中央大学について

英吉利法律講義録

開学当初の英吉利法律講義録の公開

 中央大学の前身「英吉利法律学校」は、開学当初から「校外生」制度を設け、通信教育を行なっていました。今回、開学2年目の第1年級(学年)の講義録を公開いたします。
1学年(9月に始まって7月に終わる)の講義録は推定46号が発行されたましたが、そのうち34号分を公開します。大学史資料課が所蔵しているものが中心です。
具体的には、1号から13号、15号から19号、21号から36号の34号分です。

【「校外生」制度】

 1885(明治18)年に開学した英吉利法律学校は、創立時の「校則」に校外生制度を定めています。通学できない遠方の在住者や働きながら学ぼうとする人々に門戸を開放すること。さらに、通信教育だけで卒業ができる制度としています(注1)。もっとも、当時は、現在のように大学の設置基準/認可などという国の制度のもとでの学校ではなく、「私立学校」という制約の少ない環境のなかだからこそ可能であった校外生制度でした。

注1:「英吉利法律学校設置広告」『郵便報知新聞附録』(1885年7月30日付)から引用

1)遠隔ノ地方ニ在リ又ハ業務ノ為メ参校シテ親シク講義ヲ聴ク能ハザル者ノ便ヲ計リ校外生ノ制ヲ設ケ講義ノ筆記ヲ印刷シテ之ヲ頒チ且就学証書又ハ卒業証書ヲ受ケント欲スル者ハ望ニ依リ試験ノ上之ヲ授与スベシ但校外生ニ関スル細則ハ別ニ之ヲ定ム

2)校外生タラント欲スル者ハ其氏名族籍住所年齢ヲ記シテ其旨ヲ申込ムベシ

3)校外生ハ毎月々謝金1円ヲ前納スベシ

4)校外生ニハ毎月1回講義筆記ノ印刷ヲ配付スベシ

【学科目】

 当時の学科目は、1887(明治20)年3月改定の「英吉利法律学校規則(6.2MB)」によると、第1番目の科目群として法律科目(8科目)、英語学、第2の科目群として前期科目として習字、綴字、素読、訳読、後期科目として習字、綴字、素読、文法、訳読の延べ9科目、第3の科目群として参考科に2科目が配当されています。綴字、素読、訳読、文法の4科目は指定の教科書から英語の科目と推測します。

 今回公開する講義録第18号(1887年1月15日発行)末尾に掲載の「第一科教課及受持講師姓名(355KB)」に、学年ごとに科目名、講師名を掲載しています。また、それぞれの科目を、法律の中心科目(無印)、"参考科"(●印)、"科外"(○印)、に分けて掲載しています。なお、第17号以前の講義録には科目名、講師名の表は掲載されていますが、科目区分の表示はありません。

 今回公開する第1学年(年級)講義録には、「第一科教課及受持講師姓名」の第1学年(年級)に掲げられている科目以外の科目の講義が収録されています。具体的には、第2学年配当の「成法理論」、第2学年/第3学年配当の「訴訟法」、第3学年配当の「米国法律」(合衆国領事裁判訴訟法)、「動産差押法」(差留権)です。どのような理由によるのかは不明です。

【講義録】

講義録は、教室での講師の講義を編集者(卒業生など)が文字に起こして作成していました。開校当初は月に1回講義録を校外生に送付することとしていましたが、2年目には毎週1回送付しています。今回公開する第1号の巻末の「校外生規則抜抄」にその旨書かれています。

 講義録には、毎号約90ページのなかに数科目の講義が再現されてています。ページ数の制約から、きりの良い章や節で区切るのではなく、機械的にページを割り当てています。したがって、ほとんどの講義は途中で終わっています。たとえば第1号の「法学通論」は"諸君ノ法律ヲ研究スルニ不便ヲ"で突然終わり、続く第4号で"覚ユル如キ固ヨリ言フニ足ラザルナリ"と始まるといった具合です。

 講義録を受け取った校外生は、科目ごとにページを切り取り、同一科目単位にまとめて学びました。科目の講義が終了すると、目次を配付しています。たとえば、今回公開する第32号の「論理学」には、講義の末尾に"演繹法目次"が付されています。この部分を先頭にして製本すると完全な形になるわけです。このように製本したものが、中央大学図書館には複数所蔵されています。
ちなみに、今回公開する講義録はページの切り取りがまったくありません。また、書き込みもまったくありません。したがって、所蔵者である校外生はあまり熱心には学ばなかった人物であろうと推測します。
 

 以下に 1)発行されたままの状態(原装)をデジタル化したものと、2)科目単位に編集したものの2種類を掲げます。


<参考文献>
1) 菅原彬州「中央大学における戦前の通信教育」 『中央大学史紀要』 第2号, pp.1-119 , 1990年
2) 山崎利男『英吉利法律学校覚書 : 明治前期のイギリス法教育』 中央大学出版部 2010年11月
3) 天野郁夫「第1章 大学講義録の世界」(第一部 講義録の世界,近代化過程における遠隔教育の初期的形態に関する研究) 『研究報告』 第67号, pp.8-37, 1994年3月
 https://ci.nii.ac.jp/naid/110007039498