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教養番組「知の回廊」
70 「都市環境学のすすめ」

中央大学 理工学部教授 山田 正

はじめに

私たちの暮らす街は、駅や道路、川と橋、ビルや公園など、さまざまな人工物で支えられています。このような人間社会を成立させるうえで、主な基盤となるのが『都市』であり、それを支える自然環境と制度や組織の仕組みを、地球環境の視点から捉え、生活の質の持続的な向上をめざすための学問が、都市環境学です。

そこでは自然から学び、環境を考え、空間と構造物をデザインし、そして自然災害から守るといった、さまざまな研究が行われています。
とくに近年、都市部における局地的集中豪雨、ゲリラ豪雨といった言葉をよく耳にしますが、都市の防災と気象メカニズムの解明は急務であり、人々を自然災害から守るための環境づくりと政策が求められています。

もし首都圏で水害が発生したらどうなるのでしょうか?
ゲリラ豪雨の原因とそのメカニズムとは?
このような、水にまつわるさまざまな課題を考えてみましょう。

1.都市環境学とは

私は基本的には水に関する専門家で、河川工学とか水文学とか。それは災害をどう防ぐか、人命をどう守るか、飲み水をどう確保するか、また我々の下水をどう綺麗にするか。また川や湖の環境をどう守るかなどを研究しています。
なぜ「都市」かというと、日本の場合は圧倒的に都市部に人が住んでいるからです。実は日本の都市のほとんどは沖積平野でできています。ヨーロッパやアメリカの大陸性の平野は洪積平野といい、洪積河川があります。大雑把にいうと氷河期よりも前からある平野ですが、日本の場合は氷河期よりも後にできた平野であり、山からの土砂が溜まった沖積平野の上に都市ができているのです。そして日本の全人口の半分が洪水に遭うような都市で暮らしているのです。
都市というのは地下鉄を作ったり、空港を作ったり、道路や上下水道を作ったりと便利なところですが、さらに地震などに対する安全のために作ったりします。そのなかで都市に特化して人命を守り、水を確保することが私の専門です。

一番極端な例として、アメリカにグランドキャニオンがあります。グランドキャニオンは砂漠の真下に突如現れる500mもの川の跡です。ところが我々の日本にある川や、中国の黄河などもそうですが、山から土砂が運ばれて平野ができていますから、川は必ず天井川になりたがるような性質で都市の中を流れています。ですから一旦洪水が起きると、川の水位は皆さんの家の屋根の高さか、あるいはそれ以上の水位まで上がってしまうのです。一旦堤防が切れてしまったら、どれほどの被害が発生するか懸念されます。1959年の伊勢湾台風は洪水と高潮が同時に起こり、犠牲者5,000人以上にのぼる明治以来最大の被害を出しました。これはまさに都市ならではの規模です。最近ではアメリカの都市ニューオリンズで発生したハリケーンと高潮の影響で5,000人以上の人命が失われています。

日本と都市というのは大なり小なり低いところにできています。なぜ低いところにあるのかというと、水を確保しやすいからなのです。高台で暮らすには水の確保が大変で、例えば農業でも低いところで田畑を作ろうとします。これがヨーロッパのような牧畜を主とする国であれば、高い所に暮らしたほうが楽ですが、これは日本をはじめとする東アジアの宿命であるとも言えます。

都市というのは大勢の人が暮らしていますから、交通・流通などをどう作っていくかを考えます。空港などでもできるだけ都市に近いところに作ったほうが便利ではありますが、しかしそれは騒音問題などのデメリットも考えなければなりません。つまり何かを作ろうとすると、ある種のネガティブな側面を必ず持ち合わせているものですが、それをできるだけ抑えつつ、我々にとって生活しやすい環境を、あるいは経済活動のしやすい街づくりを考えなくてはなりません。それが都市環境学なのです。

私は高校一年生の時、ゲーテの「ファウスト」を読みました。ファウスト博士はあらゆる学問を学びますが、人生の充実感を感じることができずに悩み、悪魔と契約をしてまで人生の充実を求めました。しかしそれでも満足できません。最後にオランダの大干拓事業を行い、その時はじめて人のために仕事をすることで人生の充実感を得ることができたという内容に感動しました。これを読んで私は自分の一生を掛けることが出来る仕事だと思ったのです。

