにも情熱を持って取り組んでいる、という方々とたくさん出会えたことで、私の人生観が変わったと思います。そういう、自分の人生観を揺さぶってくれるような人にたくさん出会える環境に身を置いてほしいと思います。仕事オンリーの人生ではつまらないと思いますし、学生時代に「安定した仕事」を得るためにはどうしたらよいかということしか考えないというのはなんだか少し寂しいですね。

福原:活躍の場、生活の場が海外にあるということに限らず、日本にいても海外での経験が生きるという場面はますます広がっています。黒澤さんが指摘して戴いた発想のもとで、もっと日本の社会が国際化していかなければなりません。日本の社会がシームレスに国際社会と結びつくべきです。これだけ人口が減ってきて、労働力も海外に依存し、経済的にも相互依存の関係が強まってくると、国内で生活していても国際的な感覚がないとやっていけないと思います。だからこそ、若い時に、広い視野で海外経験や異文化に触れる経験が必要だと思います。