ドイツ語文学文化専攻

授業探訪

講義

ドイツ語学Ⅰ

ドイツ語発見、日本語再発見 ~ことばを通して見る社会と文化~

ドイツ語文学文化専攻
林 明子 教授

授業のテーマ

わたしたちのことばには、「知っているけどわからないこと」がたくさんあります。「君を愛す」は言えるのに、なぜ「君に愛す」はだめなのか。ドイツ語 "Ich liebe dich" も同様です。日本語の名詞がドイツ語になると性が決まります。Sushiは中性名詞、Tatamiは女性名詞です。Mangaは、男性か中性かまだ決まっていません。何気なく使っていることばの中に規則を見出し、背景にある社会や文化との関係についても考えます。

授業の進め方

身近な例を取り上げ、個々の言語事実に基づいて言語変種を客観的に記述・分析する方法を学びます。学生は、社会言語学や言語史などの専門用語や方法論を学んだ上で、必ず実際の資料を分析し、考察した結果を報告します。具体的には、言語行動の日独比較や言語政策などについて議論をしたり、修道院などに保存されている資料を元にドイツ語の変遷を辿ったりします。

受験生へのメッセージ

ことばには、ひとの心を動かし社会を変える力があります。積み重ねられてきた歴史や、ことばを使う人たちの文化も隠されています。異なる言語との比較を通して、身近ゆえに気づかないことばの魅力を探ってみませんか。

ドイツ文学史(1)

ドイツ文学の森を歩く

ドイツ語文学文化専攻
羽根 礼華 准教授

授業のテーマ

中世から現代までのドイツ語圏の文学の歴史を学びます。文学作品のひとつひとつが木であるとすれば、文学史の授業は森を歩く時間です。ルターが活躍した頃、本はどのように作られていたのか。グリム兄弟が童話集を編纂した頃のドイツとフランスの関係は。デーブリーンが『ベルリン・アレクサンダー広場』を書いた頃、ベルリンはどのような都市だったのか。作品が成立した時代の見通しを得ることで、作品自体の理解も深まります。

授業の進め方

時代ごとに、まずは文学の土壌となった政治社会と文化の状況を概説します。その上で、代表的な作品を講読します。いわば、森の中で立ち止まって木を眺め、枝葉に触れる時間です。講読には日本語訳を用いますが、ドイツ語の原文を参照することもあります。シラーの戯曲に基づくオペラ「マリア・ストゥアルダ」、ハイネの詩にズィルヒャーが曲をつけた歌曲「ローレライ」、トーマス・マンの小説が原作の映画「ヴェニスに死す」など、講読作品に関連の深い芸術も鑑賞します。

受験生へのメッセージ

たくさんの本を読んで、心に響く作品、頭を揺さぶる作品に出会ってください。ドイツ文学史の授業も、そのような作品と出会い、付き合いを深める場となることを願います。

専門演習

縄田ゼミ(ドイツの文学・思想・文化)」

美術を通じてヨーロッパを学ぶ

ドイツ語文学文化専攻
縄田 雄二 教授

ゼミ生の声

文学部人文社会学科ドイツ語文学文化専攻には、ドイツの現代史、文学、演劇、言語学などをテーマとするゼミがあります。私たち縄田ゼミの今年度のテーマは美術です。毎年美術ゼミを担当するDethlefs先生が研究専念期間に当たるため、今年度は縄田先生が美術に関するゼミを開いてくださいました。私は入学当初から美術をテーマに卒論を執筆したいと考えていたので、迷わずこのゼミを選びました。

前期は、古代ギリシア・ローマ神話、旧約聖書や新約聖書、ダンテの『神曲』といった古典を中心に授業を行いました。これらの古典の知識は、ヨーロッパ美術を理解するために必要です。「西洋美術史のさまざまな時代区分」や「リルケのロダン論」など、ヨーロッパ美術に関する一連の発表題目から自分の関心の高いものを選んでゼミ論を執筆し、授業で口頭発表を行いました。私は「美術の題材としてのヘラクレス」をテーマに選びました。ヘラクレスはギリシア神話に登場する英雄であり、多くの彫刻や絵画の題材になっています。私は理想の男性像としてたくましく描かれることの多いヘラクレスが、女性らしく描かれている作品があることに興味を持ちました。調べてみると、ギリシア神話にヘラクレスがオンファレという女王に奴隷として売られる場面があり、ヘラクレスはオンファレとともに描かれる時に女性らしさが表れると分かりました。現代よりもさらに男性が優位であった社会が、男女の立場が逆転した構図を求めたのです。ある文化の彫刻や絵画を理解することは、その社会や時代背景を理解することと深く関係していると感じました。