基本的に私は、水から都市・地域を良くしたいと考えている専門家ですので、例えば台風の時やゲリラ豪雨の時にどのくらいの雨が降るのかといった気象学や、雨が降ったらどれくらいの水が川を流れるのかといった研究である水文学(すいもんがく)。その他に河川工学、環境工学、さらに水の物理的な基本を勉強する流体力学などもありますが、私は自分の信念として、あまりに狭い研究者になってはだめだと思っています。うちの学生達にも言っていますが、「深く広く」研究して欲しいと思います。深いだけでは意味がなく、人の役には立ちません。深く、かつ広く研究しなければならないと思います。
水に関することは全て水文学になります。英語で「Hydrology」といいます。

中央大学の後楽園キャンパスの屋上にはドップラーレーダーが設置されています。これは全国でも数台しかないレーダーで、電波を出して、雨粒が東に向いて落ちているのか、西に向いて落ちているのかといった、雨粒の動きや風の動きを計ることのできるものです。これを使って特にゲリラ豪雨のような非常に激しい雨雲の動きを掴み、どこに大雨が降るのかといった予測することが目的です。ドップラーレーダーの設置による観測は15年になりますが、この成果によって、現在、国土交通省が約20台のドップラーレーダーを各都市に複数台設置して、ゲリラ豪雨を立体的に観測し、その情報を国民に提供しようというプロジェクトが発足しました。これは私達の研究がベースとなっていますので、非常に喜んでいるところです。

それから、今は雨の話でしたが、次は雨が降ってから、どのように川に流れて、川でもどのような流れ方をするのかを研究する必要があります。川の流れとは、実は物理学的に非常に複雑な動きで、流体力学という非常に恐ろしく難しい学問をベースにしています。そこで私達は川の模型を作り、そこで発生する様々な現象を調べています。例えば川には木があったほうが良いのか?、無いほうが良いのか?。あるいは川に木があった場合は鳥や昆虫などの住み家になりますが、これを無闇に切り倒してしまって良いのだろうか?。かといって日本の川の原風景は基本的には砂利河川ですから、木を切らないでおくと、こんどは川の動きが止ってしまうのです。実は川を航空写真で撮り続けると、何十年もの間に形が蛇行して変わっていく様子がわかります。
これが本来の自然の川の姿なのですが、木が生えてしまうと自然の動きが止ってしまいます。それでは、どこまでが自然で、どこまでが人間にとって安全な川であって欲しいのかを研究し、考えなければなりません。このようなことを水理実験や風洞実験を行って、流れを研究しています。さらには海岸の波を研究するために、造波装置を用いて波の研究も行っています。

2.東京における治水の歴史

1600年初頭、徳川家康が江戸にやってきた時、江戸では飲み水が不足していました。江戸城のすぐ目の前は海であり、真水がなかったのです。そのため家康は加藤清正に飲み水を作ることを命じました。現在の溜池山王は加藤清正が作った、いわばミニダムのような飲み水確保のための溜め池用地だったのです。江戸時代の末期から明治にかけて埋められてしまいましたので、現在は地名だけが残っています。
江戸が大きくなるにつれ、飲み水の確保はますます難しくなりました。そこで多摩川の水を神田まで運ぶために幕府が造ったのが玉川上水です。この時に指揮をとった土木技術者は、後に「玉川」という苗字を貰った、庄右衛門(しょうえもん)と清右衛門(せいえもん)の兄弟でした。
また当時は神田川が頻繁に洪水を起こしていました。そこで現在のお茶の水の前に走る神田川を切り開き、隅田川に直結させる工事を行ったのが、伊達政宗であったといわれています。
これによって神田川周辺の洪水が減り、江戸という都市の発展に寄与したのです。

