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教養番組「知の回廊」
48 「自分探しをする若者たち『フリーター』って良くないことですか?」
青年の「大人」意識 ー地方都市での成人式調査からー

中央大学 文学部 古賀 正義

教育学論集 第46集抜刷 
2004年3月 発行 
中央大学教育学研究会

1.「大人」意識の現在

「大人になれない青年」という若者論のモチーフが心理学者や社会学者などによって指摘されるようになってから久しい。対抗文化の終焉が指摘された70年代のモラトリアム指向に始まり、成熟拒否や幼児化現象、引きこもりなど、発達の遅れや歪みあるいは浮遊や自閉の現れを指摘するさまざまな用語が作り出され活用されてきた。そこには、青年の引き起こすさまざまな事件や出来事に対する大人世代の批判や理解困難さが表明されていたといえる。つまり成人に至る発達の課題を前提として、青年の社会性の欠如や不適応を問題視し不安視するまなざしが絶えず存在してきたのである。 
もちろんそれは一面で、社会を異化する若者への「バッシング」であったとも理解できる。子どもと大人のマージナルな位置にある青年期の世界は、絶えず社会統制のアリーナになってきた。「異界」(コミュニタス)という民俗学用語に表現されるように、そこでは既存の価値観や役割が一旦相対化され、社会的圧力の下で再取得されるという葛藤の過程を伴う。それゆえ若者を社会化することは、社会変動のなかでも絶えず、共同体を維持し管理する統制的機能を担ってきた。例えば教育社会学者松田恵示が地べたに座り込む「ジベタリアン」の分析で指摘しているように(1)、人々の歩行や店からの排除などに意外なほど配慮しているジベタリアンの行為が、座る態度への文化的違和感からではなく、気力のない公共性の欠如した逸脱的青年の姿として論じられてしまうのである。 
しかしながら、「大人になれない青年」の言説には「バッシング」とは異なった社会化自体の存立に対する懐疑的な視線が存在している。従来の発達観は、安定した社会秩序と機能分化とによる「大きな社会」を前提とした社会化の論理に支えられてきた。そこでは、既存の大人世代の役割規範を内面化することが社会化であった。今日の情報消費社会の成熟は、こうした大人世代に固有な知識や技能の特権性をしだいに無化し始めている。例えば今日の青年には「移動的パーソナリティ」と呼ばれるような地理的空間に拘束されない情報探索を核とした流動的な社会的性格が存在するとされる(2)。社会化のシステムが、共同体の変質のなかでその基盤を失い、年齢的な順序性とは全く異質な自我形成の位相を導入してきているのである。社会学者東浩紀の先鋭な分析にならえば、今日の社会では他者の存在を消去したメディア世界のなかでの「動物化する自己(オタク)」の欲望が溢れている(3)。 
このように変貌する生活世界のなかを青年が大人世代とともに生きる時、青年にとって「大人になる」とはどのような機会に了解されうることなのだろうか。また、それをライフコースの「節目」として受容することはどのような意味を有することなのであろうか。 
従来自明視されてきたこうした発達論的な問いかけに答えようとすることは、いまやかなり困難な課題である。例えばフリーター青年が、失業の不安よりいまここでの自由な時を大事にするように、今日では年齢規範や年齢意識と生活実感との狭間で、一人ひとりの青年が大人としての自己を再定義するために、改めて社会的経験やきっかけを必要としているのである。それは、自分らしさを模索し、他者と差異化された個性的アイデンティティの構築を試みる現代青年のあり方とも重なり合っているとみられる。

