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降水・水蒸気・海水の同位体から水循環の履歴を読み解く気候モデル「MIROC6-iso」を開発 ―年々変動の再現性向上、観測データのない地域や時代の気候復元が可能に―

2026年04月13日

※本プレスリリースは、学校法人 中央大学、国立大学法人 千葉大学、国立大学法人 東京大学との共同発表です。

<成果のポイント>
・大気・陸・海洋・海氷を結合した全球気候モデルに「水の同位体」の挙動を実装したモデルを日本で初めて開発した。
・産業革命後から近年(1850-2014年)の降水・水蒸気・海水・海氷の同位体比を、観測と整合的に再現した。
・大気と海洋の相互作用を考慮することにより、太平洋表層海水の酸素同位体比(δ18Osw)の空間分布に加え、エルニーニョ・ラニーニャ現象に起因する年々変動の再現性が向上し、鉛直混合と水平移流の重要性を示した。

大気・陸域・海洋における安定水同位体(H218O, HDO)の循環過程を示す模式図

概要

 中央大学の李 一帆 助教、千葉大学環境リモートセンシング研究センターの岡崎 淳史 准教授、東京大学生産技術研究所のコクヮン アレクサンドル 特任助教、芳村 圭 教授からなる研究グループは、水の同位体注1)を気候モデル 注2)MIROC6 に導入し、日本初となる、大気・陸・海洋・海氷を結合した水同位体気候モデル「MIROC6-iso」を開発しました。
 水の同位体とは、地球上の水にわずかに含まれる重い同位体を含んで構成される水分子のことで、蒸発や凝結の際に少しずつ選り分けられるため、水循環の履歴を示す自然の目印として利用できます。
 本研究グループは、産業革命後から近年まで(1850-2014年)のシミュレーションで、降水・水蒸気・海水の同位体比、および海水同位体比と塩分との関係を、観測と比較し、開発した気候モデルでは水循環を全球で物理的に整合した形で再現できることを確認しました。さらに、太平洋を例に、海洋を3次元で計算する完全結合設定と、表層における鉛直混合のみを考慮した従来型の設定での計算結果を比較し、海洋での鉛直混合と水平移流を解くことが海水同位体比の再現性向上に重要であることを示しました(図1)。本成果は、人類の観測が行われていない時代や地域での気候の復元に有効な自然代替記録(サンゴ殻や氷の同位体比等)の解釈を支える基盤となり、現在や過去の気候変動のメカニズムの理解に役立つだけでなく、将来の気候と水循環の変化の予測にも役立つことが期待されます。

図1:太平洋におけるδ18Oswのモデル再現性比較。(a,c;左の2つの図)新しい大気・陸・海洋・海氷を結合した水同位体気候モデル(MIROC-iso)と準観測データとの差。(b,d;右の2つの図)従来型の表層における鉛直混合のみを考慮したモデルと準観測データとの差。赤や青が薄いほうが、誤差が小さいことを示すため、新しい大気海洋結合モデルにより高い再現性が得られたことを表す。

研究者

中央大学理工学術院
 李 一帆 助教
千葉大学環境リモートセンシング研究センター
 岡崎 淳史 准教授
東京大学生産技術研究所
 コクヮン アレクサンドル (CAUQUOIN Alexandre) 特任助教
 芳村 圭 教授

発表論文

雑誌名: Journal of Advances in Modeling Earth Systems
題名:Improved response of δ18Osw in the Pacific Ocean to atmosphere-ocean interaction and ENSO using the isotope-enabled Fully Coupled Model MIROC6-iso(4月7日付掲載)
著者名:Yifan Li, Alexandre Cauquoin, Atsushi Okazaki, Kei Yoshimura
DOI: 10.1029/2025MS005082