このように都市というものは、放っておけば安全で綺麗な水が飲めるなどということは絶対にありえないのです。つい忘れてしまいがちですが、都市というものは、歴史的に大変な努力の積み重ねの上に成り立っているものであり、常に維持管理を続けていかなければならないものなのです。
例えば下水管や水道管などは、劣化により周りの土砂を吸い込んでしまい、その結果、道路の陥没を引き起こしますが、2008年の東京都における道路陥没は500箇所も発生しており、水道管の維持管理の必要性がわかります。つまり、一旦作られたモノは決して永久でなく、必ず維持管理や更新が必要となるのです。ここに結構お金が掛かってしまいますが、私達が快適で安全で安心な街を維持するためには、一定額の投資をし続けなければならないのです。実はこの辺りがなかなか国民の理解が得らにくい側面であるのかもしれません。

江戸時代から明治時代にかけて、東京の人口がますます増加してゆくと、住宅地の確保のために、東京の小さな川のほとんどを埋め立ててしまいました。この結果、約7割の川が明治時代に消失しています。
現在、溜池をはじめ、東京で池袋や渋谷などの水に由来する土地は、昔は川が流れていたのです。池袋などもそうですし、童謡「春の小川」のモデルとなった渋谷川は、今ではそのほとんどが地下に埋設したり、フタをかけられた水路となってしまい、直接見ることが出来ません。また、高度成長期には、東京オリンピックの用地確保のため、河川の上に高速道路が建設されました。現在はこのような景観が当たり前のようになってしまいましたが、果たしてこのままで良いのか、もういちど都市のデザインを見直そうという声も上がっています。

3.もし東京で水害が起きたら?

現在も東京の河川整備は進められていますが、それでも100%安全であるとは言えません。もし、現在の東京で水害が発生したら、どうなるのでしょうか。
関東に流れる主な河川としては、北西から南東へと流れる利根川があり、ここから分かれて江戸川があります。さらには荒川、隅田川、多摩川なども流れてます。そのなかで大災害が危ぶまれているのが、1947年9月に発生したカスリーン台風による被害のように、もしも利根川の堤防が決壊した場合、ここから江戸川までのすべてが水浸しとなってしまいます。旧江戸川や荒川の周辺すべてが水浸しとなります。現在、カスリーン台風と同じ規模の災害が発生した場合、その被害額は国家予算のほぼ半額という、37兆円にものぼることがわかっています。
とくに、上部に利根川が位置する江戸川区、葛飾区、足立区などは、その周囲が江戸川と荒川に囲まれているため、利根川の堤防が決壊しても、または江戸川か荒川の堤防が決壊しても、いずれも大災害に繋がってしまう危険をはらんでいるのです。さらに荒川、江戸川の周辺は地下鉄網が発達しているため、決壊した水が地下鉄の中を走るという、都市ならではの災害が予想されており、東京駅から突然水が湧き出してくるなどという事態も考えられています。

近年は都市部に降る雨が激しくなってきています。
雨の降り方にも何通りかがあり、台風でおきる雨や前線でおきる雨など、1000kmスケールでの広範囲にわたる降雨もありますが、近年、ゲリラ豪雨と呼ばれる局地的集中豪雨が増え、幅1~2kmという狭い範囲で1時間あたり100~150mmもの降雨量をもたらす雨が懸念されています。これは雨の降る時間は20分程度の短いものです。さらに、ここ20年ほどの間に第四のタイプの雨と呼ばれる、新しい豪雨のパターンがあります。最近では2000年9月の東海豪雨と呼ばれる災害がありありましたが、このときの雨雲をレーダーで見ると、ちょうど涙の形をしているので、涙雨型と呼んでいます。これは非常に強い雨が1日中降りますが、なぜこのような豪雨が発生するのかまだわかっていません。東海豪雨の時は2日間で1000mm近くも降っていました。
東京では1時間に50mm以下の降雨量であれば、道路が水浸しになったり家屋に浸水しないような都市計画がなされています。降った雨は下水管に入り、海へ排出される設計です。1時間に50mm以下であれば都市が機能するように設計されているのですが、東海豪雨の場合は2日間で1000mm近い雨が降りましたので、いかに物凄い大雨かがわかります。
このような例をみて、現在、東京では1時間に75mmの降雨量であっても機能できるような都市計画が進められているところですが、ゲリラ豪雨や涙雨型の豪雨はそれ以上の雨ですから、都市計画そのものを見直さねばならない時がきています。もしそのような豪雨に遭った場合、あらゆる所が水浸しとなります。地下鉄には水が入り込み電車は止り、経済活動は停止し、人命も危ぶまれます。このような豪雨に対して、どのような対策をしなければならないかが、現在最大の研究テーマです。