2.「成人式問題」の問いかけ

こうした青年の発達移行問題を考える糸口として、「成人式問題」を取り上げてみることにしたい。 
2000年前後から、各地の成人式で「荒れ」や「マナー違反」が頻出し話題となってきた。新聞報道からみる限りでは、一方で酒を飲み暴れて喧嘩や器物を破壊するような過激な逸脱が一部の式典で起こっており、また他方では講演者や来賓の挨拶なども聞かずに私語や携帯電話に夢中になる公共性を逸脱したマナーの理解できない青年が多数みられるという。いずれにしても、成人式を単なる同窓会や晴れ着ショーと勘違いした、「大人になれない若者」の傍若無人さには目を覆いたくなるというのが、その主要な論調である。いいかえれば、社会的に生きる大人としての権利や義務をこうした機会にこそ自覚し、青年に社会参加の意識や市民性を育んでほしいものだというのである。 
成人式の形骸化自体は、すでに行政や市民の側からも幾度となく提起されたもんだいである。参加者の不足や主催者側の企画のお仕着せなどによって、開催時期や場所の変更、エンターテインメントや自主企画の導入などによりリニューアルの試みが絶えずなされてきた(4)。元来成人式は元服や成女式のような伝統文化の延長にあることによって、戦後そのイデオロギー性を無化し民主的に再構成する努力を伴って継続されてきた。だが、例えば町田市の「二十祭」のように、長期にわたる自主企画を実施し式を根本から見直したり、他方で式自体の廃止を検討する自治体もある。 しかしここで改めて問われるべき課題は、成人式問題が象徴する「大人と青年の境界」認識の残存、いいかえれば発達移行の意識化の側面である。学校や職場など青年の所属集団に関わりなく、成人式は20歳という年齢によって機械的に実施される。それにもかかわらず、この儀式がシンボリックな境界の設定として依然意識されているという事実が重要なのである。現代の国民的な通過儀礼の存続は、形式的な儀式の印象を与えながら、青年に「大人」というラベルを印象付ける公的な機会をいまなお提供し続けている。歴史社会学者チュダコフ,H.に従えば、このような年齢意識こそ近代化された人生の規範的な形式を提示しているといえる(5)。 
親の世代や友人グループなど青年を取り巻く他者たちも、この点を追認している。例えば酒やタバコの解禁や選挙権の取得あるいは賃労働への参入など大人となる年齢の実質的根拠はいまや充分なものといえまい。それでありながらも、大人役割を付与する公的イベントを支えようとする共同幻想は支持されてきた。いうならば、「大人」というメンバーカテゴリーを支えようとする想像の共同体はいまも存続している。 
そのことが、親や仲間をはじめとした身近な人々が、成人式を青年のハレの日とする社会的態度も形成してきた。もちろんそこにはジェンダー効果もあり、例えば深酒と晴れ着の対比のように、男性と女性で服装や態度に関してハレの感覚が異なるかもしれない。しかし、いずれにせよ、式というひとつの実践を通した「大人」という意味付けは、人間関係のネットワークを介して現在もなお健在なのである。

3.調査の内容と方法

筆者は、成人式問題の調査設計を委託された際、上述したような問題意識に沿って調査項目を設定してみることにした。 
そこでは、第1に大人としての自己意識のあり方が成人式を通過し、あるいは20歳という年齢を超えることでいかに変化していくのかをデータから検討すること。また、成人式に参加する、あるいは参加したいという層にどのような特徴があるのかを理解すること。具体的には、「いま自分が大人であると思いますか」をたずね、その理由やなりたい大人像をたずねることである。 
第2に青年を取り巻く他者との人間関係の基本的特徴を理解し、成人式に参加する・したいとする層にはこの点に関連してどのような特徴が見出せるかを確認すること。具体的には、「人間関係の悩みをだれに話しますか」、また「うれしさをだれと分かち合いますか」など青年を取り組む「意味ある他者」(significant others)の存在をたずねてみることである。 
第3に、青年の社会的なマナー意識の現状についても、上記と同様な検討を加えること。具体的には、車内での携帯利用やゴミ捨てのマナーなど概して批判される公共的な態度の現状をたずねてみることである。 
以上の「大人になれない青年」の言説を支える主な3点について、質問紙調査の結果から検討を加えたい。なお、調査全体では成人式の実施方法や参加形態、大人としての価値観など多くの項目をたずねているが、ここでは取り上げない(筆者もメンバーであった仙台市社会教育委員の会議編『成人式にかかわる青年の意識に関する調査』報告書を参照のこと)。 
調査地となる仙台市は東北地方の中核都市であり、大学や専門学校、企業などの設置により他地域から流入した多くの青年層を抱えている。そのため、新成人は毎年数千人を上回り、他地域にはない大規模な成人式となっている。また、1999年に式の講演をした大学教授が私語とマナーの悪さを指摘し途中で降壇する事件も報道され、成人式に代表される青年問題がローカルメディアを中心にたびたび議論されてきた地域でもある。 
本調査は、2002年の9月から10月にかけて、以下の対象と方法で実施された。

