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教養番組「知の回廊」
51 「トランスジェンダーの世界 - 性別越境者たちの自己表現 -」

みなさんは、『女装』と聞くと、まず、何を思い浮かべるでしょうか?
お芝居での女装や、歌舞伎の女形を連想する方もいるでしょうし、もう少し現代的に、ニューハーフという言葉を連想する方々も多い筈です。
東京新宿の繁華街などでは、そうした女装の人たちの姿を見かけることも、まったく珍しいことではありません。
今回の番組では、新宿の女装の人たちの世界にスポットを当て、性別を越えて、自己表現としての女装を行う、トランスジェンダーの世界へと、ご案内します。

中央大学 文学部 矢島 正見

女装研究の経緯

同性愛研究が一区切りつき(『男性同性愛者のライフヒストリー』『女性同性愛者のライフヒストリー』、)その研究では、若い人たちが調査対象だったので、今度は戦後日本を生き抜いてきた高齢の男性同性愛者に調査対象を絞っていきたいと思っていた。
そんなときに、三橋順子さんに会った。そこで、少し異なっていたが、セクシュアリティ問題では同性愛と話題を二分するトランスジェンダーを研究することにした。
つまり「戦後日本を生き抜いてきた高齢のトランスジェンダー」の方々である。
こうして、誰でも参加できる「研究会」をつくった。

日本における女装の歴史

神代の時代からあったと推測しえるが、歴史資料がほとんどない。
トランスジェンダーは、いつの時代にも存在していたと考えられる。
しかし、女装コミュニティとなると戦後。
さらに、「トランスジェンダー」とか「性同一性障害」などという言葉で語られだしたのは、ごくごく最近のこと。
それまでは、同性愛者と女装者との概念の峻別も定かではなかった。

【トランスジェンダーとは】

トランスジェンダー(Transgender)とは、性別を越境する行為や現象、あるいは、それを実践する人々のことをいいます。
生まれつきの身体的性別(Sex)とは逆の社会的性別(Gender)を身にまとい、生きる人々のことで、服装のみを一時的に異性化する人、社会生活も異性に移行する人、手術などによって身体・性器の外形までも異性化する人など、その在り様は様々です。
男性に生まれながら、女性として生きる、MTF(Male to Female)と、女性に生まれながら、男性として生きる、FTM(Female to Male)に分けられます。
一概にトランスジェンダーといっても、なぜ性別を越えて生きるかという動機や、どうやって性別を越えるかという手法、男性・女性どちらが好きかという性愛意識もさまざまで、その多様性が、トランスジェンダーの大きな特色といえます。
たとえば、MTFの場合、男性が好きな人もいれば、女性が好きな人もいます。
MTFに限った場合、現代の、日本のトランスジェンダー世界は、男性同性愛者(ゲイ)の人たちの世界とは、ほぼ分離した形で、主に次の4つのグループに分けられます。