このような災害対策には、物凄い費用が掛かります。
今でも環状七号線の下に巨大な貯水トンネルを作り、神田川で増水した水を一時的に溜める措置をとっていますが、これを造るだけでも何千億もかけています。
その他に考えられるものでは、浸透および貯留という方法で、降った雨をできるだけ地面に染み込ませてしまおうという方法で、あるいは降った雨をそれぞれの家庭やビルなどで、少しでも溜めてもらおうという方法です。これは一度に川に流してしまわず、少しでも一時的に溜めておくことで増水の危険を低減させようというものです。現在このような雨水浸透技術や貯留技術が注目されています。たとえば各家庭の庭などで、ドラム缶程度の貯水をするだけでも大変有効なものとなり、またコストも抑えることができるのです。

私はこれからの都市に住む人間というのは、自分だけが良ければいいというものではなく、自分がそこに屋根を作って住んだら、そこが畑だとしたら降った雨は土に染み込みますが、屋根を作っただけで雨は必ず下水管を通って川へ流れこむわけです。ですから都市に住む人間は、下流の人のために自ら少しづつ溜め込むなどの「思いやり」を持たなければ、都市に住む資格はないと思います。

あるいは今私が研究しているのは、ビルの屋上に水を溜めることができないかと考えています。最近は屋上緑化などが進められていますが、たとえば簡単な軽石のようなものを屋上に敷き詰めるだけで、雨を吸い込んでくれ、雨が上がったあとに蒸発してゆきます。この時に空気中の熱を奪ってくれますから気温を下げることもできます。これはヒートアイランド現象を緩和する効果もあるのです。東京のような大都会では、雨水を浸透させようにも土がなく、貯留させようとしても場所がありません。大抵の公園の地下には災害時の備蓄がされており、新たに雨水を貯留する場所がないために、ビルの屋上などを有効利用できないか考えています。

ひとつには、やはりダムを造り、ある程度の水量を抑え込んでくれる施設がないと、まずだめです。そして、それでも足りないぶんを皆で貯留するという、多面的な方法で対処しなければならないと思います。これ1つで全てうまくゆくなどという治水はありえません。堤防やダム、ちょっとした溜池を造り、残すだけでも有効です。たとえば町田市は数千個の溜池がありました。これは昔からありましたが、現在では溜池がだんだん埋め立てられて宅地に変わりつつあります。折角の溜池を残してもらえれば、河川の堤防やダムを造らなくても済むのですが、そうで無い限りは他の方法をとらざるを得ないのです。

ですから我々の分野は、科学と技術、歴史、社会学、あるいはコストベネフィット(費用便益分析)などの経済的な分析など、あらゆるものを総動員します。さらには環境・景観を重視するデザインなども重要です。
また面白いのは欧米の犯罪学などで研究されていることですが、都市の造りようによって、犯罪率が低い都市と高い都市があるのです。都市計画の作り方に次第で犯罪率も変わってくるのです。ですからそのようなことまで考えざるをえないのです。
たとえばスラム街は犯罪率が高いですが、なぜそこがスラム化するかといえば、多くの場合、その土地はもともと低湿地帯なのです。世界各地にある低湿地帯は殆どがスラム化します。このような場所には大企業が進出することはまずありません。洪水や高潮などの危険性も高いからです。その一方で、そのような場所を好み慈しむ人もいますから、一概に否定してしまうのも問題です。全ての街が六本木や赤坂のようになってしまっても面白くはないでしょう。このような総合的なバランスも考慮しながら、街づくりを進めてゆく必要もあるのです。
これからの日本は都市のデザインにもう少し注目すべきだと思います。
たとえば最近の日本人は田舎の古い古民家を良いと言いますが、では実際にそこに住むことができるかと問われれば、大抵の人は否定するでしょう。ところがイギリスなどへ行くと、普通の人が築200年もの建物に暮らしていたりします。オックスフォード大学の前にあるホテルなどは天井が低く、床が傾いていますが、それが良いとこだわりを持つ利用客が絶えないそうです。
現在の日本では、特に戦後は、日本人はガラスでできたような街を好むようになりました。古い家に憧れると言いながらも、そのような嗜好を併せ持つために、総合的なデザインを考えることが大変厄介なのです。