前期の授業の成果の確認と後期の授業の準備を兼ねて、私たちは九月に上野の国立西洋美術館に行きました。美術館の前庭では、ロダンが彫ったアダムとエヴァの像や地獄の門の彫刻を鑑賞しました。ここでは授業で行ったルター訳の旧約聖書の読解と、ダンテの『神曲』についての議論が役に立ちました。館内には作品が描かれた時代順にたくさんの絵画が並んでいましたが、前期の授業のおかげでどの古典のどの場面を取り上げているのかが分かりました。私が発表した「ヘラクレスとオンファレ」の絵も飾られていたので、自分の論文の確認も込めて鑑賞しました。国立西洋美術館の常設展は中央大学の学生証があれば無料で観ることができるので、一度訪れることをおすすめします。

後期の授業では、印象派を中心とした絵画について詩人リルケの書いた文章をあつめた原書を精読しています(Rainer Maria Rilke, »Im ersten Augenblick«. Bildbetrachtungen, hg. von Rainer Stamm, Berlin: Insel 2015 (= Insel-Bücherei Nr. 1407))。取り上げられている絵画はゴッホやモネが描いた、誰もが一度は目にしたことのある有名なものばかりです。みんなで議論をするうちに、リルケが文章中で言及していない点に気が付いたり、違う解釈が生まれたりと、絵画鑑賞の楽しさを感じています。

このように、縄田ゼミではドイツ語圏だけでなくヨーロッパ全体の美術を学んでいます。私はこのゼミで、四年間の学生生活の集大成となるように、「ドイツ語圏画家の描く裸婦像」をテーマに卒論を執筆しています。前期にヘラクレスを題材とした美術作品について調べたことが、卒論の方向を明確に示してくれました。絵画について論じることは易しくはなく、頭で考えていることを的確に表す言葉が見つからずになかなか書き進められないこともありますが、授業での先生や友達の発言が執筆のヒントになることがあるので心強いです。

縄田ゼミに入り美術をテーマに議論を重ね、文献を調べて論文にまとめる中で、確かな知識を得たと感じる充実した一年間を送ることができました。ゼミ活動や卒論執筆は大学生活で大きく成長できるチャンスと思うので、これからゼミを選ぶ人たちは興味のある分野を早めに見つけて、しっかりとゼミ選びを行ってほしいと思います。

ドイツ語文学文化専攻4年 吉井汐希(2017)

指導教員からゼミ生へ

われわれの所属するドイツ語文学文化専攻は、人文科学・社会科学のなかの「地域研究(area studies)」という分野に位置する。狭く言えばドイツ語圏、広く言えばヨーロッパという地域を良く知る者として皆さんが卒業してくれることを私は願う。言葉(ドイツ語)を学ぶこと。ドイツ語圏・ヨーロッパの歴史、宗教、文化、社会を知ること。日本・東アジアと、ドイツ語圏・ヨーロッパとをさまざまに比較すること。両言語や両地域の差を越えてコミュニケーションした経験を重ねること。こうした訓練をしっかりと積んでほしい。われわれのゼミで、前期の授業における準備を経て、ともに上野公園に赴いたのも、国立西洋美術館という、日本のなかのヨーロッパに遊び、その宗教的背景も含めてヨーロッパを理解する訓練であった。

ドイツ語圏についての学びは他地域にも応用できる。例えば皆さんが、就職先からタイへの赴任を命ぜられたとしよう。すべきことは、大学でおこなったのと同じである。言葉を学び、歴史、宗教、文化、社会を知り、日本と比較し、差を乗り越えて意思疎通するための鍵を把握する――ドイツ語圏についておこなった作業を別の言葉、別の地域について繰り返せばよい。要領よくできるはずだ。国際的な状況で働き成果を挙げるための能力は、世間のひとびとに比べ、皆さんの方がはるかに高いはずである。皆さんが大学で身につけている能力は、社会に出てから幅広く生かせる普遍的なものだ。生かして、活躍してほしい。

皆さんが後期の授業で読んでいるのは、百年前の詩人が書いた、学習者にとり全く容赦の無いドイツ語である。この原書を、教師の助けこそ有れ、ドイツ語を学び始めて三、四年で読めているのは驚くべきことだ。この高みに立ったことを、卒業後も忘れないでほしい。皆さんは、外国語習得の成功者だ。言語学の授業も履修し、言語の習得・分析能力全般を高めたのだ。ドイツ語を磨く、英語の力を上げる、あらたな言語に挑む、なんでもいい。卒業後も言語の学習を続け、中央大学で高めた能力を生かしてほしい。

縄田雄二(2017)
『草のみどり』第300号より再録

磯部ゼミ(ドイツの近現代史)

