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中央大学史資料集

『中央大学史資料集』の公開

 中央大学では100年史編纂の過程で複製等で収集した公文書や学内記録等を『中央大学史資料集』の標題で冊子体資料集として刊行してきております。

 英吉利法律学校の設立に関する史料、創立後の学校運営に関する公文書等、学内の学事や広報に関する記事等、原文書に基づきつつ、現代人が閲覧しやすいよう翻刻してまいりました。また、創立者のひとりである菊池武夫の書簡、日記、金銭出納帳を同様に翻刻してまいりました。さらに、解題を付すことにより史料の理解を助けるよう配慮をしています。

 今回、その第1集に遡って、最新刊の第27集(2015年3月刊行)まで、記事単位に分割したうえでpdf版で公開いたします。近代日本とともに歩んできた中央大学の姿を約2,000の公文書等で確認できるウェブ版資料集です。なお、冊子体資料集の口絵、あとがき、奥付、広告、委員会名簿は今回の公開では省略しております。

 資料集の構成は以下のとおりです。

 第1集-第2集 東京都公文書館所蔵 中央大学関係史料

 第3集 東京大学所蔵 中央大学関係史料

 第5集、第7集-第8集、第10集、第12集-第16集 国立公文書館所蔵 中央大学関係史料

 第17集以降 『法学新報』所載 中央大学関係記事

 第4集、第6集、第9集、第11集 菊池武夫関係史料

 掲載にあたって以下の諸機関、諸氏に感謝を申し上げます。国立公文書館、東京都公文書館、東京大学総合図書館(当時)、東京大学百年史編集室(当時)、創立者菊池武夫のご親族。

 なお、史料中には現代では不適切な表現のある場合もありますが、歴史的史料である点を考慮してそのままの表記といたしました。

<正誤表について>

 冊子体資料集を刊行した後に判明した誤りについて「正誤表」(pdfファイル390KB)を作成しています。ご利用にあたってはこちらも参照いただくようお願いいたします。目次に限って、今回公開のウェブ版資料集には修正を施しています。

(1)Internet Explorer(インターネットエクスプローラー)で閲覧する場合、ブラウザ内でpdf表示ができるよう、Acrobat Readerの環境設定(Acrobat Reader 11やDCではアクセシビリティ設定アシスタント)でpdf表示を有効にしてください。

(2)Google Chrome(グーグルクローム)で閲覧する場合、pdf表示のプラグインを導入し、ブックマーク機能で閲覧してください。

注:資料集の編集は、第19集までは中央大学百年史編集委員会専門委員会が、第20集以降は中央大学史料委員会専門委員会が行なっています。

1 公文書

  概要 概要補足 解題 冊子体発行
第1集 東京都公文書館所蔵 中央大学関係史料

東京都公文書館に所蔵されている本学関係の諸史料を収録。英吉利法律学校創設から大学令公布前後にいたる本学の姿を浮き彫りにする資料集。

参考として、三菱商業学校、明治義塾、東京英語学校に関する史料も収録。
なし 解題あり 1984年3月発行
第2集 東京都公文書館所蔵 中央大学関係史料(その2)

第一集に続き東京都公文書館に所蔵されている本学関係の諸史料を収録。大学令公布から1941(昭和16)年にいたる本学の歩みを明らかにする史料。

参考として、三菱商業学校、東京攻法館、東京英語学校、中央高等予備校、中央大学商業学校、杉並中学校に関する史料を収録。
なし 解題あり 1987年3月発行
第3集 東京大学所蔵 中央大学関係史料

東京大学事務局および同大学附属総合図書館に所蔵されている諸史料のなかから本学関係の史料を選び、329点を収録。1871(明治4)年から1937(昭和12)年の67年間にわたる史料。
東京大学に学んだ本学創立者たちの諸活動をはじめ、本学の前身である英吉利法律学校創設の過程や「私立法律学校特別監督条規」をめぐる帝国大学との関係、さらに東京大学から本学への講師出講に関する諸問題などを明らかにする貴重な史料を満載し、最後に史料解題を付す。 解題あり 1988年11月発行
第5集 国立公文書館所蔵 中央大学関係史料(その1)

