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差動回転によって磁気の流れを生み出す新原理を発見 -磁気回転効果を用いたスピントロニクスデバイスへの応用へ-

2025年02月10日

※本プレスリリースは、 慶応義塾大学、日本大学、中央大学との共同発表です。

 日本原子力研究開発機構先端基礎研究センターの船戸匠特定課題推進員(研究当時:慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート〔スピントロニクス研究開発センター〕特任助教) 、日本大学文理学部自然科学研究所の木下俊一郎研究員、京都大学大学院理学研究科の棚橋典大特定准教授(研究当時:中央大学理工学部助教)、中央大学理工学部の中村真教授、中国科学院大学カブリ理論科学研究所の松尾衛准教授らの研究グループは、物質の場所ごとに角速度が異なる「差動回転」から磁気の流れが発生することを理論的に示しました。
 約100年前、アインシュタインは「磁気回転効果」を発見しました。この現象は、磁石の磁気量を変化させると磁石が回転運動を起こすもので、磁気と回転が相互に変換可能であることを示しています。この発見は、物質の磁気の起源が「スピン」とよ ばれる電子の量子力学的な回転にあることを示す記念碑的な成果として知られています。また、これはアインシュタインが自ら実証実験を行った、彼の生涯唯一の実験的発見でもあります。
 近年、ナノテクノロジーの進展により、この磁気回転効果が再び注目を集めています。ナノスケールで設計された物質中で、磁気の流れである「スピン流」を生成する方法として利用され、次世代スピンデバイス応用に向けて精力的に研究されています。
 これまでの研究では、固体中に音波を注入して局所的な回転運動を誘発したり、液体金属の渦運動を利用することでスピン流を生成したりしてきました。しかし、これらの手法には、水が渦巻くような「渦度」が必要であると考えられていました。
 本研究では、回転運動における「渦度」に頼ることなく、単に角速度の違いだけでスピン流を生成できる新たなメカニズムを理論的に示しました。これにより、従来ではスピン流の生成が困難とされていた環境でも、スピン流を作り出す道が拓かれます。この新原理に基づく技術は、これまで以上に多様な材料やデバイスでの応用を可能にし、スピントロニクス分野のさらなる発展に寄与することが期待されます。
 本研究成果は、2025年2月6日 発行の米国物理学会誌「Physical Review B」に掲載され、注目論文(Editors' Suggestion)に選出されました。

1.本研究のポイント

  • アインシュタイン唯一の実験としても知られる「磁気回転効果」は、スピントロニクス分野におけるスピン流生成機構としても注目されている。
  • これまで磁気回転効果によるスピン流生成においては「渦度」が必須とされてきたが、本研究では「渦度」の有無とは別に実は角速度差によってもスピン流が生成可能であることを理論的に解明した。
  • 「渦度」のない回転運動の具体例として、2つの円筒に囲まれた液体金属の渦なしの流れでも、角速度の違いから磁気回転効果を介したスピン流が生み出されることを示した。
  • 本研究で構築された理論によって、これまで以上に多様な材料やデバイスで磁気回転効果を利用できる道を拓いた。
     

2.研究背景

 電子は、電気的な性質だけでなく、「スピン」とよばれる量子力学的な自転運動(ミクロな角運動量(※1))に由来する磁気的な性質ももっています。この特性を活用する「スピントロニクス」分野では、磁場や電流を利用したスピン制御が進展することで、エネルギー効率の高い新たなデバイスの開発が期待されています。
 約100年前、アインシュタインとドハース、バーネットは、電子スピンと物質のマクロな回転運動(角運動量)が相互変換可能であることを実験的に示しました[1,2]。この現象は「磁気回転効果」(※2)とよばれ、磁性の根源を探る物理学の基礎研究における画期的な発見とされています。さらに、この効果は、アインシュタインが実際に実証実験を行った生涯唯一の成果としても知られています。
 近年のナノテクノロジーの発展により、磁気回転効果を利用した「スピン流」(※3)の生成技術が注目されています。磁気回転効果は様々な物質で発現するため、従来のように貴金属やレアメタルを用いずとも、銅やアルミニウムのようなありふれた金属材料に基づく安価なスピンデバイスの実現にもつながると期待されています。これまでに、固体表面を伝播する音波(表面弾性波)[3]や液体金属の渦運動[4]を利用することで、磁気の流れであるスピン流を生成する方法が実現されています。しかしながら、従来の手法は水が渦巻くような「渦度」(※4)を必要とするため、適用できる材料や設定などの条件に制限がありました。
 

