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教養番組「知の回廊」
42 「懲罰的損害賠償 -日米法文化摩擦の一断面-」

中央大学 法科大学院 長内 了

シーン1 法科大学院模擬法廷

皆さん今日は。中央大学法科大学院の長内です。今日は「日米法律摩擦の一断面」というテーマで、日本とアメリカの法律制度の違いから生じる問題についてお話をしてみたいと思います。
もっとも、日米の法律制度の間には、非常に多くの違いがありますので、限られた時間でその全てを語ることは到底できません。そこで、今回はとくに「懲罰的損害賠償」という、皆さんには余り聞き慣れない英米法独特の制度に的を絞ってお話しさせていただきます。
ところで、いま私が立っているのは、中央大学法科大学院の模擬法廷です。今年(2004年)の4月に発足した法科大学院は、実務法曹(弁護 士・裁判官・検察官)の養成を第一の目的としておりますから、これまでの大学法学教育と違って、実務的な教育訓練がカリキュラムの中で相当な比重を占めて います。この模擬法廷も、法律家にとって重要な「法廷活動」の訓練のために設けられたもので、学生たちは証人尋問や口頭弁論など、実際に即した形で訓練を 受けることになります。

シーン2 アメリカの最高裁と日本の最高裁

法科大学院は「日本の法曹」を養成するのが目的。したがって、何よりも日本の法律制度に精通していることが求められます。しかし、国境を越えた人・物・情 報・サービスの移動が日常化している現代社会では、私たちは好むと好まざるとに関わらず、さまざまな文化伝統を持つさまざまな国々の人々と付き合って行か ざるを得ません。それは、同時に法的紛争の国際化を意味するのであって、これからの法律家には、その主たる活動の場所が日本国内であったとしても、国家・ 市民・企業の国際的活動から生じる各種の摩擦や紛争を平和裡に解決していく能力を備えることが求められています。
とは行っても、外国の法律制度の 中には、われわれの法伝統とは非常に異質のものがたくさんあります。とくに、明治期にドイツ法をモデルに法の近代化を進めてきた日本にとって、戦後に入っ てきたアメリカ法は言わば新参者であり、われわれの法制度とはまったく異なる部分が少なくありません。いま映っている両国の最高裁判所の姿もずいぶん違い ますが、問題は建物の形ではなく、この2つの裁判所が維持しようと努めている法の文化・伝統・思考方法の違いが、時として正面からぶつかり合うことなので す。懲罰的損害賠償も、そうした正面衝突が生じた法制度のひとつなのです。

シーン3 日本の不法行為責任法理(民法709条)

では、懲罰的損害賠償とはいったいどんな制度なのでしょう。
「他人の権利を侵害し損害を与えた者は、その損害を賠償する責任を負う」というのは、洋の東西を問わず一般原則となっており、わが国の民法も 第709条に次のように定めています。「故意または過失に因りて他人の権利を侵害したる者はこれに因りて生じたる損害を賠償する責めに任ず」
これを「不法行為責任」と言いますが、この条文から分かるように、不法行為を犯した者が負うのは、「これに因りて生じた損害」を金銭で賠償する責任(原状回復)であって、犯罪のように刑罰を科せられる訳ではありません。
これに対して、英米法世界では、不法行為が非常に悪質な形で行われたとか、反社会性が強いといった場合に、被害者が現実に蒙った損害をはるか に超える「制裁的・懲罰的意味の損害賠償」が加算されることがあるのです。これが懲罰的損害賠償(Punitive Damages)です。もう一度繰り返しますと、懲罰的損害賠償は英米不法行為法に特有の制度で、加害者の行為に強い反社会性が認められる場合、通常の損 害賠償(補填的損害賠償)に加えて、制裁的な賠償額を加算するというものです。アメリカでは、時として、現実に発生した損害の数百倍にも及ぶ高額の懲罰的 損害賠償が認められることも希ではありません。

シーン4 McDonald Case (写真)

例えば、マクドナルド事件では、コーヒー容器が弱かったために火傷を負った婦人からマクドナルド社は600万ドルの懲罰的損害賠償を求められたことがあり ます。もっともこの事件は、最終的に20万ドル程度で終わりましたが、実損害4000ドルに対して400万ドルの懲罰的損害賠償を裁判所が命じた例もあり ます。(BMW事件の説明)
要するに、懲罰的損害賠償は民事裁判のひとつである不法行為訴訟で、被告の行為の悪性が強い場合に認められ、勝訴した原告に与えられるのです。(罰金との相違)

シーン5 ボロ設けする弁護士 (漫画) BMW of North America v. Gore (文字情報)