1924(大正13)年から1934(昭和9)年に中央大学が提出した諸申請と、その認可をめぐる文部省公文書18点を収録。

「文部省公文書昭和47年度移管分」に収録された史料を対象とした。
大学令への準拠を実現した本学が、その後学科課程や諸施設を徐々に整備・拡充していく様子が鮮やかに浮かびあがる。
第1集・第2集に翻刻した東京都公文書館所蔵の関係史料とともに本学百年史の骨格をなす基礎的史料である。
解題;第8集にあり 1989年12月発行
第7集 国立公文書館所蔵 中央大学関係史料(その2)

1935(昭和10)年から1943(昭和18)年に中央大学が提出した諸申請と、その認可をめぐる文部省公文書17点を収録。

「文部省公文書昭和47年度移管分」に収録された史料を対象とした。
学則改正を中心とする申請から、教練・修身を必須科目に加えて軍事教練を強化し、報国隊・奉公団の結成を進めた本学の姿が浮かびあがる。 解題;第8集にあり 1990年12月発行
第8集 国立公文書館所蔵 中央大学関係史料(その3)

1928(昭和3)年から1962(昭和37)年に中央大学が提出した諸申請と、その認可をめぐる文部省公文書21点を収録。

「文部省公文書昭和47年度移管分」に収録された史料を対象とした。
内容は、新制中央大学の設立関係資料、中央大学商業学校、中央工業専門学校の設立認可、運営関係史料に分類される。 解題あり 1991年3月発行
第10集 国立公文書館所蔵 中央大学関係史料(その4)

1923(大正12)年11月から1951(昭和26)年12月までの間の史料55点を収録。参考として中央大学商業学校台帳ほか2点を収録。

「文部省公文書昭和59年度移管分」に収録された史料を対象とした。
各詔書・勅語の奉読・趣旨貫徹についての通達や御真影の下賜および奉還についての通達、外国学生に関する取調報告に関する史料など、大学教育に対する当時の文部行政の特徴を物語る史料を広く収録した。 解題あり 1992年4月発行
第12集 国立公文書館所蔵 中央大学関係史料(その5)

国立公文書館に所蔵されている『公文録』、 『公文類聚』、『公文別録』、『公文雑纂』などの公文書のなかから中央大学に関連の深い諸史料を採録し、4分冊で刊行する。

(A)「文部省公文書昭和47年度移管分」、(B)「同昭和59年度移管分」に続く(C)「諸公文書」に収録された史料を対象とした。
文部省・司法省・法制局から太政官へ提出された伺・上申・内申と附属文書、および諸建議・事務報告・法令など、1871(明治4)年から1885(明治18)年までの関係史料110点を収録。 解題;第15集にあり 1994年2月発行
第13集 国立公文書館所蔵 中央大学関係史料(その6)

第2分冊にあたる本集には、文部省・司法省等から内閣へ提出された伺・上申と附属文書、および諸建議・事務報告・法令など、1886(明治19)年から1918(大正7)年までの関係史料110点を収録。

私立法律学校特別監督条規・私立学校令・学位令などの諸法令をはじめとして、判検事・弁護士等に関わる諸制度、本学関係者の社会的活動などを知ることができる。英吉利法律学校の創立後、大学令に基づく中央大学の創立に至る過程を裏付ける資料集ということができる。
解題;第15集にあり 1995年3月発行
第14集 国立公文書館所蔵 中央大学関係史料(その7)

第3分冊にあたる本集には、文部省・司法省等から内閣へ提出された伺・上申と附属文書、および請願・答申・法令等、1919(大正8)年から1928(昭和3)年までの関係史料18点を収録。
陪審法制定に向けての政府の動向、高等試験令施行にあたり資格認定をめぐって展開された請願運動の実態、さらに私立学校の所得税免除の請願や教練などについて知ることができる。中央大学が大学令に準拠した大学としてその第一歩を踏出した時期から昭和初年までの過程を裏付ける資料集である。 解題;第15集にあり 1996年3月発行
第15集 国立公文書館所蔵 中央大学関係史料(その8)

第4分冊にあたる本集には、1932(昭和7)年から1949(昭和24)年までの答申・法令関係史料57点と第14集の補遺1点を収録。
戦時体制に向けて、学生の思想を調査する政府の動向、京大教授瀧川幸辰の休職及び天皇機関説問題をめぐる美濃部達吉排斥事件に関する史料等をはじめとして、学校教育への国家の介入や学徒動員等に対する政府の諸政策、さらに戦前から戦後に至る学校教育の変遷を知ることができる史料である。巻末に、第12集から第15集までの解題を付す。 解題あり 1997年3月発行
第16集 国立公文書館所蔵 中央大学関係史料(その9)