  1. ニューハーフ
    ニューハーフとは、商業的なトランスジェンダーの呼び名として、1980年代から使われるようになった和製英語です。
    具体的には、女装した男性、あるいは性転換した元男性であることをセールスポイントとして、ホステスなどの接客業や、ダンサーなどのショービジネス、または性風俗産業などに従事している人々のことをいいます。
    プロフェッショナルなトランスジェンダーとして、自らの商品的価値を増すために、身体の高度な女性化を行う人が多いのも特徴です。
    ニューハーフ系の店は、東京、大阪などの大都市を中心に、約200から300店舗が存在し、ニューハーフの総数は1000人前後と推定されています。
  2. 女装コミュニティ
    女装コミュニティは、アマチュアの女装者と、女装者を好む非女装の男性とで構成され、東京、大阪、名古屋などの大都市にある、女装系の飲食店(バー/スナック)を拠点にしています。
    ここでは、酒場が女装者と女装者愛好男性の「出会いの場」としての機能を果たしており、女装者にとっては、程度の差はあるものの、男性と接触する機会があります。
    このコミュニティの女装者は、店内で男性客の話相手をするだけでなく、店から夜の繁華街へと自由に外出できるため、自然と、女性としての行動と社会性を身につけることになります。
    女装者と男性とは、たとえ身体的には男性同士であっても、精神的・社会的には、男性と女性としてふるまい、擬似的であっても、ヘテロセクシュアルな意識を共有することが、女装コミュニティの大きな特徴になっています。
    この点が、男性同士のホモセクシュアルな意識を共有している、ゲイ・コミュニティとは明確に異なります。
    東京新宿の女装コミュニティは、10数軒の店と、約200人ほどの女装者がおり、加えて、ほぼ同人数の女装者愛好男性から構成されていると推測されます。
  3. 女装クラブ
    商業的な女装クラブは、夜の街とは関わらずに、服装と化粧だけで純粋に女装を楽しむ、アマチュアの女装世界です。
    女装クラブは、女装用品の販売や、メイクルーム、談話室、写真スタジオなどの設備をもち、非女装の男性の立ち入りは厳禁であり、女装者の外出も制限され、女装者が男性と接触することはありません。
    プライバシーが厳守されるために、密かに女装を楽しみたい人にとっては安全であるといえますが、その反面、女装者が、女性としての社会性を養う機会は少ないともいえます。
    東京の代表的な女装クラブの場合、常連的なメンバーは、100人程度と推測されますが、まったくの初心者でも手軽に女装させてもらえるので、体験的な利用客は、かなりの数にのぼると思われます。
  4. GID系グループ
    1990年代後半から社会的に知られるようになったGID(Gender Identity Disorder)、性同一性障害。
    このグループでは、生まれ持った性別への違和感に由来する精神的苦痛や社会的不適応を、医療的なサポートによって改善しようとする人々から構成されており、既存のトランスジェンダー世界に属さない人々が、大半を占めています。
    MTFのGIDの場合、生活の全面的な女性化と、可能な限りの身体的な女性化を望み、フルタイムの女性として社会に融け込むことを、強く希望する人々が多く、自らの、本来あるべき性別(女性)に、医学的治療によって戻るという意識を持ちます。
    このため、ニューハーフや女装者と混同されることに強い反発を感じ、差別化を図ろうとする人々も見られます。
    現在、医療機関に通院しているMTF・GIDは、全国で1000人から2000人程度と推測されます。

これらのように、現代日本のトランスジェンダー世界を構成する4つのカテゴリーには、それぞれに特徴があります。 ニューハーフの世界は、トランスジェンダーを職業上の特性とする、プロフェッショナルな職能集団という点が、最大の特色です。 女装クラブの世界は、一般社会と接点を持たない非社会的な場で、安全が確保される代わりに、行動の自由がないという点が特徴です。 GIDのグループは、医師の指導・支援のもとで、医学的な治療として性別の越境を果たそうとするところが、他のカテゴリーと大きく異なります。 それらに対して、東京 新宿などの女装コミュニティの世界は、基本的にはアマチュアで、自己表現としての女装を行い、個人の責任に基づいた行動の自由がある、一般社会との接点を持ったトランスジェンダー世界、ということができるでしょう。

早稲田大学ジェンダー研究所 客員研究員/性社会史研究者 三橋 順子

新宿女装コミュニティの世界との関わり

私が新宿の女装コミュニティに足を踏み入れたのは1992年頃ですから、もう14年ほど前になります。1995年の夏ごろから、歌舞伎町区役所通りにあったコミュニティの中核的な女装スナック「ジュネ」で週1~2度、お手伝いホステスをするようになりました。ボランティアのホステスは7年ほど続けましたが、新宿のコミュニティでは、ほんとうにいろいろな社会勉強をさせてもらいました。「女」としての私を育ててくれた第2の故郷だと思ってます。

トランスジェンダーの研究の経緯

私はもともと歴史を勉強していたので、ママや女装の先輩、それに古手の男性のお客さんにコミュニティの昔話を聞くのが 好きで、資料を集めたり、メモを取ったりしていました。たしか1998年だったと思います。同僚のホステスに「誰かが私たちの世界のことをちゃんと記録し ないと、私たちはいないかったことになっちゃう。それができるのは歴史学を勉強した順ちゃん、あなたしかいないのよ」と言われました。それで、本格的に女 装コミュニティのことを調べて記述しよう、それが私のライフワークだと思うようになりました。そんな時、矢島先生に出会い、いっしょに「戦後日本トランス ジェンダー社会史研究会」を立ち上げたわけです。

女装コミュニティの本質

女装コミュニティの本質は一言で表現すると、英語で言えば、Doing Female Gender、「女をする」人たちと、そうした人たちを好む「女らしさ好き」の男性の世界ということになります。そこでの関係性はあくまでも「女」と男であって、男と男ではない。基本理念が、男と男の世界である新宿2丁目のゲイ・コミュニティとは異なるから、別個のコミュニティとして存在しているわけです。