  1. 18歳、19歳の青年(=以下、「新成人」と呼ぶ)
    3,000名、有効回収772名、回収率25.7%、住民基本台帳からの男女人口構成比による無作為抽出、郵送法、無記名・自記式。
  2. 23歳、24歳の青年(=以下、「成人」と呼ぶ) 
    1,800名、有効回収数376名、回収率20.9%、(1)と同一の方法で標本抽出し実施。 
    また、参考として、一部の質問については、以下の対象にも実施した。
  3. 高校1、2年生(=以下、「高校生」と呼ぶ)
    628名、有効回収数597名、回収率95.1%、市内の高校の各クラスから無作為に、1、2年生8学級を抽出、集合調査、無記名・自記式。
  4. 45歳から49歳の成人(=以下、「大人世代」と呼ぶ)
    1,500名、有効回収数723名、回収率48.2%、(1)と同様の方法で実施。

成人式問題の先行研究についても紹介しておきたい。式自体の調査としては、文部科学省社会教育課が2001年度に各県の成人式実施状況の事例収集を行っている。ここでは地域の家族や青年団などと連携した取り組みや自主企画の先端事例などが報告されているが、当事者の青年たちには調査していない(6)。一方調査研究としては、2000年実施のリクルートによる高校3年生調査が若干参考となる(7)。ここでは「20歳が大人になる年齢」という意見を支持する者が約半数おり、「大人になりたいか」という問いには大部分が否定的で、約25%だけが「早くなりたい」と答えていたという。その理由には、「遊べなくなる」、「今の生活が楽だから」などのモラトリアム指向をあげる者が多く、従来の「大人になれない青年」のイメージが確認されたとされる。 
いずれにしても成人式への社会的関心が高まるなかで、実際に成人式前後の青年を対象として、正確な標本抽出による大規模な成人式問題の調査を実施した事例は他にみることができない。そこに本調査の意義を改めてみとめることができる。 
本稿では、以下、その全体的な回答傾向に限定して概括的な分析を行うこととしたい。