1923(大正12)年から1948(昭和23)年までの中央大学関係資料106点を収録。

第10集(1923(大正12)年11月から1951(昭和26)年12月までの間の史料)を刊行しているが、その後の調査であきらかとなった諸史料を中心に本集を編集した。
学徒動員・繰上げ卒業・学校配属将校などについての通牒類をはじめ、留学生の取扱いに関する史料、戦時下の大学経営に関わる史料などが含まれている。

戦時体制に向けての文部行政の変遷と大学の対応などを知ることができる資料集である。
解題なし 1998年3月発行

2 『法学新報』所載 中央大学関係記事

  概要 概要補足 解題 冊子体発行
第17集 『法学新報』所載 中央大学関係記事(その1)

1891(明治24)年4月に本学の機関誌として創刊された『法学新報』から中央大学の学事・行事関係記事を抜粋・編集。

本集ではその初集として、創刊号から1901(明治34)年7月発行の第124号にいたる同誌「雑報」欄から、東京法学院時代の学事・行事関係記事を採録。
法学新報発行の主旨にはじまり、第6回から第16回にわたる本学卒業式や学年試験問題、盛大な全学あげての運動会、また訴訟実習会・学術講談会・討論会などの創設と活発な諸会のようす、あるいは大八木備一郎、松野貞一郎、岡山兼吉、合川正道、渋谷慥爾、高橋健三など本学の創立・運営に関わった人々の訃報や弔辞など156におよぶ多彩な記事を採録。

東京法学院として本学が飛躍する時期の状況をいきいきと伝える資料集。
解題なし 1999年5月発行
第18集 『法学新報』所載 中央大学関係記事(その2)

1901(明治34)年9月発行の第125号から第19巻第8号(通号第223号)までの『法学新報』に掲載された「雑報」、「東京法学院記事」、「東京法学院大学記事」、「中央大学記事」から学事・行事の記事を中心に構成。

あわせて「学制一覧」を主要記事とする1903年、1905年の法学新報臨時増刊号について、告知や広告までも含め、全冊収録した。
おもな内容は、卒業式、試験問題、討論会、講演会、運動会などの記事であるが、擬国会や東京帝大・早稲田・慶応義塾・明治・一高・東京師範ほかの諸大学・学校との対抗試合を盛り込んだ合同体育会関係記事や、花井卓蔵の私学出身者で初の学位授与関連記事などの特徴的な記事も見られる。

本学が、東京法学院から東京法学院大学、さらに中央大学へと大きく飛躍する時期の動きを知ることのできる資料集である。
解題なし 2001年2月発行
第19集 『法学新報』所載 中央大学関係記事(その3)

1909(明治42)年10月発行の第19巻第9号(通号第224号)から1914(大正3)年12月発行の第24巻第11号(通号第281号)までの『法学新報』に掲載された「雑報」、「中央大学記事」から学事・行事の記事を中心に構成。
本集では、卒業式・学年試験・運動会・武道大会・討論会などの記事に加え、本学の歴史上特筆すべき新聞研究科の開設、創立25周年記念式、学友会の結成、ビルクマイヤー文庫の設立に関わる史料を取り上げ、またこの時期故人となった山田喜之助、小村寿太郎、穂積八束、渡辺豊治など本学の創立や教育に携わった人々の訃報や弔辞も併せて収録。

明治末年から大正初年にかけての本学の様相を知ることができる資料集である。
解題なし 2002年3月発行
第20集 『法学新報』所載 中央大学関係記事(その4)

1915(大正4)年10月発行の第25巻第1号(通号第282号)から1916(大正5)年12月発行の第26巻第11号(第303号)までの『法学新報』に掲載された「雑報」、「中央大学記事」、「演説」、「漫録」、「中央大学広告」から学事・行事の記事を中心に構成。「演説」欄から卒業式における学長の訓示、「漫録」欄の記事、本学出身の判事・検事・弁護士・文官高等試験及第者の氏名を載せた「中央大学広告」等も収録。
この時期、大正デモクラシーが次第に高揚していくなか、学生は国家試験制度の改正を求めて活発な動きを見せている。また、本学は創立30周年を迎え、維持基金制度を設けて、学員の力を総結集するかたちで大学経営の基盤を整えていった。本集はそうした学内外の様相を知ることができる資料集である。 解題なし 2008年3月発行
第21集 『法学新報』所載 中央大学関係記事(その5)

