学部・大学院・専門職大学院
専門領域
国文学専攻における専門領域
本学の国文学専攻で研究できる専門領域は以下のようなものがあります。 担当する専任教員からの一言を添えます。
日本語ベースの言語文化であれば、そのほとんどをカバーできます。 専任教員が、ゼミナール・演習・講義等を通じて、学生を指導します。 各ゼミナールの内容・方針については、教員紹介ページをご覧ください。
上代文学
奈良時代以前の作者・作品を対象とします。文学が最初に成り立ってくる時代ですので、創造のエネルギーにあふれており、あらゆる方法、見地から研究できる可能性と問題とを孕んでいます。漢字の文献・資料を相手にすることと、蓄積された研究の歴史を吸収する困難さはありますが、それだけにこの沃野は切り拓いてゆく甲斐があります。
あをによし奈良の世の人々と喜怒哀楽を共にし、
「酒を讃むる歌」(大伴旅人)に共に酔う。醍醐味です。
中古文学
平安時代の文学作品およびそれに影響を受けた作品について研究します。平安時代には『古今和歌集』や『源氏物語』など、後世の人々にとって“教科書”的な意味を持つ作品たちが生み出されています。それぞれの作品には何が描かれているのか。またそれらは後世の人々にどのように受け入れられたのか。これらの問題について、平安時代から現代にいたる文学作品・伝承・絵画・石碑など、あらゆる視点から考えていきます。
男女の恋愛だけじゃない。
雅びのイメージの奥にはさまざまな人間の本質が隠されている。
それを感じとることこそに、平安文学のおもしろさがあります。(中川照将)
中世文学
平安時代末期(12世紀末)から安土桃山時代(16世紀末)の400年間、いわゆる中世と呼ばれる時代の文学事象を研究する学問です。研究対象と向き合い、資料を読み込み、分析・考察していくことが基本ですが、中世文学は特に当時の社会状況や文化的・歴史的背景と切り離せない分野です。文献の読解だけではなく、対象とする作品や事柄それぞれの背後にあるものを探りつつ考えるところが、中世文学研究の面白さです。
荒々しく騒々しいのに儚く美しい。無常なのに不変。
それが中世文学の魅力です。(吉野朋美)
近世文学
徳川幕府の成立時期あたりから、明治維新あたりまで(つまりほぼ江戸時代)にできた文芸や芸能を中心として、それらと深い関わりをもつ浮世絵や学問などの文化全般についても考える学問です。
日本の近世はムダであふれた時代、ムダが無価値ではなかった時代なのです。(鈴木俊幸)
近代文学
明治以降の小説のほか、詩歌・戯曲などを研究対象としています。古典研究と基本は同じですが、私たちが生きている現代までを扱います。夏目漱石や森鴎外といった古典的な文豪の作品から、村上春樹や金城一紀、場合によっては映画化された作品やJポップの歌詞まで研究対象に入ってくることがあります。
人間に興味がある人来たれ。
文学作品は人間を理解するための最高の題材です。(宇佐美毅)
政治哲学者のハンナ・アーレンは、人間の生活の中に「ア・スコリア」(余裕がないこと)があると、人々の思考はその場しのぎになり、習慣や偏見に依拠することになると言っています。
してみると、「文学」とは「余裕」の別名なのではないでしょうか。(富塚昌輝)
文学は薬より毒になるものですが、その毒がやがて薬になることもあります。(山下真史)
日本漢文学
奈良時代から江戸時代までの作品を漢文学の視点で学びます。古代から近世まで日本人は中国文化を標榜してきました。ですからすべて日本の古典文学作品は何らかの形で、中国文化と無関係ではありません。むしろ、中国文化を考えることによって、作品の背景を考えることになり、それは作品をより深く読むことになります。このような時間軸(歴史的視点)と空間軸(国際的視点)によって対象を考えることはまた、現代社会におけるものの見方の基本となるはずです。
全ての対象は「比較」して初めてその位置づけがなされるのです。(小野泰央)
国語学
日本語のしくみを研究する学問です。音韻・語彙・文法・文字など、言語の体系を研究対象とします。また、歴史的変化・地理的変化・社会的変化など、日本語の多様性を研究します。本学には、文献に基づく日本語の歴史的な研究の伝統があります。近年では現代語の諸問題を学ぶ学生が増えています。
「ことば」というのは、「いいかげん」なのに「決まりきっている」。
そこがおもしろいと思います。(藤原浩史)