4.局地的集中豪雨「ゲリラ豪雨」のメカニズム

これまでの研究で、関東地方の、特に東京に来るゲリラ豪雨には三通りのパターンがあることがわかってきました。
ひとつには、真夏の正午の時間帯になると、丹沢山地や埼玉県、群馬県など、関東地方の西側の山々で、海側から流れ込んできた空気が山へぶつかり、上昇風となって雲となり、それらが集まり成長して積乱雲となります。高度7~8kmの上空では、西から東へと向かう風が吹いていますので、積乱雲も東へ向かおうとします。この時、山間部の各所で発生した積乱雲が移動する間に、幅2~3kmほどの横一列に並ぶことがあり、その列が東京の南東方面へ通過します。
また同時に、東京上空はヒートアイランド化の影響によって非常に熱を帯びていますので、温かい空気が上昇する際に周囲の空気を引き寄せるため、この時同時にゲリラ豪雨の元となる積乱雲も呼び寄せてしまうのです。
あるいは本当にゲリラ的に、ある程度まで成長した積乱雲が都内へ迷い込んでくる時もありますが、ほとんどの場合は山間部で生まれた積乱雲がヒートアイランド現象によって引き寄せられ、ゲリラ豪雨となるケースが多いようです。
またはごくまれにですが、東京周辺あるいは埼玉県との県境付近で発生した雲が豪雨をもたらす場合も認められています。

ヒートアイランド現象をエコロジーの観点で言えば、東京の気温が35℃と36℃では電気消費量が全く違い、たった1℃の違いで原子力発電所1基分の電力量の差が生じると言われ、またCO2も大量に発生します。
たとえばここ後楽園キャンパスの隣に小石川後楽園がありますが、これは庭園で緑豊かなため、中に入ると真夏でも比較的涼しく過ごせます。このように東京でも背の高い木々が沢山あればヒートアイランド現象を抑制する効果が望めます。アメリカのニューヨークやヨーロッパなどの大都市には大きな公園があり、大きな背の高い木々が沢山あるのですが、いまの東京にはそのような環境がありません。私が都市計画で大きな木々を植えようと提案しても、落ち葉や照度などの問題があると言われて、なかなか実現せず、痩せた細い街路樹ばかりが目につきます。自然が良いと言いながらも大きな木を否定してしまう矛盾点が、都市計画の難しいところです。

ゲリラ豪雨で予想される都市部への被害としては、まず神田川などの河川が溢れた場合、特に都市部での特徴としては、地下鉄への被害が予想されます。あるいは病院などに設置している発電設備や、コンピュータなどへの影響もあります。また最近では電力線の地中化が進められていますが、現在、地中に埋められた電力線に水が進入した場合、果たしてどのような被害をもたらすのか予測がつきません。
また例えば、東京駅の周辺などは地下街が発達していますが、その入口だけで100箇所以上もあり、それらに水が進入しないような対策が求められています。
さらにゲリラ豪雨の場合は雷を伴いますので、落雷による送電施設や通信設備、コンピュータなどへの影響なども懸念されています。