4.結果の分析(1):「大人」としての意識

まず「あなたはいま自分が『大人である』と思いますか」という質問をしてみた。回答は、「よく思う」、「ときどき思う」、「あまり思わない」、「ほとんど思わない」の4件法で求めた。 
これをみると、新成人のうち約5%が「よく思う」と回答し、また約25%が「ときどき思う」と回答している。回答者に専門学校や大学の学生が多い(回答者の80.0%を占める)ためか、全体に「大人と感じる」者は、3人に1人ほどにとどまる。しかしながら、「ほとんど思わない」という回答も割合が低く、15%ほどであり、限定された場面によっては「大人」として振舞う様子もうかがえる。男女での差はあまりみいだせない。 
一方、成人はどうであろうか。全体の14%が「よく思う」と回答し、また約50%が「ときどき思う」と回答している。回答者に常勤の社会人も多くいる(回答者の56.9%を占める)ため、全体に「大人と感じる」者が増加しており、3人に2人ほどになる。「ほとんど思わない」という回答は5%ほどであり、20歳を過ぎると「大人」として振舞う様子がうかがえる。男女別では、男性に「よく思う」者と「ほとんど思わない」者と両極の回答が多くなる傾向がある。 
こうした「大人」意識のあり方は、成人式への参加あるいは参加の意向といくぶんか関連してくるのであろうか。成人の場合、成人式に参加した者(ほぼ全体の3分の2を占める)に「大人である」という意識の強いことがうかがえる。男性では、「大人だとよく思う」者が参加者で約20%もあるのに対して、不参加者ではほぼ8%にすぎない。式に参加する割合が高い女性でも、同様の傾向があり、参加者で「よく思う」者がほぼ15%、「ときどき思う」者が57%もあるのに対して、不参加者では「よく思う」者が9%、「ときどき思う」者が48%にすぎない。成人式の参加が大人意識を構成するのかあるいは大人意識を求めるものがそれに参加しているのか、いずれその関連は特定できないが、依然として「節目」感覚は残存していると思われる結果である。詳述しないが、属性からみれば、常勤の社会人で一層この傾向が強いといえる。男性では、「大人だとよく思う」者が参加者で約20%もあるのに対して、不参加者ではほぼ8%にすぎない。式に参加する割合が高い女性でも、同様の傾向があり、参加者で「よく思う」者がほぼ15%、「ときどき思う」者が57%もあるのに対して、不参加者では「よく思う」者が9%、「ときどき思う」者が48%にすぎない。成人式の参加が大人意識を構成するのかあるいは大人意識を求めるものがそれに参加しているのか、いずれその関連は特定できないが、依然として「節目」感覚は残存していると思われる結果である。詳述しないが、属性からみれば、常勤の社会人で一層この傾向が強いといえる。 
一方、新成人では、今後の成人式の参加意向であるためか、明瞭な違いはみとめられない。特に女性では、その傾向が強い。しかしながら、参加することを前提とした者がきわめて多い(女性ではほぼ7割、男性でも6割が参加意向)一方で、不参加と回答している者には大人意識への距離感もあるらしい。特に男性では不参加と回答した者に、大人とは「ほとんど思わない」という回答が4割弱にも及んでいる。詳述しないが、他の質問項目でみると、女性が晴れ着などを着飾る場として成人式に関与するのに対して、男性では大人への「節目」意識の残存が強いが、それと関連づけてみると興味深い結果である。 
では、このような大人意識の根拠はどこにあるとされるのか。「大人である」と「よく思う」、「ときどき思う」と回答した者に、その理由をたずねてみた。 
新成人の場合、男性では、「まわりに頼らず、自分で問題を解決できるようになったから」が3割強の回答率であり、また「自分で働いてお金をかせげるようになったから」も3割弱の回答率で、他の項目より高くなっている。女性では、「まわりの人の気持ちがわかるようになったから」や「自分で働いてお金をかせげるようになったから」が3割強の回答率で、高くなっている。このように概してまず経済的自立を重視し周囲の人間関係に配慮するという回答が多い。 
成人ではこの傾向が一層顕著である。全体に「自分で働いてお金をかせげるようになったから」が6割弱、「まわりの人の気持ちがわかるようになったから」が3割強の回答率になっている。フリーター時代とはいえ、消費社会のなかでは経済的自立が「大人」の証として意識されるということであろう。その点では、意外に伝統的ともいえる大人意識の残存がみとめられる。 
他方で、大人になれない理由にもそうした傾向がみとめられる。新成人では、「自分で働いたお金で暮らしていないから」がほぼ半数の者の回答となっており、次いで「まだ学生だから」が続いている。男女での差もほとんどない。これに対して、すでに常勤で収入のある者が多い成人では、「まわりに頼ってしまうことが多いから」が約半数と多くなり、次いで「自分で働いたお金で暮らしてないから」が「その他」と並んで3割弱の回答率となっている。経済的自立が成し遂げられると、精神的な自立に比重が移行していくと考えられている結果であろう。 そこで最後に、「どのような大人に最もなりたいか」(選択肢から1つだけ選択)を各世代別に回答してもらい、その結果を男女ごとにまとめてみた。 
結論を先取りすれば、大人世代が「責任を持って仕事をする人」(18.3%)や「社会のルールをきちんと守る人」(18.7%)など社会の規範や責任を強調した大人像に重きを置くのに対して、新成人また成人世代は、全体として「自分の考えをしっかり持っている人」がほぼ3割強の回答率で支持され、次いで「まわりの人から信頼されている人」が2割弱と支持されている。自分と身近な他者との関わりから大人としてのイメージが構成されているとみられる結果である。男女の違いからいえば、女性では新成人また成人とも、「思いやりのある人」という回答の割合が一層高い。 
この結果からみると、成人と新成人との比較では、大人のイメージに大きな差はない。その一方で、大人世代が「大きな社会」の成員としての大人像を提示するのに対して、新成人や成人世代は「小さな社会」のなかでの自己と他者の関係を重視しているとみられる。すでに論じてきたように、伝統的ともみえる大人意識が必ずしも大きな社会への参入を意味せず、生活世界における自己実現の延長にあるとみられる結果であり、興味深い。