女装と性同一性障害との区別

女装という行為は、性別違和感を自覚した私がたどりついた、一番「自分らしい私」の表現手段であり、男性から女性へのトランスジェンダーとしての私の生き方の自己表現です。
性同一性障害という考え方は、性別を越えて生きたいという願望を精神疾患、つまり「病」とみなし、それを医学的に治療しようという考え方に基づいています。
もし、精神科医が客観的に診察すれば、私に性同一性障害という病名を付けるかもしれませんが、私は性別を越えて生きることを「病」とみなす考えに根本的な疑問をもっていますから、そうした診断を望まないし、診察を受けようとも思いません。
つまり、女装と性同一性障害との区別は、性別を越えて生きることを、自己表現、生き方と考えるか、精神疾患、治療すべき「病」とみなすかという認識の違いということになります。

【女装コミュニティ】

新宿の女装コミュニティでは、普段は男性として生活し、男性として仕事を持ち、週末の夜に女装して、女装系スナックなどを訪れる人々がほとんどです。
基本的にはアマチュアの、パートタイムのトランスジェンダーであり、フルタイムに女装して仕事をもっている人は少数です。
女装する動機や理由は様々ですが、大きく分けると、次の5つに整理できます。

  1. フェティシズム型
    女性の衣服やその一部、あるいは化粧などに執着や性的な快感があり、それを身につけたいために女装する、フェティシズム型。
  2. ナルシズム型
    自分の女装した姿に愛着や性的興奮を感じ、それを実体化したいために女装する、ナルシズム型。
  3. 女装ゲイ型
    男性に対して、強い性的指向があり、男性と性的関係を結ぶことを、容易にするための手段として女装する、女装ゲイ型。
    性別違和感型
    男性としての自分の性別に違和感を感じ、限定的、時限的であっても、女性としての自分を実体化し、社会的関係を構築したいために女装する、性別違和感型。
  4. 性同一性障害型
    男性としての自分の性別に強い違和感を感じ、性同一性障害の診断を受け、身体的・社会的・また法的にも可能な限り女性になろうとする、性同一性障害型。

このうち、女装コミュニティにおいて、最も多数を占めると思われるのは、性別違和感型です。
フェティシズム型やナルシズム型は自己完結的ですので、女装者を愛好する男性を、あまり必要とはせず、女装クラブに多いタイプです。
女装ゲイ型は、女装コミュニティよりも、ゲイコミュニティとの関わりが強いでしょう。
性同一性障害型は、男性であることを前提とする女装の世界とは、意識の面で本質的に異なります。
女装コミュニティでは、女装者を愛好する男性との関係性が重要で、たとえ擬似的・限定的であっても、ヘテロセクシュアルな意識に基づき、女性としての社会性をもつことが求められるのです。

中央大学 文学部 矢島 正見

女装コミュニティについて

女装コミュニティは、女装者と女装者が好きな男の世界。
女装者が好きな男は、皆女好き。だから女装者を女として扱う。女装者にとってはそれがいい。
女装者は女として接することが出来る。
「にせもの」かもしれないが「ほんもの」より出来がいい。
ただし、中には「これでも女装しているのか」と思えるような、ただ、男が女の服を着ているだけ、というのもいる。そういうのは、申し訳ないが、近寄ってきてもらいたくない。女装者好きの男には女装者の好みがある。その好みは女の好みと同じ。
男にも、もてる男ともてない男がいる。女にもてない男は、ここでももてない。

トランスジェンダーに関する見解

トランスジェンダーを女装者、トランスジェンター、性同一性障害者と、別物としてカテゴライズしたがる風潮がある。
それぞれを別物・異質なものとして認識する方向だ。しかし、もしかすると、これらは同一の性的カテゴリーとして括れるのではないか。単に程度差の異なりとして理解することも可能なのではないか。
もし、そうであるならば、まず最初に、異質性よりも同質性・共通性に視点を当てる必要がある。そうしてから、差異を求めたほうが、よく理解できる。
これほどに、細かく概念の峻別化がなされたのは、ごくごく最近のことである。
我が国では、1960年代頃までは、女装も同性愛もSMも、それぞれの違いはあっても、「変態性欲」という大きなカテゴリーで、一括されて語られていたし、当事者たちも、それぞれの違いに、さほどこだわってはいなかった。
こうした時代性を考えると、概念の明確な峻別化の方向性が必ずしもいいとは言い切れない。
性同一性障害という概念は、あくまで治療を前提とした医学的概念であって、治療を受けたい人は別だが、それ以外の当事者が自らをカテゴライズする必要は無い。
「オカマ」を差別用語化する動きが一部にあるが、同性愛と女装が渾然一体となっていた時代は、この言葉は実にリアリティある言葉として存在しており、研究上必要な言葉だ。それすら非難するようではおかしい。
峻別化がさらに進めば、女装者ということに関しても差異化を問題にすることになろう。