1917(大正6)年1月発行の第27巻第1号(通号第304号)から1919(大正8)年3月発行の第29巻第3号(通号第328号)までの『法学新報』に掲載された「雑報」、「中央大学記事」、「演説」、「漫録」、「中央大学広告」から学事・行事の記事を中心に構成。
1917年6月の失火により、創立25周年に際し大規模な増築をした校舎、ビルクマイヤー文庫をはじめ貴重な書籍を収めた図書館など校舎・図書を全焼した。また、8月の奥田義人学長の死去という二つの事柄に関わる資料がなどを収録している。

大学令の公布など、本学をとりまく状況の変化とそれへの対応に関する記事が収録されている。
解題なし 2009年3月発行
第22集 『法学新報』所載 中央大学関係記事(その6)

1919(大正8)年4月発行の第29巻第4号(通号第329号)から1921(大正10)年3月発行の第31巻第3号(通号第351号)までの『法学新報』に掲載された「雑報」、「中央大学記事」、「演説」、「漫録」、「中央大学広告」から学事・行事の記事を中心に構成。
1918年末の大学令による認可を受けるため、経営基盤を従来の社団法人から財団法人への切り替えとそれにともなう基本財産の現金・国債・有価証券による供託金70万円の準備が緊急の課題となった。そのための基金募集などについて具体的な様子が本集収録記事からうかがうことができる。

英吉利法律学校創立以来の在外員(校外生)制度や1905年に創設された中央高等予備校の廃止前後の記事も収録している。

これらの大きな変化を通じて大学昇格を果たした本学が飛躍していく姿が本集収録記事からうかがうことができる。
解題なし 2009年12月発行
第23集 『法学新報』所載 中央大学関係記事(その7)

1921(大正10)年4月発行の第31巻第4号(通号第352号)から1922(大正11)年3月発行の第32巻第3号(通号第363号)までの『法学新報』に掲載された「雑報」、「中央大学記事」、「演説」、「漫録」、「中央大学広告」から学事・行事の記事を中心に構成。
1920年に専門学校から大学へと昇格して新たな歩みを始めた本学において、経済学会、経済同攻会、学生大懇親会、都下連合雄弁会、商学会大講演会など、学生達が活溌に活動している様子を伝えている。一方で本学の岡野敬次郎学長の帝国大学在職25年祝賀会や、佐藤正之本学幹事在職35年記念祝賀会など、本学を支えた人々の節目となる催しの関連記事も収録した。特に佐藤の本学への献身的奉職が、いかに多くの関係者から感謝されていたかを知ることができる。

大学昇格後新しい段階に入った中央大学の様子を伝える資料集である。
解題なし 2011年3月発行
第24集 『法学新報』所載 中央大学関係記事(その8)

1922(大正11)年4月発行の第32巻第4号(通号第364号)から1923(大正12)年3月発行の第33巻第3号(通号第375号)までの『法学新報』に掲載された「雑報」、「中央大学記事」、「演説」、「漫録」、「中央大学広告」から学事・行事の記事を中心に構成。
本学学位規定に基づく第1号である稲田周之助への法学博士号授与の審査関連記事や学生の学内外にわたる活発な学友会諸会の活動報告などの資料を収録した。また、本集の中でもっとも多く紙幅を割く「学年試験問題」は、当時の大学・専門部・予科の講義・内容をうかがい知れるばかりでなく、世相や世界の状況を敏感に反映し興味深い史料となっている。 解題なし 2012年2月発行
第25集 『法学新報』所載 中央大学関係記事(その9)

1923(大正12)年4月発行の第33巻第4号(通号第376号)から1924(大正13)年3月発行の第34巻第3号(通号第386号)までの『法学新報』に掲載された「雑報」、「中央大学記事」、「演説」、「漫録」、「中央大学広告」から学事・行事の記事を中心に構成。
1923年には「陪審法」の発布や「弁護士法」改正による司法官試補・弁護士資格の統一と高等試験司法科試験の新設・施行があり、わが国の司法裁判制度が大きく変わった年であった。この変革に、関東大震災による大きな社会の変動が加わり、『法学新報』の誌面も社会的関心を端的に象徴する記事で多くが占められている。