5.結果の分析(2):人間関係の構築

では、こうした青年たちはどのような人間関係のネットワークに支えられて生活しているのか。「大人」意識への入り口となっている成人式への参加とその関わり合いはどのように関連しているとみられるのか。 
ここでは、(A)人間関係のいざこざがあって落ち込んだ時、(B)お金が必要で困っている時、(C)自分の進路で悩んでいる時、(D)よいことがあってうれしさを分かち合いたい時、という4項目について、話をしてみたいと思う相手を、友だちや母親などさまざまな他者のなかから複数回答で選んでもらった(合計は100%を超える)。(A)と(D)が、悲しみや喜びといった心情的表出的な話し相手をもとめる傾向を探るために、(B)と(C)が進路や金銭といった社会的手段的な問題の相談相手を探るために設定された設問である。 
新成人の場合、「人間関係のいざこざ」や「うれしさを分かち合う」といった項目では、「友だち」が最も選ばれやすく、前者で7割強、後者では9割弱と大部分の者が選択している。専門学校や大学での交友もあるためか、友人関係は依然良好であるとみられる結果である。特に、女性ではこの割合が高い。 
また、これら心情的な項目では、女性が母親やきょうだいなど家族と話をすることも多くなっており、割合が高くなっている。「うれしさ」の共有では、女性の6割(男性は4割強)が、また「人間関係」の相談では、4割弱(男性は2割弱)が「母親」に話をしていると回答している。他方「父親」という回答は、「うれしさ」の共有の場合で3割強とやや高いだけで、男女の差はほとんどない。このようにみると、男性と女性とでの家族との距離感の違いがあり、母と娘との強いつながりが読み取れる結果である。その一方で、自立指向が強くなるからか、男性では、「だれとも話さない」という者が2割強にも及んでおり、人間関係の狭さが気になる結果でもある。 
次いで、「自分の進路」や「お金が必要」といった手段的な項目の結果をみる。ここでも、男女の違いが大きい。「進路」でも「お金」の相談でも、「母親」を相談相手にあげる者は多く、前者で5割強、後者で7割弱となっている。とりわけ、女性では高い割合になっている。これに比べて男性では、どちらの回答の割合も1割以上低くなっている。 
一方「友だち」の回答についてみると、「お金」の相談相手にはほとんど選ばれていないが、「進路」の相談相手としては、ほぼ半数の者があげている。ここでも女性が高い割合を示しており、5割強にも及ぶのに対して、男性では5割弱と低くなる。女性の友人ネットワークは、進路の選択にも影響を与えているとみられる結果である。 
全体をまとめてみると、女性が母親やきょうだい、友人との人間関係を保持し、相談内容に関わらず他者のネットワークを広く構築していけるのに対して、男性はそうした広がりに乏しく、相談内容によって相手を選択しながら関わり合っていこうとする傾向がみられる。性差に伴って人間関係の取り結び方が異なっているといえよう。 一方、成人世代でも、上述した傾向は類似している。「人間関係のいざこざ」や「うれしさを分かち合う」といった項目では、依然話し相手として「友だち」が最も選ばれやすく、前者で7割弱、後者では8割強の者が選択している。また、「その他」の人も選ばれやすいが、そこには、異性の交際相手あるいは職場の同僚などが記入されており、成人世代の人間関係が拡大していることもうかがえる。 
また、こうした心情的項目では、女性が母親やきょうだいなど家族成員と話しをする割合も依然高くなっている。「うれしさ」の共有では女性の6割強(男性は4割強)が、また「人間関係」の相談では5割弱(男性は1割強)が「母親」に話をしていると回答している。このようにみると、母と娘との強いつながりが一層はっきりとしていく。他方で、男性では、「人間関係のいざこざ」を「だれとも話さない」という者が2割にも及び、ここでも人間関係の広がりや自己意識における差が著しい。 
さらに、「自分の進路」や「お金が必要」といった手段的な項目でも、男女の違いが明瞭である。「進路」でも「お金」でも、「母親」を相談相手にあげる者が多いが、女性では前者で6割弱、後者で7割強と高い割合になるのに比べて、男性では割合が大幅に低くなっている。一方男性では、「進路」の相談で、新成人世代と異なって、「友だち」が高い割合を示すようになり、しだいに家族以外の者に意志決定に関わる他者が移行していくとみられる。成人世代の女性が家族に力点を置くのに対して、男性は外部の社会関係に重きを置くようになるらしい。 
それでは、こうした意味ある他者の存在と成人式への参加意識や参加意向はどのように関連しているとみられるのだろうか。擬似的な相関があることに配慮したうえで、関連がみとめられうる「(A)人間関係のいざこざがあって落ち込んだ時」の結果を例にみておくことにしよう。 
結論を先取りすれば、成人式に参加した成人では、とりわけ女性で「友だち」を悩みの相談相手に挙げる割合が高い。参加した者が8割弱の回答であるのに対して、不参加の者は6割弱の回答しかない。また、男性では成人式不参加の者に、「だれにも相談しない」という回答が多く、3割弱にも及んでいる。このように、成人式への参加は知り合いがいるといった人間関係のネットワークを前提にして成立しているとみられ、ここでは挙げなかった「喜びを分かち合う」など他の項目でもこうした傾向がかなりみとめられる。 
新成人でも、基本的にこの傾向は変わらない。特に男性では、相談相手に「友だち」をあげると「参加するつもり」という回答が大きく増え、7割にもおよんでいる。女性では、参加への志向が全体に強いため大きな差はみられないといえるが、この結果からも人間関係のネットワークの受容を前提として大人意識が表出されやすいと指摘することができよう。