ここに、懲罰的損害賠償の問題点のひとつがあります。つまり、損害賠償はあくまでも原状回復が目的なのだから、現実の損害を大幅に上回る賠償金を原告に与 えるのは合理的でない(不当利得)という批判がそれです。こうした批判は、とくに民事責任(被害者の救済)と刑事責任(加害者の処罰)を厳しく分けて考え る大陸法(ドイツ・フランス・日本)の立場から、強く主張されています。
こういった原理的な批判に加えて、懲罰的損害賠償は、思わぬ副作用を社会 に及ぼすこともあります。現に、アメリカでは、懲罰的損害賠償の存在が社会の負担するリーガル・コストの高騰を招き、健全な企業活動に耐え難い負担を課し たり、さらには一攫千金をもくろむ「ギャンブル的訴訟」を生む温床となっているといった批判が絶えません。このような弊害は、実は、懲罰的損害賠償が単独 で引き起こしているわけではなく、アメリカの訴訟制度を特徴づける他の諸制度 (成功報酬制度、証拠開示、民事陪審等々)との関連を視野において考えることが必要です。

シーン6 BMW of North America v. Gore (文字情報)

さらに、近年、懲罰的損害賠償に対して憲法上の挑戦が相次いでいます。すなわち、刑事罰にも匹敵するほどの巨額な懲罰的損害賠償を民事手続きで課すことは、憲法の定める「適正手続きの保障」に反するという主張がそれです。(BMW事件の解説)

シーン7 萬世工業事件 (執行判決請求事件) (文字情報)

※外国判決の国内執行 (民事執行法第24条第4項)
執行判決請求事件 (裁判平9・7・11民集51-6-2530)

シーン8 HIV感染訴訟・三菱自動車事件 (映像)

このような批判や挑戦に晒されながら、懲罰的損害賠償が「訴訟社会アメリカ」を象徴する制度として存在し続けている理由は、いったい何なのでしょうか。
被害者の救済を目的とする「民事責任」と加害者の処罰を目的とする「刑事責任」を峻別する大陸法の伝統を引いたわが国では、両者の機能を混在 させる懲罰的損害賠償は、成立する余地がないと考えられてきました。萬世工業事件は、まさしくこのような日本の伝統的立場を示したものといえましょう。
しかしながら、例えば、血液製剤によるHIV感染のような悲劇を2度と繰り返さないためには、薬剤の開発・認可・販売等に関わった個々の研究 者や公務員の刑事責任とは別に、企業の社会的責任をより厳しく追及する方法として、懲罰的損害賠償の導入を検討すべきであると主張する人々もあります。確 かに、最近世情を騒がせている三菱自動車の欠陥隠しなどを考えると、懲罰的損害賠償は、営利至上主義に陥った企業の反社会的行動に対する抑止力として、き わめて有効に機能する可能性をもっています。
最高裁判決は、わが国の不法行為責任法理には「加害者の処罰」は含まれない、それはあくまでも「刑事責任」の問題であるという原則論に立っ て、懲罰的損害賠償を含む外国判決の執行を正面から拒否しましたが、この最高裁の考え方が説得力をもつためには、企業の悪質な不法行為に対して、刑事罰や 行政罰が的確に加えられるという前提が必要になります。
しかし、そのような条件を確保するためには、企業活動に対する国家の監視の目がいまよりはるかに強化されなければならず、極めて厳格な手続きに従わなければなりません。HIV感染訴訟はそのことをよく物語っています。
となれば、被害を被った個々の市民のイニシャティヴによって企業責任が追及される民事裁判で、悪質な企業活動に対して警告を発することにできる懲罰的損害賠償は、今一度見直されていかるべきではないでしょうか。(ただし、不当利得問題の解決が前提)

【不法行為の要件・効果・救済方法】

☆民法709条
故意又ハ過失ニ因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ之ニ因リテ生シタル損害ヲ賠償スル責ニ任ス

【製造物責任法】

平成6年法律第85号・7年7月1日施行

第1条
この法律は、製造物の欠陥により人の生命、身体又は財産に係わる被害が生じた場合における製造業者等の損害賠償の責任について定めることにより、被害者の保護を図り、もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。

第3条
製造業者等は、その製造、加工、輸入・・・・・したものの欠陥により他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた侵害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が当該製造物についてのみ生じたときは、この限りでない。

第4条
前条の場合において、製造業者等は、次の各号に掲げる事項を証明したときは、同条に定める賠償の責めに任じない。

  1. 当該製造物を引き渡した時における科学又は技術に関する知見によっては、当該製造物にその欠陥があることを認識することができなかったこと。
  2. 当該製造物が他の製造物の部品又は原材料として使用された場合において、その欠陥が専ら当該他の製造物の製造業者が行った設計に関する指示に従ったことにより生じ、かつ、その欠陥が生じたことにつき過失がないこと。

【判例の表示方法】

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