研究内容

1.背景

 地球温暖化や、それに伴う極端な現象の頻発化が注目される中、将来の気候と水循環を高い精度で見通すことが社会的に重要になっています。その観点から、過去に生じた気候変動のメカニズムを理解することの重要性も高くなっています。このような目的に資するため、世界の有力な研究機関で開発されてきた「気候モデル」では、大気・海洋・陸面・雪氷圏等の相互作用を物理法則に基づいて計算しています。これらの気候モデル内で計算される「水の循環」は、気候システムそのものを駆動するメカニズムの根本として、また、人間社会や生態系にとって極めて重要です。しかし、降水や蒸発といった相変化を伴う水の循環には、水の量を観測するだけでは仕組みの切り分けが難しい側面があります。そこで役立つのが、水にわずかに含まれる「見えない水の色」とも言える水の同位体で、起源や移動経路の手掛かりとして用いることで水循環を追跡することが可能になります。
 水の同位体とは、水素や酸素の重い安定同位体(重水素・重酸素)を含む水分子のことです。地球上のあらゆる「水」の中にわずかながらも必ず含まれており、その「水」が蒸発したり凝結したりする「相変化」の際に、さらにわずかに選り分けられます。この性質は、「分別」あるいは「同位体分別」と呼ばれています。こうした性質により、降水や水蒸気、海水の同位体比には、水がどこから来てどのように移動し混ざったかが反映されます。加えて、氷床コアや鍾乳石、サンゴ、海洋堆積物などの同位体の情報は、固定されてから時間が経っても変化しない特徴をもつため、人類による観測記録が存在しない地域や時代の気候変動の仕組みを読み解く手掛かり、「気候プロキシ(気候の代替情報)」として広く使われてきました。
 水の同位体を気候モデルに組み込むと、大気・海洋・陸面・雪氷圏等の間で同位体がやり取りされ、気候モデルが通常計算している降水量や水蒸気量、海水量に加えて、降水や水蒸気、海水の同位体比までもが計算されます。水の同位体を組み込んだ大気モデルや海洋モデル、陸面モデルをそれぞれ単体で計算することはかつても行われてきましたが、そうした単体モデルでは、扱う範囲外の状態は境界条件として扱われてきました(例えば大気モデルにおける表層海水温や、海洋モデルにおける大気下層の状態)。こうした取り扱い方は、過去の気候を再現するうえでは精度を担保しづらく、不確実性の原因になりやすいという問題がありました。一方、本研究のような水同位体を組み込んで大気海洋結合した気候モデルでは、海面水温や海水同位体比などの境界条件をできるだけ固定せずに扱える利点があり、気候プロキシの解釈を通じた古気候復元研究だけでなく、現在進行中の気候変動・地球温暖化のメカニズム理解、将来予測の精度改善にも有用です。

2.研究内容と成果

 本研究では、日本で開発されてきた第6世代大気海洋結合モデルMIROC6に水の同位体を導入し、日本初となる、大気・陸・海洋・海氷を結合した同位体気候モデル「MIROC6-iso」を開発しました。
 まず、産業革命後から近年まで(1850-2014年)のシミュレーションにより、降水・水蒸気・海水の同位体比の空間分布や、それらの同位体比と温度・塩分との関係が観測事実と整合的であることを確認しました。例えば、降水の同位体比(δ18Op)の全球分布および観測データとの比較において、GNIP観測点、氷床コア、鍾乳石記録と良好な一致が得られました(図2a,b)。δ18Opと気温の空間関係についても、モデル結果は観測に基づく回帰関係を高い精度で再現しており(図2 c)、水同位体を通じた気候応答の表現が物理的に妥当であることが示されました。また、海洋における海水同位体比(δ18Osw)については、表層分布および鉛直構造の双方で、既存の全球観測・準観測データと高い整合性を示しました(図3)。さらに、太平洋および大西洋における鉛直構造については、表層から深層に至るまで安定した再現性が確認され、海洋内部における移流・混合・拡散過程を含む水・同位体輸送が適切に表現されていることを確認しました。
 こうした大規模なシミュレーションには、大規模計算資源が欠かせません。本研究では、JAMSTECのスーパーコンピュータである、「地球シミュレータ」を用いています。大気・陸面・海洋・海氷間における淡水の輸送量および水同位体の輸送量の交換処理を見直すことで、質量保存が結合系全体で厳密に満たされることを確認するとともに、計算安定性および計算効率を大幅に向上させることによって実現しました。
 次に、太平洋に焦点を当て、2つの計算設定を比較しました。1つ目は海洋を3次元で計算する完全結合設定、2つ目は表層の鉛直混合のみを考慮した従来型の設定です。比較の結果、完全結合設定は従来型と比べて、表層海水の同位体比について、長期平均値だけでなく、年々変動の大きさや空間構造もより適切に再現できることが分かりました。一方、従来型の設定では海洋内部の輸送が表現されないため、表層の淡水収支の影響が強く出やすく、海水同位体の時間変動が一部で過大になり得ることが示されました。さらに、水収支を量と質の両面から解析した結果、完全結合設定で再現性が向上した主な要因は、海洋内部の鉛直混合と、東西・南北方向の水平移流を明示的に解くことにあると分かりました。

