広報・広聴活動

旧石器時代遺跡出土炭化材の樹種同定と放射性炭素年代測定による新知見について―日本列島の最古級の遺跡、石器群、人類の生活痕跡―

2022年06月27日

概 要

 中央大学、東京大学総合研究博物館、(株)パレオ・ラボの共同研究として、岡山県真庭市・新見市所在の後期旧石器時代遺跡出土炭化材の樹種同定と放射性炭素年代測定分析を実施した。その結果、近畿、中国、四国地域の最古の年代値(約34000〜36000年前)を得ることができた。日本列島の最古級の遺跡、石器群、人類の生活痕跡であることが明らかとなった。
 また樹種同定結果からは、先行研究における花粉分析結果を裏付ける成果となった。つまり最終氷期最寒冷(約25000〜20000年前)の寒冷な気候(亜寒帯性針葉樹)よりも比較的温暖な気候や植生(温帯性落葉樹:サクラ属)であった可能性を指摘でき、これまで旧石器時代は氷河時代であり寒く厳しい気候とされてきた時代観、文化観を見直す材料を得た。
 今後、中国山地のこれら遺跡の継続的なフィールドワークによってさらに研究を推進し、学術的な発掘調査も実施していく予定である。

 

◆調査の経緯
 岡山県教育委員会(1979)、岡山県古代吉備文化財センター(1995)が過去に発掘調査した遺跡から、旧石器時代の石器に伴って炭化材が出土していた。このたび、その炭化材をサンプリングし、(株)パレオ・ラボにて樹種同定分析を実施した上で、東京大学総合研究博物館所有の加速器質量分析装置(AMS)を用いて放射性炭素年代測定分析を行った。

 

◆調査の体制
中央大学、東京大学総合研究博物館、(株)パレオ・ラボの共同研究。
調査参加者:及川 穣(中央大学人文科学研究所・客員研究員)
      小林 謙一(中央大学文学部・教授)
      遠部 慎(中央大学人文科学研究所・客員研究員)
      米田 穣(東京大学総合研究博物館・教授)
      尾嵜 大真(東京大学総合研究博物館・特任研究員)
      大森 貴之(東京大学総合研究博物館・特任研究員)
      小林 克也(株式会社パレオ・ラボ)
      小嶋 善邦(岡山県古代吉備文化財センター・総括副参事)
      灘 友佳(松江市文化スポーツ埋蔵文化財課・主任主事)

調査原因:日本学術振興会科学研究費補助金による成果
     挑戦的研究(萌芽)「高精度年代測定法の開発と適用可能な考古・歴史資料の拡大」
     (2019-2021年度・研究代表者:小林謙一・19K21654)
     基盤研究(C)「資源開発行動からみた現生人類の日本列島への定着過程」
     (2021-2023年度・研究代表者:及川 穣・21K00958)

調査協力者:国立歴史民俗博物館・坂本 稔、山本里絵
      東京大学総合研究博物館
      岡山県古代吉備文化財センター
      真庭市教育委員会
 

◆調査の目的・方法・成果
 調査期間:サンプリング実施日2020年9月18日他
 調査目的:石器群の分布と炭化材の共伴関係を捉え、遺跡を残した人々の活動の年代を推定する。
 調査方法:樹種同定は走査型電子顕微鏡による検鏡、写真撮影。放射性炭素年代測定は加速器質量分析装置(AMS)による分析。
 調査成果
(1)遺跡・石器群の特徴
    蒜山高原遺跡群(中山西遺跡・下郷原田代遺跡・城山東遺跡)は、台形様石器群と局部磨製石斧を主体とする石器群であると評価
         できる。
  ⇨整合的な放射性炭素年代として信頼性の最も高い中山西遺跡を基準にするならば凡そ34000-36000 cal BP前後の値を与えること
           ができる。石器群との整合的で確実な放射性炭素年代としては、近畿・中国・四国地方の放射性炭素年代の最古値となった。 