5.都市の環境保全と開発のバランス

都市の環境保全と開発は、そのバランスが非常に難しいです。
たとえば、ある街では非常に低層密集住宅街で、消防車や救急車が入り込めない道路が沢山あります。このため道路を拡張しようとすると、やめてくれという意見も結構多いのです。いままで静かに暮らしてきたのでそのような道路は要らないと言われるのです。このようなことが多く、非常に難しい問題です。低層密集住宅街は火事になった場合とても燃えやすく危険も多いので防火対策をする必要があり、東京都なども勧めているのですが、現実的にはなかなか進展しません。
あるいは、現在、荒川などではスーパー堤防という、少々の地震が来ても壊れないような、緩やかな長さの堤防を造り、そこにある程度高さのあるマンションを建て、道路を広げて消防車や救急車が入り込めるような環境を整えようとしていますが、これも予めしっかりした計画を立てなければいけません。最近は川のそばに背の高いマンションが建ち並ぶことが多いのですが、これは河川周辺の景観を損ねるものとして問題視されています。
また、荒川や多摩川などが持つ「風の道効果」というものがあります。これは東京湾から冷たい風が河川を辿って都内へと通り抜けてゆくために、市街地の冷却効果が期待されるものですが、河川周辺に背の高いマンションなどが密集すると、風の道が堰き止められてしまい、ますますヒートアイランド化を促進してしまうといった弊害があるのです。
本来、東京の1日は、日中は東京湾からの冷たい海風が流れ込み、夕方から夜にかけては山間部からの空気が流れ、いわば海風山風といった、呼吸をしているような自然の空気の流れがあります。これを止めてしまうことはヒートアイランド化への悪循環を生み出してしまうと懸念されているのですが、しかしこのようなことを規制する法律はないのです。
ですからそこは、大都会に住むということは、そこに住む人や設計する人達も皆、法律にはないけれども、都会に住むマナー、住み方を考えた都市づくりをしないといけません。皆が好き勝手にやってしまったら、お金もかかってしまいます。たとえばゲリラ豪雨が来ている時にお風呂に入って水を排出することは、都市部に暮らす人として、行ってはいけないことです。都市に住むということは、皆のことを考えないと。いくらお金があっても足りません。

たとえば太陽からの熱を屋上緑化などで溜めてくれれば、家で使うエアコンの消費電力も大分抑えられます。それは自分にとっても良いことで、CO2を削減するという、周囲への貢献としても有効なものです。このような感性を持って都市に住まないといけないと思います。
実は都市部で人間活動を一切行わないとしても、家を建て、屋根を造るだけでヒートアイランド現象は起こるのです。建物に太陽のエネルギーが蓄熱してしまうのです。電車や自動車、航空機を稼働しなくとも、人間が家を建てただけで都市はヒートアイランド化するのです。
実際には電車や自動車は動き、エアコンを使うためにCO2は発生し、更に熱が蓄積されます。このような悪循環が地球温暖化を作りだしていることを自覚しなくてはなりません。

江戸時代から戦後のつい最近までは、汲み取り式便所が主でした。それらの汚物はみな農家が買い取っていたのです。
実は世界の大都市で、我々の出したものを肥やしにしていたのは、江戸だけだったのです。
パリなどは道に捨てており、のちに作られた下水管は海へ捨てるだけのものでした。フランシスコ・ザビエルはこのような状況をみて日本へ来たと言われています。
もう一度、日本は下水というものを、どう処理するかを見直すべきだと思います。いま、農業で使用する肥料としてリン不足が懸念されています。リン肥料はもともと鳥のフンの堆積によってできたものですが、現在、中国やアメリカは輸出を禁止しています。日本がリンを得るためには、下水や川、海の底に堆積したものをどう活かすかを考えなければいけません。

現在、日本では年間およそ550億トンもの水を農業に使っていますが、これだけの水を使用しても食料自給率は4割程度しかありません。この自給率を上げようとするならば、さらに水を確保しなければなりません。
また、私たちは今アメリカやオーストラリアから牛肉を輸入していますが、牛を成育するためにも多くの水が必要となります。このような水のことを「バーチャル・ウォーター」と呼んでいます。
直接私たちが利用するものでなくとも、肉や野菜を輸入するためには、やはり水が不可欠なのです。このようなバーチャル・ウォーターの量は、日本が現在農業のために消費している550億トンの水よりも多いのです。つまり我々は、世界中の水を搾取していると言ってしまっても過言ではありません。
現在注目されているダム建設問題は、実は日本の将来の食生活や、食糧自給率を考える上でも、非常に深い意味をもった問題なのです。