6.結果の分析(3):社会生活のマナーや態度

最後に、マナーにかかわる社会的態度について、世代ごとの回答をみてみよう。ここでは、(A)「バスや電車のなかで携帯やPHSをかける」、(B)「ゴミなどを投げ捨てる」、(C)「お年寄りに席をゆずる」、(D)「リサイクルできるものの回収に協力する」の4項目について、「よくする」から「まったくしない」までの4段階で回答してもらった。 
この結果をみると、「携帯を車内で利用する」者はあまりなく、新成人・成人とも「ほとんどしない」者が全体の半数ほどになっている。同様に「ゴミ捨て」の項目でも、新成人で6割強、成人でも7割強が「ほとんどしない」と回答している。一方、携帯を車内でよく利用する者やゴミ捨てをよくしてしまう者は、ともに1割にも満たない。こうした回答をみる限りでは、逸脱的な行為をするマナー違反の青年は少数派であるといえる。 
反対に、「お年寄りに席をゆずる」者は、新成人・成人とも「よくする」「ときどきする」者を合わせて、全体の50%以上になっている。同様に、「リサイクルの努力をする」者も新成人・成人とも「よくする」「ときどきする」者を合わせて、全体の60%以上にもなっている。ここでも、積極的に社会的な善行を行う青年が多数派であるといえる。 
まとめてみれば、多くの青年がマナー的な行為を遵守して暮らしており、意外に規範的な態度が読み取れる。 
それでは、成人式に参加している、あるいは参加したい青年は、どのようなマナーや態度を有しているのか。 
新成人では「成人式に参加するつもり」とする者と「参加するつもりはない」とする者で、大きく割合が異なっている。特に男性では、その傾向が顕著であるといえる。携帯を車内で「まったく利用しない」という回答は、男性の不参加予定者では8割弱にも及ぶが、参加予定者では4割に過ぎない。また、ゴミ捨てについても「まったくしない」という回答は、男性の不参加予定者では6割弱にも及ぶが、参加予定者では5割弱に過ぎない。女性では、男性ほどの大きな差はないが、同様の傾向を指摘できる。不参加予定者の方に、むしろ規範遵守的な態度がみられ、昨今の成人式の混乱を裏付けるような結果になっている。 
これに対して、成人式への実際の参加との関連をみると、こうした傾向を読み取ることはむずかしい。女性の不参加で、参加者より「ゴミ捨てをまったくしない」という者が約1割多いが、反面、男性では不参加者で、参加者より「携帯を車内でまったく利用しない」という者が5%ほど少なくなっている。実際の参加者がマナー違反をする層の青年をより多く含んでいるとはいえない結果である。 
このように、成人式への参加が青年の一般的な対応であるとすれば、参加の意向がない層には、限られた人間関係と対照的に、規範を意識的に遵守しまじめに生活する態度が強くあるといえるのかもしれない。いずれにしても、マナー違反の傾向が成人式参加者に強いとはいいきれず、社会性の不足した青年の集まるイベントとしての成人式という言説を裏付けるデータはえられない。