3.今後の展開

 MIROC6-iso は、降水・水蒸気・海水の同位体を明示的に扱うモデルです。境界条件のような仮定の分布を必要としないため、世界中、さまざまな時代の水同位体情報を計算によって求めることが可能です。これにより、観測が行われていない地域や時代においても、モデル内の水循環の仕組みを検証できることが大きなメリットの1つです。例えば、氷床コアや鍾乳石、サンゴ、海洋堆積物などの気候プロキシを用いた古気候復元とその解釈の不確実性評価、現在の年々変動(エルニーニョ・ラニーニャ現象や極域振動、アジアモンスーンと連動したもの等)に伴う水循環の理解に活用できます。さらに、将来気候シナリオ下での水循環変化と極端降水の見通し改善に向けた、モデルの開発・改良への応用も期待されます。

図2:MIROC6-iso による降水同位体比(δ18Op)の再現性評価。(a)年平均δ18Opの全球分布(背景)と観測値(GNIP、氷床コア、鍾乳石)の比較。(b)モデル値と観測値の散布図。(c)δ18Opと地上気温の空間関係に関する回帰比較。

図3:海水同位体比(δ18Osw)の表層分布および鉛直構造の比較。(a,d)MIROC6-isoおよび準観測データによる表層 δ18Osw。(b,c,e,f)大西洋および太平洋における年平均鉛直分布のモデル・準観測比較。

関連情報

「プレスリリース①宇宙から観測した「重い水蒸気」で天気予報を変える」(2021/9/14)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/3652/

「プレスリリース②令和2年7月熊本豪雨をもたらした水蒸気の起源と履歴を解明~降水の同位体比から紐解く「線状降水帯」の新しい描像~(発表主体:九州大学)」(2023/3/10)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/4147/

「プレスリリース③大気の水循環を追跡する高解像度シミュレーション ―次世代の水同位体・大気大循環モデルの開発―(発表主体:国立環境研究所)」(2023/12/7)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/4382/

「プレスリリース④全球海洋モデルにより福島第一原発から放出される トリチウムの濃度分布を予測――放出計画をもとにした最新シミュレーション結果――」(2025/7/2)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/4809/

「プレスリリース⑤「水の同位体」を用いて地球の水循環を精密に可視化――国際モデル比較プロジェクト WisoMIP による世界初の標準化解析――」(2026/2/12)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/4990/

本研究成果のもととなった研究経費

JSPS科学研究費助成事業(科研費)(JP22H04938、JP21H05002)、JST 未来社会創造事業(JPMJMI24I1)、JST e-ASIA共同研究プログラム(JPMJSC22E4)、文部科学省 気候変動予測先端研究プログラム SENTAN(JPMXD0722680395)、文部科学省 北極域研究強化プロジェクトArCS-3(JPMXD1720251001)、環境再生保全機構 環境研究総合推進費 S-20(JPMEERF21S12020)、宇宙航空研究開発機構(JX-PSPC-565307)等

用語解説

(注1)水の同位体
水素や酸素の重い同位体である2H(重水素)や18Oを含む水分子のこと。蒸発や凝結といった水の相変化が生じる際に、気体側よりも液体側に、液体側よりも固体側に重い同位体をもつ水分子がより多く分けられるという特徴(同位体分別)により、相変化を伴う地球上の水の循環過程の指標となる。

(注2)気候モデル
地球全体の大気・海洋・陸面・雪氷圏の状態とそれらの相互作用を、力学・熱力学・放射などの物理法則に基づいて数値的に表現したコンピュータプログラム。観測データで検証しながら、過去の気候変動の理解や、温室効果ガスや土地利用変化を仮定した将来予測に用いられている。物理過程や表現方法の違いにより、世界では数十種類の気候モデルが開発されている。

【お問い合わせ先】 

<研究に関すること>
李 一帆(り ゆいふぁん)
中央大学理工学術院 助教
E-mail: yli234[アット]g.chuo-u.ac.jp / yifanli_[アット]outlook.com

岡崎 淳史(おかざき あつし)
千葉大学環境リモートセンシング研究センター 准教授
E-mail: atsushi.okazaki[アット]chiba-u.jp

芳村 圭(よしむら けい)
東京大学生産技術研究所 教授
E-mail: kei[アット]iis.u-tokyo.ac.jp 

<広報に関すること>
中央大学 研究支援室
Tel: 03-3817-7423 Fax: 03-3817-1677
E-mail: kkouhou-grp[アット]g.chuo-u.ac.jp

千葉大学 広報室
Tel: 043-290-2018
E-mail: koho-press[アット]chiba-u.jp

東京大学生産技術研究所 広報室
Tel: 03-5452-6738
E-mail: pro[アット]iis.u-tokyo.ac.jp


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