歴史から見えてくるドイツ社会の多面性

ドイツ語文学文化専攻
磯部 裕幸 教授

ゼミ生の声

磯部先生のゼミは、指定された文献の内容や学生自身の論文構想について発表することを中心に展開していきます。
前期では、3年次の事前課題発表のほか、多民族都市ウィーンの文化を扱った文献講読に取り組みました。
発表者は、発表方法やレジュメの形式について自由に工夫することができます。どうしたらうまく伝わるかを考えながら準備することで、おのずと自身が担当する箇所への理解が深まります。また、自身の理解を整理していくことは、理解が不十分な点や疑問点などを洗い出すことになります。磯部先生は分からなかった部分や疑問などを聞き手に投げかけることを重視してくださるので、文献を読んでいて腑に落ちない箇所があった際は、ほかの歴史的事象と照らし合わせて自分なりに考えをまとめてから授業に臨むようにしていました。そうすることで、学びが豊かになっていると感じました。
磯部先生の専門はドイツ史であるため、履修する学生は歴史学的視点を身につけていくことになります。ゼミ以外では歴史学以外の授業を受けられますので、ゼミに入るまでの私の頭の中は、さまざまな分野の方法論が氾濫している状態でした。
ゼミでは、文献で説明されていることを歴史的背景と結びつけて学んでいきます。まだ私は歴史学的視点とは何かということを完全に理解できているわけではなく、先生による解説やゼミの先輩方の発表から思考方法や方法論を学んでいる最中です。しかしながら、ゼミでの学びをとおして、歴史と文化、過去と現在、あるいはドイツ語圏と世界が密接につながっているさまを発見することができています。歴史用語の丸暗記に終始した中高時代の勉強とは違い、大きな関心を持って取り組んでいます。
後期になると、いよいよ論文の執筆に入っていきます。4年生は卒業論文または卒業研究、3年生はゼミ論文に取り掛かります。3年生は夏休み中にゼミ論文の構想を作成するのですが、形式、テーマの選定、構成に至るまで知らないことばかりで、一つの論文を練り上げる難しさを知りました。しかし、夏休み中には数回にわたって先生に添削していただく機会が、授業においては論文の書き方を繰り返し学ぶ機会があります。具体的なコツも教えていただけるので、何度もやり直すうちに論文作成の要領を掴むことができます。
ゼミに入ってから直面し、今なお難しいと感じている問題は、自分なりの視点を見つけるということです。ゼミ論文のテーマを決めても、まだ視点を定めることに慣れていないうえに、テーマにしたい分野についてどのように研究を進めていけばいいのかわからないため、それは簡単な作業ではありませんでした。しかし、磯部先生のゼミは論文を書く場であるだけでなく、さまざまな視点を学ぶ場だと感じています。前期の文献についての発表においても、聞き手の学生から質問する機会が多くありました。ほかの学生の質問を聞くことは、自分が思いつかなかった視点を学ぶチャンスです。実際に前期では、ほかの学生の疑問や着眼点に触れることで、自分の頭の固さを痛感しました。後期では学生がそれぞれの論文の計画について発表するため、前期よりも一層自分の思考を他人に評価してもらう機会が増えます。人によって扱うテーマも異なるので、視野を広げられる学びができるのではないかと期待しています。
高校での授業や大学1年次の基礎的な授業と、大学3年次以降のゼミとの違いは、学ぶ範囲が決まっているか否かだと思います、ゼミではテキストとして文献を講読しますが、単に文献を読むだけでなく、それをきっかけとして自分に必要なことは何なのかを学ぶのが目的なのではないでしょうか。磯部先生のゼミは、対話的な部分と、決まった正答がないという自由により、自分に足りない部分を見つけるとともに、それを成長させる場であるように感じています。学びたいことを学びたいだけ学べる、このような恵まれた環境に感謝しながら、これからもさまざまな視点に触れ、少しでも自分を成長させていけたらと思っています。

ドイツ語文学文化専攻3年 宇多川恵(2022)

指導教員からゼミ生へ

このゼミでは、ドイツ語文学文化専攻の3年生9人、4年生12人が主にドイツ史を学びながら、それぞれの興味関心に従って研究を進めています。また最近では、環境やジェンダー、少子化、労働の在り方など、現代の日本でも社会問題化しているテーマを取り上げる人も増えています。その意味でこのゼミは、過去と現在におけるドイツ社会のありようを多面的に分析しているといえるでしょう。学生の知的関心が実に多様なことは、昨年度の卒業論文のテーマが示す通りです。
「ビスマルク外交をめぐるさまざまな評価について」「ドイツの事例から考える日本林業再生の可能性」「環境政策に果たしたブラント政権の役割」「近代ドイツ語圏における『中欧構想』について」「カレル・チャペクから考える戦間期チェコスロヴァキアの民主主義について」等々。
これらは、扱う時代も論じる対象もまちまちで、一見このゼミのまとまりのなさを示しているかのように思えます。しかし卒業論文はいずれも、ゼミでの主体的な学びを通してみずから「問い」を発見し、「ドイツとは何か?」「ヨーロッパとは何か?」ということを真剣に攻究した成果です。「論文を書く」という、それ自体大変な作業の中でみずから考えたこと、あるいは自分の立てた「問い」と真剣に向き合ったことは、皆さんの一生の財産になると思います。在学生も、学問と真摯に向き合う先輩たちに倣うべく、みずからの研究に勤しんでほしいと思います。

磯部裕幸
『草のみどり』第335号より再録