3.研究内容・成果

 回転運動を特徴づけるものには「角速度」(※5)、「渦度」などがあります。変形しない物体のように、全体が一斉に同じ角速度で回転する剛体回転では、これら「渦度」と「角速度」は比例します。一方、液体をはじめとする、変形できる“やわらかい”物体では、場所によって角速度の異なる「差動回転」(※6)が可能です。このような「差動回転」では「渦度」と「角速度」とは別個のもので、一般的には渦度のない回転運動も起こりえます。
 本研究では、これまで渦度が必須とされていたスピン流生成において、渦度を伴わない運動でも角速度の違いだけでスピン流が生成される新たなメカニズムを理論的に示しました。また、2つの円筒に挟まれた液体金属が形成する渦なしの差動回転流において、半径方向の角速度の違いにより、観測可能なスピン流が生成され得ることも示しました(図1参照)。この発見は、磁気回転効果の本質が一概に渦度だけによるものではないことを提起し、従来の技術の制約を根本的に克服する可能性を秘めています。
 従来の手法では、音波や液体金属の渦運動を用いることが主流でしたが、本研究はよりシンプルな角速度差だけでスピン流を生成可能であることを示唆しています。また、物性理論の研究者と素粒子・重力理論の研究者が協力し、両分野の長所を生かすことでこの現象の発見につながった点も本研究のユニークな点となっています。
 

4.今後の展開

 本研究で提案された角速度差によるスピン流生成メカニズムは、磁気回転効果をスピントロニクス分野へ応用する新しい可能性を切り拓きます。従来の渦度が必要であるとする制約により限られていた適用範囲が大幅に拡大し、多様な材料やデバイスへの応用が期待されます。
 特に、角速度差というシンプルな条件を利用することで、デバイス設計の簡略化が可能となります。また、希少な貴金属やレアメタルを必要としない技術基盤を提供することで、持続可能でエネルギー効率の高いスピントロニクスデバイスの開発が進むと期待されます。
 今後は、理論のさらなる検証と実験的な実証を進めることで、磁気回転効果を活用した次世代デバイスの具体化が進むと考えられます。この新原理に基づく研究の進展により、スピントロニクス分野全体の発展に寄与することが期待されます。

この研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST「ナノ構造制御と計算科学を融合した傾斜材料開発とスピンデバイス応用」(課題番号:JPMJCR19J4)、JSPS科研費(18K03623、19H05821、19K03659、21H01800、21H04565、21H05186、21H05189、23H01839、24H00322)、および中央大学基礎研究費の助成を受けたものです。

<参考文献>

[1] A. Einstein and W. J. de Haas: Experimental proof of the existence of Ampère’s molecular currents, Proc. KNAW 18, 696 (1915).
[2] S. J. Barnett: Magnetization by Rotation, Phys. Rev. 6, 239 (1915).
[3] D. Kobayashi, T. Yoshikawa, M. Matsuo, R. Iguchi, S. Maekawa, E. Saitoh, and Y. Nozaki: Spin Current Generation Using a Surface Acoustic Wave Generated via Spin-Rotation Coupling, Phys. Rev. Lett. 119, 077202 (2017).
[4] R. Takahashi, M. Matsuo, M. Ono, K. Harii, H. Chudo, S. Okayasu, J. Ieda, S. Takahashi, S. Maekawa, and E. Saitoh: Spin hydrodynamic generation, Nature Phys. 12, 52 (2016).

<原論文情報>

・掲載誌:PHYSICAL REVIEW B
・DOI:10.1103/PhysRevB.111.L060403 

<用語説明>

※1 角運動量
回転運動の大きさと方向を示す量。電子はスピンとよばれるミクロな角運動量をもち、物質の磁気の起源として知られている。

※2 磁気回転効果
磁気と回転運動が互いに変換される現象。磁石の磁気量を変化させると磁石が回転運動を始める現象(アインシュタイン・ドハース効果)と、その逆過程である、磁石を回転させるとその磁気量が変化する現象(バーネット効果)が知られている。

※3 スピン流
スピン(磁気的な性質)が流れる現象。電流のように物質内部でエネルギーや情報を運ぶ役割を果たす。

※4 渦度
流体や回転運動における、位置ごとでの渦成分の強さや密度を表す量。絶対的な回転運動を表しているわけではなく、渦度をもった直線的な流れや、逆に渦度のない回転流れなども存在する。

※5 角速度
単位時間あたりの回転角度を表す量で、回転運動の速さの指標。これと回転軸からの半径の積が回転速度となる。

※6 差動回転
位置によって異なる角速度で回転すること。同じ角速度で回転する剛体回転ではないもの。

※6 差動回転
位置によって異なる角速度で回転すること。同じ角速度で回転する剛体回転ではないもの。

・研究内容についてのお問い合わせ先
中央大学理工学部物理学科 教授 中村 真 
e-mail: nshin001z[アット]g.chuo-u.ac.jp 

・本リリースの配信元
慶應義塾広報室(道祖土(さいど))
TEL:03-5427-1541  FAX:03-5441-7640
Email:m-pr[アット]adst.keio.ac.jp
https://www.keio.ac.jp/

日本大学文理学部庶務課
TEL: 03-5317-9677 FAX : 03-3303-9899
E-mail: chs.shomu[アット]nihon-u.ac.jp

中央大学 研究支援室 
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