本集は司法改革と震災という時代の転換点に、本学がどのように対応したかを知ることのできる一冊である。
解題なし 2013年3月発行
第26集 『法学新報』所載 中央大学関係記事(その10)

1924(大正13)年4月発行の第34第4号(通号第387号)から1925(大正14)年3月発行の第35巻第3号(通号第398号)までの『法学新報』に掲載された「雑報」、「中央大学記事」、「演説」、「漫録」、「中央大学広告」から学事・行事の記事を中心に構成。
本学初の在外研究員となった天野徳也をはじめ、卒業生の柴田甲四郎など、のちに本学の経営や研究面で重要な役割を果たすことになる留学生たちから、留学先の事情や研鑽の様子、留学生や学員相互の交流など、留学中の生活を知ることが可能である。

1917年の失火で創立以来の蔵書を失っていた本学は、国内外からの購入、関係者からの図書・雑誌の寄贈など、今日の図書館に繋がるような一層の充実に向けての努力を継続していた。図書館報告からその一端を垣間見ることができる。

神田錦町校舎時代の本学拡充の様子を物語る資料集である。
解題なし 2014年3月発行
第27集 『法学新報』所載 中央大学関係記事(その11)

1925(大正14)年4月発行の第35第4号(通号第399号)から1926(大正15)年3月発行の第36巻第3号(通号第410号)までの『法学新報』に掲載された「雑報」、「中央大学記事」、「演説」、「漫録」、「中央大学広告」から学事・行事の記事を中心に構成。
創立の地である神田錦町から、駿河台への移転前後の記事を収録。これまでの校地が大学としての充実、学生数の増加などにより狭隘となり、神田区南甲賀町の戸田伯爵邸跡地を購入、駿河台校舎の新築を開始したのです。

図書館報告には多くの図書や雑誌の購入、寄贈の記録が見られる。同時に当時の学生の図書館利用の状況を、閲覧人員及び貸出冊数などから知ることができる。

駿河台時代の幕開けの様子を知ることができる資料集である。
解題なし 2015年3月発行

3 菊池武夫関係史料

  概要 概要補足 解題 冊子体発行
第4集 菊池武夫関係史料 1

中央大学の創立者のひとりである菊池武夫が1871(明治4)年から1904(明治37)年の間に発信・受信した書簡231通を収録。ほとんどが父長閑(ナガノリ)との往復書簡。
菊池が在学した南校、第一大学区一番中学、開成学校における学生生活の実態や、明治八年から第1回文部省留学生として見聞した米国の社会、風俗習慣などが詳細に記されている。菊池の人物像を知る手がかりとなるばかりでなく、文明開化期の諸相をうかがい知る好史料である。 解題あり 1989年3月
第6集 菊池武夫関係史料 2(日記編 1)

中央大学の創立者のひとりである菊池武夫の1871(明治8)年から1888(明治21)年までの日記7冊、1883(明治16)年1月から1887(明治20)年12月の金銭出納帳を収録。英文日記には日本文要旨を付した。
米国留学中の日記は、第1回文部省留学生の記録として中でも量質ともに第一級の史料である。また、留学後の日記と金銭出納帳は、当時の「法学エリート」の活動と社会生活の諸相を生きいきと描き出す貴重な史料である。 解題;第11集にあり 1990年3月発行
第9集 菊池武夫関係史料 3(日記編 2)

中央大学の創立者のひとりである菊池武夫の1880(明治13)年から1900(明治33)年までの日記2冊、1885(明治18)年から1900(明治33)年までの金銭出納帳を収録。
司法省官僚時代から弁護士時代前半のいわば壮年期の菊池武夫の活動を知ることができる格好の史料である。その記事や出納記録からは当時の弁護士の多面的な活動や広い人的交流の様子が浮かびあがる。 解題;第11集にあり 1991年3月発行
第11集 菊池武夫関係史料 4(日記編 3)

中央大学の創立者のひとりである菊池武夫の1898(明治31)年から1906(明治39)年までの日記2冊、1885(明治18)年から1905(明治38)年の金銭出納帳を収録。
貴族院議員、法典調査会委員、本学の院長・学長といった菊池の公的活動の一面がうかがわれるほか、全国の名所・旧跡をめぐる様々な事柄が詳細に記録されている点で、紀行文・旅行記としても貴重な史料といえる。

最後に第6・9・11集全体の史料解題を付す。
解題あり 1992年3月発行