7.まとめと課題

以上の結果をまとめておこう。

  1. 成人世代は、新成人世代に比して、「大人」意識が急速に強くなる。また、実際成 人式に参加した成人ほど、強い「大人」意識を持っている。一方、成人式の参加意 向を持つ新成人世代には、不参加意向の者に比して「大人」意識の強さはみとめら れない。
  2. 新成人世代で「大人」意識を持つ者は、経済的な自立を第一義的に大人の条件と考 えるが、成人世代になると他者との同調による精神的自立をより重視するようにな る。同様に理想の大人像にもそうした傾向があらわれる。調査結果からは、成人と なるための課題に依然順序性がみとめられる。
  3. 性差によって深い人間関係の対象となる相談相手に変化がある。新成人世代の女性 では、友だち関係の広がりがあり、成人式に参加したい者ほどその傾向が強い。男 性では、対人関係の広がりがあまりないが、同様に、成人式に参加したい者ほど友 だち関係が強くなる傾向がある。
  4. 成人世代になると、女性では母親との関係が一層強まり、男性では友人関係が広 がっていく。成人式に参加したか否かは、人間関係のあり方と関わるらしく、参加 者が友人と強い関わりを持つのに対して、不参加者は個人としての存在を重視する 傾向がみられる。成人式の参加意識、いわば「大人」意識の構築に、他者のあり方 が関わってくるとみられる。
  5. 成人式に参加した成人世代に、マナーや態度の悪さはみとめられないが、新成人世 代では参加意向の者にやや態度の悪さがみられた。全体には、マナーや態度が悪い 者の比率は少なく、社会的な善行にも積極的といえる。

発達移行問題としての「大人」意識が、成人式のような年齢の節目を通して意外にもいまなお形成されており、身近な他者との関わり合いのなかからその意識が紡ぎ出されていくのだとすれば、改めて「大人」意識の構築に積極的なイベントや活動を仕掛けていく価値があるとみられる調査結果であった。ここでは成人式改善の調査という性格上、クロス集計の結果だけ紹介したので、関連性についての理解には充分な慎重さが必要である。より一層深めた分析を今後提示していきたいと考えている(8)。
終わりにあたって、調査にご協力いただいた仙台市民の皆様ならびに仙台市教育委員会生涯学習課の方々に謝意を表したい。

  1. 松田恵示「若者の身体技法ー消費社会におけるマナーの位相」『日本教育学会 第62回大会発表要旨収録』2003年、315ー318頁。松田恵示『交叉する身体と遊びーあいまいさの文化社会学』世界思想社、2001年も参照のこと。
  2. 藤田英典「情報化社会の教育と社会化」天野郁夫ほか編『教育社会学』放送大学教育振興会、1994年。
  3. 東浩紀『動物化するポストモダンーオタクから見た日本社会』講談社、2001年。
  4. 原孝『喋りたい若者たち・喋らせない大人たちー「マイホームレス・カルチャー」の時代』文眞堂、2002年。
  5. シュダコフ、H.工藤政司、藤田永祐訳『年齢意識の社会学』法政大学出版会、1994年。また、安藤由美『現代社会におけるライフコース』放送大学教育振興会、2003年も参照。ここでは、進学ー就職から結婚といった人生の出来事の配列が依然規範的に遵守されている日本社会の特徴がデータによって紹介されている。
  6. 文部科学省生涯学習政策局社会教育課編、平成12年度『成人式』実施状況調査結果、2000年。
  7. 毎日新聞2000年9月23日付記事。他に、SEIKOがインターネットで調査した「新成人が考える時の意識アンケート」(http://www.seiko.co.jp/)なども参考となる。
  8. 成人式に関するシンポジウム(http://www.city.sendai.jp/kyouiku/syougaku/seijinsinpoi.html)が市の取り組みとして行われている。参考とされたい。