早稲田大学ジェンダー研究所 客員研究員/性社会史研究者 三橋 順子

トランスジェンダーの実践・研究者としての今後の活動

現在、古代から現代に至る女装と日本人とのかかわりを通史的に記述した、女装の日本文化史という感じの本を執筆中です。順調に行けば、来年、2007年の夏くらいには出版できると思います。
論文や本に書かなければならないテーマもまだたくさんありますので、体力・気力が続く限り、コツコツ研究を続けていきたいです。
日本の女装文化の在り様は、海外でも徐々に注目されつつあります。
お陰さまで、私の研究は、国内ではともかく、海外のジェンダー/セクシュアリティ研究者には評価していただいてますので、それを励みに頑張って、死ぬまでになんとか日本のトランスジェンダー・スタディーズの基礎を固めたいと思っています。

それと、できることならもっと大学の教壇に立つ機会を与えていただきたいです。
トランスジェンダー論は、ジェンダー/セクシュアリティ研究の切り口として高い有効性をもっていますし、今までの講義の反応から、学生さんを啓発する力は十分にあると思います。トランスジェンダーであっても学問研究、社会貢献ができることを身をもって示したいですね。

女装、トランスジェンダーを学問的に研究する場を提供してくださった矢島先生と中央大学に心から感謝しています。先生との出会いがなかったら、こういう研究成果を公にすることはできませんでしたから。

中央大学 文学部教授 矢島 正見

今回の番組の基本方針は、特定のイデオロギーや政治性で解説しないこと。
つまり、ある特定のことを視聴者に訴えるという「訴え型」にはしないということ。
むしろ、「それでも明るく生きている」というところを描きたかった。
また、フルタイムの女装者ではなく、パートタイムの女装者を描いた。「ときに男、ときに女」の人たちだ。
パートタイムの女装者は、男の時間と女の時間を持つ。それを両立させなくてはならない。人一倍の努力と配慮を必要とされる。
男の服だけでなく、女の服、装飾類、化粧道具、かつら、等を用意しなくてはならない。それを隠して持っていなくてはならない。親や妻に秘密で女装をする。見つからないように女装をする。それだけでも大変なことだ。
仕事の悩み・家庭の悩みと、セクシュアリティの悩みだけではない悩み、喜怒哀楽を持って生きている。仕事上の付き合いもある。
そうした生活の中で、女装をして、女になる。
なぜなら、女になることは「もう一人の自分」を回復させる作業だからだ。押し込めておいた「女」という自分の復活である。
それ故に、「女になる」ということは、単なる自己表現ではない。もっと真剣な、自己存在に根ざした自己表現なのだ。自己表現が自己解放となる。
こうした自己表現・自己解放を、いとも軽く、簡単にしているように「振舞う」姿勢は、うならされる。彼女らの明るさはすごい。
しかし、もし、そうでなかったら、女装好きの男が寄り付かない、相手にされない。深刻ぶっても、女装コミュニティでは通用しない。それが性同 一性障害者の世界と大きく異なるところだ。性同一性障害者の世界では、深刻ぶらないと救ってもらえない、手術をしない限り、自己解放は無い。大きな違いで ある。
今まで、性同一性障害という深刻な世界はテレビで紹介されたが、今ひとつ別の世界は、まじめな番組では、取り上げられてこなかった。視聴者の 皆さんには、一つのイデオロギーや視点では捉えきれない、こうした多面的な眼差しで見ていただけたら、監修者として嬉しい限りである。

1990年代中頃から、新宿の女装世界に対する社会的認知は、さまざまなメディアを通じて広まり、それにつれて女装者も自信を高め、より広い範囲で自由に行動し、自己表現を行う人々が増えてきました。
1960年代以来、40年以上もの長い伝統をもつ女装コミュニティは、これからも、より多様性と社会性に富んだ、トランスジェンダーの世界の人々のコミュニティとして存在していくことでしょう。

参考文献:『戦後日本女装・同性愛研究』 矢島 正見 編著 中央大学社会科学研究所研究叢書16/中央大学出版部