(2)気候・植生・海水面変動
    28000 cal BP前後を遡る時期の比較的温暖な気候と植生(サクラ属・コナラ属・ブナ属等)から、最終氷期最寒冷期(LGM)にむかって亜寒帯性の気候・植生(トウヒ属・マツ属・モミ属等)へと変化していることが予想され、重要な所見となった(及川他2022a『中央史学』45,2022b『旧石器研究』18)。
 ⇨列島規模の国立歴史民俗博物館DB(工藤他2018)からも整合的(地域的な変異あり)。
 ⇨花粉分析の結果(大井2016)を裏付けることとなった。
  とりわけ、北緯36°前後以南(主に西日本)で顕著。地域的な傾向性や変化を丁寧に復元していく必要がある。古気候・古環境の復
       元は理化学的年代測定値や樹種だけでなく花粉など複合的情報を積み上げていった先に得られるものと考えられる。今後も、事例
       データを積み重ね、列島における後期旧石器時代の古環境についてさらに検討していく必要がある。

 

◆意義
 考古学的な最終目的として、資源開発行動からみた現生人類(ホモ・サピエンス)の日本列島への定着過程を明らかにすることを掲げている。つまり、無人の日本列島に初めて到達し、定着に成功した解剖学的現生人類(ホモ・サピエンス)がどのように新天地への適応を果たし生活領域を認識し、暮らし始めたのか。その文化的特性は何か、いかなる社会的関係を築いてそれを成し遂げたのか。このような所謂「日本人」の起源に関わるような問題を解明するための最古級の遺跡が蒜山高原を中心とした中国山地に残されていたことがわかってきた。
 今回の報告のように、炭化材の樹種同定と放射性炭素年代測定分析を含め、各種理化学的な分析によって、年代、古気候、古植生、古動物相、当時の海水面など古環境を復元することがきわめて重要であることがわかる。今後もこれら人類史的にも重要な研究を本地域のフィールドワークからアプローチしていきたい。
 

◆参考文献
大井信夫2016「花粉分析に基づいた日本における最終氷期以降の植生史」『植生史研究』25:1-101
岡山県教育委員会1979『野原遺跡群早風A地点 岡山県埋蔵文化財発掘調査報告32』
岡山県古代吉備文化財センター 1995 『中国横断自動車道建設に伴う発掘調査2(本文)中山西遺跡 ; 城山東遺跡 ; 下郷原和田遺跡 ; 下郷原田代遺跡 ; 木谷古墳群 ; 中原古墳群2』、424頁、岡山
及川 穣・遠部 慎・小嶋善邦・小林謙一 2022「岡山県新見市野原遺跡群早風A地点の年代学的検討―石器群の分布と炭化材の炭素14年代測定分析―」『中央史学』45:17-37
及川 穣・小林謙一・遠部 慎・米田 穣・尾嵜大真・大森貴之・小林克也・小嶋善邦・灘 友佳2022「中国山地における後期旧石器時代前半期遺跡の年代学的研究―出土炭化材の樹種同定と放射性炭素年代測定―」『旧石器研究』18:125-139
工藤雄一郎・坂本稔・箱﨑真隆2018「遺跡発掘調査報告書放射性炭素年代測定データベース作成の取り組み」『国立歴史民俗博物館研究報告』212:251-266.
小嶋善邦2020「野原遺跡群早風A地点の再評価」『第36回中・四国旧石器文化談話会 中国山地東部の石器石材―野原遺跡群早風A地点の再評価から―』、15-43頁、岡山、第36回中・四国旧石器文化談話会実行委員会

【お問い合わせ先】 
<研究に関するお問合せ>
及川 穣(オヨカワ ミノル) 
中央大学人文科学研究所 客員研究員
 TEL:080-4071-9423
 E-mail: ominoru003@g.chuo-u.ac.jp

<広報に関するお問合せ>
学校法人中央大学 広報室
 Email:kk-grp@g.chuo-u.ac.jp

◆参考資料

【分析対象資料】遺跡と石器群

 

【分析対象資料】石器群と炭化材の分布状況

 

 

【樹種同定結果】サクラ属・カヤ:温帯性落葉樹 トウヒ属・マツ属等:亜寒帯性針葉樹

【放射性炭素年代と較正曲線(IntCal20)】

 

【海水面変動と中国山地の旧石器時代遺跡群の位置、隠岐黒曜石原産地】