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地方都市の美術館における特色ある教育普及活動の調査~北海道立近代美術館が行う移動美術館を見学して感じたこと~

文学部人文社会学科 フランス語文学文化専攻 4年
梶 彩夏

 2013年9月11日~15日まで、中央大学から学外活動応援奨学金を頂き、北海道立近代美術館が主催する「移動美術館」を見学した。12日に北海道立近代美術館の苫名真学芸員に「移動美術館」の概要を伺い、13日に奥尻町の稲垣森太学芸員に今回「移動美術館」を開催した動機や離島にとっての美術館につてお話を伺った。それを基にここを記していく。

 今回私が北海道を訪れた目的は、卒業論文の考察を深めるためであった。私は卒業論文において「誰にとっても楽しめる美術館とはどんなものか」という疑問を原点に、美術館での障害者対応を中心に考察しているが、日本の美術館はまだ障害者に対して開かれた場所ではない。「どうしたら、美術館は障害者も気軽に訪れる場所になるのか」ということを考えるために、教育普及活動に力を入れている北海道近代美術館、またこの館が力を入れている移動美術館を訪れ、そこで長年教育普及活動に尽力されてきた方、プログラムに参加されている方に取材をし、私もプログラムに参加することで卒業論文の考察を深めるきっかけになればと思い、訪れることにした。

 北海道立近代美術館が実施している「移動美術館」とは、北海道にある6つの道立美術館・芸術館にあるコレクションの中から秀作を選び、道内各地を巡るもので、1983年から行われている。1これが始まった経緯は、北海道立近代美術館が開館当初から教育普及に力を入れていた、また地域を大切にしていたからであった。現在では年に2つの地域で開催。開催される地域は、北海道の全部の自治体に募集をかけ、応募をした自治体の中でまだ開催をしていない地域や、開催すべき理由のある地域など複数要件で判断し、実施をする地域を決定している。作品は、北海道立近代美術館と開催される地域に近い道立美術館の作品を持っていくが、開催される地域出身者やゆかりのある作家がおり、所蔵している場合は積極的にその作品を持っていく。

1北海道立近代美術館 http://www.aurora-net.or.jp/art/dokinbi/info/artevent.html#idoten (2013/11/22))

北海道立近代美術館外観

 普段美術に触れる機会のない人にとって、美術館が自分の住む町に移動をし、有名な作品を間近で観ることができることは、とても素晴らしい活動である。しかし館内で行うワークショップなどに比べると、準備や費用がかかる中でも、この活動を長年に渡って行っている理由を伺った。

様々な資料を用意して、お話をしてくださった苫名真学芸員

 続いて、「移動美術館」が開催される奥尻町に向かった。丘珠空港から函館空港へ行き、そこから飛行機を乗り継いで奥尻空港に到着した。北海道を訪れるのは4度目だが奥尻島は初めてだった。早速、私は会場である「奥尻海洋研修センター」を訪れた。奥尻町での「移動美術館」の開催期間は、9月13日~17日の5日間だった。私は、奥尻町の稲垣森太学芸員にお話を伺った。

「移動美術館」が行われた「奥尻海洋研修センター」

 今回、奥尻島で移動美術館が開催された経緯は1996年に初めて「移動美術館」を開催してから月日が経っていること、また1993年に起きた「北海道南西沖地震」から今年で20年という節目の年であったからだ。

 今回島に美術館がやってくるということに対し、島民の反応は様々ではあるがすごく興味があり、「レプリカでしょ?、警備面が心配、うちの主人はぜひ行きたいと言っている」などの声があったという。やはり、美術館は離島ということもあり、都市部に住む人に比べると距離的に気軽に訪れやすい場所ではない。しかしだからと言って美術に触れる機会を創出しないのではく、今回の「移動美術館」を開催することで何かきっかけを与えていきたいと稲垣学芸員は語る。

 「今回開催したのは、まずは鑑賞の機会を設けることでした。どのように感じるかは鑑賞者の感性に任せますが、学芸員の解説や講座を行うことで、芸術文化への理解を深め、関心を高めたいという目的でこれを開催しました。またかつてあった地元の絵画サークルなどの活動が再燃して欲しいという思いもあります」。

 「作品をみることで何か島民に影響があれば」ということを考えられながら、このような活動が行われていたのだということを実感した。

過去の資料なども用いて説明をしてくださった、稲垣森太学芸員

 お話を伺った後、「移動美術館」を見学した。体育館のような空間に、41点もの作品が展示されていた。見学する前は、正直学校の文化祭で美術部の作品が展示されているような雰囲気なのかと思っていた。しかし、一歩足を踏み入れるとそこには想像以上の世界が広がっていた。美術館のように、キャプションが付けられていたり、必要があればスポットライトがあてられていたりなど、ただ作品を並べただけではなく、限られた環境の中で美術館のような空間を作り上げている点が印象に残っている。またパブロ・ピカソやモーリス・ユトリロなどの有名作家の作品もならべられていることに驚いた。たしかに、体育館のような場所に作品が置いてあるため、美術館が醸し出す独特な雰囲気はないかもしれない。しかし、受付を担当する教育委員会の職員の方、警備をする地元の警備会社の方々が来館された島民の方と鑑賞中や鑑賞後などに、美術作品を通して自然と会話がうまれ、話をしている雰囲気がとても温かかく感じた。私は無機質ではない人間味のあるこの展覧会は、ある意味で都市部では味わうことのできない素敵な展覧会のように感じた。

 また見学に来られている方数人にも感想を伺った。

 「都市部に住んでいる姉が美術館に行くという話を聞いていて羨ましいと思っていました。自分は都市部に行くときは何か用事があるときだから、なかなか美術館には行かれない。こういう機会があるのは嬉しいです」や「せっかく美術作品をみる機会があるのだから、多くの子ども達に見てもらいたい」などと言う声があった。

移動美術館内様子。島民は一つ一つの作品をじっくりと鑑賞していた

 滞在中何度も移動美術館を訪れたが、印象に残ったことがある。それは作品を観ている方の表情だ。老若男女関係なく、一つの作品をじっくりと真剣に観ている眼差しは、キラキラと輝いていた。お話をしている中で稲垣学芸員が仰っていたことがある。「お金がないからと言って、芸術に触れる機会を与えないのかというとそれは違う。なんとかこのような機会を創出していきたい」と語っていた。美術館を訪れるには「離島」というハンディがあったとしても、このような機会を創出していく大切さを実感した。今回。奥尻島まで訪れたことで美術が好きかどうかではなく、どんな人にとってもまずは美術に触れるきっかけを提供していく重要性を改めて実感した。

宿泊していた民宿の前で稲垣学芸員と

参考URL
北海道立近代美術館、http://www.aurora-net.or.jp/art/dokinbi/info/artevent.html#idoten (2013/11/23)