我々の持っている技術やモノの考え方は、だいたい19世紀くらいに確立されたものですが、その頃の地上には、全部で10億人くらいしか人口がありませんでした。しかし21世紀の終わりには100億もの人間が暮らすことになりました。当時の10億人の時に作られた技術や考え方が、現在の100億人の人々が安全・安心に暮らすための技術になり得るかといえば、おそらくなり得ないと思います。だからこそ研究し続けなければならないのです。100億の人が豊かに暮らしてゆける技術は、これからまた新しい技術革新が必要と思われます。

水の研究者として、水の観点から都市環境を考えると、やはり安全・安心が一番です。
いま都会の人は平気でペットボトルの水を飲んでいます。ところが世界ではペットボトルを止めようという動きが始まっています。しかしペットボトルを止めて水道水を飲める人は、そうはいません。
日本の水道の水質レベルは世界一なのですが、いまの都会生活者は、更なる安心・安全を求めているのです。ならばその要求に応え、更に安心・安全な水を作り出す技術が必要となってくるでしょう。
都会での生活レベルが向上すると、安心・安全のレベルも上がってしまうので、それに応えられるような研究が必要であるということです。
東京の場合は首都なので、非常に手厚く色々なインフラが整備されていますが、たとえば瀬戸内海などの四国の街では、毎年水不足で節水を強いられています。節水はまず工業用水から制限されるため、日本の経済力は水で決められてしまうようななものとなるのです。
このような日本全体の水問題のバランスを考え、経済力や、安全・安心な水を21世紀に向けて、どう作り出すかが重要課題なのです。

6.都市環境学へようこそ

都市環境学科は基礎学問として土木工学を持っています。それだけでなく環境工学や微生物の研究など、非常に広範囲にわたりますが、私たちの学問は社会の基盤を作る学問であり、決して派手さはないが黙々とやることが使命であると教わりました。でも今の人達には、それだけでなく、都市計画やデザイン、新しい街づくりなどの分野も含めて研究してもらいたいと思います。非常に間口の広い世界なのです。
たとえば大阪と東京、京都や名古屋は、都市としては全く違うもので歴史も違います。この歴史をそれぞれ踏まえた街づくりを考えなければなりません。
大阪で街作りをする場合は地域で徹底的にディスカッションをしなければ進みませんが、東京の場合は行政主導です。さらに北海道の場合でも違います。ひとくちに都市環境学といっても、土地土地で異なる事に配慮しなければならないのです。
そのような街づくりの基礎のことを社会基盤、道路などの施設のことを社会資本とよぶが、しっかりとした社会基盤・社会資本を考えなければならないと思います。
自分達の飲んでいる水がどこから来て、どのように作られているのかも知って欲しいと思います。
東京のような大都市は、世界とライバル関係にあります。順調な経済発展なくして人間の生活は成り立たないため、国際的な経済に負けないような都市づくりが求められます。都市間学科はそのようなインフラ整備と環境・景観・快適性も含めて考える。また河川の生物多様性までも考慮する必要があります。
つまり非常に便利な都市をつくると、その反面、自然に影響を与えてしまいます。それは仕方のないところではありますが、それをどこまで許容しどこまで安全・安心・快適のために追求することができるかが非常に複雑です。あらゆる分野を総動員して判断する必要があるのです。

ぜひ若い人がこのような分野に入り、様々な研究を行って欲しいです。間口の広い学問なので、ゲーテのファウストのような人生を送りたいと思う人は、せひ来て欲しいです。
今の日本というのは、若者も年寄りもみんな内向きになってしまっています。そして世界中の8割の人間は、飲み水ひとつまともに飲めない人間が沢山います。生まれたばかりの子供達が伝染病にかかってしまったり多くが死んでしまっています。そのような人々を、どうしたら救うことができるか。そして人々のために、良い街をつくることができるかを考えて欲しいのです。日本の街づくりを考えながら、そこで学んだ技術を世界に向けて貢献したいと前向きに考える人達には、ぜひ都市環境学科へ来て欲しいです。

(2009年11月.番組収録のため山田教授インタビューの内容を書き下ろし)